優しい希望をもたらすものは?

ノベルバユーザー173744

優希は目を覚ましました。

うとうととたゆとうのは、夢の泉。


はちすの花は、汚れた世界みずでも、すっと茎をつぼみを持ち上げ、両手を広げるように一枚一枚花びらを開く。
その美しさはとても繊細で、その汚れなき花が羨ましく、



「……うちは……池におるふなやなぁ……金魚になれん……錦鯉にも……」



コンコンと眠る優希ゆうきが呟いた。
手を握り、見守っていたタツエははっとして、

「ゆう?」
「……可愛くない……綺麗じゃない……泥臭い。汚い。何で?それでも、エエのに……泥が駄目なら、田んぼも畑もダメじゃない……」

ぽつりぽつり溢す。

「もう、いい……可愛くなくて……いい……いなくなれば……いい……」
「優よぉ‼何をいよるんで‼」
「お祖母さん……うわごとです」

来てもらった医師に、診察をしてもらう。

「血行が悪いのと、唇が青いのは体温調節がうまくいっていないのだと思います。起きられるようになったら、動くようにしてあげるといいでしょう。それに……まだ起こすのは時期尚早かと思いますよ」
「何ででしょう⁉」
「優希さんは、現実を考えるのが苦痛なんです。養子縁組が整い、新しい御両親が来るまで、お休みさせてあげて下さい」
「もう、会えんかも……」

嘆くタツエに、

「お袋……よしが一番辛いんやけん……」
「分かっとる……やけど……」

祖母に手を握ってもらいながら、優希は、

「車に酔うけど、酔わなくなったら、日向ひなたさんの……お家の、車の助手席乗って、ドライブいきたいな……」

えへへ……照れくさそうに、はにかむ。

「お弁当もって、行きたいな……頑張って料理作らなきゃ……」

ぽつりぽつり溢す本当に可愛らしい夢。

「おばあちゃん……元気かな。会いたいなぁ……おばあちゃん……」
「優よぉ‼ここにおる‼ここにおるで‼ここにおる」
「……主李かずいくんも、実里みのりくんも……ごめんなさい……」

ポツッと呟き、そのまますぅっと寝入る。



数日、眠らせるが、優希が漏らすのは、

「お父さんのご飯が食べたいな。お母さんのは美味しくない……自分で作る……それに、おばあちゃんやおいちゃんのお家のお料理、好き」

とか、

「高校いきたい……勉強したい……」
「主李くんとお出掛けしたいな……」

と、本当に本当にたわいもない、ごく日常のこと。
それと、

「かずき……。ごめんね、ごめんね。一緒におれば良かったんよ。お姉ちゃんが悪かったんよ。お姉ちゃんが……守らんと‼」

と、カッと目を見開き、身を起こそうとする。
危険が及ぶのをよしとしない周囲が、特に点滴をしている右腕と、右足を外したり暴れてはいけないため軽く拘束しているのだが、毎回、

「い、いややぁぁ~わぁぁん‼誰か、うちは誰?うちは誰?お姉ちゃんいややぁぁ~もうやだぁぁ。はずしてぇぇ~‼」

と泣きじゃくる。
他の人々は仕事や学校のため忙しく、祖母のタツエや学校を休学している竜樹たつきが、

「優よぉ?ゆう。大丈夫や。泣かんでええ……泣かれん」
「ゆうちゃん。ゆうちゃん。かずき元気になりよるよ。大丈夫やけん泣かれん」
「わぁぁん!‼おばあちゃん……ごめんね、ごめんね。うちが、お姉ちゃんやけんしっかりしとらないかんかったのに、おばあちゃん、うちが悪いんよ。全部悪いんよ。生まれてきたんが悪いんよ……だから、お父さんは、怒らんといて……」
「怒っとらんで……ゆうちゃん。ばあちゃんは良明のことは怒っとらんで?それよりも、ばあちゃんは……優しい優希が、こがいになるまで、辛い思いをしとったんを、知らんかったばあちゃんが、ばあちゃんのほうが……悪かったなぁ……ごめんなぁ……」

タツエは涙を流す。

こんなに苦しむ孫を……家から出した息子の家族に遠慮して、立ち入らなかったことを悔やむ。



いまさら思えば、この孫娘は幼い頃から何かにつけ、遠慮と言うか、一言目には、

「おばあちゃん、ありがとう。優希、お姉ちゃんだから、大丈夫、一緒に運べるよ」
「おばちゃん、お手伝いするね?……む、虫‼……嫌いだけど、大丈夫‼」
「おじちゃん……ねぇねぇ、あのお話聞かせて‼昔、お父さんと猟に行ったんでしょ?お話‼優希、猟師さんになる‼」

と必死に子供なりに、アピールと言うよりも、

『自分にも何かできる』
『自分もお手伝いできる』

そして、

『ここにいてもいいよね?頑張れたらいられるよね?』

そう言いたかったらしい。
しかし、その幼い子供のシグナルに、自分達大人は、

「また、あの優希は……」
「悪戯はせんけど、ちょこまかちょこまかと……」
「本当に元気やのぉ……」

とそのまま、見た目通りの子供だと思っていた。
しかし、時々、休みごとにやって来る度に、ひどい車酔いで真っ青な顔でよたよたと、聞けば来るとちゅうにビニール袋を持って来た分全て使いきるまで吐き、胃液を吐くまで繰り返しやって来る姿。

「そこまでせんで来んでも……」

と、何度思ったか知れない。

しかし、それは優希が、自分達に無意識に助けを求めていたのだ。
それと、付いてきても何もしようとしない母親や、ただ無邪気に遊ぶ、甘える、ねだる兄弟の代わりに、小さな手で『手伝う』ことを……自分に課していたのだ。



タツエは泣きながら、思い出したように持って来た袋を探しとり出す。

「ゆうちゃん。これなぁ?小さい頃、ゆうちゃんが持ってきとった本やろ?誰のかわからんかって、引き出しにしまっとったんよ」
「あ……源氏物語‼うちの‼」

もう、10年近く前の本で、タツエも最初、他の娘達の子供の忘れ物だと思い、聞いて回ったが、年長の孫達は揃って、その『小学高学年向け物語集』を見て、

「そんなん、僕ら見んよ。学校にあるもん」
「そうやで。ばあちゃん。ぼくら知らん」

その次に年長の孫娘二人は、

「『源氏物語』?」
「なに~?それ。うちら知らん。おばちゃんちのお兄ちゃんの本じゃないん?」

と首を振る。

その下は、小学生の優希の兄の誠一郎せいいちろう
誠一郎は読むタイプではないので聞かなかった。
いや、幼稚園の優希が読めるとは思っていなかったのだ。



「ずっと気になっとって、もしかして思って、ゆうちゃんに会いに来るときに、持って来たんよ。それにな?」

もうひとつ取り出したのは、金の懐中時計。
古い物で、でも、いわれのあるもの……。
それを握らせ、その上からそっと握りしめる。

「これを、ゆうちゃんはいつもいつも『好きや』『綺麗……』言うとったやろ?」
「これ、おじいちゃんの遺品……隠居に吊るしとって……」
「これをあげるけん。持っとき。じいちゃんが優希を見守ってくれとるけん。ばあちゃんも、みんなや」

目を見開き、

「いいの?おじいちゃんの、宝物って……」
「レプリカ……複製品の時計なんよ。ほんもんやったらお宝やのに、そんなに値打ちはないけんなぁ……。でも、じいちゃんがゆうちゃんにって思とる。やけんかまんかまん」
「……おばあちゃん……」

うえぇぇぇ……

泣きじゃくる。

「ごめんなさい。ごめんね。優希、いいこじゃのうて、あかんこでごめんね。でもね……優希、おばあちゃんの孫で良かった。お父さんの娘で良かった……おばあちゃんもお父さんも大好きなんよ。でも、曽我部優希そがべゆうきには、生まれたなかった……」
「……優希……」
「なりたなかった……もう、『曽我部優希』はいらん‼おりたない‼竜樹は嫌いじゃない。『お姉ちゃん』が嫌なんよ~。ごめんなさい。竜樹、ごめんなさい」

わぁぁんと泣きながら、訴える孫に、

「謝らんでええ、ゆうちゃんは悪うない。泣かんでええんで?」
「おばあちゃん。元気になったら、優希は……曽我部の家に戻らんといかん。かずきがおる‼かずき……本当はいいかんけど、夏休みにバイトして、かずきの病院のお金を……でも、戻るの怖い……いややぁぁ」
「竜樹‼先生を‼」
「うん‼」

ナースコールをする。
すぐに、

『はい、何がありました?』
「ゆ、ゆうちゃんが、目を覚ましました‼泣きじゃくって……」
『解りました。すぐ参ります』

その声からさほどせず、看護師と、穏和そうな夫婦が姿を見せる。
すぐに室内に入り、処置をしていく看護師と、手伝うタツエ。
竜樹は、いつもは姉がしていたように、そっと近づき頭を下げる。

「初めまして。曽我部竜樹そがべたつきと申します。中学校二年生です。お見舞いですか?あの……お、ゆうちゃんは……」
「初めまして。竜樹ちゃんだね」

ニッコリと微笑むのは着物姿の上品な夫婦。

「私は醍醐だいご……松尾醍醐まつのおだいごの伯父で賀茂賢樹かもさかき。そして……」
「妻の紅葉もみじと申します。よろしゅうおたのもうします」
「おいはん、おばはんも……あてのこと、忘れとるやろ‼」

後でぶつぶつ漏らすのは、醍醐の兄の標野しめの



彼は、二人の新しい両親を空港まで迎えに行っていたらしい。

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