JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第11話 テストにまつわるエトセトラ。

「さて、今日からテスト期間です!皆さんちゃんと勉強しましょうね〜」


とある日の放課後、SHRにて。
普段は女の子同士のきゃっきゃうふふという笑い声が絶えない桜ノ宮学園だが、さすがにテスト期間ともなれば違う。
クラス中がシーンと静まり返り、みんな憂鬱そうに項垂れていた。
梅雨らしく、しとしとと雨が降るのも落下する気分に拍車をかける。


「テストかぁ、やんなっちゃうねー」
「ほんとさー、テストの日だけ学校なくなればいいのにぃ」
クラスメイト達が口々に不満をもらす中、一人の少女が燃えていた。
そう–––––、この物語の主人公ヒロインこと春田理央である。
(ふふふっ……、絶対に良い点取って、ヒロくんを見返してやるんだからっ!)




きっかけは、数日前に遡る。
テスト期間が近づき、一、二年生と違って成績を気にしなければならない彼女は、身近な大人である裕臣に学生時代について色々と話を聞いていた。
「ねえねえ、ヒロくんはテストの点数ってどれくらいだった?」
「そうだなあ、高校時代は受験も近いし平均八十点くらいだったかな」
えっ、と思わず絶句する理央。
私立の桜ノ宮学園でさえ偏差値はなかなかに高く、成績を維持するには毎日の勉強が不可欠だ。
しかし、裕臣が出た高校は県下最難関と言われているほど頭の良い学校なのだ。地方都市にあるとはいえ、充分に首都の有名大学を狙えるレベルを有している。
にも関わらずその点数を叩き出すとは、裕臣は勉学の才に秀でていたのだろう。
これまで彼の学生時代についてあまり話を聞いたことがなかった理央だが、もっと前に聞いておくんだったと今更ながらに後悔する。


「……へぇ。そうなんだ……」
勉強面では割と自信のあった理央は、もはや乾いた笑みを浮かべるしかない。
しかしそんな理央の様子に気付くことなく、裕臣は彼女にしてみれば自慢にしか聞こえないことばかりペラペラ話す。
得意げになるわけでもなく楽しそうに喋り倒す彼は、愛する奥さんに自分のことを尋ねられて嬉しいだけなのだろう。
普段なら微笑ましく聞いていられるが、この日は違った。
プライドを木っ端微塵に打ち砕かれ、彼女の中で怒りのゲージが天元突破する。
「へえ、ふうん、そう……。わかった。なら、私がヒロくんの自慢を粉々に砕いてあげるね……?」


そして理央はガリ勉になった。
まずは中間テストまでの綿密な学習計画を立て、各教科の単元内容をおさらいする。その間、進んでいく授業内容の予復習をこなすのも忘れない。
ガリ勉といっても、寝る間を惜しんでまで勉強するといったミスは犯さず、夜はきちんと眠る。もちろん勉強にかまけて家事をサボることもしない。
生粋のスポーツマンであり、負けず嫌いの彼女に火がついた状態だ。ふわふわ笑っているが矜持は高く、妥協を嫌う理央は何事も完璧にしたがるくせがある。
頭の中は勉強一色、しかしそれ以外でも手抜きは一切しない。
燃えに燃えまくり熱すぎる彼女を見て、誰もが某テニスプレイヤーを思い浮かべたとか、なんとか。


そして、中間テスト初日を明日に控えたある日。理央は家庭科室にいた。
実は隠れた秀才であるかのんに教えてもらうためである。
家庭科室登校を認めてもらうために相当な成績を維持する彼は、公表されないだけで本当は一番成績が良い。分からないことは彼に聞いた方が手っ取り早い。
しかもお手製のお菓子にもありつける。
というわけで彼女はほぼ毎日通いつめていた。幼なじみだから許されることだ。


この日も雨が降っていた。
空から注がれる雨が硝子窓を叩き、向こうの景色を半透明に濁らせる。
規則的な雨音をBGM代わりに、二人は取り留めのない話をしながら問題集を解いていた。
「ねえ、かのんはさ、彼女を作ろうとか思ったことないの」
「……彼女?なんで?必要ないじゃん」
「だって、かのん、もてるのに」
話題そのものを拒むようにバッサリと吐き捨てる彼に、理央は不思議そうな目を向ける。温度のない瞳はあくまで純粋に疑問を投げかけていた。
「もてるって……。あれはノーカンだろう!ストーカーするような女や、そもそも男は論外だっ」
「うーん、まあそうだけどさ。でも、普通の女の子にも告白されてたよね」
「だから、あれは……って、なんでそんなこと、お前が知ってる?」
以前の出来事を告げる彼女に、かのんは質問し返した。
「学校って狭い社会だからさ、本人が内緒にしていてもいつの間にか漏れちゃうんだよ、どんな情報も。叶子トモダチは特別、ウワサに詳しいしね」
「マジか、知ってたのかよ。……ハァ、お前には隠し事なんかできねえなあ」
ほろ苦く笑い、常に体から甘い香りを放つ少年は緩慢に立ち上がる。
オーブンからチョコチップをまぶしたマフィンを三つ分取り出し、作業台に乗せた。団扇で扇いで粗熱を取り、ある程度冷めたら透明なビニール袋に入れる。封はまだしない。
「かのんは相変わらず手慣れてるね、ねえ、今度私にもお菓子作りを教えてよ」
「……えー、嫌だ」
なんでよ、と詰る彼女に、先ほどよりもずっと苦みの強い表情で、
「俺が作る意味がなくなるでしょ、だからダメ」



明くる日。テストの時間がやってきた。
桜ノ宮学園では三日間かけて全ての教科の筆記試験を行う。
初日は国語、政治経済、化学の三教科、二日目は日本史・世界史、生物、地学の四教科、三日目は残り全てだ。
数学に関しては一、二年時に履修完了しているため行わない。
この日のために日々努力してきた理央は、いつもなら友達と雑談に興じるが今日は朝から無言だった。
黙々と教科書とノートを読み込み、過去問集とにらめっこする。視力が悪いわけでもないのに眼鏡をかける徹底ぶりで、周りは完全に引いている。
恐る恐る声をかけたクラスメイトAは、花が咲くような笑みと共に、なあに?と問い返され思わず涙目で逃げた。
のちに、「怖かった……!なんていうか、バックろに般若が見えた!」と語っている。


そんなこんながありつつ。
キーンコーンという気の抜けるチャイム音が鳴り響き、テストは開始された。


カリカリと鉛筆が紙の上を滑る音が静かな教室を満たしている。メイクをばっちり決めているような子もこの日は真剣な顔つきで問題に向き合い、私語は全く聞こえない。
心地よい空気に包まれながら彼女を軽快に問題を解いていく。もともと優秀な頭脳に加えて勉強を熱心に励んだ結果、ちょっとありえないくらいの集中力が出ていた。もはや彼女に敵はない。
にこり……と笑顔さえ浮かべ、理央はちゃくちゃくと正答を叩きだしていった。


そうして何事もなく時間は過ぎ–––––、
ある意味地獄の三日間は終わった。



「じゃーん!どう、私の結果は!これで文句はないでしょ?」
ばばーんとテストの結果が書かれた一覧表を突き出し、理央は裕臣にどやあと自慢げな表情を見せる。
「おおー、頑張ったじゃないか!すごいなあ、さすがに俺でも学年一位なんか取れたことはないよー」
聞きようによっては煽りに思えそうなコメントをしつつ、裕臣はパチパチ拍手した。
「えっへん、すごいでしょー!もっと褒め称えてもいいんだからねっ」
この時点で、当初の目標だった「裕臣にぎゃふんと言わせる」作戦は彼女の頭から抜けている。
ようするに、良い点が取りたくて頑張る、といういたって健全な方向に進んでいったのだった。
しかも旦那さんに褒めてもらえ、理央はすっかりご機嫌になっていた。
「うふふ、私が良い点取った記念ってことで、今日は奮発しちゃおうかなあ」
「いよっ、待ってましたー!献立はなんですか先生!」
「ふふん、聞いて驚け!なななーんとすき焼きだぞー!しかも和牛だぞー!卵はヨード卵だよっ!割下は有名店監修のちょうお高いやつなんだよー!どーだ、すごいでしょう!」
ものすごいお宝でも見せつけるみたいに立派な桐箱に入っているお肉を見せびらかす彼女に、思わず裕臣は笑み崩れる。
この笑顔が見たくて、わざと成績を自慢したりしてけしかけたようなものだ。
プレッシャーを与えないギリギリのラインで、バレないように煽る。そして、闘争心旺盛な彼女は伸びた。
これでもう、成績が原因で彼女の選択肢が狭まることはないだろうと彼はほくそ笑む。
(くっくっく……。理央め、まんまと騙されおって!これで好きな大学に行くといい……!)
彼なりに奥さんの将来を考えての行いだったが、結局妙なところで鈍感な理央が気付くことは、最後までなかったのであった。

          

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