JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第14話 学園の七不思議③

カラカラ、と乾いた音とともに引き戸を開けて、慣れ親しんだ教室へと入る。等間隔に机の並んだ、明かりの灯らない部屋は薄暗く、しんと静まり返っており、夜のひんやりした空気も相まってやたらと不気味だ。
「…………」
黙りこくったまま、三人の少女達は恐る恐る歩を進めた。極力足音を立てないように、そうっと忍び足で歩いていく。


室内にいる「ナニカ」に気付かれないよう、気配を殺して。
……そう、この部屋には、得体の知れぬ何かがいる。


入った瞬間、すぐに悟った。
ここは、やばい。
全身が総毛立つ感触と、室内に流れる厭な空気。気持ちが悪い、一秒でも早くここから出てしまいたい。それでもこみ上げる吐き気を堪える。
ナニカが何なのかは分からない。ただ、身体の芯が凍りつくような恐怖だけを彼女達は感じ取っていた。
正体が不明だからこそ、余計に怖いのだ。


恐怖でどうにかなりそうな中、それでも三人の少女達はじっと立ち尽くしていた。
やがて、そのナニカはゆっくりと動き出した。ズル……ズル……と衣擦れの音が静寂に包まれた教室を満たし、威圧感が否応に増す。


「……ふふふ。ふふっ……、あはは、きゃはは……はは、あははは!!はは!」


三人の誰のものでもない哄笑。耳障りなそれが彼女達のすぐそばまで迫った。
息を呑む理央達をそいつはじっと見つめる。
「やっと……見つけたわ……、わたしを無視しない人を……、」
ふっ、と気圧されるような圧迫感が消える。
そして、彼女らは見た。
眼前に佇む、寂しそうに表情を曇らせた年若い少女の影を。



桜ノ宮学園に古くから伝わる七不思議。未だ明かされない7つ目は。
想い人を今もなお待ち続ける、少女の幽霊–––––だった。


何代も前の古いデザインの制服セーラーを纏い、ふわふわと柔らかな髪を編んで垂らした幼顔の亡霊少女は、先ほどまでの恐ろしげな空気などなかったかのように人懐こい笑みを浮かべた。
「ふふ、そんなに怖がらなくてもいいのに。わたしなんてただのユーレイだもの、大したことなんてできないわ」
にこやかな笑顔は人が好さそうで、「虫も殺せぬ」という形容がぴったりくるほど穏やかだ。
意を決し、はじめに理央が話しかけた。というのも、他の二人が恐怖で気絶していたからである。全く何のためにここまで来たんだか、と内心で呟いた。
「……あの、貴女はいつからここにいるの?制服を見るに、ずいぶん前の生徒さんのようだけど」
「そうね……ざっと五十年は経つかしら。いけないわ、死んでからというもの時間の感覚が曖昧になってしまって。正直なところ、ちょっとあやふやなのよね」


からからと笑う彼女は存外にお喋り好きなのか、訊いてもいないことまでぺらぺらと話しはじめた。よほど人恋しかったのか、彼女の口が閉じる様子はない。
「全く、ユーレイなんてなるものじゃあないわよ、だって勘の鋭い人以外にはさっぱり視て貰えないおかげで、いつも寂しいし暇を持て余すばっかりだもの。あんまり退屈だから、ここしばらくは意識を閉じてずうっと眠りについていたわ。だからね、こうして誰かと会話を交わすのってほんとうに久々なの。ありがとうね、わたしに気付いてくれて」



「そうですか……。でも、何か目的があってここに留まっているのでしょう?もしよかったら、わたしに何かお手伝いさせてくれませんか」
自分でも予想だにしていなかったことが口をついて出たことに、他ならぬ理央自身が驚いていた。けれど、むしろ自分は彼女に会うためにここへ来たのだと、理央は不思議に納得していた。
「……お手伝い?じゃあ、少しだけ、わたしのお話を聞いてくれるかしら。ずいぶん昔のことなのだけど……、わたしね、好きな人がいたのよ。……ほんとうに、大好きだった。けれどね、この想いが叶うことなんてないんだって知っていたから、今までずうっと、苦しさばっかり抱えてきたの……。不思議ね。それでも、想うことは、やめられないの……」
そうして語られた恋物語は、何処か切なくも優しい色をしていた。



もう、何年前のことかしら。わたしがまだ生きていた頃よ。
当時は、ここの学生で、でも地味でぱっとしないごく普通の生徒だった。……きっとわたしの名前なんて、あの頃のクラスメイトは覚えていないんでしょうね。


わたしのクラスには、光輝くような女の子がいたの。ほんとうに、おとぎ話に登場する王子さまみたいに格好良くて、それからとても優しい人だった。神さまみたいに思っていたわ。だって、わたしのような目立たない子にも親しくしてくださって、正義感がとても強くて、悪や不正を絶対に許さない人だった。あの方の良いところなら、いくつだって言えるわ。欠点なんて、いくら探したって無いと思える……そんな、お方だったの。お日様みたいな金色の髪が美しくて、湖の色した瞳にわたしはずうっと憧れていた。


……ええ、そう、わたしはね。その方をお慕いしていたの。ううん、今も、これからも。ずうっと。
でも、許されない恋だって、知っていた。
あの方は女性で、わたしも女。今の世の中がどうなのかは分からないけれど、やっぱり風当たりは強いでしょう?
……当時はね、もっと……もーっと、強かった。
あの方に恋していた人は、きっとわたし以外にもたくさんいたことでしょうね。けれどみんな諦めたはずだわ。わたしも、ほんとうならば諦めないといけないって、わかってはいたの。それでもいつかはって願うのは、やめられなかったのね。
だって、一生に一度の恋だって、思っていたから。……ほんとうに一度きりになるとは、さすがに思っていなかったけれど。


あの方は……、わたしの想いに気付いてくださった。わたしが誰より貴女を愛してるって、知っていたの。だから、わたし、勇気を出して告白しようと……、決意した。でも、それは叶わなかった。
わたしが、死んでしまったから。
不慮の事故……そんな、くだらないことでわたしのいのちは終わってしまったの。そして、二度と、あの方に逢えなくなってしまった。
今も、思うのよ。もしもあのとき死んでいなかったら、わたしはあの方と結ばれていたのだろうか、と。……所詮はただの空想だけれどね。



そう語り、はかなく微笑む少女の霊は、静かに瞼を落とした。教室の窓から差し込む月光に照らされた長い睫毛が光り、まるでしずくがこぼれ落ちるようだと理央は思う。
「ねえ、優しい人。わたしは貴女の名前も知らない。けれど、どうかお願いを聞いてくれるかしら?」
「……ええ、私で良ければ。なんでも聞きます」
ふわり、と舞い上がるように少女は滑らかに移動し、理央のすぐ近くへと寄る。重力なんてないみたいな動きに彼女が見とれていると、少女はそっと白い手を伸ばし、理央の頬へと触れる。
「良い顔ね……きっとあなた、しあわせになると思うわ。幽霊の戯言だって聞き流してもいいけれど、でも確信できるの。あなたは、きっと何があっても、だいじょうぶだって」
あどけなさを僅かに残す整った顔立ちがほころんで、花が咲くように笑う。
「ねえ、あなたを『あの方』に見立ててもいいかしら。……ずっと、後悔しているの……あのとき、わたしの想いを伝えられていたなら、って」
少女の言葉は、理央もまた感じていたことだった。
(ああ、そうだ、私もまた『後悔』をしていたじゃあないか–––––、)
やり直せたら。
もう一度でいい、過去に戻れるのなら。
そのときは、きっと、もっと、うまくやれたはずだった。
そんな想いを抱いたことは、何度あるだろう。もはや、数え切れないくらいに。
だから、わかるのだ。
少女の痛いくらいにまぶしい想いが。
「……ええ、どうぞ。私をその人と思って告白してください」
ポロリ、ポロリと溢るるしずくが、透き通る少女の肌を転がり伝う。きらりと光を跳ね返す透明が、落ちていった。
「ありがとう」



気持ちが、心が、『あのとき』に戻る。目の前に居るのは名も知らぬ誰かではなく、大好きなあのひと。心から慕い恋していた、彼女。
不思議と緊張はなかった。ただ凪いだ海のように心は静かに落ち着いていた。だから、もう思い残すことはないはずだった。
「……ずっと前から、すきでした。今もずっと、あいしています」
こぼれた、あふれた、言葉がふわりと空に踊る。
ああ、これでよかったんだと。やっと悟った。だいじょうぶ、これでもう未練なく、いける。



音もなく静かに、少しの痕跡さえ残すことなく、少女の霊は消えた。淡雪みたいにはかなく溶けるように。
最後に浮かんだほほえみは穏やかで、とても満たされていた。だから彼女は行くべきところへ行けたんだと理央には分かった。


きらきらとお星様の光る夜空、あの向こうにきっと彼女は旅立っていったのだろうか。
地上に立つ理央は、ただ願う。
ほんのひととき邂逅した、あの少女の行く末に幸いがありますように、と。



          

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