ユズリハあのね
「学びと成長」
――前略。
お元気ですか? わたしはちょっと眠いですが、元気です。
別に自主練していたら遅くなってしまったとかそういうのではないです。ホントです。
多少はそれもあるんですけど、今日はいつもよりも早起きしちゃいました。
連日、お客さんがたくさん買ってくれるのはありがたいのですが、そのお陰でどんどん商品が無くなっていって、お店の棚にはいつもの密度はありません。
夏休み効果恐るべしです。
なので、早めに準備を開始して、倉庫にストックしてある商品を並べるのです。そのための早起きです。
思えば倉庫の方には入ったことがありません。
入っちゃダメとは言われてないので大丈夫だとは思うんですけど、入る理由もないし、なにか大切なものが保管されていて、それをうっかり壊しちゃうかもしれませんし。
だからちょっとドキドキしてます。知らない部屋で、何が眠っているのか。
夢が詰まった宝箱を開ける直前のような、そんなドキドキがわたしの胸を叩いています。
さて、今日も1日頑張りましょう!
草々。
森井瞳――3023.7.29
***
セフィリアの案内のもと、《ヌヌ工房》の倉庫の扉が開かれました。
倉庫といっても、倉庫として使っているだけのただの部屋でした。
しゃんとした美しい佇まいの背中を追いかけるように、瞳とヌヌ店長は続きます。
「ほえ~。ここが倉庫ですか~」
倉庫の中は瞳の想像していた倉庫とは装いが違いました。
瞳が想像していた倉庫は、ホコリが積もり、雑多なものが乱雑に置かれていて、淀んだ空気が充満している空間でした。そう思い込んでいたから、今まで入ろうと思わなかったのかもしれません。
しかし、現実は違いました。
たくさんの物があるのには違いありませんでしたが、ひとつひとつが丁寧に保管されていて、もちろんホコリの「ホ」の字もありません。
そこにはセフィリアが作ってきたたくさんの商品のストックがジグソーパズルのように美しく所狭しと並べられていて、その中には瞳の失敗作なんかもしれっとあったりして。
偶然にもそれを見つけた瞳は驚きの声をあげます。
「あっ! セフィリアさん、これ~……」
「あら、見つかっちゃったわね。ふふふ」
まさか失敗作が置いてあるとはミジンコほども思っていなかった瞳は、頬を膨らませてセフィリアを見つめます。
当のセフィリアはというと、ちっとも悪びれた様子はなくて、いつもの和やかな笑顔を浮かべていました。
「ヒドイですよセフィリアさん~! なんで失敗作がここにあるんですか~」
もはや泣きそうな声で問いかけました。瞳が言う「失敗作」とは、ずんぐりむっくりとした丸い何かでした。
実は瞳は、鑿と槌を振るうセフィリアの姿に憧れて、修行の過程をすっ飛ばして密かに挑戦していたのです。
結果は見ての通りで、ずんぐりむっくりなヌヌ店長を作ろうとして失敗した、成れの果てが失敗作でした。
あちこちがささくれ立っていて、刺々しいです。無駄に攻撃力を備えていました。
「もしかして知ってたんですか~……?」
「ふふふ♪ さて、どうだったかしら?」
恥ずかしいやら悔しいやらでよくわからなくなった瞳は、表情をコロコロと変えて百面相。もしかしたらそれが面白くて「ふふふ♪」と笑ったのかもしれません。
まさか勝手に鑿と槌を使っていたことがバレていたとは粒子ほども思っていなかった瞳は、視線があっちこっちに泳ぎ回ります。
そして見つけました。
「んあ! よくよく見てみたら他にもある~?!」
なんということでしょう。瞳の黒歴史とでもいうような失敗作の数々が、「ウォーなんとかを探せ」のように散りばめてあるではありませんか。
この様子だと、まだまだどこかに隠れているかもしれません。
いつの間にこんな手の込んだことを、と瞳は思う余裕もありませんでした。
「これはクジラさん作ろうとしてダメだったからシャチさんに作り直そうとしてダメだったからイルカさんに作り直そうとしてダメだったやつ~!」
どんどんスケールが小さくなっていました。
「こっちはキリンさん作ろうとしてダメだったからお馬さんに作り直そうとしてダメだったからワンちゃんに作り直そうとしてダメだったからネコちゃんに作り直そうとしてダメだったやつ~!」
やっぱりスケールが小さくなっていました。
噛まないでスラスラと言えちゃうあたりに瞳の困惑っぷりが伺えます。
見られたくないなら粉々にして埋めてしまうなり何か方法はあったはずですが、自分が作ったもの、それもいちおう動物っぽい形を成しているものを壊すのは気が引けたのでこっそりと捨てていたのですが、天使の手によって生還を果たしていたようです。
「あうあう~……」
もうどうしていいものかわからなくなって、とうとう混乱してしまいました。勝手に道具を借りていたという負い目もあって、言い訳すら浮かんできません。
ですが、どこまでも優しさでできているセフィリアは、やはり怒るようなことはしませんでした。
「瞳ちゃん」
「…………」
ヌヌ店長の産毛のように柔らかく、暖かな声音が耳を包み込みました。自然と、呼ばれた瞳は落ち着きを取り戻し、気がつかないうちに次の言葉を待っていました。
「なにも、失敗を恥じることはないわ。少なくとも、ヌヌ工房ではね」
セフィリアは目を閉じて、自分の想いを確かめるように、一言一言を大切に音にします。
「人はマネをして学び、失敗して成長する。私はそう思っているのよ。だから気にすることも、気に病むこともないわ」
――マネをして学び、失敗して成長する。
瞳はその言葉を噛み締めて、大事に胸の奥にしまいました。
憧れは前を向かせて、一歩を踏み出す勇気になる。足踏みは大地を固めて盤石にし、確かな足場になる。
「瞳ちゃんは間違いなく前進しているわ。誇ってもいいくらいに」
「そ、そうですか~……?」
まさか褒められるとは原子ほども思っていなかった瞳は、恥ずかしそうにモジモジと身を小さくしました。
セフィリアはクジラを作ろうとして(以下略)と、キリンを作ろうとして(以下略)を手に取り、見比べます。
「これは動きを出そうとしているし、こっちは骨格が意識できてる。これも柔らかさを出そうとしてるってわかるもの」
ささくれ立って無駄に攻撃力を備えさせてしまったわけではなくて、ヌヌ店長の柔らかい羽を表現しようとしていたのでした。
どれもこれも失敗ではあったものの、確実に身になっていることは間違いありません。
なにせ――、
「この順番で作ったんじゃないかしら?」
「せ、正解です~。どうしてわかるんですか~?」
「だんだん上手くなってきているからよ」
と、いうことでした。
なるほど確かに、言われてみれば完成度は徐々に上がっていました。
「よく思い出してみて? 最初は木の板をただ彫り続けるだけだったのよ?」
「あ……言われてみればそうでした~」
そこから考えれば、すでにお店に商品を並べられるくらいには成長しているのです。売れ行きは別としても、腕前の成長は比べるべくもありません。
もうなにも知らない頃の瞳ではないのです。
「こうやって過去からの歩みを実感できるから、失敗作にもちゃんとした意味があるの。私が彫った木の板をヌヌ店長が取り出してきたときは、さすがに驚いちゃったけどね」
黙って話を聞いていたヌヌ店長は首をギュリンと回して全力で知らんぷり。
そんな様子を見ていつものように「ふふふ♪」と笑うと、セフィリアは軽く手と手を合わせて音を出しました。
「さあ、早いとこ開店準備をしてしまいましょうか!」
「あい!」
元気よく頷いて、忙しい一日に向けて気合いを入れるのでした。
***
――前略。
今日は朝からとっても忙しくて、もうクタクタです。でも、それ以上のウキウキがわたしの背中を押し続けてくれました。
ヌヌ工房の倉庫にお邪魔したんですけど、そこでセフィリアさんからステキなお言葉を頂いたのです。
人はマネをして学び、失敗して成長する。
これからはこの言葉を胸に掲げながら、日々の修行を頑張っていきたいと思ってます。
でも勝手に道具を借りていたこともバレてしまったので、今度からはちゃんとひとこと言ってからにしたいと思います。
森井瞳――3023.7.29
お元気ですか? わたしはちょっと眠いですが、元気です。
別に自主練していたら遅くなってしまったとかそういうのではないです。ホントです。
多少はそれもあるんですけど、今日はいつもよりも早起きしちゃいました。
連日、お客さんがたくさん買ってくれるのはありがたいのですが、そのお陰でどんどん商品が無くなっていって、お店の棚にはいつもの密度はありません。
夏休み効果恐るべしです。
なので、早めに準備を開始して、倉庫にストックしてある商品を並べるのです。そのための早起きです。
思えば倉庫の方には入ったことがありません。
入っちゃダメとは言われてないので大丈夫だとは思うんですけど、入る理由もないし、なにか大切なものが保管されていて、それをうっかり壊しちゃうかもしれませんし。
だからちょっとドキドキしてます。知らない部屋で、何が眠っているのか。
夢が詰まった宝箱を開ける直前のような、そんなドキドキがわたしの胸を叩いています。
さて、今日も1日頑張りましょう!
草々。
森井瞳――3023.7.29
***
セフィリアの案内のもと、《ヌヌ工房》の倉庫の扉が開かれました。
倉庫といっても、倉庫として使っているだけのただの部屋でした。
しゃんとした美しい佇まいの背中を追いかけるように、瞳とヌヌ店長は続きます。
「ほえ~。ここが倉庫ですか~」
倉庫の中は瞳の想像していた倉庫とは装いが違いました。
瞳が想像していた倉庫は、ホコリが積もり、雑多なものが乱雑に置かれていて、淀んだ空気が充満している空間でした。そう思い込んでいたから、今まで入ろうと思わなかったのかもしれません。
しかし、現実は違いました。
たくさんの物があるのには違いありませんでしたが、ひとつひとつが丁寧に保管されていて、もちろんホコリの「ホ」の字もありません。
そこにはセフィリアが作ってきたたくさんの商品のストックがジグソーパズルのように美しく所狭しと並べられていて、その中には瞳の失敗作なんかもしれっとあったりして。
偶然にもそれを見つけた瞳は驚きの声をあげます。
「あっ! セフィリアさん、これ~……」
「あら、見つかっちゃったわね。ふふふ」
まさか失敗作が置いてあるとはミジンコほども思っていなかった瞳は、頬を膨らませてセフィリアを見つめます。
当のセフィリアはというと、ちっとも悪びれた様子はなくて、いつもの和やかな笑顔を浮かべていました。
「ヒドイですよセフィリアさん~! なんで失敗作がここにあるんですか~」
もはや泣きそうな声で問いかけました。瞳が言う「失敗作」とは、ずんぐりむっくりとした丸い何かでした。
実は瞳は、鑿と槌を振るうセフィリアの姿に憧れて、修行の過程をすっ飛ばして密かに挑戦していたのです。
結果は見ての通りで、ずんぐりむっくりなヌヌ店長を作ろうとして失敗した、成れの果てが失敗作でした。
あちこちがささくれ立っていて、刺々しいです。無駄に攻撃力を備えていました。
「もしかして知ってたんですか~……?」
「ふふふ♪ さて、どうだったかしら?」
恥ずかしいやら悔しいやらでよくわからなくなった瞳は、表情をコロコロと変えて百面相。もしかしたらそれが面白くて「ふふふ♪」と笑ったのかもしれません。
まさか勝手に鑿と槌を使っていたことがバレていたとは粒子ほども思っていなかった瞳は、視線があっちこっちに泳ぎ回ります。
そして見つけました。
「んあ! よくよく見てみたら他にもある~?!」
なんということでしょう。瞳の黒歴史とでもいうような失敗作の数々が、「ウォーなんとかを探せ」のように散りばめてあるではありませんか。
この様子だと、まだまだどこかに隠れているかもしれません。
いつの間にこんな手の込んだことを、と瞳は思う余裕もありませんでした。
「これはクジラさん作ろうとしてダメだったからシャチさんに作り直そうとしてダメだったからイルカさんに作り直そうとしてダメだったやつ~!」
どんどんスケールが小さくなっていました。
「こっちはキリンさん作ろうとしてダメだったからお馬さんに作り直そうとしてダメだったからワンちゃんに作り直そうとしてダメだったからネコちゃんに作り直そうとしてダメだったやつ~!」
やっぱりスケールが小さくなっていました。
噛まないでスラスラと言えちゃうあたりに瞳の困惑っぷりが伺えます。
見られたくないなら粉々にして埋めてしまうなり何か方法はあったはずですが、自分が作ったもの、それもいちおう動物っぽい形を成しているものを壊すのは気が引けたのでこっそりと捨てていたのですが、天使の手によって生還を果たしていたようです。
「あうあう~……」
もうどうしていいものかわからなくなって、とうとう混乱してしまいました。勝手に道具を借りていたという負い目もあって、言い訳すら浮かんできません。
ですが、どこまでも優しさでできているセフィリアは、やはり怒るようなことはしませんでした。
「瞳ちゃん」
「…………」
ヌヌ店長の産毛のように柔らかく、暖かな声音が耳を包み込みました。自然と、呼ばれた瞳は落ち着きを取り戻し、気がつかないうちに次の言葉を待っていました。
「なにも、失敗を恥じることはないわ。少なくとも、ヌヌ工房ではね」
セフィリアは目を閉じて、自分の想いを確かめるように、一言一言を大切に音にします。
「人はマネをして学び、失敗して成長する。私はそう思っているのよ。だから気にすることも、気に病むこともないわ」
――マネをして学び、失敗して成長する。
瞳はその言葉を噛み締めて、大事に胸の奥にしまいました。
憧れは前を向かせて、一歩を踏み出す勇気になる。足踏みは大地を固めて盤石にし、確かな足場になる。
「瞳ちゃんは間違いなく前進しているわ。誇ってもいいくらいに」
「そ、そうですか~……?」
まさか褒められるとは原子ほども思っていなかった瞳は、恥ずかしそうにモジモジと身を小さくしました。
セフィリアはクジラを作ろうとして(以下略)と、キリンを作ろうとして(以下略)を手に取り、見比べます。
「これは動きを出そうとしているし、こっちは骨格が意識できてる。これも柔らかさを出そうとしてるってわかるもの」
ささくれ立って無駄に攻撃力を備えさせてしまったわけではなくて、ヌヌ店長の柔らかい羽を表現しようとしていたのでした。
どれもこれも失敗ではあったものの、確実に身になっていることは間違いありません。
なにせ――、
「この順番で作ったんじゃないかしら?」
「せ、正解です~。どうしてわかるんですか~?」
「だんだん上手くなってきているからよ」
と、いうことでした。
なるほど確かに、言われてみれば完成度は徐々に上がっていました。
「よく思い出してみて? 最初は木の板をただ彫り続けるだけだったのよ?」
「あ……言われてみればそうでした~」
そこから考えれば、すでにお店に商品を並べられるくらいには成長しているのです。売れ行きは別としても、腕前の成長は比べるべくもありません。
もうなにも知らない頃の瞳ではないのです。
「こうやって過去からの歩みを実感できるから、失敗作にもちゃんとした意味があるの。私が彫った木の板をヌヌ店長が取り出してきたときは、さすがに驚いちゃったけどね」
黙って話を聞いていたヌヌ店長は首をギュリンと回して全力で知らんぷり。
そんな様子を見ていつものように「ふふふ♪」と笑うと、セフィリアは軽く手と手を合わせて音を出しました。
「さあ、早いとこ開店準備をしてしまいましょうか!」
「あい!」
元気よく頷いて、忙しい一日に向けて気合いを入れるのでした。
***
――前略。
今日は朝からとっても忙しくて、もうクタクタです。でも、それ以上のウキウキがわたしの背中を押し続けてくれました。
ヌヌ工房の倉庫にお邪魔したんですけど、そこでセフィリアさんからステキなお言葉を頂いたのです。
人はマネをして学び、失敗して成長する。
これからはこの言葉を胸に掲げながら、日々の修行を頑張っていきたいと思ってます。
でも勝手に道具を借りていたこともバレてしまったので、今度からはちゃんとひとこと言ってからにしたいと思います。
森井瞳――3023.7.29
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