ユズリハあのね

鶴亀七八

「誰かのために」

 ――前略。

 お元気ですか? わたしは元気です。

 先日のセフィリアさんへの恩返しはバッチリでした。なので、今度はヒカリちゃんへ恩返しをしたいと思っています。

 ヒカリちゃんはどうすれば喜んでくれるでしょうか? わたしが風邪で寝込んでいるとき、毎日のようにお見舞いに来てくれたお友達に、してあげられることってなんでしょう?

 喜ばれることって言えば、やっぱりプレゼントでしょうか? 感謝の気持ちを込めた何かをプレゼント。

 これはいいかもしれません!

 でもヒカリちゃんは何が好きなんでしょうか? そういえば地球シンアースの話にはすごい食い付いていたような気がするので、地球シンアースの物とか気に入ってくれるかも。

 けど、なにかあったかな? あげられるようなものは持ってきてないし……、

 おおっと、考え込んでいたらもうこんな時間。

 それでは、またメールします。

 草々。

 森井もりいひとみ――3023.6.9



   ***



 風邪も治り、久々ではありましたが、もはや日課となっている彫刻刀を操る修行を行っています。

 自分で描いた絵をもとに木の板を彫り込み墨を付け、紙を擦り合わせて描く「版画はんが」に挑戦中の女の子、森井瞳がまるい円盤バレンでしっかりと紙をムラなくこすっています。

 仕上がりに影響が出るので、真剣です。マジです。

「……んら?」

 ヘンテコな声を上げて瞳は首をかしげました。

 隅から隅まで擦り終えたので、和紙を剥がそうとしたのですが、端っこの方が破れてしまいました。

 るのに時間がかかり過ぎて乾燥してしまい、紙が木にくっ付いてしまったのです。ほわわんとした瞳のマイペースっぷりが裏目に出てしまったようです。

「……セフィリアさ~ん。ちょっと相談があるんですけど、いまいいですか~?」
「あら瞳ちゃん? もちろんいいわよ。どうしたのかしら?」

 バックスペースにある工房から顔を出して、店番をしていた女性に声をかけました。

 若葉色の制服に身を包んだ、優しい笑顔がトレードマークのセフィリアです。薄緑の長髪を緩く編んだ、物腰柔らかな長身の女性であるセフィリアには、瞳も含めたファンがたくさんいます。わざわざ彼女の作る作品を買いに【緑星リュイシー】までやってくるお客さんがいるほど。

 さらにすごい人は、セフィリアを指名してオーダーメイドを依頼するくらいでした。

「その……失敗してしまいまして~……」
「あらら」

 瞳が困った顔で和紙のくっ付いた版木を見せると、にっこり笑顔で言いながら、それを受け取るのです。

 いろんな角度からほんの少しばかり眺めると、自信満々にこう言いました。

「これなら大丈夫よ。私に任せて♪」

 苦労して作ったのでホッと一安心。

 やっぱり先輩は頼りになります。よっ、さすが師匠! と思わず叫びたくなった瞳でした。





 霧吹きを利用するという実にシンプルな方法で救出された和紙には、セフィリアの全く知らない世界が広がっていました。

 四角く細長い巨大な何かがたくさん連なっているのです。それらの間には鳥のように飛び交う何かが描かれていますが、シルエットは全くの別物。翼の付いていない流線型のフォルム。こんな形状の物体が空を飛べるはずがありません。

 瞳が乗ってきた星間船と同じ反重力の技術で飛ぶようになった車でしたが、セフィリアはまだ見たことがなく、知らなかったのです。世代の違いか、習ってもいないのでした。

「瞳ちゃん、これはどこかしら?」
地球シンアースです。参考になるような写真とかも無いので、記憶と想像を頼りに思い付くもの全部詰め込んでみました~」
「まあそうだったの。これが瞳ちゃんの育った街なのね。とっても素敵だわ」
「うぇえへへえへ~……」

 セフィリアに褒められるとキモい笑いがこみ上げてくるのは仕様のようです。もはや瞳の中では生理現象の一角を担っていて、堪えようがないのでした。【地球シンアース】とは別の意味で、そういう星の下に生まれてしまったのでしょう。

「実はこれを、ヒカリちゃんにプレゼントしようと思いまして~」
「火華裡ちゃんに?」
「あい。お見舞いありがとね~って!」
「ふふふ。そういうことだったのね。火華裡ちゃんならきっと喜んでくれるわ♪」

 両手を合わせて、我が子を見守る母親のような笑顔でセフィリアは言いました。

「だといいんですけど~」

 しかし、瞳はなんだか浮かない表情。褒めてくれたのは素直に嬉しいのですが、それとは別に心配事があるのです。

「本当に喜んでくれるでしょうか~?」

 一生懸命に描き、彫った版画。

 修行の時間を全て使って製作しました。

 しかし火華裡はとっても真面目な女の子です。素人が作ったような物ではなくて、日常生活で使える物を贈ったほうが喜んでくれるのではないか? 

 瞳の脳裏ではそのような考えでいっぱいだったのです。

 バレンを動かす手が鈍って失敗してしまったのも、この考えが堂々巡りしていたからでした。

 そんな悩める後輩に、偉大なる先輩は天使の微笑みを浮かべて、たちこめる霧のようにモヤモヤとした気持ちを払ってくれるのです。

「ふふふ。大丈夫よ♪ 瞳ちゃんの気持ちはきっと伝わるわ」
「わたしの気持ち……?」
「ええ。火華裡ちゃんもれっきとした職人のたまご。瞳ちゃんがどれだけの時間をかけて、想いを込めて、誰のために、これを作ったのか。宿った意味に気付かないほど、火華裡ちゃんはニブチンじゃないわ」

 ニブチンという言い方もどうかとは思いましたが、確かにセフィリアの言う通りでした。

 職人は何のために作品を作り、残すのか。

 十人十色、千差万別の〝命題〟とも言うべき壁に立ち向かうのが職人であり、人それぞれに作る理由があるのです。

 瞳が思い出を大切にしているからこそ木工職人を目指したように、火華裡にも他人を魅了するような作品を作りたいという熱意があるからこそガラス職人を目指しているのです。

 そして二人に共通する点がひとつ。

 両者とも、自分のためではなく、誰かのために作品を作っているということ。

「だから、喜んでくれるわ。絶対。火華裡ちゃんは誰かのために一生懸命になる気持ちを理解している子だもの♪」

 だからこそ、火華裡はあんなにも優しくなれるのです。態度はツンツンしていて、棘のある言葉が口から飛び出しても、その裏には思い遣りが隠れています。

 瞳も、よく知っています。火華裡がそういう女の子であることを。

「セフィリアさん」
「なあに?」
「これ、ヒカリちゃんのところにプレゼントしに行ってきてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。――でもその前に」

 とびっきりの笑顔でセフィリアは言いました。

「どうせなら、もっとプレゼントっぽく仕上げましょう♪」

 白く細いその手には、枠組みと鮮やかな包装紙が、ボクで飾って! ワタシで包んで! と自己主張していたのでした。





 プレゼントを受け取った火華裡は自室で包みを開くと、「まだまだね」と呟きながらも、嬉しそうに飾って眺め続けたとか、いないとか。



   ***



 ――前略。

 少し遅い時間になってしまいましたが、ヒカリちゃんにお礼の品を渡してきました。版画で描いた地球シンアースの風景画です。

 セフィリアさんお手製のキレイで丈夫な枠組みに和紙を収めて、版木と一緒に包装して贈りました。

 別に気にしなくてもよかったのに、と言いながら受け取ってくれました。

 ヒカリちゃんはその場で開けなかったので、どんな反応だったのかはわからないですけど、きっと喜んでくれてると思います。むしろその場で開かれなくてよかったかも。

 だって恥ずかしいもん。

 でも会ったときには感想もらおうと思います。なんかドキドキしちゃいますね。

 そして肩の荷が下りたような、晴れ晴れとした気持ちになりました。

 迷惑をかけてしまったセフィリアさん、ヒカリちゃんのためにも、さらに精進することをここに誓います!

 って、ここに誓ってもしょうがないですかね?

 たっくさん修行して、すごい作品いっぱい作ることが、そのまま誓いの証明になると信じて、明日も頑張りたいと思います。

 それでは、またメールしますね。

 草々。

 森井瞳――3023.6.9

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