日本産魔術師と異世界ギルド

山外大河

15 自尊心を守る壁

「今日はえーっと、ありがとうございました、でいいんですかね」

「謝るよりもいいんじゃねえの?」

 しばらく続いたスマフォ祭りも終焉を迎え、ここで俺達はミラと別れる事にした。
 ミラはそろそろアルバイトの時間らしいし、俺は脱臼の治療に行かなければならない。ちなみにミラのバイトは運び屋だそうだ。確かに足超早いし、荷物運びとか凄い有能そう……って、駄目だ。運び屋って聞くと、どうしてもあのおっさんを思い出す。実は昨日夢で引き殺された。
 まあとにかくそういう訳で、俺達はこれで分かれる事に。

「じゃあ改めて。今日はありがとうございました」

 そう言ってミラはニコリと笑う。本当に初めて出会った時とは大違いだ。

「今度、また会う事があったら、その時は日本の話、聞かせてくださいね」

「おう、いつでもいいぜ」

「あと、それから……」

 ミラは一拍開けてから俺達にこう頼み込む。

「何か困った事があったら、その時は裕也さん達に依頼してもいいですか?」

「いつでも来なさい。安くするから」

「……はい。よろしくお願いします!」

 アリスの言葉にミラは笑ってそう答えた。

「じゃあ、また今度な」

「はい。それでは!」

 そう言ってミラは小走りで駆けて行く。スピードを見る限り、魔術は使って無さそうだけど、小走りというには無茶苦茶早い。アレ、スポーツやったら上狙えるぞ。

「……さて」

 アリスは視線を此方に向ける。

「とりあえず病院行きましょうか。あ、でも先に服とか買いに行く? 結構汚れてるからこれを期に」

「まあ買わなきゃ行けねえのは間違いねえよ。俺、服コレ一着しか持ってねえわけだしな」

 だから出来る事なら今日中に買っておきたい。正直出来る事なら着替えてから医者に行きたいもんだ。

「でもまあ……服は後だ」

「どうして?」

「こんな状態で戦っておきながら言うのもなんだけどさ……右肩脱臼したまま着替えるなんて恐ろしい事出来ねえよ。動かしたくねえもん」

 今でも充分に痛いのに、それより更に痛いとかマジ勘弁してくれ。戦ってる時は緊張感とかで我慢できても、こんな普通の雰囲気でこれ以上の激痛とか耐えられないからな?

「……本当によくそんなんで戦えたわね」

「ほんと、人間成せばなるもんだな」

「じゃあ着替えも成せばなるかもよ?」

「……ならない」

「成す前に諦めてどうすんのよ……」

 アリスは呆れた様にそう言ってため息を付くが、無理なもんは無理だ。

「……ま、私はどっちが先だろうが、別にいいんだけどね」

 そう言って話を切った後、アリスは一拍開けてから俺に言う。

「とりあえず、お疲れ様」

「……おう」

 確かに、本当に疲れた。
 今は肩の痛みにばかり頭が行っているが、この痛みの事がなければ、多分疲れにばかり頭が行くだろう。

「ねえ、裕也」

「なんだよ」

「裕也は……本気で戦った?」

 アリスは俺の垂れ下がった右腕に視線を向け、そう尋ねてくる。
 ……アリスが言わんとしている事は、なんとなく理解できた。

「途中からな。最初は手ぇ抜いてたよ。俺の世界じゃこんな力を人に振るった事はなかったからさ……本気でぶん殴ったら殺しちまうんじゃないかって思ったしな」

 その考えが脱臼を招いた。今回は脱臼で済んで良かったが、今後同じ様に誰かと対峙して、俺が手を抜けば……そのまま俺が殺される可能性だってある。
 アリスが伝えたい事も、きっとそういう事だ。

「裕也の気持ちも分かるけど……絶対に勝てるって確信でもない限り、手を抜いちゃ駄目よ。じゃないと……裕也が死んじゃうかもしれないから」

 自分で理解したつもりの言葉でも、こうして改めて言われるとその重みがより伝わってくる。

「心配しなくても、魔術を使って戦わなければならない相手は、そう簡単に死んだりしない。だからこれからは全力で戦って。例え今日みたいに治せる怪我で済んだとしても、辛そうな表情なんて、好んで見たいものでもないから」

「……ああ」

 きっと実際にこうして大怪我を追うまで、俺は学生の喧嘩のレベルを超えた魔術師同士の戦いを、まだ喧嘩と同じ様に考えていたのかもしれない。
 勝とうが負けようが、大半は一線を超えない。だけど、地球だろうがこの世界だろうが、喧嘩の範疇を超えれば、その一戦はゆうに超えてしまう。
 まるで違うんだ……俺が、人の問題に首を突っ込んでしてきた喧嘩とは。

「今度からは、そうする」

 こんな無茶苦茶な力を人に向かって全力で振るう事に対しての抵抗感は、そう簡単に拭えやしない。だけど……きっと次は無い。次は肩だけで済みやしない。
 手を抜ければ負ける。俺は地球に居たころと比べて遥かに強くなっているが、まだ精々そのレベルなのだ。そんな、戦った後の事なんて考えていられない段階なんだ。

 その事実を胸に刻め。そんな甘い考えを実行したければ、もっと強くなれ。
 その為にも……俺はこの痛みを忘れない。

「次からは全力でやるさ」

「うん、それでいい」

 アリスは少し安心した様にそう返してきた。
 大丈夫……もう変な心配はかけたりしない。

「でも、今の会話でようやく一つモヤモヤが解けたわ」

「モヤモヤ?」

「裕也は喧嘩に負けてこの世界に飛ばされたんでしょ? そんなに強いのに、どうして負けたのかなーとか、一体どんなに凄い人と喧嘩したのかなーとか。でもきっと裕也は、そんな事を考えて、手を抜いていたのよね」

 ……それは違う。全く違う。
 あの時の俺は全力だった。肉体強化を発動させ、全身全霊の力を込めて佐原に拳を叩きこんで、それを受けとめられたんだ。だから俺は此処に居る。手なんか抜いていない。

 アリスが抱いている俺の強さは、所詮幻想にすぎないのだ。
 だけどその幻想を壊してしまうだけの勇気もまた、弱い俺は持ち合わせていない。

「まあ……そうだな。手ぇ抜いてて負けた」

 平然と嘘が零れ出す。ちっぽけな自分を隠す為の、壁を築き上げる。

「やっぱりね。そうだと思った」

 アリスはそう言って笑う。
 そんなアリスに、俺は少しだけ目を合わせづらかった。
 少なくとも、今の俺じゃ胸なんて張れやしない。

「こうなったのが裕也にとって良かったのかどうなのかは分からないけど、手を抜いたから異世界に飛ばされるなんて事になったの。だから……本当に、気を付けなさいよ」

 心配してくるアリスの声を聞いていると、無性にこう思う。何度だってこう思う。
 アリスに俺は強いんだって、胸を張れる位に……俺は、強くなりたい。

「分かってる。心配してくれてあんがとな」

「当然よ。私達は仲間なんだから」

 そう言ってアリスはまた笑ってそう言う。
 ……仲間、か。
 俺はそんな仲間に今日、一つ嘘付いた。
 自分の自尊心を守るために、その信頼に縋りつい居た。
 その嘘を告白できる日が、いつか来るのだろうか。

「じゃ、行きましょ?」

「ああ」

 俺はそんな思いを抱きながら、アリスと共に病院へ向けて足取りを進める。
 アリスの隣を歩く足取りが、ほんの少しだけ重かった。

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