JKは俺の嫁
第15話 せかいにひとつだけのきみへ。①
せかいにひとつだけのきみへ。
どうか、わたしがきみを「だいすき」なんだってことだけ、知っていてほしいんだ。
ずっと、ずっとずっと、きみを想い続けるから。
……ほんとはね、最後まで一緒に、居たかったなぁ……。
–––––とある日、放課後
赤い斜陽が差し込む広々とした武道場に、姦しい声が響き渡っている。い草の香りが漂う真新しい畳が敷かれた場内では、道着姿の少女達が熱心に練習に励んでいた。
と、組手をしている二人の生徒の様子を眺めていた者達から一際黄色い歓声が上がる。
「あっ、見て見てー!理央せんぱいが宮本先輩と試合するみたいだよぉ!」
「ほんとだ、やばいカッコイイー!」
「理央せんぱい、がんばれー!」
彼女達は、桜ノ宮学園空手部の一年生である。空手の経験はなく、ミーハー心から入部してきた新人だ。とはいえ素人ながらに努力家でもあった。
そんな彼女達が一番に尊敬しているのは、部長にして部内最強の誉れ高い三年生、『春田 理央』だ。
「ねぇっ、理央せんぱいってほんとに強いし格好良いよねぇー!どうしたらあんなに強くなれるんだろー……」
「そりゃあ、やっぱり練習しかないでしょうよ、それでも理央せんぱいくらい強くなるのは難しいかもね……」
「だって理央せんぱいは誰より強いもん!すごいなあ、理央せんぱいみたいになりたいなあ!」
憧れの眼差しで少女達が見つめる先には、真っ白い道着をきっちりと纏い、陽に透ける柔らかな髪をアップにした理央が副部長『宮本 絵真』と組み合っていた。普段はくるくると表情の変わる端整な面差しがピンと張り詰め、色素の薄い瞳が相手を真っ直ぐに捉えている。
武道場中に緊張感が満ち、いつの間にか誰もが動きを止め、二人を見守り始めていた。
そして、まず絵真が先攻する。
ダァン!と足音高く踏み込み、右拳を凄まじい速さで突き出した。対する理央は上半身を捻ってスルリと躱し、片手で拳の方向を逸らす。
絵真の上体がブレたのを見計らい、左膝を思い切り突き上げ、そこから足の甲で腹を狙う。……が、絵真も両手でしっかりとガードする。
にや、と理央が薄く微笑んだ。
ぞくっと絵真が肩をびくつかせる。
甘さなど欠片もない野蛮な笑顔を浮かべたまま理央が軸足の反対側を踏み出し、そのまま飛び上がった。
次の瞬間、カパァン!と場内に激しい音が反響し、絵真が吹き飛ばされた。ズルズルと床をスライディングし、壁にぶつかってやっと止まった。
まともに飛び蹴りを食らい畳の上に倒れた絵真だが、辛うじて受け身をとったため、ギリギリのところで頭を打たずに済んだようだった。
しん……、と武道場が凍りついた。
空手部でも二番手につく強さを誇る副部長が、まるで赤子の手をひねるようにあっけなく倒されたことに、誰もが驚愕する。
次いで、怒涛の如き歓声が沸き起こった。ワアァ!と惜しみのない拍手が捧げられる。
「すっ……ごおおおい!!ねぇねぇ今の見たあ⁉︎格ゲーみたいじゃん!!」
「ええぇ、なんでリアルの人間があんな動き出来んのお⁉︎ありえないー!」
「わあ……!さすが理央せんぱいだあっ!カッコイイ……」
にわかにざわつき始める場内とはうって違い、絵真が悔しげに唇を噛んだ。小動物を思わせる愛らしい顔立ちがくしゃりと歪む。
「絵真ちゃん、強くなったね。最初は私にぜーんぜん歯が立たなかったのにさ!あーあ、次に組手したらもう負けちゃうかも」
理央にぎゅーと抱きつかれ、彼女は小さくため息を吐いた。ばっさりと短く切った金髪を軽く揺すって汗を飛ばすと、ほろ苦く笑う。
「んもー、理央にそんなこと言われてもイヤミにしか思えないんですけどぉ?……もっと、精進しなきゃね」
「ふふ、絵真ちゃんはすっごいがんばってるよ。……でも無理だけはしないでね、私、絵真ちゃんには強くなってほしいけど、怪我はやだよ」
ぎゅうぎゅうと更にくっつこうとする理央を引き剥がしつつ、絵真は小さく華奢な背をぴんと伸ばして告げた。
「大丈夫だって!副部長として仕事するためにも、体調にはちゃんと気をつけてるからさ」
「……そっか、なら、いいの。でも最近の絵真ちゃんはなんか追い詰められてるように見えたから」
ノーテンキさを装いつつも、やっぱり部員達のことをよく見ているのだな、と感心しながら彼女は笑んだ。
「私は大丈夫だよ。……だから、部活の続きしよっか」
春田理央と宮本絵真の両名は、桜ノ宮学園空手部の二大エースである。
向かうところ敵なしとまで謳われるほどの強さを誇る彼女達は、弱小だった空手部を県大会まで導いた実績を有している。特に理央は、前年には個人総合優勝を飾り、インターハイ出場を果たしている。
そんな経験を持つ者がいるからか、地元の不良達も桜ノ宮の生徒に手を出すのは避ける……らしい。
さて。
もう二大エースのもう一人–––––宮本絵真はといえば、理央が強すぎるせいか結果らしい結果を残しているわけではなかった。
志望する大学にスポーツ推薦で受験しようとしていた彼女は、なかなか目に見える成果を出せないことにかなりの焦燥を覚えていた。
(マズイな……、なんとかしないと。前期までに何かしら実績作らなきゃ、推薦に受からないかも。でも、あの子がいる限り、私にお鉢が回ってくるわけもないんだよね……)
羨ましげに見つめる先には、後輩達に囲まれて楽しげに笑う彼女の姿がある。先ほどの組手で負けてしまった自分の周りには誰もいない。
『二大エース』などといっても、結局持て囃されるのは『彼女』だけだ。負け組の己などに興味を持つ者なんて居やしない。
チヤホヤされるのが目的ではないのでそれは別に構わなかったが、なんだか自分など相手にもされていないみたいで不快感はある。
(–––––なんとか、なんとかしないと。このままじゃあダメだ。推薦に受からないどころか、私の寄る辺を失いかねない。それだけは……絶対に嫌だ)
某日放課後–––––桜ノ宮学園空手部
「–––––よう。お前……宮本絵真、だっけ?コンニチハ……いや、ハジメマシテかな?」
「……誰なの、あなた。ここは部外者立ち入り禁止なんだけど」
絵真以外、全ての部員が帰り彼女一人が身体を休めていたところへ、一人の少年が姿を現した。どうやって手に入れたのか、部室の鍵を携えている。
少年の着ている黒い学ランには見覚えがあった。同じ市にある有名な不良校の制服だ。
夕陽よりも深く鮮やかな色合いの赤い髪を靡かせ、鋭い三白眼を愉悦に輝かせた彼は、ゆっくりとした足取りで絵真の側へと歩み寄る。
「クックッ……、間抜けな顔だなぁ。覇気が感じられねぇ。そりゃあ、あの女に負けんのも納得だ」
「……なんなの、喧嘩でも売りに来たわけ?」
不愉快そうに眉をひそめる絵真の眼前に立つ少年は、背後に夕焼けを背負ったまま猫なで声で尋ねた。
「なぁ、オイ……お前、アイツが目障りか?少しは、鬱陶しいって思ってるだろう?」
息遣いが聞こえるまでに近付かれ、彼女の心奥で警戒音が鳴り響く。相手から敵意は感じられないのに、どうしてこんなに恐ろしく思うのだろうか。
「なんとか言えよ、宮本サンよぉ。俺相手に遠慮は要らねぇ。さあ、余すことなく本音をブチ撒けちまいな」
ネットリと、艶のある甘ったるい低音が少女の身体を這う。
少年がむけてくる蛇の如き瞳と視線がかち合い、彼がとても整った顔をしているのに気付いた。
どこか、うっとりと陶酔したかのように–––––絵真の表情が弛緩する。
「……ああ、そうだよ。そうだとも……!ワタシは、あの女が死ぬほど嫌いだ……ッ!あいつさえ、居なければ……居なければ……!」
憧れ、嫉妬、怨嗟、憎悪……あらゆる負の感情が混じり合い溶け込んだ、仄暗い光が、彼女の瞳を覆っていた。
その黒く熱い輝きを見とめ、少年は愉しげにほほえむ。
「……いいだろう。俺がお前に手を貸そう。ただし、……あの女を俺に寄越せ。それでいいなら手伝ってやる」
「ふふっ、もちろん。……あんなやつボロボロになってしまえばいいんだ。どうにでもすればいいさ、ところであなたの名前はなあに?」
甘いムスクの香りを漂わせた少年は、自嘲するように笑いながら名乗った。
「俺は……『不動 御剣』だ。よろしくな、宮本絵真サンよ」
斜陽に染まる赤い部屋の中で、二人の少年少女は嗤い合う。
楽しそうに、愉しそうに–––––。
どうか、わたしがきみを「だいすき」なんだってことだけ、知っていてほしいんだ。
ずっと、ずっとずっと、きみを想い続けるから。
……ほんとはね、最後まで一緒に、居たかったなぁ……。
–––––とある日、放課後
赤い斜陽が差し込む広々とした武道場に、姦しい声が響き渡っている。い草の香りが漂う真新しい畳が敷かれた場内では、道着姿の少女達が熱心に練習に励んでいた。
と、組手をしている二人の生徒の様子を眺めていた者達から一際黄色い歓声が上がる。
「あっ、見て見てー!理央せんぱいが宮本先輩と試合するみたいだよぉ!」
「ほんとだ、やばいカッコイイー!」
「理央せんぱい、がんばれー!」
彼女達は、桜ノ宮学園空手部の一年生である。空手の経験はなく、ミーハー心から入部してきた新人だ。とはいえ素人ながらに努力家でもあった。
そんな彼女達が一番に尊敬しているのは、部長にして部内最強の誉れ高い三年生、『春田 理央』だ。
「ねぇっ、理央せんぱいってほんとに強いし格好良いよねぇー!どうしたらあんなに強くなれるんだろー……」
「そりゃあ、やっぱり練習しかないでしょうよ、それでも理央せんぱいくらい強くなるのは難しいかもね……」
「だって理央せんぱいは誰より強いもん!すごいなあ、理央せんぱいみたいになりたいなあ!」
憧れの眼差しで少女達が見つめる先には、真っ白い道着をきっちりと纏い、陽に透ける柔らかな髪をアップにした理央が副部長『宮本 絵真』と組み合っていた。普段はくるくると表情の変わる端整な面差しがピンと張り詰め、色素の薄い瞳が相手を真っ直ぐに捉えている。
武道場中に緊張感が満ち、いつの間にか誰もが動きを止め、二人を見守り始めていた。
そして、まず絵真が先攻する。
ダァン!と足音高く踏み込み、右拳を凄まじい速さで突き出した。対する理央は上半身を捻ってスルリと躱し、片手で拳の方向を逸らす。
絵真の上体がブレたのを見計らい、左膝を思い切り突き上げ、そこから足の甲で腹を狙う。……が、絵真も両手でしっかりとガードする。
にや、と理央が薄く微笑んだ。
ぞくっと絵真が肩をびくつかせる。
甘さなど欠片もない野蛮な笑顔を浮かべたまま理央が軸足の反対側を踏み出し、そのまま飛び上がった。
次の瞬間、カパァン!と場内に激しい音が反響し、絵真が吹き飛ばされた。ズルズルと床をスライディングし、壁にぶつかってやっと止まった。
まともに飛び蹴りを食らい畳の上に倒れた絵真だが、辛うじて受け身をとったため、ギリギリのところで頭を打たずに済んだようだった。
しん……、と武道場が凍りついた。
空手部でも二番手につく強さを誇る副部長が、まるで赤子の手をひねるようにあっけなく倒されたことに、誰もが驚愕する。
次いで、怒涛の如き歓声が沸き起こった。ワアァ!と惜しみのない拍手が捧げられる。
「すっ……ごおおおい!!ねぇねぇ今の見たあ⁉︎格ゲーみたいじゃん!!」
「ええぇ、なんでリアルの人間があんな動き出来んのお⁉︎ありえないー!」
「わあ……!さすが理央せんぱいだあっ!カッコイイ……」
にわかにざわつき始める場内とはうって違い、絵真が悔しげに唇を噛んだ。小動物を思わせる愛らしい顔立ちがくしゃりと歪む。
「絵真ちゃん、強くなったね。最初は私にぜーんぜん歯が立たなかったのにさ!あーあ、次に組手したらもう負けちゃうかも」
理央にぎゅーと抱きつかれ、彼女は小さくため息を吐いた。ばっさりと短く切った金髪を軽く揺すって汗を飛ばすと、ほろ苦く笑う。
「んもー、理央にそんなこと言われてもイヤミにしか思えないんですけどぉ?……もっと、精進しなきゃね」
「ふふ、絵真ちゃんはすっごいがんばってるよ。……でも無理だけはしないでね、私、絵真ちゃんには強くなってほしいけど、怪我はやだよ」
ぎゅうぎゅうと更にくっつこうとする理央を引き剥がしつつ、絵真は小さく華奢な背をぴんと伸ばして告げた。
「大丈夫だって!副部長として仕事するためにも、体調にはちゃんと気をつけてるからさ」
「……そっか、なら、いいの。でも最近の絵真ちゃんはなんか追い詰められてるように見えたから」
ノーテンキさを装いつつも、やっぱり部員達のことをよく見ているのだな、と感心しながら彼女は笑んだ。
「私は大丈夫だよ。……だから、部活の続きしよっか」
春田理央と宮本絵真の両名は、桜ノ宮学園空手部の二大エースである。
向かうところ敵なしとまで謳われるほどの強さを誇る彼女達は、弱小だった空手部を県大会まで導いた実績を有している。特に理央は、前年には個人総合優勝を飾り、インターハイ出場を果たしている。
そんな経験を持つ者がいるからか、地元の不良達も桜ノ宮の生徒に手を出すのは避ける……らしい。
さて。
もう二大エースのもう一人–––––宮本絵真はといえば、理央が強すぎるせいか結果らしい結果を残しているわけではなかった。
志望する大学にスポーツ推薦で受験しようとしていた彼女は、なかなか目に見える成果を出せないことにかなりの焦燥を覚えていた。
(マズイな……、なんとかしないと。前期までに何かしら実績作らなきゃ、推薦に受からないかも。でも、あの子がいる限り、私にお鉢が回ってくるわけもないんだよね……)
羨ましげに見つめる先には、後輩達に囲まれて楽しげに笑う彼女の姿がある。先ほどの組手で負けてしまった自分の周りには誰もいない。
『二大エース』などといっても、結局持て囃されるのは『彼女』だけだ。負け組の己などに興味を持つ者なんて居やしない。
チヤホヤされるのが目的ではないのでそれは別に構わなかったが、なんだか自分など相手にもされていないみたいで不快感はある。
(–––––なんとか、なんとかしないと。このままじゃあダメだ。推薦に受からないどころか、私の寄る辺を失いかねない。それだけは……絶対に嫌だ)
某日放課後–––––桜ノ宮学園空手部
「–––––よう。お前……宮本絵真、だっけ?コンニチハ……いや、ハジメマシテかな?」
「……誰なの、あなた。ここは部外者立ち入り禁止なんだけど」
絵真以外、全ての部員が帰り彼女一人が身体を休めていたところへ、一人の少年が姿を現した。どうやって手に入れたのか、部室の鍵を携えている。
少年の着ている黒い学ランには見覚えがあった。同じ市にある有名な不良校の制服だ。
夕陽よりも深く鮮やかな色合いの赤い髪を靡かせ、鋭い三白眼を愉悦に輝かせた彼は、ゆっくりとした足取りで絵真の側へと歩み寄る。
「クックッ……、間抜けな顔だなぁ。覇気が感じられねぇ。そりゃあ、あの女に負けんのも納得だ」
「……なんなの、喧嘩でも売りに来たわけ?」
不愉快そうに眉をひそめる絵真の眼前に立つ少年は、背後に夕焼けを背負ったまま猫なで声で尋ねた。
「なぁ、オイ……お前、アイツが目障りか?少しは、鬱陶しいって思ってるだろう?」
息遣いが聞こえるまでに近付かれ、彼女の心奥で警戒音が鳴り響く。相手から敵意は感じられないのに、どうしてこんなに恐ろしく思うのだろうか。
「なんとか言えよ、宮本サンよぉ。俺相手に遠慮は要らねぇ。さあ、余すことなく本音をブチ撒けちまいな」
ネットリと、艶のある甘ったるい低音が少女の身体を這う。
少年がむけてくる蛇の如き瞳と視線がかち合い、彼がとても整った顔をしているのに気付いた。
どこか、うっとりと陶酔したかのように–––––絵真の表情が弛緩する。
「……ああ、そうだよ。そうだとも……!ワタシは、あの女が死ぬほど嫌いだ……ッ!あいつさえ、居なければ……居なければ……!」
憧れ、嫉妬、怨嗟、憎悪……あらゆる負の感情が混じり合い溶け込んだ、仄暗い光が、彼女の瞳を覆っていた。
その黒く熱い輝きを見とめ、少年は愉しげにほほえむ。
「……いいだろう。俺がお前に手を貸そう。ただし、……あの女を俺に寄越せ。それでいいなら手伝ってやる」
「ふふっ、もちろん。……あんなやつボロボロになってしまえばいいんだ。どうにでもすればいいさ、ところであなたの名前はなあに?」
甘いムスクの香りを漂わせた少年は、自嘲するように笑いながら名乗った。
「俺は……『不動 御剣』だ。よろしくな、宮本絵真サンよ」
斜陽に染まる赤い部屋の中で、二人の少年少女は嗤い合う。
楽しそうに、愉しそうに–––––。
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