人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

勢いだけじゃ乗りきれないものもある

 
  物事を上手にこなすには、綿密な計画と時間が必要である。

 学校の怖い教師が行う授業で当てられても格好良く答えるためだけにやる予習は簡単な例であるが、スポーツでも音がでも、勝利するため、あるいは結果を出すためには一生懸命にやって時間をかけることはもちろん、質の良い練習をしなければならない。まあ、私は運動部には入ったことがないのだが、育成ゲームの知識で知っている。
  もしも何もせずとも得られるものがあるとすれば、それは自分自身の誇っても良い才能か、運が良いだけなのだろう。

  そんなことは百も承知だ、これは恋に関しても同じことだってことも知っているのだが、それでも、私のような計画性のない輩は時に、自分でも信じられない賭けに出ることがある。
 準備もろくにできてない、勝負するには自分にはまだ足りていない、そんな結果が見え透いているような博打でも、その時の勢いに任せてうってしまうことがあるのだ。

  そして、後悔する。

  どうして、あの時自分は馬鹿な賭けをしたのだろうと。
  あの時の発言、あるいは行動さえなければ、崩れなかった、こんなことにはならなかっただろうと。

  それが、今の私の心境を見事に表していると言えるだろう。
  何が起こったのかと言うと、まあ、それは今から15分ほど前に遡らなければならない。



  昨日チャットで呼び出されたため、本当にこの学校の屋上で良いのかとかなり半信半疑であったが、お昼休みになったので、私はまだ若干の肌寒さのある風が吹いている屋上へと足を踏み入れていた。
  ここへ来たのは入学時のオリエンテーションで先輩方による学校案内があったとき以来で、この季節になるとここで昼食をとる生徒が増えてくるはずだったが、私の予想に反して屋上には誰もいなかった。授業が終わってから私がここまで真っ直ぐ来たせいなのかもしれない。

 柵に手をかけて見下ろすと運動部員が早くも昼のひと時の練習を始めており、その様子を見て帰ったら久しぶりにサッカーゲームでもやろうかなと思いながら、私がしばらく見ていると、背後から扉の開く音がして振り返る。
 そこには、私の思いもしない人物が立っていた。

「あっ……ああ、アリスさん!」
「そんなお化けを見たような反応をされると、わたくし、少し悲しいのですが」

  えっ、なんで?
  なんで私の天子様がこんなところに降臨なさっているの?

  彼女が現れた瞬間に、テンションは上がり続け、脳は自分でも何を考えているのかわからないほどに混乱し、ドキドキと心臓は破裂しそうなほどに動き始める。
  非常に嬉しいのだが、不意なことだったので、自分が何かやらかさないか恐ろしくもあった。

  動揺を気取られぬようにと、頭の中で素数を数えていると、アリスさんは、私の隣に来て、

「あの、昨晩は早く上がってしまってすみません」

  私は彼女の言葉の意味が分からず、一度、113まで数えたところで素数を数えるのを止め、彼女の発言について考察してみる。

  まず、『すみません』……と、どうして謝るのだろうか、彼女は何も悪いことはしてないはずだ。
  ならもうひとつ前、『早く上がってしまって』……私とアリスさんが同じ部活ならばわかる話なのだが……いや、天下の『帰宅部』という同じ部活ではあるのかもしれないが、それを言ってしまえば昨日は私もアリスさんと変わらない時間帯に教室に出たわけだし。
  そして、最後に『昨晩は』というフレーズだが、昨日の夜は、私はネトゲをしていたわけで、当然、私のドッペルゲンガーでもいなければ彼女と会っているはずがないのだが……。

  と、そのとき、私の頭にピカッと雷が落ちたような気がした。
  よく考えれば簡単なことだったのに、私の一つの思い違いにより、この答えにたどり着くまでかなりの時間を要した。
  しかも、未だ信じられずにいる。

「えっ、と、もしかして、アリスさんって……」
「はい、『wonderland1224』です」

  やっ、やっぱりか……。
  私はずっと、男キャラしか使わないという理由で『wonderland1224』のことを男とばかり思っていたのだが、今思い返してみれば、確かにアリスさんらしい口調だったような気もする。

  ネトゲなんてするはずがないと決めつけてかかっていたためか、その事実を前にして私の中のアリスさんの像がガラガラと音を立てて崩れていく。
  彼女を好きなことは変わらなかったものの、ほんの少しだけ彼女との距離は近づいたような気がした。

わたくしの勝手な予想なのですが、増宮さんが『yoiyoi0912』ではないですか?」
「そう、だけど……どうしてわかったの?」
「初めてお二人の会話を聞いた時に、わかりました。ネットと全く同じテンションで、似た会話でしたし、何よりメイヤさんの名前を見て、墨田の『墨』とメイヤの『夜』で、『blacknight』さんじゃないかなって」

  何この子、凄すぎ。
  普通リアルの友達が普段ネット内で繋がっているかもしれないとか考えないし、考えても、それが確証となるなんて、まずないと思うのだが……。

「勘違いさせていたかもしれませんが、本当は私も女性キャラが良かったのですが、初めて会ったときが偶然男性キャラでしたので、言い出すことができずにいました。でも、今回の『バースト・サーガ』のキャラは私としてはうまくキャラメイクできたと思っているのです、が……メイヤさん?」

  ゲームの話を始める彼女は、かなり饒舌で、やはり違和感が働き、驚いてしまう。
  私は衝撃の事実に対して、驚くと同時に、ガツンと頭を金槌で撃たれたような衝撃が来て、

(……いや、ならちょっと待てよ私、これはチャンスじゃないのか?)

  顔も知らなかったとはいえ、電脳世界のことだったとはいえ、『wonderland1224』……もとい、アリスさんとは実に4年も一緒にいたわけで、これはもはや他人ではない。
  友達でも4年も一緒にいれば親友に格上げされるだろうし、付き合って半年で結婚する人だっているくらいだから、それはもはや夫婦と言ってもいいのではないか。

  そのとき、アリスさんの近くにいて混乱していたせいか、はたまた、衝撃の事実を聞かされて頭の回転がおかしくなっていたのか、なぜかはわからないが私の思考はぶっ飛んだ方向へと加速してしまったのだ。

  そう、今なら告白しても大丈夫なのではないか、と。

  だって、ずっと一緒にいたのだ。これでダメなら一生ダメじゃないのか。
  ヤヨイの『まずは告白だ』などという、聞いた直後はこいつ頭おかしいんじゃないかと疑った発言さえ、まとものような気がしてくる。

「アリスさん!」
「はっ、はい!」

  未だにゲームの話を続けようとしているアリスさんの名前を読んだ私は、彼女の手を両手で持ち上げて、彼女の瞳を真剣に見る。
  そうだ、彼女とは何度かゲーム内であれば結婚したこともあるのだ。負けるはずがない。

  自信を持て、私!

  心の中で深呼吸をした私は、こちらを見つめてくる可愛らしい女の子に向かって、言う。
  それは、生まれて初めて出た、まるで運動部のような声の大きさであった。

「私と、結婚してください!」
「…………?」

  キョトン、とする彼女の様子を前にした私は、自身の発言が間違っていることに気付いて、顔を青くさせる。

  一瞬で、心臓の辺りが寒くなって、吐きたくなる。

  付き合うとかじゃなくていきなり結婚って……私が超絶イケメン金持ち男子に言われてもドン引きするレベルじゃん。しかもいきなり同性からそんなこと言われて返事できるはずがない。

  心の中では冷静にツッコミができるものの、これから来るだろう彼女の返答への恐怖心で、笑ってはいられなかった。
  たった一言しか私の持つ勇気では言葉は出せなかったらしく、すぐに訂正しようとしたが、声が出ない。ただ、私は処刑のときを待つ囚人のようにその場に立つしかない。

「あの……わたくしは、ネット内では確かに男性のことが多いですが、こちらではこのように普通の女の子なのですよ?」
「う、うん……」

  そんなことわかっています、百も承知です。
  あと、貴女は決して普通の女の子ではありません。少なくとも私にとってはエンジェルです。
  ……と、そんな発言をすれば確実に引かれるので、私は一言だけ言って頷いた。

  ちょっと待ってください、と言ったアリスさんは私の手を放して、クルリと体を回して後ろを向いて、何かを考えている様子で、無言で顔に手を当てていた。
 やはり、女であっても告白されるのは照れるのか、耳まで真っ赤になっているアリスさんを待っていると、深呼吸の音が聞こえて、彼女は私の方を再び見た。

 そして、そのまま深々と頭を下げる。


「ごめんなさい!」


「……っ!」

  小さなつむじを見下ろしながら、私は何も言えずに、彼女の言葉を静かに聞いていた。

「その……私もそういう世界があるのは知っているのです。だから、メイヤさんが、友達だとかじゃなくて、恋愛感情をもって私に告げてくれたのもわかっています――でも、私自身、女性相手にそんな感情は抱いたことがなくて……だから、メイヤさんとは付き合えません」

  もう一度、ごめんなさい、という言葉を聞いて、私は作った笑いで「いいよ」と言う。
 しかし、自分が今ここに立っているのかさえわからないくらいに、後悔という言葉が波のように押し寄せてきて、頭がくらくらしていた。

  ヤバい、超死にたい……。

  一瞬、調子に乗ってしまっただけで、私は取り返しのつかないことをしてしまった。
  逃げるように去っていくアリスさんの背中を見ながら、そんなことを思う。

  いきなり吹いてきた強い風に、足が抵抗できずにそのまま、屋上に倒れ込み、しばらく私は一人静かに泣いたのであった。

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