ユズリハあのね
「キラキラ星」
「それじゃあ二人とも、またね~」
「うん、また。時間があったら《鍛冶屋》にも来てね」
「またッス! 整理とか相談とか、いろいろ助かったッス! ありがとうごさました! ッス!」
瞳が手を振ると、二人はそれぞれ返事をします。
ヌヌ店長がお迎えにやって来て、瞳と美星のユグードの森観光ツアーも終わりを迎えようとしています。
「そうッス、瞳さん!」
「ん? どしたの~?」
何かを思いついたようにヒーナは手を打ち、「ちょっとだけ待っててくださいッス」と言ってスビャッと陶芸専門店《大地に槌》へ入っていきました。
なにごとか? と首を傾げている間に戻ってきました。本当にちょっとだけしか待っていません。やはり忍者のようでした。
「これ! ビー玉のお礼ッス!」
「これは……リスさん、だっけ~?」
「そうッスよ」
ヒーナが持ってきてくれたのはフクロウとはまた別の守り神であるリスの小物。お店のあちこちに隠れていた物のうちのひとつでしょう。
全てヒーナが勝手に作って勝手に置いている物なので、ヒーナがいいと言うならば譲っても問題はありません。
なので心置きなくもらっておくことにしました。可愛いし。
「ありがとう~。大切にするね~!」
「そうしてくださいッス!」
「それじゃあまたね~」
こうして、解散という流れになったのでした。
***
従業員の瞳、観光客の美星、そしてフクロウのヌヌ店長。二人と一羽はヌヌ店長を先頭に《ヌヌ工房》へと帰りました。
いつの間にか陽虫の光は弱まり、森の中は暗闇に包まれていて、代わりに光を蓄えた夜虹石が街頭代わりに輝いてキラキラと森を美しく彩っています。
扉を開けて、かろかろかろん、といつもの音がお出迎え。いつ聞いても心安らぐ音でした。
続いて出迎えてくれたのは、瞳の尊敬する大好きな先輩。
「あら、お帰りなさい♪」
「ただいまです、セフィリアさん~!」
全く疲れを見せないその表情に安心をもらって、瞳は元気に返事をしました。
にっこりと微笑んで、二人を迎えてくれた先輩のセフィリア。今日1日ずっと一人でお店を支えてきても、朗らかな笑顔はちっとも崩れません。
疲れを微塵も感じさせないのは、さすがプロとでも言うべきでしょうか。
セフィリアの笑顔は美星にも向けられました。
「美星ちゃんも、お帰りなさい♪」
「っ! …………た、ただいま、です」
自分にも「お帰りなさい」と言われるとは思っていなかった美星は、少し面食らったように驚いていましたが、恥ずかしそうに頬を染めながら返事をしました。
どこか言い慣れていないような、そんなぎこちなさを感じましたが、それは些細な問題です。
ちゃんと帰ってきて、「お帰りなさい」に「ただいま」と応えることができる。
それで、それだけで、充分なのでした。
「美星ちゃん、森の観光はどうだったかしら? 気に入ってもらえたなら嬉しいのだけど……」
「……楽しかった、です。その……とても」
「ふふふ、それなら良かったわ♪」
視点を低くして目線を合わせ、セフィリアはいつものように笑いました。
「んあ~……はふぅ。やっぱり落ち着くな~」
瞳は大きく伸びをして、肺いっぱいに深呼吸。
木の良いにおいに包まれて、瞳は帰ってきたのだと実感します。いつだったかヒーナが「優しさと笑顔の香りがするッス」と言っていたのをふと思い出しました。
なるほど、と納得してしまう瞳なのでした。
「ふふふ♪ 落ち着いてるところ悪いんだけど、閉店時間までもうちょっとだから、それまでは頑張りましょう?」
「あい~!」
気合いを入れ直して、ぴしっと敬礼。瞳のふわふわと跳ねた髪がびよんびよん。気合が入っているのかいないのかよくわかりません。
「それじゃあちょっとだけお店のことお願い。私は美星ちゃんとお話があるから」
「らじゃ~!」
セフィリアの言いつけ通り、瞳はさっそく仕事を再開します。
「…………」
パタパタと品物の整理などを始める瞳。その姿を視界に映しながら、美星はきょろきょろ。なんだか落ち着きがありません。
両親の姿を期待して探していたのですが、どこにも見当たりません。狭い店内ですので、それはすぐにわかりました。
まだどこかでデートと洒落込んでいるのかもしれません。
「美星ちゃん、こっちでお話ししましょう?」
セフィリアは手招きをして、休憩スペースに呼び寄せました。お店のことは帰ってきた瞳とヌヌ店長に任せて、美星に大切なお話をする必要があるからです。
「…………」
手招きに従って美星はセフィリアの対面に座りましたが、身を小さくして心なしか壁を作っているようでした。それを感じて、大人なセフィリアは無理に踏み込むようなことはしません。
そっと、刺激しないように優しく語りかけます。
「ご両親のことなんだけど、まだ忙しいみたいなの。それで提案なんだけど、今夜はうちにお泊まりしていかない? 許可はもらってるから、美星ちゃんさえ良ければ、なんだけど。どうかしら?」
「……お泊まり、です?」
「ええそう。お泊まりよ♪」
どうかしら? とセフィリアは頬に手を当てて首を傾げました。
美星は観光客なので、当然どこかに宿を取っているはずです。もちろん本来ならばそこへ戻るべきですが、事情が事情でした。
美星の家庭の事情は、実は少しばかり複雑なのです。
セフィリアは優しく、心の氷をゆっくりと溶かす暖かな太陽のように、柔らかに。
「ここにいた方が、ご両親も安心すると思うわ。それに瞳ちゃんやヌヌ店長もいるし、もちろん私だってもっと美星ちゃんと仲良くなりたいもの。瞳ちゃんばっかりズルイと思わない?」
《ヌヌ工房》を空けるわけにはいかないし、美星の両親と連絡を取る必要があったから仕方なく残っただけで、セフィリアも美星と一緒に観光がしたかったようでした。
唇を尖らせる拗ねたような顔は、誰にも見せない、見せたことのない、ここだけの特別。
「…………」
「ふふふ♪ こんなこと言われても困っちゃうわよね、ごめんなさいね?」
片目を閉じて謝る女性は、意外にも思えて、でもとても似合っていました。
こんなに嬉しくて、心踊るお誘いは今までにあっただろうか?
内心で、首を振りました。
欲しいものを買ってあげると言われたときよりも、行きたいところに連れて行ってあげると言われたときよりも、それは嬉しい言葉だったのです。
「…………」
考えて。正しくは考えるフリをして。
小さな唇は、正直な気持ちを奏でました。
「……お邪魔で、なければ」
「とんでもない。こっちからお願いしてるんだもの、お邪魔なんてことはないわ♪ そうと決まれば着替えを用意しておかないといけないわね♪」
両手を合わせて微笑むセフィリアは、「その言葉を待ってました!」と言わんばかりに楽しそう。
今日会ったばかりの赤の他人なのに。瞳も、ヒーナも、ヒジリも、言葉を交わした人みんな、この森の人はこんなにも気持ちよく笑う。
いつの間にか、美星の表情も緩んでいて。
「うんうん、それでいいのよ」
「……え?」
一瞬、セフィリアが何を言っているのか美星にはわかりませんでした。何がそれでいいのか、と。
でも、すぐにわかりました。
「美星ちゃんは笑っているほうが、何倍も可愛らしいわよ♪」
美星に笑っていた自覚はなくて、プニプニなほっぺたをぐにぐにと触ってみました。言われてみれば確かに、少し笑っていたような気がしなくもありません。
でも、それでいいんだ。
ここなら、笑っても大丈夫なんだ。
「――ありがとう、です」
美星は、笑いました。
それはぎこちなさのある笑顔でしたが、一番星のようにキラキラと輝いた、晴れやかな笑顔でした。
「うん、また。時間があったら《鍛冶屋》にも来てね」
「またッス! 整理とか相談とか、いろいろ助かったッス! ありがとうごさました! ッス!」
瞳が手を振ると、二人はそれぞれ返事をします。
ヌヌ店長がお迎えにやって来て、瞳と美星のユグードの森観光ツアーも終わりを迎えようとしています。
「そうッス、瞳さん!」
「ん? どしたの~?」
何かを思いついたようにヒーナは手を打ち、「ちょっとだけ待っててくださいッス」と言ってスビャッと陶芸専門店《大地に槌》へ入っていきました。
なにごとか? と首を傾げている間に戻ってきました。本当にちょっとだけしか待っていません。やはり忍者のようでした。
「これ! ビー玉のお礼ッス!」
「これは……リスさん、だっけ~?」
「そうッスよ」
ヒーナが持ってきてくれたのはフクロウとはまた別の守り神であるリスの小物。お店のあちこちに隠れていた物のうちのひとつでしょう。
全てヒーナが勝手に作って勝手に置いている物なので、ヒーナがいいと言うならば譲っても問題はありません。
なので心置きなくもらっておくことにしました。可愛いし。
「ありがとう~。大切にするね~!」
「そうしてくださいッス!」
「それじゃあまたね~」
こうして、解散という流れになったのでした。
***
従業員の瞳、観光客の美星、そしてフクロウのヌヌ店長。二人と一羽はヌヌ店長を先頭に《ヌヌ工房》へと帰りました。
いつの間にか陽虫の光は弱まり、森の中は暗闇に包まれていて、代わりに光を蓄えた夜虹石が街頭代わりに輝いてキラキラと森を美しく彩っています。
扉を開けて、かろかろかろん、といつもの音がお出迎え。いつ聞いても心安らぐ音でした。
続いて出迎えてくれたのは、瞳の尊敬する大好きな先輩。
「あら、お帰りなさい♪」
「ただいまです、セフィリアさん~!」
全く疲れを見せないその表情に安心をもらって、瞳は元気に返事をしました。
にっこりと微笑んで、二人を迎えてくれた先輩のセフィリア。今日1日ずっと一人でお店を支えてきても、朗らかな笑顔はちっとも崩れません。
疲れを微塵も感じさせないのは、さすがプロとでも言うべきでしょうか。
セフィリアの笑顔は美星にも向けられました。
「美星ちゃんも、お帰りなさい♪」
「っ! …………た、ただいま、です」
自分にも「お帰りなさい」と言われるとは思っていなかった美星は、少し面食らったように驚いていましたが、恥ずかしそうに頬を染めながら返事をしました。
どこか言い慣れていないような、そんなぎこちなさを感じましたが、それは些細な問題です。
ちゃんと帰ってきて、「お帰りなさい」に「ただいま」と応えることができる。
それで、それだけで、充分なのでした。
「美星ちゃん、森の観光はどうだったかしら? 気に入ってもらえたなら嬉しいのだけど……」
「……楽しかった、です。その……とても」
「ふふふ、それなら良かったわ♪」
視点を低くして目線を合わせ、セフィリアはいつものように笑いました。
「んあ~……はふぅ。やっぱり落ち着くな~」
瞳は大きく伸びをして、肺いっぱいに深呼吸。
木の良いにおいに包まれて、瞳は帰ってきたのだと実感します。いつだったかヒーナが「優しさと笑顔の香りがするッス」と言っていたのをふと思い出しました。
なるほど、と納得してしまう瞳なのでした。
「ふふふ♪ 落ち着いてるところ悪いんだけど、閉店時間までもうちょっとだから、それまでは頑張りましょう?」
「あい~!」
気合いを入れ直して、ぴしっと敬礼。瞳のふわふわと跳ねた髪がびよんびよん。気合が入っているのかいないのかよくわかりません。
「それじゃあちょっとだけお店のことお願い。私は美星ちゃんとお話があるから」
「らじゃ~!」
セフィリアの言いつけ通り、瞳はさっそく仕事を再開します。
「…………」
パタパタと品物の整理などを始める瞳。その姿を視界に映しながら、美星はきょろきょろ。なんだか落ち着きがありません。
両親の姿を期待して探していたのですが、どこにも見当たりません。狭い店内ですので、それはすぐにわかりました。
まだどこかでデートと洒落込んでいるのかもしれません。
「美星ちゃん、こっちでお話ししましょう?」
セフィリアは手招きをして、休憩スペースに呼び寄せました。お店のことは帰ってきた瞳とヌヌ店長に任せて、美星に大切なお話をする必要があるからです。
「…………」
手招きに従って美星はセフィリアの対面に座りましたが、身を小さくして心なしか壁を作っているようでした。それを感じて、大人なセフィリアは無理に踏み込むようなことはしません。
そっと、刺激しないように優しく語りかけます。
「ご両親のことなんだけど、まだ忙しいみたいなの。それで提案なんだけど、今夜はうちにお泊まりしていかない? 許可はもらってるから、美星ちゃんさえ良ければ、なんだけど。どうかしら?」
「……お泊まり、です?」
「ええそう。お泊まりよ♪」
どうかしら? とセフィリアは頬に手を当てて首を傾げました。
美星は観光客なので、当然どこかに宿を取っているはずです。もちろん本来ならばそこへ戻るべきですが、事情が事情でした。
美星の家庭の事情は、実は少しばかり複雑なのです。
セフィリアは優しく、心の氷をゆっくりと溶かす暖かな太陽のように、柔らかに。
「ここにいた方が、ご両親も安心すると思うわ。それに瞳ちゃんやヌヌ店長もいるし、もちろん私だってもっと美星ちゃんと仲良くなりたいもの。瞳ちゃんばっかりズルイと思わない?」
《ヌヌ工房》を空けるわけにはいかないし、美星の両親と連絡を取る必要があったから仕方なく残っただけで、セフィリアも美星と一緒に観光がしたかったようでした。
唇を尖らせる拗ねたような顔は、誰にも見せない、見せたことのない、ここだけの特別。
「…………」
「ふふふ♪ こんなこと言われても困っちゃうわよね、ごめんなさいね?」
片目を閉じて謝る女性は、意外にも思えて、でもとても似合っていました。
こんなに嬉しくて、心踊るお誘いは今までにあっただろうか?
内心で、首を振りました。
欲しいものを買ってあげると言われたときよりも、行きたいところに連れて行ってあげると言われたときよりも、それは嬉しい言葉だったのです。
「…………」
考えて。正しくは考えるフリをして。
小さな唇は、正直な気持ちを奏でました。
「……お邪魔で、なければ」
「とんでもない。こっちからお願いしてるんだもの、お邪魔なんてことはないわ♪ そうと決まれば着替えを用意しておかないといけないわね♪」
両手を合わせて微笑むセフィリアは、「その言葉を待ってました!」と言わんばかりに楽しそう。
今日会ったばかりの赤の他人なのに。瞳も、ヒーナも、ヒジリも、言葉を交わした人みんな、この森の人はこんなにも気持ちよく笑う。
いつの間にか、美星の表情も緩んでいて。
「うんうん、それでいいのよ」
「……え?」
一瞬、セフィリアが何を言っているのか美星にはわかりませんでした。何がそれでいいのか、と。
でも、すぐにわかりました。
「美星ちゃんは笑っているほうが、何倍も可愛らしいわよ♪」
美星に笑っていた自覚はなくて、プニプニなほっぺたをぐにぐにと触ってみました。言われてみれば確かに、少し笑っていたような気がしなくもありません。
でも、それでいいんだ。
ここなら、笑っても大丈夫なんだ。
「――ありがとう、です」
美星は、笑いました。
それはぎこちなさのある笑顔でしたが、一番星のようにキラキラと輝いた、晴れやかな笑顔でした。
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