日本産魔術師と異世界ギルド
10 啖呵を切って、拳を握り
閉じていた瞼をゆっくりと開き、まず最初に目に入ったのは青い空だった。
そして次に訪れたのは、背中が擦れる……なんというか引きずられている様な感覚と、両足のまるで水に浸かっているかのような冷たさ。
そもそも俺はどうして寝ていたんだ? 今一体どういう状況なんだろう。
俺はゆっくりと首を後ろに倒す。するとこうなるに至るまでの出来事を鮮明に思い出す事が出来る様な顔が視界に入った。
「……あ」
そこに居たのは、緑髪の少女……アリスから報酬金を奪った犯人である。
俺が口を開いた……というより意識を取り戻した事に気付いた少女は、驚いた様な安心した様な、そんな表情を浮かべ……そして俺は今の状況に少しだけ違和感を覚えた。
意識を失う直前、俺が伸ばした手をこの子は掴んでくれた。
そして今、こうして俺の両腕を掴んで川から引き揚げてくれている。
そうしてくれた緑髪の女の子は、俺を助けてもなんのメリットも無い筈……いや、メリットが無くても人は人を助ける。実際そうした事によってこの世界に飛ばされた俺は、その事を良く知っている。だからそれは訂正しよう。
だけど……助ける為にあまりにも大きなデメリットがあったとしたらどうだろうか。俺はそういう状況に陥った事は無いけれど、逃げなければいけない相手を助けるというのは、結構致命的な一手だ。同じ状況で俺がどう行動するのかは分からないけれど、躊躇うという人が大多数なのではないだろうか?
なのにこの子は俺を助けた。今も、俺が意識を取り戻したのならばすぐに逃げれば良いだろうに、これからどうすればいいのか分からないといった、困惑の表情を浮かべている。
そしてそういう反応を見せられると……違和感が完全に困惑へと昇格する。
どうしてだろうが、どうすればいいに切り替わったのだ。
俺は一体……この子に、どういう反応をすればいいのだろうか。
だけども結論はすぐに出た。
「……ありがとう」
過程はどうであれ、まずは助けられた事に関して礼を言っておくべきだ。過程の事は、これから清算していけばいい。
返事は無かった。きっとどうすればいいのか分からなくなっているのだろう。
だけど、俺がコレからどうするべきかは、礼を言った時点で決まっている。
俺は引っ張られている両腕を動かして右腕を少女の手から話し、そしてその手で少女の手を掴む。
「……ッ」
少女がビクンと体を震わせる。
そんな少女の目に、俺はゆっくりと体を起しながら視線を向けた。
礼は言った。実際に感謝している。だけど感謝しているからと言って、アリスの金を取った一件とはまた別の話だ。
ちゃんと清算は付けなければいけない。『助けてもらったから、お金さえ返してくれればそれでいいよ』といってこの手を話す事なんて出来やしない。やるべき事はちゃんとしておかなければならない。相手が子供でも……いや、子供だからこそ。
俺は少女に向けて、落ち着いた口調で言う。
「とりあえず、話を聞かせてくれ。どうして人の金を取る様な真似をしたんだ?」
「……え?」
少女は呆気に取られた様な表情を浮かべた。もしかすると、この子は問答無用にキレられるとでも思ったのかもしれない。そのまま、話しすら聞いてくれずに、何処かに連れて行かれると思ったかもしれない。とにかく自分にとって不都合でしかない事をされると思ったのかもしれない。
だけど……少なくとも俺はそうしない。
「とりあえず肩の力抜いて、落ち着いて話してくれ。別に急かしはしねえから」
当然、大の大人がやったのならば、俺は容赦なく日本でいう通報に値する様な事をしていただろう。だけどこの子は子供だ。
別に子供だから何でも許されるだなんて、頭の悪い事を考えている訳じゃない。ただ単に、子供のこうした行為には結構裏がある場合が多いからという話だ。
一言で言えばいじめ。具体的に言えば、その気が無い子に無理矢理万引きをさせるという事。それがフィクションではなく現実で起こり得るという事は、俺の経験則が物語っている。そういうクソ野郎は何処にでも居るんだ。だから盗んだという事実だけで全てを解決に運んでいい訳が無い。
少なくとも……俺はそうしたくない。
自分が危険な立場に置かれると、きっと分かっていた筈なのに俺を助けてくれた女の子を……信じてみたい。
だからその為にも、この子にも俺を信じてほしい。
……だけど少女は中々答えてはくれない。
まあ仮に俺の説が正解だとして、正直に言っても虐めていた側に睨まれ、自分の無実を主張しなかった場合でも、自ら進んでやったというレッテルを張られてしまう。
きっとどうすればいいのか分からない。実際そういう立場に置かれた事が無いから憶測上の話でしかないけれど、そうなのではなかろうか?
まあそういう事も考慮して話を進めて行くべきかもしれない。仮定に仮定を重ねた末に生れた案だけれど、外れていた時は外れていたときだ。
俺は軽く頭の中で文章を構築してから少女に言う。
「もし、誰かに言われてこんな事をしたんだってなら、別にお前を責めたりしねえよ」
少女の表情が、一瞬ピクリと変わった気がした。
どうやら俺の仮定は正しかったらしい。まだ確証は持てないけど、きっとそうだ。
だから後は確証を作れ。少女の言葉で自分のした事を否定してくれ。
その為に、俺は言葉を紡ぐ。
「もしお前がそういう理由でしていたんだったら、その元凶をぶっ壊してやる。ぶっ壊して解決しない問題なら、それでも何か手助け位はしてやる。だから……教えてくれねえか? なんでこんな事をしたのか」
もし俺の仮定、憶測が外れていた場合、ただ逃げ道を作ってやっただけになってしまうだろう。だけどきっとそれは無い。
俺は、ちゃんとこの子が正しい事を言ってくれると信じている。
俺は少女の言葉を待った。
しばらく待って、少女は何かを言おうとゆっくりと口を開く。
だけどその言葉は発せられる事は無く、代わりに聞き覚えのない男の声が耳に届いた。
「何をしている、ミラ」
その声に、少女がピクリと反応して……そして少しだけ、震えているのを感じた。
そしてそうさせている声の主……ゆっくりと河川敷に降りてきた、黒いロングコートを来た男に視線を向けた。
年齢は二十代後半位だろうか。黒髪で長身。表情は何を考えているのかまるで分からない様な無表情。声を聞いただけでミラという名前らしい少女が震えた事もあって、いい印象などは当然得る事ができない。
そしてゆっくりとこちらに歩み寄る男は、俺達……いや、恐らくはミラに向かって言葉を発する。
「お前ならこの状況位簡単に打開できるだろ? さっさとこっちに来て奪った金を渡せ」
奪った金を渡せ……その一言だけで、俺の憶測は現実味を増していく。
同時に全く別の違和感が発生し始めていたが、そんな事はどうでもよかった。
「……おい、アンタ」
俺は警戒の為に肉体強化を発動させつつ、男に言う。
「俺の憶測でしかねえが、多分この子は自分の意思でこんな事をしやしねえ……さっきの言葉から察するに、全部アンタがやらせているって事なのか?」
俺の声には、きっと怒りの声色が籠っていたんだと思う。
もしこの男がそうさせていたのだとすれば、それは子供同士のイジメの加害者側なんて生易しい物じゃない。
正真正銘……ただのゲス野郎だ。
そして男は口を開く。
「そうだが、何か?」
全くの無表情で、何一つの感情を見せない様な凍りついた声で、男は堂々とそう口にした。
「何かって……てめぇ、自分が何やってんのか分かってんのか!」
「分かってるさ。俺が奪った物を返してほしかったら、それに見合った金を用意しろと指示をした。用意できないなら奪って来いと指示をした。そして奪った金を受け取るために此処にやってきた。ただそれだけだ」
そういう事を聞いた時点で、もう男の話を聞く気は無くなった。
その代わりに俺は、俺に捕まっている状況を打開できると言われたにもかかわらず、そうしなかったミラに、一言だけ尋ねる。
「今の話……本当か?」
ミラはどうするべきか少し躊躇いを見せたものの……それでも首を縦に振った。
……決まりだ。
俺はミラの手を離して一歩前に出る。
目の前の男には、反吐が出そうなほどの軽蔑の感情と怒り。そして違和感を抱いていた。
奪った金を、何故被害者の目の前で受け取りに来るのか。
後から合流して受け取ればいい。仮に捕まってしまったのならば、トカゲの尻尾の様に切り捨てれば良い。男のやっている事は、あまりにも大きなリスクを被る、愚策中の愚策だ。まともな神経をしていれば、絶対にそんな行動はしない。
だけど……このゲス野郎の狂った思考回路の事なんかどうだってよかった。
俺は目の前の男を見据えて口を開く。
「てめぇには言いたい事が沢山ある。だけど言った所で聞きはしねえだろうし、そんな長々とした説教をしていられる程、俺にだって余裕はねえ。だから……歯ぁ喰いしばれ」
拳を握りしめ……言い放つ。
「とりあえずてめえをぶっ飛ばす! 説教は後で警察にでもしてもらえ!」
そして次に訪れたのは、背中が擦れる……なんというか引きずられている様な感覚と、両足のまるで水に浸かっているかのような冷たさ。
そもそも俺はどうして寝ていたんだ? 今一体どういう状況なんだろう。
俺はゆっくりと首を後ろに倒す。するとこうなるに至るまでの出来事を鮮明に思い出す事が出来る様な顔が視界に入った。
「……あ」
そこに居たのは、緑髪の少女……アリスから報酬金を奪った犯人である。
俺が口を開いた……というより意識を取り戻した事に気付いた少女は、驚いた様な安心した様な、そんな表情を浮かべ……そして俺は今の状況に少しだけ違和感を覚えた。
意識を失う直前、俺が伸ばした手をこの子は掴んでくれた。
そして今、こうして俺の両腕を掴んで川から引き揚げてくれている。
そうしてくれた緑髪の女の子は、俺を助けてもなんのメリットも無い筈……いや、メリットが無くても人は人を助ける。実際そうした事によってこの世界に飛ばされた俺は、その事を良く知っている。だからそれは訂正しよう。
だけど……助ける為にあまりにも大きなデメリットがあったとしたらどうだろうか。俺はそういう状況に陥った事は無いけれど、逃げなければいけない相手を助けるというのは、結構致命的な一手だ。同じ状況で俺がどう行動するのかは分からないけれど、躊躇うという人が大多数なのではないだろうか?
なのにこの子は俺を助けた。今も、俺が意識を取り戻したのならばすぐに逃げれば良いだろうに、これからどうすればいいのか分からないといった、困惑の表情を浮かべている。
そしてそういう反応を見せられると……違和感が完全に困惑へと昇格する。
どうしてだろうが、どうすればいいに切り替わったのだ。
俺は一体……この子に、どういう反応をすればいいのだろうか。
だけども結論はすぐに出た。
「……ありがとう」
過程はどうであれ、まずは助けられた事に関して礼を言っておくべきだ。過程の事は、これから清算していけばいい。
返事は無かった。きっとどうすればいいのか分からなくなっているのだろう。
だけど、俺がコレからどうするべきかは、礼を言った時点で決まっている。
俺は引っ張られている両腕を動かして右腕を少女の手から話し、そしてその手で少女の手を掴む。
「……ッ」
少女がビクンと体を震わせる。
そんな少女の目に、俺はゆっくりと体を起しながら視線を向けた。
礼は言った。実際に感謝している。だけど感謝しているからと言って、アリスの金を取った一件とはまた別の話だ。
ちゃんと清算は付けなければいけない。『助けてもらったから、お金さえ返してくれればそれでいいよ』といってこの手を話す事なんて出来やしない。やるべき事はちゃんとしておかなければならない。相手が子供でも……いや、子供だからこそ。
俺は少女に向けて、落ち着いた口調で言う。
「とりあえず、話を聞かせてくれ。どうして人の金を取る様な真似をしたんだ?」
「……え?」
少女は呆気に取られた様な表情を浮かべた。もしかすると、この子は問答無用にキレられるとでも思ったのかもしれない。そのまま、話しすら聞いてくれずに、何処かに連れて行かれると思ったかもしれない。とにかく自分にとって不都合でしかない事をされると思ったのかもしれない。
だけど……少なくとも俺はそうしない。
「とりあえず肩の力抜いて、落ち着いて話してくれ。別に急かしはしねえから」
当然、大の大人がやったのならば、俺は容赦なく日本でいう通報に値する様な事をしていただろう。だけどこの子は子供だ。
別に子供だから何でも許されるだなんて、頭の悪い事を考えている訳じゃない。ただ単に、子供のこうした行為には結構裏がある場合が多いからという話だ。
一言で言えばいじめ。具体的に言えば、その気が無い子に無理矢理万引きをさせるという事。それがフィクションではなく現実で起こり得るという事は、俺の経験則が物語っている。そういうクソ野郎は何処にでも居るんだ。だから盗んだという事実だけで全てを解決に運んでいい訳が無い。
少なくとも……俺はそうしたくない。
自分が危険な立場に置かれると、きっと分かっていた筈なのに俺を助けてくれた女の子を……信じてみたい。
だからその為にも、この子にも俺を信じてほしい。
……だけど少女は中々答えてはくれない。
まあ仮に俺の説が正解だとして、正直に言っても虐めていた側に睨まれ、自分の無実を主張しなかった場合でも、自ら進んでやったというレッテルを張られてしまう。
きっとどうすればいいのか分からない。実際そういう立場に置かれた事が無いから憶測上の話でしかないけれど、そうなのではなかろうか?
まあそういう事も考慮して話を進めて行くべきかもしれない。仮定に仮定を重ねた末に生れた案だけれど、外れていた時は外れていたときだ。
俺は軽く頭の中で文章を構築してから少女に言う。
「もし、誰かに言われてこんな事をしたんだってなら、別にお前を責めたりしねえよ」
少女の表情が、一瞬ピクリと変わった気がした。
どうやら俺の仮定は正しかったらしい。まだ確証は持てないけど、きっとそうだ。
だから後は確証を作れ。少女の言葉で自分のした事を否定してくれ。
その為に、俺は言葉を紡ぐ。
「もしお前がそういう理由でしていたんだったら、その元凶をぶっ壊してやる。ぶっ壊して解決しない問題なら、それでも何か手助け位はしてやる。だから……教えてくれねえか? なんでこんな事をしたのか」
もし俺の仮定、憶測が外れていた場合、ただ逃げ道を作ってやっただけになってしまうだろう。だけどきっとそれは無い。
俺は、ちゃんとこの子が正しい事を言ってくれると信じている。
俺は少女の言葉を待った。
しばらく待って、少女は何かを言おうとゆっくりと口を開く。
だけどその言葉は発せられる事は無く、代わりに聞き覚えのない男の声が耳に届いた。
「何をしている、ミラ」
その声に、少女がピクリと反応して……そして少しだけ、震えているのを感じた。
そしてそうさせている声の主……ゆっくりと河川敷に降りてきた、黒いロングコートを来た男に視線を向けた。
年齢は二十代後半位だろうか。黒髪で長身。表情は何を考えているのかまるで分からない様な無表情。声を聞いただけでミラという名前らしい少女が震えた事もあって、いい印象などは当然得る事ができない。
そしてゆっくりとこちらに歩み寄る男は、俺達……いや、恐らくはミラに向かって言葉を発する。
「お前ならこの状況位簡単に打開できるだろ? さっさとこっちに来て奪った金を渡せ」
奪った金を渡せ……その一言だけで、俺の憶測は現実味を増していく。
同時に全く別の違和感が発生し始めていたが、そんな事はどうでもよかった。
「……おい、アンタ」
俺は警戒の為に肉体強化を発動させつつ、男に言う。
「俺の憶測でしかねえが、多分この子は自分の意思でこんな事をしやしねえ……さっきの言葉から察するに、全部アンタがやらせているって事なのか?」
俺の声には、きっと怒りの声色が籠っていたんだと思う。
もしこの男がそうさせていたのだとすれば、それは子供同士のイジメの加害者側なんて生易しい物じゃない。
正真正銘……ただのゲス野郎だ。
そして男は口を開く。
「そうだが、何か?」
全くの無表情で、何一つの感情を見せない様な凍りついた声で、男は堂々とそう口にした。
「何かって……てめぇ、自分が何やってんのか分かってんのか!」
「分かってるさ。俺が奪った物を返してほしかったら、それに見合った金を用意しろと指示をした。用意できないなら奪って来いと指示をした。そして奪った金を受け取るために此処にやってきた。ただそれだけだ」
そういう事を聞いた時点で、もう男の話を聞く気は無くなった。
その代わりに俺は、俺に捕まっている状況を打開できると言われたにもかかわらず、そうしなかったミラに、一言だけ尋ねる。
「今の話……本当か?」
ミラはどうするべきか少し躊躇いを見せたものの……それでも首を縦に振った。
……決まりだ。
俺はミラの手を離して一歩前に出る。
目の前の男には、反吐が出そうなほどの軽蔑の感情と怒り。そして違和感を抱いていた。
奪った金を、何故被害者の目の前で受け取りに来るのか。
後から合流して受け取ればいい。仮に捕まってしまったのならば、トカゲの尻尾の様に切り捨てれば良い。男のやっている事は、あまりにも大きなリスクを被る、愚策中の愚策だ。まともな神経をしていれば、絶対にそんな行動はしない。
だけど……このゲス野郎の狂った思考回路の事なんかどうだってよかった。
俺は目の前の男を見据えて口を開く。
「てめぇには言いたい事が沢山ある。だけど言った所で聞きはしねえだろうし、そんな長々とした説教をしていられる程、俺にだって余裕はねえ。だから……歯ぁ喰いしばれ」
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