ユズリハあのね

鶴亀七八

「あっちへこっちへ大忙し」

 ――前略。

 お元気ですか? わたしは元気です。

 夏休みが始まってから約1週間が経過しました。今までとは違う森の雰囲気にもそれとなく慣れてきて、少し余裕が出てきたような気がします。

 ヌヌ工房の売り上げは上々で、毎日お客さんがたくさんきてくれます。大変ですけど、とっても嬉しいことですね。

 でも本当に大変なのは夏休みも終わりが近づいてきた頃だそうです。

 言われてみれば当然ですよね。ヌヌ工房にはお土産を買いに来る人がほとんどですから、荷物になるものは後回しにしますよね。

 緑星リュイシーには地球シンアースへの郵送システムもありますから、早めに買ったお客様はそれを主に利用したんじゃないでしょうか。

 わたしみたいに忘れっぽい人で、お土産買い忘れる前に買って送っておこう、みたいな感じでしょうか?

 旅行のプランは人それぞれ。ゆっくり堪能する人もいれば、急いで色んなところを見て回りたい人もいるでしょう。

 いずれにしても、出会いを求めているのだと、わたしは思います。

 ゆっくりなら隅々まで見れて、新しい発見があるかもしれません。急いでいればそれだけ行動範囲が広がっていろんなものを見れます。

 その行き先がここだと嬉しいなー。なんて。

 それでは、今日もお客様のステキな思い出作りのお手伝いに尽力してまいります!

 えいえいおー!

 森井もりいひとみ――3023.8.5



   ***



 本日も木工品取扱店《ヌヌ工房》は大忙し。狭い店内なのでお客さんの絶対数は少ないですが、それでも人口密度はなかなかのものです。

 場所によってはおしくらまんじゅうが始まってしまいます。

 そんな中、ひーこらいいながら目を回しているのは瞳です。

 エプロンドレス風な若葉色の制服に身を包み、髪は寝癖なのか癖っ毛なのか元気に跳ね回ったほわわんとした印象の女の子。

「すみませーん。ちょっと聞きたいんですけどぉー」
「あい~! しょ、少々お待ち~を!」

 女性のお客さんから呼び声がかかりました。それに間延びしたように返事をしつつ向かいます。

 意外と出るとこは出ている体を無理やり引っ込めて、「しつれいしま~す……」とお客さんの隙間を縫って移動します。

 商品にぶつかってもいけませんから、これだけでもなかなかに神経が削られます。

 なんとか無事にたどり着いた瞳は口の中だけで「ふぃ~……」と一息ついてから、

「お待たせしました~」

 と言いながら笑顔を浮かべます。営業スマイルではありません。笑顔です。

「これ、なんですけどぉ。何なんですか?」

 ずいぶんとザックリとした質問が飛んできましたが、女性が指差す先の商品は、なるほど確かに、素人の目にはよくわからないものでした。

【カラクリ箱】と書かれたタグが付いたそれは、立方体の箱……と言うよりはもはやブロックと言ったほうが正しいでしょう。それぞれの面には一つから六つの窪みがあり、いわゆるサイコロと呼ばれる形をしていました。

 サイコロにしては大きいカラクリ箱を見て、瞳は丁寧に説明します。

「これはカラクリ箱と言ってですね~、特殊な手順を踏まないと開かない仕組みになってるんですよ~」
「へぇ。だから開かなかったのか。壊れてるわけじゃなかったのねぇー」

 納得したように言う女性でしたが、その顔は全然納得していません。ムスッとしています。

 瞳には彼女の気持ちがわかりました。開け方がわからなくて悔しいのでしょう。

「よろしければ開け方をお教えしますけど~……?」

 瞳は恐る恐る、遠慮がちに聞きました。自分と同じ気持ちであるならば、問いに対する答えには想像がついていたからです。

 しかし店員という立場上聞かないわけにはいかないのでした。

 女性の返答は、

「いや! 自分でもうちょっと頑張ってみます!」

 ですよね~そうなりますよね~と、心の中で思いながら、

「わかりました~。聞きたいときはいつでも聞いてくださいね~」

 すでにカラクリ箱に熱中している女性へ、聞こえているのかわかりませんでしたが言い置いて、仕事に戻ります。

「すみません、こっちも少しいいですか?」
「ぅあい~! 少々お待ち~を!」

 見計らったかのように声をかけてきたのは男性客でした。実際に瞳の対応が終わるのを見計らっていました。

 反対側なのでこれまた移動がさぁ大変。狭い店内のはずなのに、妙に時間がかかってしまいます。

「お待ちをしました!」
「え?」
「お、お待たせしました~……!」

 慌てすぎて変な噛みかたをしてしまいました。

 男性は小さくクスリと笑い、

「焦らなくても大丈夫ですよ。急いでませんから」
「す、すみません。ありがとうごさいます~」

 ぺこりと頭を下げてお礼。優しそうな男性で良かったです。

「それで、ここに書いてあることなんですけど」

 と、男性が指差す先にはポップが置かれ、そこには「お好きな文字、彫ります」と書かれていました。

 好きな商品に好きな文字でも言葉でも、無料で彫るというサービスをしていたのです。

「これって、文字じゃなくても可能ですか? 模様とか」
「大丈夫ですよ~。どんな模様か教えていただければ」

 瞳の返答に「なるほど……」と小さく呟くように納得し、男性は何かを考え始めました。

 少しして、口を開きました。

「じゃあ、このスプーンに鱗みたいな模様を彫ってもらえませんか? 魚みたいなデザインなので、もっと寄せてみようかと」
「おほぉう」

 本気で納得してしまって、変な声が出てしまう瞳でした。

 男性は怪訝な表情を浮かべましたがすぐに払拭して、「できそうですか?」と聞いてきました。

「あい! やってみます!」
「では、お願いします」

 男性からスプーンを受け取り、レジ側の隅っこへ。

 レジで別のお客さんと接客中の先輩、セフィリアの隣で自分の彫刻刀を取り出し、大きく深呼吸。

 彫ったところに物が詰まりにくいように丸刃を選び、いざ彫り彫りです。

 木の板を使って何度も何度も練習しましたから、感覚は手に馴染んでいます。体が覚えていました。

 しかし相手は木の板ではなくスプーンです。勝手が違うので苦戦するかもと内心でヒヤヒヤしていた瞳でしたが、彫刻刀は体の一部とでもいうように、スラスラと彫れているではありませんか。

「お上手ですね」

 覗き込むようにして瞳の手元を見ていた男性が素直な感想を口にします。

「えへへ~。ありがとうこざいます~」

 ほにゃりと笑みが浮き出てきてしまいました。セフィリアに褒められるのも嬉しいですが、お客さんに褒められるのも同じくらい嬉しいものでした。

「こんな感じでいかがでしょう? 何かあれば遠慮なく言ってください。作り直しますから~」

 思いのほか早く、そして上手くできたと自画自賛するのは後回しにして、完成したものを男性に手渡しました。

「いえ、これで充分ですよ。ありがとうこざいます」

 瞳の作業をずっと見ていましたから、男性の返答は早いものでした。

「では、そちらの商品をレジのほうに――」

「ひらいたーーっ!!!!!」

 お会計の案内が店内からの感極まったような絶叫でかき消されてしまいました。

 お客さんも含め、店内にいた全員の注目を集めたのは、カラクリ箱に四苦八苦していた女性でした。

「あ……ご、ごめんなさい!」

 恥ずかしそうに謝る女性でしたが、店内に広がったのは優しく、そして楽しげな笑い声でした。

 そんな様子を見て、瞳とセフィリアは目を合わせると、にっこりと微笑み合いました。

 忙しくても、暖かな雰囲気に包まれている《ヌヌ工房》だったのでした。



   ***



 ――前略。

 今日もとっても大忙しな1日でした。でも、やりきった! っていう充実感? みたいなものがあってスッキリとした気分です。

 カラクリ箱っていう、謎解きをしないと開かない箱があって、それに挑戦しているお客様の姿はどこか子供っぽく見えちゃったりもして。

 謎が解けて開いたときなんて思わず叫んじゃうくらい大喜びしてたんですよ。

 わたしもその気持ちがとってもよくわかります。わたしの場合はセフィリアさんに答えを教えてもらっちゃったんですけどね……。

 木なのにあんな複雑な仕掛けができるなんて、やっぱりセフィリアさんはすごい人です!

 でもそう言うと、私がすごいんじゃなくて、これを考えた昔の人がすごいのよ、と言ってました。わたしはそれをマネしただけだからー、って。

 マネできるだけでもすごい気がしますけど。他にもたくさん種類があったし。

 お客様に開け方を教えてあげるために、わたしは全部教えてもらいましたけど、どれもこれも手が込んだものばかりで、驚きの連続でした。

 いつかこちらに遊びに来たときは、是非挑戦してみてくださいね。もしわからなかったら教えてあげますから!

 それでは、またメールしますね。

 森井瞳――3023.8.5

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