日本産魔術師と異世界ギルド

山外大河

21 一時休戦

 そして前々から気付いてはいた事だが……何かあるのは、この青年も同じ事だった。

 その証拠がこの状況だろう。

 青年はマウントポジションという圧倒的有利な状況を取っていたにも関わらず、俺からゆっくりと離れた。
 俺を抑え込んで指輪を外すまでの一連の流れ。アレがミラを直接傷付けてもいいとは思わないという、あるかどうかも定かではない良識からの行動だったとしても……それでも、元に戻った俺を解放する理由なんて何処にも無い。

 それが出来たかどうかはともかく、俺をボコボコにでもして見るのが、此処に忍び込んだ誘拐犯としての正しい行動では無いのだろうか。
 なのに俺の体は自由の身。多分その気になれば、俺がマウントポジションをとる事だってできる。

「自分が何やってんのか分かってんのか。お前は誘拐犯で、俺は警備員だぞ」

「お前、まだ此処を警備する気でいんのかよ」

 論点をすり替えられた気がするが……確かにごもっともな話だ。

 はっきり言って、そうする気が起こらない。
 何が起きたかは解らなくとも、誰が起こしたかという事は流石に分かる。
 俺はゆっくりと床に落ちている、もう光ってはいない指輪に視線を向ける。

 アレを支給した、雇い主であるリリーブ社。俺をこういう状態にしたのは間違いなくそこの人間だ。
 アイネさんと直接話した事もあってか……信じたくは無いけれど。

「まあ落ち着いて、此処は一時休戦で共闘とでもいこうぜ。俺もその為にてめえを助けたんだからよ」

 確かにそう考えれば合点が付く。
 都合よく、リリーブ社に不信感を抱く警備の人間が現れた。
 それを助ければ、一時的にでも取りこむ事ができるかもしれないからな。

 だけど、本当にそれだけなのか?

 ロベルトやこの青年には不可解な点が多くて……そして俺はこの青年の事を、それ程悪く思ってはいない。そういった事が重なって、こんな感情も芽生えてしまう。

 ……コイツは、純粋に俺達を助けてくれたんじゃないか? と。

 そんな事を思ってしまうと、また更に疑問は増え続けるばかりだ。

 ……折角眼の前に本人が居るんだ。
 だったら、聞いてしまえばいい。
 この青年とロベルトへの疑問の解を。

 でもその答えが正確に返ってくるかどうかなんてのは解らない。というより返ってこないだろう。返ってくる様な素直な奴ならば、そもそもこうしたモヤモヤを抱かずに済んだと思う。

 だから鎌を掛けてみる事にした。

 本人の想定していた言葉以外を突ければ、もしかすると、あるかどうかも解らない何かが零れ落ちてくるかもしれない。

 そういった考えの元で思い付いた嘘は、きっと今みたいな事が有ったからこそ明確に出てきた可能性の一つ。だけども見当違いの可能性も高く、違っていたら滑稽もいい所な、そんな言葉。だけどその返答次第で、モヤモヤが解けるかもしれない問い。

 そして、ミラが聞くと少し不快になってしまう様な言葉。
 俺は青年の隣まで歩き、青年にしか聞こえない小さな声で言う。

「なあ……なんだっててめえらは、そんな回りくどい人助けをしてんだよ」

 本当に、言っている自分が滑稽だと思った。
 だけど、そんな事をしただけの収穫は確かにあった。

「……ッ」

 青年が、息を呑んだ。
 まるで隠していた事を突かれたかのように。
 そして、ゆっくりと静かに、小さな声で青年は言う。

「……どこまで気付いた?」

 それは俺が抱いた薄い可能性が正しかった事を意味する返答。

「何処までだろうな」

 何処まで気付いたか。何処までも気付いていない。
 でも気付けなくても少しモヤモヤは晴れた。

 全くの見当違いなら、それで敵と割り切ってよりモヤモヤを解消できた気がするけども……その言葉の真意がどうであれ、こっちの方が気分は楽だ。
 そして俺が鎌を掛けた事を、青年は俺の返答で見抜いた様だ。

「……俺を誘導して、何が知りたい?」

「不可解すぎる、お前らの言動の意味を」

 今までに抱いた違和感に加えて……今回の一件そのものの動機。
 コイツの反応が本物で、本当の悪人ではなかった場合、こんな大々的な犯行予告まで出して何がしたかったのだろうか。
 そして俺の要求を聞いて、青年は言う。

「……その話は後だ」

 青年は諦めたように……いや、肩の荷が下りた様に、俺の要求を呑む様な言葉を口にした後、こう続ける。

「ミラの前で……俺達の被害者の前で、言える様な事じゃねえよ」

 それがどうしてなのかは分からない。俺が考えた様に、不快感を与えてしまうからなのか、それとも別の何かか。

「それに……言ってる場合じゃねえだろ。見ろ」

 俺は言われた通り、青年の見ている方向に視線を向ける。

「……確かに、オチオチ話してる場合じゃねえな」

 視界の先には見覚えのある二人が居た。
 キース立ち程ガッツリと話してはいないが、会釈程度はしたBランクギルドの構成員二名。
 BランクといえどAランクと遜色の無い彼らの手に付けられた指輪は赤く染まっていて……まるで生気を感じられない。

 少し前の自分を思い出す。
 まるで体が勝手に動く様な状態。それが眼の前の奴らにも起きている。
 だとすれば……、

「こ、こっち来ますよ!」

 ミラは青年の居る方に来るのをためらった様だったが、それでも俺の後ろにやってきて隠れる。

「詳しい事は何も分かんねえが……アイツら二人が仲良く歩いてんの見ると、どうやら指輪を付けてねえ奴を襲う感じになってるみてえだな」

 青年が指を鳴らしながら、瞳を赤く染める。
 俺も同じ様に瞳を赤く染めた。
 そして一応聞いておく。

「じゃあとりあえず一時休戦だ。お前、名前は?」

「シドだ。……てめえは?」

「浅野裕也」

「オーケー、把握した」

 そんなやり取りをして、俺達はミラの盾になる様に正面の敵を待ちかまえる。
 想定外の事態になったが……とりあえずこの場、切り抜ける!

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