JKは俺の嫁

ノベルバユーザー91028

第3話 えっ、アカウント教えてだって⁉︎

突然だが、ウチの奥さんはいわゆる「ついった」とかいうのをやっている……らしい。なぜ伝聞型なのかというと、理央本人に直接聞いたわけではないからだ。あいつの友人だという子がたまたまやり取りの一部を見せてくれただけで、IDはどうしてか教えてもらえなかった。
俺自身はSNSの類を使ったことはない。というか、使い方がよく分からないんだ。会社の連中は、割と頻繁に利用しているらしいのだけど。


と、いうことで。善は急げとばかりに早速問い詰めてみた。
「理央、おまえ『ついった』っていうのやってるんだって?なー、今度俺も始めてみたいから使い方教えてくれよ」
結果。
「やっだあ、ヒロくんてばひとのパーソナルスペースに土足で入るのはダーメ♡って先生に教えられたでしょ?……だから、次に訊いてきたらこんなんじゃ済まさないからね」
流れるような体捌きで、ふかふかの布団の上に背負い投げ、からのジャーマンスープレックス。……延髄斬りがなかっただけでもマシかもしれない。
声だけなら巷で人気のアイドルも真っ青なほど超絶に甘く可愛らしい。なのだが、俺には恫喝にしか聞こえなかった。
……ていうか、なんで空手部のくせに柔道やプロレス技を繰り出してくるんだよ!


翌日。
出社したあと同僚の村崎にSNSについて色々尋ねてみた。彼は社内でも百人斬りを達成したと噂のモテ男で、実際に男女関係なく人気である。なんでも、甘いマスクにイケメンボイスと、細やかな気配りができてマメなところがとても良いのだとか。
朝から(無駄に)爽やかすぎるオーラを全面に出した彼は、朝礼前だというのになんだか忙しそうにスマートフォンを操作していた。
「おはよ、村崎……何してんの?」
「はよー。春田か。何って……『ついった』の投稿だけど。あ、おまえやってないんだっけ?」
きょと、と目を見開く村崎にかくかくじかじかで、と簡単に事情を説明する。ジャーマンスープレックスのくだりでブハッと噴き出された。実に不満だ。
「くっ、くく……っ。おまえの奥さん、キョーレツだなぁ。今度会わせてよ」
「絶対やだ。鞍替えされたらショックで病むし。……それより、その『ついった』って楽しいの?ウチのやつらもやってる人多いって聞いたけど」
どこの誰とも分からない見知らぬ人と繋がるって、ちょっぴり不安になるんだが、俺だけだろうか。しかし、体験者はそういうわけでもないようだ。
「まあ、最初は抵抗あったけど。慣れると楽しいぞ!カワイイ子とも繋がれるしな。ほら、これが俺のフォロワー!どうよ、3000人ってすごくねー?」
ほらほらほら、と自慢げにスマホの画面を突き出され、プロフ欄に記載された数字を確かめる。……えーと、SNSってフォロワーを増やすのが最終目的なの?
「バカ、ちげえよ。不特定多数の人と繋がって、リアルじゃ言えないこととかも含めて、色々コミュニケーション取るのが楽しいんだよ。まあ、試しにやってみれば分かるさ」
と、そこへもう一人のモテ女が会話に参戦してくる。参加、ではないのは、こいつが絡むと最終的に論戦になることが多いからだ。
「なーにー?『ついった』がなんだって?面白そーな話してんじゃーん!ねーアタシも混ぜてよー」
ニヤニヤと愉快そうに笑う彼女の名前は「大八洲 瑞穂おおやしまみずほ」という。俺たちと同期なのにも関わらず、既に上司の立場になった出世株だ。女だてらに仕事のできる、いわゆるキャリアウーマンというやつである。
大人の色気をしっかりと感じさせる妖艶な美貌と出るところの出たメリハリの利いたスタイルに、仕立ての良いスーツが似合う美人だ。その怜悧な横顔に見惚れている人間は大勢いる。
が、実際に喋ればこの通り。
割と砕けた物言いをする、とっつきやすい好人物だ。……ただし、異様なまでに好奇心が強く何にでも首を突っ込みたがる性癖を除けばの話だ。
「それがよー、こいつが『ついった』やりたいって言ってきてさあ。そんでさ、春田の嫁さんがまたキョーレツでよお。俺、笑っちまったよ」
くそっ、またここでジャーマンキメられた話を持ってくるか!やめろ、六歳も年下の女の子にぼろ負けしたことを言いふらすのは!
「ふーん、へーえ、ほーお。にっひっひっひ、イイコト聞いたなぁ。ねぇねぇこれ誰にも知られたくないっしょ?……オネーサン、『くどき上手』がイイなぁ」
「……『魔界へのいざない』で手を打たないか?」
……俺、なんでこいつらと友達やってるんだろうか。


時間は移り、昼休み。
普段は他のやつらと外で食べる二人は、今日だけ俺に付き合ってくれた。朝礼前に話したSNSについて教えてもらうためだ。あれからさんざんからかってきたとはいえ、きちんと説明してくれるあたりまだマシなのかもしれない。
「よーし!機械オンチな春田のためにこのオレ様が教えてやろう!心して聞くよーに!」
エラそーに講釈を垂れる村崎。大学でも同級だったこいつは馬鹿だったので、これまでむしろ教えてもらう立場だった。逆のことができて嬉しいのだろう。表向きスマートな振る舞いを心がけているが根はアホの子である。
「まずは、IDを取得しまーす!んで、アカウント名を設定して、そっから色々呟いてみます!以上!」
……なんのこっちゃ。言っていることの半分もよく理解できなかったので、思わず目で大八洲に助けを求める。
「ハァ……。村崎くんは相変わらず馬鹿ねぇ。高校の時から変わらないなぁ。
えっとね、まずはアプリをインストールしなきゃいけないの。ブラウザからアカウントを作るのもいいけど、アプリの方が使い勝手良いしね。じゃ、アタシの言う通りに作業してね」
ということで早速アプリをインストールし、アカウントを作成する。ホーム画面に新しく並ぶ、青地に白い鳥のアイコンがなんだか新鮮に映った。
「アカウントは『ついった』だと複数持てるから、適当に使い分けるのがモアベターよ。複アカ禁止のSNSもあるけど」
「え?なんでアカウントを使い分けるんだ?」
素朴な疑問だったのだが……。なぜか二人はしょっぱい顔になった。大八洲など、明後日の方向を向いている。
シーンとビミョーな空気が流れた。
「え……?なんで……?」


終業時間になり他の社員は続々と退社していくなか、未だに俺たち三人は居残っていた。
いや、仕事そのものはもう区切りをつけている。ちょっとした雑談タイムだ。
なんせ、三人とも会社の同期かつ出身大学が同じなのである。自然と話す機会は多いのだ。
「で、なんで突然SNSなんて始めたいって言ったの?あんた、そういうの興味ないんじゃなかったっけ」
始めに口火を切ったのは大八洲だ。同じ疑問を抱いていたのか、村崎もうんうんと頷いている。
「……俺の奥さんが『ついった』やってるって言っただろ?でも、なんでか俺に教えてくれなかったんだよ。あの子の友達から少し見せてもらったほどでさ。
だから、何か言えないようなことでも投稿してるんじゃないかって気になって。ほら、まだ未成年だし……。不安が消えなくて。もし、俺が守ってやれないところで悩んでたりしないかって。
それにさ。少しでも、あいつの日常が知りたかったんだ。休日くらいしか一緒にいる時間は取れないし、普段学校でどんな風に過ごしてるのかなって。……心配しすぎだったかな」
よく考えたらこれはストーカー行為に当たりそうなことだ。いくら夫婦とはいえ、内緒にしておきたいことだってきっとあるだろう。もしかして、俺のやったことはあいつにとって不快なのかもしれない。
ずうんと落ち込む俺に、ポンポンと大八洲と村崎が肩を叩いてくれた。整った顔に浮かぶ表情はあくまでも優しい。
「だいじょーぶだって。あんま気にしすぎんな。こーゆーときはな、一回訊いてみりゃいいんだよ。そうすりゃイヤなのか嬉しいのかわかんだろ」
「そーよー!村崎バカの言う通り!あんたがここでグチグチ言ったって仕方ないじゃーん。理央っちだってきちんと説明すれば納得するって」
「おい、大八洲……。おまえ、今サラッとバカって言った?」
「えっ、なにがー?わたしよくわかんなーいアハハッ☆」
「アハハッ☆じゃねええ!高校んときからいちいちバカにしやがって!……はぁ、なんで俺、こいつと恋人やってんだろう……」
社内で知っている人間はいないが、彼らは恋人同士である。結婚秒読み状態らしいが、普段の様子は仲の良い友人同士にしか見えない。そういえば、披露宴のスピーチ頼まれてたっけ。何て話そうか、今から悩んでいる。
「二人とも、ありがとうな。俺、ちゃんとあいつの話をしてみるよ」
ぐっ!と拳を突き出され、俺はそれにグッジョブポーズで応えた。



やれやれ、話しているうちにすっかり遅くなってしまった。既に日は暮れ、夕闇が街を茜色に染め上げている。藍色の中天にぽつんと浮かぶ明星を見上げ、マンションまでの道のりを急ぐ。
エントランスを潜り抜け、階段を全速力で駆け上がっていく。ハアハアと荒い息を吐きながら殺風景な廊下にまろび出て、ガッチャガッチャと慌ただしくドアを開け放った。
「あ、おかえりヒロくん!遅かったねぇ、お仕事たいへんだったの?」
夕食を作っていたのか、普段着の上にエプロンをつけていた。ニコッと笑う彼女はやっぱりかわいい。こうして出迎えてくれる理央って最高の奥さんだろ?とみんなに自慢したい気持ちになる。
「……あぁ。それより、ちょっと話があるんだ。朝のことで。……えっと、俺も『ついった』を始めてみたんだ。単なる興味とかじゃなくて、その、きちんと色々考えてさ」
玄関先で話すようなことではないなと思ったが、リビングまで行くのも惜しくてさっさと切り出した。ここで腕ひしぎでも極められたらさすがに諦めようと頭の中で検討する。
「……ふぅん。ヒロくんはなんで『ついった』始めたの?私が浮気でもしてるんじゃないかって不安になった?」
「まさか。そんなわけないよ、俺は理央の愛を疑ったことないし。そうじゃなくてさ、その……おまえが、学校でどんな風に過ごしてんのかなって気になってさ。それに、ちょっとしたことでもいいから、SNSでいろんなやり取りできたら楽しそうだなって。……やっぱり教えられないか?」
しかし、きれいな栗色の髪をさらりと揺らしながら、理央は首を横に振った。髪色と同じく色素の薄い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
ああ、やっぱり俺は彼女にウソなんてつけないな。突き通せる自信なんか全くない。こんなきれいな目で見られたら。
「わかったよ、じゃあ仕方ないから教えてあげる。えっと、私のアカウント名はね–––––……」



翌日、AM5:00。
パシャリ、と軽い響きのカメラ音が小さく鳴った。薄暗い中でもはっきりと映った穏やかで無防備な寝顔を見て、ふふ、と思わず笑みがこぼれる。
すぐさま画像をアップすると、即時にリプライが飛んできた。普段使いのアカウントではない非公開鍵つきのアカウントだ。名義 は「hiro_0712」にしてある。
ここに書き込みが許されているのは、今のところたった二人。うち一人はまだ寝ているけれど。
リプライの内容は「寝顔自慢いい加減にしろ、バレても知らねえぞ」
それに対し、彼女も負けじと返す。
『へっへーん。もうバレてるしい。どーじゃ、カワイーだろー!』
『男の寝顔なんざ可愛いと思うか、バカ』
『ふーんだ。かのんなんか知らない。今日の課題手伝ってあげないからね』
そこで会話を打ち切り、通知をオフにした。ぽいっとスマートフォンをその辺に投げ、すうすうと静かな寝息を立てるもう一人の顔に目を落とす。


「早く目が覚めないかなー。ねぇ、今日はなんてお話しようか、ヒロくん」

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