人生ハードモード
春は突如として
 
ホームルームが終わり、さらに午前の授業が新幹線かジェット機のように一瞬で終わって、昼休みになると、アリスさんの周りにはやはりというべきか、沢山の人が集まっていた。
 ちなみに彼女は授業中、(当たり前だが)一睡もしてくれなかったので、気を抜くことを許されなかった私も(珍しく)一睡もしなかった。
 このままじゃもたないので、緊張の糸をほどくためにと、昼休み、アリスさんが囲まれているのを横目に見ながら、コンビニで買ったサンドイッチとパックの牛乳を持って近くの女の子に今日は一人で食べることを告げて私は教室を出ていく。
 ちなみに言っておくと私は友達がいないわけではない。昼休みは数人のグループの中へ入って一緒に食べたのちに眠ることが多いのだが、そのグループがアリスさんを囲んでいるので、入ることができないのだ。
 教室を抜け出した私は、十年ぶりに刑務所から外に出られた囚人のごとくまずは、その場で深呼吸。まったくシャバの空気はうまいぜと、自由を喜び、廊下をスキップで走って(いや、歩いてか?)とにかく一定のリズムに乗って教室から離れていく。
 さて、どこで昼食を食べようか。
 うちの学校の屋上は封鎖されていて生徒は立ち入ることができないし、グラウンドは運動部がご苦労なことに練習しているため砂埃が襲い掛かってくる。体育館もバスケットボールかバレーボールあたりが頭に飛んできそうだし、かといって他の特別教室は鍵がかかっている。他のクラスで食べるなんて自殺行為に等しい選択肢は元からないため、一瞬『便所飯』なんてワードが頭に浮かんだが、即座に却下。これをやったら本当に暗い奴になって、間違いなくいじめられるか誰かにいじめられているのではないかと下手な心配される。
 それらこの学校のあらゆる場所について模索したところ、無難なのはやはり、学食という結果になった私はそのまま学食へ直行していく。
 学食といっても、別に弁当を食べても良い場所なので、コンビニ袋を持って学食へ来た私は一人で座れるような席を探す。一つだけ空いている席でもいいが、できることなら両側に人がいない席がいい。
 といってもそんな都合の良い席はなく、仕方がなく左右お一人様で食べている子の間に入ろうとしたのだが、
「あれ? メイどうしてでここにいるのさ?」
 後ろから声を掛けられて振り返ると、不思議そうにこちらを見つめるヤヨイの姿があった。その後ろにはいつも私が一緒にお昼を食べているグループの女の子たちが接近してきている。
 どうもこうも食べるために決まっているさ、なんて言葉を飲み込んだのは、彼女の後ろから来ている女の子たちの中にアリスさんがいないことに気付いたからだ。
「えーと、クリエールさんは?」
 嫌な予感がして、聞いてみると、首をかしげながら目の前のポニーテール女子に聞くと、
「アリスちゃんなら、メイを待っているって教室にいるけど……もしかして、メイっち約束忘れちゃってたとか?」
「……っ!」
 私は約束なんかしてない。その証拠に彼女と朝以降、会話していないのだから。
 転校初日に一人で昼食を食べているアリスさんのことを想像してしまい、「ありがと」と、ヤヨイに軽くお礼を言ってから駆け出した。
 来た道を私は急いで引き返す。途中転びそうになって手に持っていたコンビニ袋がプレスされたり、小言の多い教師から廊下を走るなと怒鳴られたりしたが、私は気にせずに走っていく。
 私は悪くないはずだ、なのにどうしてこうも必死に息を切らして走っているのだろう。
 そんなことに気付いた私が立ち止まったのは教室の前だった。結局、運動不足の体を酷使して全速力で来てしまったわけだ。
 教室の扉を開けると、すぐにまだ席を立っていないアリスさんはその青い目で私を見てきた。手にある綺麗な黄色い布で包まれた弁当はまだ開けていない。
 そして私は向かい合ってしまってから、彼女にかけるべき言葉がないということに気付いて、一瞬迷った後、率直な疑問が口から出た。
「えーと、一緒に食べる約束してたっけ……?」
 すると、アリスさんは首を横に振る。よかった、この年齢でボケ始めたわけではないらしい。
 同時に、じゃあどうして、という疑問が私の頭に沸いてきたのだが、それを私が聞くよりも先にアリスさんがおずおずと、
「あの、お昼ですけれど……私もご一緒してもよろしいでしょうか」
 嫌です貴女は私の心のポイント(マインドポイントだからMPか……)をどれだけ持っていく気ですか、なんて断るわけにもいかないため、「いいよ」と二つ返事で返した私は自分の席に行って、席をくっつける。
 席に着きながら、彼女はどうして私と一緒に食べたかったんだろうとか考えていると、席に着いてから一分間ほど、アリスさんとの間に会話が一切ないということに気付く。
 一分という時間は短いように思えるかもしれないが二人で向かい合っているこの状態で会話のない一分はきっと、おそらく、かなり長く感じるだろう。
「えーと、アリスさんは彼氏とかいるの?」
「えっ……いません、けど……」
 なんでそんなこと聞くの? という目で見てくるアリスさん。
 唐突にする質問じゃなかった、と質問するにしても内容を深く考えていなかった私はある程度後悔しながらも、なぜか、心のどこかでホッとしていて、慌ててその意味を考える。
こんな可愛い子に彼氏がいない事実から自分がまだ誰とも付き合ったことのないことを肯定化しようとしているのではないか、なんて結論が出てしまい、自分が心の狭くて器の小さい人間だということが露呈したので、軽くショックを受ける。
 そんな私の内心を当然知らないアリスさんは、純粋無垢な質問を返してくる。
「メイヤさんはいらっしゃるのですか?」
「えっ? 私? いるわけないじゃん」
 はははっ、と笑って見せるがなんとなく落ち込む。
 アリスさんの場合、彼氏を作らないだけ。きっとご家庭が厳しいのだろう。
一方で私は母親には早くいい人作れとか言われているのに、その気がない。好きな人すらできない私は、もしかしたらそれを理由に、彼氏を作らないのではなく作れないことをごまかしているのでは、なんてことを考えてしまう。
 くっ、一撃一撃が重いぜ……と、別に悪口を言われているわけでもないのに勝手にダメージを受けている私が胸を押さえていると、自然とアリスさんの弁当を見ていた。
 勝手にお嬢様のようなイメージを持っていた私は、その小さくて可愛らしい弁当に目を奪われる。
「あの、その弁当って……」
「私の手作りですよ、料理は好きなんです」
 ぐはっ、と会心の一撃を受けた私は心の中で私は血を吐く。
 この娘、容姿だけでは飽き足らずまだ女子力を上げているというのか、ばっ、化け物だ……。
 ちなみに私ができる料理の限界は味噌汁までと、我ながら微妙なラインだと思う。
 ダメだ、彼女と話せば話すほど、彼女との距離が遠くなっていくばかりだ。もともと別世界の住人だと感じてはいたが、これでは私の心が持たないぞ。きっと、劣等感に殺される。
 ダメージに恐れおののいた私が、こちらから槍を出さなければ向こうからも来ないと思って、無言でつぶれたサンドイッチを頬張っていると、アリスさんが自分の弁当に手も付けずにこちらを見ていることに気付く。
「えーと……なに?」
「すっ、すみません……あの、どうして私の我が儘を聞いてくれたのかと思いまして」
「? 我が儘って?」
「お昼の約束……していませんでしたのに、メイヤさんは戻ってきてくれたではないですか」
 確かに、ものぐさで面倒くさがりの私がどうしてわざわざ来た道を帰るなんてことをしたのだろうか。
 そりゃ友達からアリスさんが待っているって聞いたからというのもあるけど、別に行けと言われたわけじゃないし、知らなかったことにして午後を過ごすこともできたはずだし、走って戻ってくる必要もなかったはずだ。
 第一に、私が教室での昼食を避けた理由はアリスさんが教室にいるからなのであって、彼女が待っているという理由だけでここへ戻ってくるなんて我ながら矛盾した行動だ。
 いや、待てよ。
 そもそもどうして私はアリスさんを避けたんだろう?
 一緒にいるだけで心がえぐられることが多いからだろうか?
 いや、私が彼女と離れたいと思っていたのは話す前からだ。
 なら、純粋に嫌いだとか?
 馬鹿な、私は生まれてこの方人は見た目だとか、第一印象で嫌いになったことがない。そもそも、アリスさんは別世界の人間ではあるが、嫌悪の対象になるような子じゃない。
 じゃあ、いったい……。
 食べるのやめて考えながらアリスさんを見ていると、やはり、この場から一刻も早く離れたいという思いがある。
 理由は、彼女を見ているだけで、心臓が痛いからだ。
ドキドキドキドキと、心臓病か高血圧かというくらいにとにかく胸が痛くなるのだ。
 こんなこと、今まで生きてきた中で一度たりともなかった現象だ。
 それになぜだか胸が痛いくらいなのに、少し嬉しいような恥ずかしいような感情が渦巻いている。
 ……って、あれ?
 そこまで考えて、私は、自分の感情にようやく気付いてしまう。
その瞬間、顔が熱くなるくらいにほてって、アリスさんにそれを見られまいと、机の中から教科書を取り出すふりをして彼女の目線から見えないようにと顔を隠す。
 いやいや、ちょっと待てや、私。
 この感情って、もしかしなくても、あの病だよね。春先だとかひと夏だとかに多い病院とか行っても治してくれないあの病気。
 いったい、いつから――そうだ、この感情は、彼女が教室に入ってきてからだ。
 ……ってことは、一目惚れか。
 しかもよりにもよって、相手は女の子だぞ。
 子孫とかどうすんのよ、これ……IPSだとか科学頼みすればいいのか、って、そういう問題か!
 机の下で頭を抱えている私に、アリスさんが「大丈夫ですか?」と声をかけてきたので、ガタンッ、と椅子を倒しながら立ち上がった私は、
「なっ、なんでもないから! わわわ、私、ちょっとお花を摘みに行ってまいりますわね」
 ほてった顔を見られまいと、私は自分でも信じられない速さで席を立って、自分でも何を言っているのかわからない言葉を残し、教室を飛び出してく。もう何が何だかわからなかった。
 桜が散ってから一か月もたっている春、どうやら、何の前触れもなく、突如私にも台風のごとく巨大な春が訪れてしまったらしい。
 それも、私自身、想像もしていなかったような意外な色を見せてくる春が。
ホームルームが終わり、さらに午前の授業が新幹線かジェット機のように一瞬で終わって、昼休みになると、アリスさんの周りにはやはりというべきか、沢山の人が集まっていた。
 ちなみに彼女は授業中、(当たり前だが)一睡もしてくれなかったので、気を抜くことを許されなかった私も(珍しく)一睡もしなかった。
 このままじゃもたないので、緊張の糸をほどくためにと、昼休み、アリスさんが囲まれているのを横目に見ながら、コンビニで買ったサンドイッチとパックの牛乳を持って近くの女の子に今日は一人で食べることを告げて私は教室を出ていく。
 ちなみに言っておくと私は友達がいないわけではない。昼休みは数人のグループの中へ入って一緒に食べたのちに眠ることが多いのだが、そのグループがアリスさんを囲んでいるので、入ることができないのだ。
 教室を抜け出した私は、十年ぶりに刑務所から外に出られた囚人のごとくまずは、その場で深呼吸。まったくシャバの空気はうまいぜと、自由を喜び、廊下をスキップで走って(いや、歩いてか?)とにかく一定のリズムに乗って教室から離れていく。
 さて、どこで昼食を食べようか。
 うちの学校の屋上は封鎖されていて生徒は立ち入ることができないし、グラウンドは運動部がご苦労なことに練習しているため砂埃が襲い掛かってくる。体育館もバスケットボールかバレーボールあたりが頭に飛んできそうだし、かといって他の特別教室は鍵がかかっている。他のクラスで食べるなんて自殺行為に等しい選択肢は元からないため、一瞬『便所飯』なんてワードが頭に浮かんだが、即座に却下。これをやったら本当に暗い奴になって、間違いなくいじめられるか誰かにいじめられているのではないかと下手な心配される。
 それらこの学校のあらゆる場所について模索したところ、無難なのはやはり、学食という結果になった私はそのまま学食へ直行していく。
 学食といっても、別に弁当を食べても良い場所なので、コンビニ袋を持って学食へ来た私は一人で座れるような席を探す。一つだけ空いている席でもいいが、できることなら両側に人がいない席がいい。
 といってもそんな都合の良い席はなく、仕方がなく左右お一人様で食べている子の間に入ろうとしたのだが、
「あれ? メイどうしてでここにいるのさ?」
 後ろから声を掛けられて振り返ると、不思議そうにこちらを見つめるヤヨイの姿があった。その後ろにはいつも私が一緒にお昼を食べているグループの女の子たちが接近してきている。
 どうもこうも食べるために決まっているさ、なんて言葉を飲み込んだのは、彼女の後ろから来ている女の子たちの中にアリスさんがいないことに気付いたからだ。
「えーと、クリエールさんは?」
 嫌な予感がして、聞いてみると、首をかしげながら目の前のポニーテール女子に聞くと、
「アリスちゃんなら、メイを待っているって教室にいるけど……もしかして、メイっち約束忘れちゃってたとか?」
「……っ!」
 私は約束なんかしてない。その証拠に彼女と朝以降、会話していないのだから。
 転校初日に一人で昼食を食べているアリスさんのことを想像してしまい、「ありがと」と、ヤヨイに軽くお礼を言ってから駆け出した。
 来た道を私は急いで引き返す。途中転びそうになって手に持っていたコンビニ袋がプレスされたり、小言の多い教師から廊下を走るなと怒鳴られたりしたが、私は気にせずに走っていく。
 私は悪くないはずだ、なのにどうしてこうも必死に息を切らして走っているのだろう。
 そんなことに気付いた私が立ち止まったのは教室の前だった。結局、運動不足の体を酷使して全速力で来てしまったわけだ。
 教室の扉を開けると、すぐにまだ席を立っていないアリスさんはその青い目で私を見てきた。手にある綺麗な黄色い布で包まれた弁当はまだ開けていない。
 そして私は向かい合ってしまってから、彼女にかけるべき言葉がないということに気付いて、一瞬迷った後、率直な疑問が口から出た。
「えーと、一緒に食べる約束してたっけ……?」
 すると、アリスさんは首を横に振る。よかった、この年齢でボケ始めたわけではないらしい。
 同時に、じゃあどうして、という疑問が私の頭に沸いてきたのだが、それを私が聞くよりも先にアリスさんがおずおずと、
「あの、お昼ですけれど……私もご一緒してもよろしいでしょうか」
 嫌です貴女は私の心のポイント(マインドポイントだからMPか……)をどれだけ持っていく気ですか、なんて断るわけにもいかないため、「いいよ」と二つ返事で返した私は自分の席に行って、席をくっつける。
 席に着きながら、彼女はどうして私と一緒に食べたかったんだろうとか考えていると、席に着いてから一分間ほど、アリスさんとの間に会話が一切ないということに気付く。
 一分という時間は短いように思えるかもしれないが二人で向かい合っているこの状態で会話のない一分はきっと、おそらく、かなり長く感じるだろう。
「えーと、アリスさんは彼氏とかいるの?」
「えっ……いません、けど……」
 なんでそんなこと聞くの? という目で見てくるアリスさん。
 唐突にする質問じゃなかった、と質問するにしても内容を深く考えていなかった私はある程度後悔しながらも、なぜか、心のどこかでホッとしていて、慌ててその意味を考える。
こんな可愛い子に彼氏がいない事実から自分がまだ誰とも付き合ったことのないことを肯定化しようとしているのではないか、なんて結論が出てしまい、自分が心の狭くて器の小さい人間だということが露呈したので、軽くショックを受ける。
 そんな私の内心を当然知らないアリスさんは、純粋無垢な質問を返してくる。
「メイヤさんはいらっしゃるのですか?」
「えっ? 私? いるわけないじゃん」
 はははっ、と笑って見せるがなんとなく落ち込む。
 アリスさんの場合、彼氏を作らないだけ。きっとご家庭が厳しいのだろう。
一方で私は母親には早くいい人作れとか言われているのに、その気がない。好きな人すらできない私は、もしかしたらそれを理由に、彼氏を作らないのではなく作れないことをごまかしているのでは、なんてことを考えてしまう。
 くっ、一撃一撃が重いぜ……と、別に悪口を言われているわけでもないのに勝手にダメージを受けている私が胸を押さえていると、自然とアリスさんの弁当を見ていた。
 勝手にお嬢様のようなイメージを持っていた私は、その小さくて可愛らしい弁当に目を奪われる。
「あの、その弁当って……」
「私の手作りですよ、料理は好きなんです」
 ぐはっ、と会心の一撃を受けた私は心の中で私は血を吐く。
 この娘、容姿だけでは飽き足らずまだ女子力を上げているというのか、ばっ、化け物だ……。
 ちなみに私ができる料理の限界は味噌汁までと、我ながら微妙なラインだと思う。
 ダメだ、彼女と話せば話すほど、彼女との距離が遠くなっていくばかりだ。もともと別世界の住人だと感じてはいたが、これでは私の心が持たないぞ。きっと、劣等感に殺される。
 ダメージに恐れおののいた私が、こちらから槍を出さなければ向こうからも来ないと思って、無言でつぶれたサンドイッチを頬張っていると、アリスさんが自分の弁当に手も付けずにこちらを見ていることに気付く。
「えーと……なに?」
「すっ、すみません……あの、どうして私の我が儘を聞いてくれたのかと思いまして」
「? 我が儘って?」
「お昼の約束……していませんでしたのに、メイヤさんは戻ってきてくれたではないですか」
 確かに、ものぐさで面倒くさがりの私がどうしてわざわざ来た道を帰るなんてことをしたのだろうか。
 そりゃ友達からアリスさんが待っているって聞いたからというのもあるけど、別に行けと言われたわけじゃないし、知らなかったことにして午後を過ごすこともできたはずだし、走って戻ってくる必要もなかったはずだ。
 第一に、私が教室での昼食を避けた理由はアリスさんが教室にいるからなのであって、彼女が待っているという理由だけでここへ戻ってくるなんて我ながら矛盾した行動だ。
 いや、待てよ。
 そもそもどうして私はアリスさんを避けたんだろう?
 一緒にいるだけで心がえぐられることが多いからだろうか?
 いや、私が彼女と離れたいと思っていたのは話す前からだ。
 なら、純粋に嫌いだとか?
 馬鹿な、私は生まれてこの方人は見た目だとか、第一印象で嫌いになったことがない。そもそも、アリスさんは別世界の人間ではあるが、嫌悪の対象になるような子じゃない。
 じゃあ、いったい……。
 食べるのやめて考えながらアリスさんを見ていると、やはり、この場から一刻も早く離れたいという思いがある。
 理由は、彼女を見ているだけで、心臓が痛いからだ。
ドキドキドキドキと、心臓病か高血圧かというくらいにとにかく胸が痛くなるのだ。
 こんなこと、今まで生きてきた中で一度たりともなかった現象だ。
 それになぜだか胸が痛いくらいなのに、少し嬉しいような恥ずかしいような感情が渦巻いている。
 ……って、あれ?
 そこまで考えて、私は、自分の感情にようやく気付いてしまう。
その瞬間、顔が熱くなるくらいにほてって、アリスさんにそれを見られまいと、机の中から教科書を取り出すふりをして彼女の目線から見えないようにと顔を隠す。
 いやいや、ちょっと待てや、私。
 この感情って、もしかしなくても、あの病だよね。春先だとかひと夏だとかに多い病院とか行っても治してくれないあの病気。
 いったい、いつから――そうだ、この感情は、彼女が教室に入ってきてからだ。
 ……ってことは、一目惚れか。
 しかもよりにもよって、相手は女の子だぞ。
 子孫とかどうすんのよ、これ……IPSだとか科学頼みすればいいのか、って、そういう問題か!
 机の下で頭を抱えている私に、アリスさんが「大丈夫ですか?」と声をかけてきたので、ガタンッ、と椅子を倒しながら立ち上がった私は、
「なっ、なんでもないから! わわわ、私、ちょっとお花を摘みに行ってまいりますわね」
 ほてった顔を見られまいと、私は自分でも信じられない速さで席を立って、自分でも何を言っているのかわからない言葉を残し、教室を飛び出してく。もう何が何だかわからなかった。
 桜が散ってから一か月もたっている春、どうやら、何の前触れもなく、突如私にも台風のごとく巨大な春が訪れてしまったらしい。
 それも、私自身、想像もしていなかったような意外な色を見せてくる春が。
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