可愛いことは、いいことだ!
第七話(完結)
二人きりになってから、沙穂と諒はとりあえず体育館内に異常がないか、見て回った。特に変わった様子もなかったのでホッとすると同時に、なぜ自分たちがわざわざ後始末をしてやらなければならないのかと、腹も立つ。
教師に言いつけることも考えたが、主犯もその仲間たちも既に逃げたあとなうえに、証拠らしい証拠もない。そもそも西野は成績の良い優等生と外面もいいので、信じてもらえるかどうか……。悔しいが、泣き寝入りということになりそうだ。まあその分東山が多大なる制裁を下してくれたし、沙穂も沙穂で西野にキツイ一発をお見舞いしているから、だいぶ気は済んでいるが。
隅にある倉庫から掃除道具を取ってきて、血痕がわずかに残る辺りを軽く拭くことにした。少し重たいモップを動かしながら、沙穂は磨かれ、輝きを増した床を眺めた。
「人は弱いもの、か……。諒の言ってたこと、よく分かるよ。私がそうだもの」
「……しましまは弱くなんてないよ」
沙穂の手からモップを奪い、諒は代わりに掃除し始めた。沙穂のときとは違って、彼が動くたび、床はキュッキュッとリズミカルに鳴る。力が全く違うのだ。
――おとこのひと、だなあ。
男なら、それらしい生き方があったはずなのに。
「諒がお父さんから守ってくれたこと、私、忘れてて……。本当にごめんね……」
「いやいや、謝るのはボクのほうだって!昔、お父さんにひどいことしちゃって、ごめん!」
「そんなこと……!」
「――変に覚えてて、そのせいでしましまが苦しむくらいなら、忘れてくれちゃったほうが全然良かったから」
モップの柄のてっぺんに両手を置き、そこへ顎を載せると、諒は白い歯を見せて笑った。
この幼なじみは、いつだって周りを和ませてくれる。そうやってずっと沙穂が不安定にならないよう、励ましてくれていたのだ。
「諒は、いつも私を守ってくれてたんだね。スカート、履いてまで……。
それなのに私、『男らしくなれ』なんて言って……。本当にごめんなさい……」
「あはははー。とうとうぜーんぶ、思い出したんだね」
「うん……」
沙穂はこくりと頷いた。
記憶は完全に蘇っている。諒が女の子の真似をし始めたのは、沙穂の父が家を出た直後だ。
あの忌まわしい一件を経て、沙穂は男性を拒絶するようになってしまった。症状は重く、あれほど仲良くしていた諒が近付いただけでも、逃げるほどだった。折檻の痛みや恐怖、そのあとの悲劇と別離。恐らく、それらのショックによるものだろう。
――男の人は怖い。ひどいことをする。だから、側に来ないで。
頑なにそう訴え、泣き続ける沙穂のために、だから諒は「男」を捨てた――。
「責任を感じたから?その……、諒が私のお父さんを、刺したから……」
「……しましまのお父さんには悪いけど、ボクはあのときのこと、後悔してないんだ。
しましまを傷付ける奴なんて――例えお前の親だったとしても、絶対に許さない」
「諒……」
諒の顔からは人懐っこい笑みが消え、瞳の底が禍々しく光っている。
――これが男の本質なのかもしれない。普段優しくとも穏やかだとしても、彼らはその内側に、女には想像できない激しい何かを隠している。それが暴力や破壊を望む衝動なのか、それとも何かを守る力なのかは、人によって異なるのだろう。
「ボクが怖い?」
諒は苦笑している。
「ううん」
沙穂は即座に首を横に振った。
幼い沙穂が恐れた、「男」。今の諒はその特徴が剥き出しになっているのに、微塵も恐怖を感じなかった。
自分を傷付ける男もいるだろうが、守ってくれる男もいてくれる。――結局そういうことなのだ。
沙穂はこの恋を、ずっと片思いなんだと思っていた。
自分だけが、諒のことを好きなのだと。
だが、真実は違った。
諒は深い愛情をもって、沙穂の側にいてくれた。
自身すら捨てて、ただ彼女のためだけに――。
誠実で、優しくて、強い意志を持っている男の子。
愛する人を支え、守ってくれる、最強の王子様。――スカートを履いた王子様。
「諒!」
「うおっと……!」
こみ上げてくる想いを抑えきれず、沙穂は諒に抱きついた。幼なじみを片手で受け止め、もう片方の手に掴んだモップを杖のように床に突き立て、諒は彼女を受け留めた。
「じゃあ、そろそろボクもお役御免だね。スカート、脱ぐかあ」
「……もし嫌ならいいんだよ、そのままで。私、もう諒がどんな格好してても、気にしないから……」
――本当の「男らしさ」とはどういうものか、他ならぬこの人が教えてくれたのだから。
沙穂は体を離して、気遣わしげに提案した。諒は少し困ったような顔で、色とりどりのピンが刺さる前髪をいじっている。
「いや、まあ、そろそろ着心地が悪くなってきたんだよね。男の性欲むんむんなくせに、女の子の格好してるなんて、白々しいっていうかさあ」
「せいよくって……!」
沙穂は顔を赤らめた。
「この間の、我慢するのすっごく大変だった!今度はちゃんと最後までしたい!」
一息に言いのけてから、諒は上目遣いに沙穂を見詰めた。
「ライバルもいっぱいだしさ。ちゃんと男に戻って、最初からやり直す。ただの幼なじみじゃなくて、しましまの彼氏にしてくださいって」
沙穂は思わず笑った。そうだ、これだけは言っておかなければ。
「あのね。西野くんのこと断ったのは、別に男の人が怖いからとかじゃないよ。ていうか、実はそれ、すっかり忘れてた」
「へ?そうなの?」
諒は目を丸くし、重ねて聞いた。
「じゃあ、どうして?」
「それはね……!私には、諒がいるから!」
沙穂は諒の首に腕を絡ませると、素早く彼の頬にキスをした。
諒は呆然としている。難しいクイズの答えを教えてあげるように、沙穂は得意げに顎を反らした。
「私を、お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?」
「――だね!」
二人は笑い、すぐにお互いの体をぎゅっと抱き締め合った。
諒は男で、沙穂は女。
そんなことは、どうでも良くて。
二人は愛し合っている。本当はそれだけで良かったのだ。
9.
バレーボール女子、学年優勝。バレーボール男子、学年三位。その他の競技で準優勝が二つ。沙穂たちが在籍する二年四組は、そのようななかなかの成績で、球技大会を終えることができた。
――それ以降の話である。
西野は翌日より登校することはなく、そのまま県外の高校に転校してしまった。
彼が華笛高校を去ってから、様々な悪い噂が湧き立ったが、否定する者も肯定する者もなく、それらは消えていった。
どういった心境の変化があったのか、東山はリーゼントスタイルをすっぱりとやめて、服装もごく普通のものへと変えた。
そうなってしまえば、あとに残るのは、少々目つきの鋭い、だが精悍な顔立ちをした、モデル並みのスタイルの青年である。おかげで彼は、あっという間に、女子たちの憧れの的となってしまった。
そして諒がしつこいほどちょっかいを出すから、渋々応えているうちに、クラスにも馴染みつつあるらしい。
過去を思い出した沙穂と、彼女の父親との関係に、目立った変化はない。
離れて暮らしている分には沙穂たち家族は仲がいいし、単身赴任している父と接触するのも年にたった二回程度だから、できればこのまま何もなかったことにしたい。消極的な対処であることを自覚しつつ、沙穂はそう願っている。
「さすがにお父さんも反省しただろうし、しましまのおうちはお母さんがしっかりしてるから、あんなことはもうないと思うよ。
でももし何かあったら、家なんて出ちゃえばいいよ!で、ボクと暮らそう!」
父について愚痴とも相談ともつかぬことを話したところ、諒には明るくそう返された。
「か、簡単に言うね……」
「だって、簡単だもん。ボクたちはまだ一人前じゃないけど、子供ってわけでもない。何とかする方法なんて、いくらでもあるよ!だから、一人で悩むことは、なーんにもないんだよ。気楽に考えて」
「……うん」
そうだ。小さかったあの頃に比べて、世界はぐっと広がった。
友達だって恋人だって、先生だって母親だって、頼れる人はいっぱいいる。そう思うと、沙穂の気持ちは軽くなった。
そして、自分の悩みにいつだって寄り添ってくれる諒に、改めて惚れ直すのだ。
――それなのに。
「ぎゃー!諒タン!どうしたの、その格好!」
「意外とかっこいいーーー!」
「意外ってのは余計!」
そう唇を尖らす諒の出で立ちは、シンプルなセーターに学校指定のスラックスというものだ。髪も短く切り揃え、以前彼が身に着けていたごちゃごちゃしたアクセサリー類も、すっかり外されている。
「オネエ系やめたのー?」
「ん、まあねー。こっちもなかなか似合うでしょ?」
その場でくるりと回った諒が、キザに髪をかき上げると、女子の間から黄色い歓声が上がった。
すぐ側に控えている沙穂は、はっきり言って面白くない。
よくよく考えてみれば、危険度だったら、こっちのほうが断然高いではないか。奇怪な扮装にばかり気を取られてしまっていただろうが、諒は元々少年らしい、凛々しい顔つきをしている。身長は低いものの、これからまだ伸びるだろうし。これからはきっと彼は、今までのイロモノとしての扱われ方ではなく、イケメンだからという正統な理由で、女子の注目を集めることになるのだろう。
「うー……」
沙穂はむくれた。
「なーにー、その顔。騒がれるのなんて、今のうちだけだよ。ずっと女の子の格好してたから、この姿が珍しいだけ!」
「そうじゃないかもしれないじゃん……」
生来少しヤキモチ焼きなところのある沙穂の膨れた頬を、諒はつんつんとつつきながら言った。
「大丈夫、大丈夫。絶対浮気なんてしないから。ボク、脱いだらスゴイんだよ、これが」
「ど、どういう意味?」
「ほら、あまりにも急に女の子の格好やめたから、落ち着かなくって。それに、どうしても着てみたかったしぃー。――そんなわけで、まだ一部は女の子のままなの」
「え?」
諒の周囲に、女子らしいアイテムを見付けることはできない。嫌な予感が、沙穂の目の前を暗く染める。
聞きたくない……。顔色をなくし、わなわなと震える彼女の耳元で、諒はそっと囁いた。
「うふっ、し・た・ぎ!今日はパールブラックのTバックなの。ホールド感がすごぉい!ホント、通販って便利だねぇ」
「!」
――そりゃ確かに浮気はできないかもしれないが、それ以前の問題だ。
諒はやはり諒のまま。
男の子でもあり、女の子でもある、「可愛い」生き物なのだった。
おわり
教師に言いつけることも考えたが、主犯もその仲間たちも既に逃げたあとなうえに、証拠らしい証拠もない。そもそも西野は成績の良い優等生と外面もいいので、信じてもらえるかどうか……。悔しいが、泣き寝入りということになりそうだ。まあその分東山が多大なる制裁を下してくれたし、沙穂も沙穂で西野にキツイ一発をお見舞いしているから、だいぶ気は済んでいるが。
隅にある倉庫から掃除道具を取ってきて、血痕がわずかに残る辺りを軽く拭くことにした。少し重たいモップを動かしながら、沙穂は磨かれ、輝きを増した床を眺めた。
「人は弱いもの、か……。諒の言ってたこと、よく分かるよ。私がそうだもの」
「……しましまは弱くなんてないよ」
沙穂の手からモップを奪い、諒は代わりに掃除し始めた。沙穂のときとは違って、彼が動くたび、床はキュッキュッとリズミカルに鳴る。力が全く違うのだ。
――おとこのひと、だなあ。
男なら、それらしい生き方があったはずなのに。
「諒がお父さんから守ってくれたこと、私、忘れてて……。本当にごめんね……」
「いやいや、謝るのはボクのほうだって!昔、お父さんにひどいことしちゃって、ごめん!」
「そんなこと……!」
「――変に覚えてて、そのせいでしましまが苦しむくらいなら、忘れてくれちゃったほうが全然良かったから」
モップの柄のてっぺんに両手を置き、そこへ顎を載せると、諒は白い歯を見せて笑った。
この幼なじみは、いつだって周りを和ませてくれる。そうやってずっと沙穂が不安定にならないよう、励ましてくれていたのだ。
「諒は、いつも私を守ってくれてたんだね。スカート、履いてまで……。
それなのに私、『男らしくなれ』なんて言って……。本当にごめんなさい……」
「あはははー。とうとうぜーんぶ、思い出したんだね」
「うん……」
沙穂はこくりと頷いた。
記憶は完全に蘇っている。諒が女の子の真似をし始めたのは、沙穂の父が家を出た直後だ。
あの忌まわしい一件を経て、沙穂は男性を拒絶するようになってしまった。症状は重く、あれほど仲良くしていた諒が近付いただけでも、逃げるほどだった。折檻の痛みや恐怖、そのあとの悲劇と別離。恐らく、それらのショックによるものだろう。
――男の人は怖い。ひどいことをする。だから、側に来ないで。
頑なにそう訴え、泣き続ける沙穂のために、だから諒は「男」を捨てた――。
「責任を感じたから?その……、諒が私のお父さんを、刺したから……」
「……しましまのお父さんには悪いけど、ボクはあのときのこと、後悔してないんだ。
しましまを傷付ける奴なんて――例えお前の親だったとしても、絶対に許さない」
「諒……」
諒の顔からは人懐っこい笑みが消え、瞳の底が禍々しく光っている。
――これが男の本質なのかもしれない。普段優しくとも穏やかだとしても、彼らはその内側に、女には想像できない激しい何かを隠している。それが暴力や破壊を望む衝動なのか、それとも何かを守る力なのかは、人によって異なるのだろう。
「ボクが怖い?」
諒は苦笑している。
「ううん」
沙穂は即座に首を横に振った。
幼い沙穂が恐れた、「男」。今の諒はその特徴が剥き出しになっているのに、微塵も恐怖を感じなかった。
自分を傷付ける男もいるだろうが、守ってくれる男もいてくれる。――結局そういうことなのだ。
沙穂はこの恋を、ずっと片思いなんだと思っていた。
自分だけが、諒のことを好きなのだと。
だが、真実は違った。
諒は深い愛情をもって、沙穂の側にいてくれた。
自身すら捨てて、ただ彼女のためだけに――。
誠実で、優しくて、強い意志を持っている男の子。
愛する人を支え、守ってくれる、最強の王子様。――スカートを履いた王子様。
「諒!」
「うおっと……!」
こみ上げてくる想いを抑えきれず、沙穂は諒に抱きついた。幼なじみを片手で受け止め、もう片方の手に掴んだモップを杖のように床に突き立て、諒は彼女を受け留めた。
「じゃあ、そろそろボクもお役御免だね。スカート、脱ぐかあ」
「……もし嫌ならいいんだよ、そのままで。私、もう諒がどんな格好してても、気にしないから……」
――本当の「男らしさ」とはどういうものか、他ならぬこの人が教えてくれたのだから。
沙穂は体を離して、気遣わしげに提案した。諒は少し困ったような顔で、色とりどりのピンが刺さる前髪をいじっている。
「いや、まあ、そろそろ着心地が悪くなってきたんだよね。男の性欲むんむんなくせに、女の子の格好してるなんて、白々しいっていうかさあ」
「せいよくって……!」
沙穂は顔を赤らめた。
「この間の、我慢するのすっごく大変だった!今度はちゃんと最後までしたい!」
一息に言いのけてから、諒は上目遣いに沙穂を見詰めた。
「ライバルもいっぱいだしさ。ちゃんと男に戻って、最初からやり直す。ただの幼なじみじゃなくて、しましまの彼氏にしてくださいって」
沙穂は思わず笑った。そうだ、これだけは言っておかなければ。
「あのね。西野くんのこと断ったのは、別に男の人が怖いからとかじゃないよ。ていうか、実はそれ、すっかり忘れてた」
「へ?そうなの?」
諒は目を丸くし、重ねて聞いた。
「じゃあ、どうして?」
「それはね……!私には、諒がいるから!」
沙穂は諒の首に腕を絡ませると、素早く彼の頬にキスをした。
諒は呆然としている。難しいクイズの答えを教えてあげるように、沙穂は得意げに顎を反らした。
「私を、お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?」
「――だね!」
二人は笑い、すぐにお互いの体をぎゅっと抱き締め合った。
諒は男で、沙穂は女。
そんなことは、どうでも良くて。
二人は愛し合っている。本当はそれだけで良かったのだ。
9.
バレーボール女子、学年優勝。バレーボール男子、学年三位。その他の競技で準優勝が二つ。沙穂たちが在籍する二年四組は、そのようななかなかの成績で、球技大会を終えることができた。
――それ以降の話である。
西野は翌日より登校することはなく、そのまま県外の高校に転校してしまった。
彼が華笛高校を去ってから、様々な悪い噂が湧き立ったが、否定する者も肯定する者もなく、それらは消えていった。
どういった心境の変化があったのか、東山はリーゼントスタイルをすっぱりとやめて、服装もごく普通のものへと変えた。
そうなってしまえば、あとに残るのは、少々目つきの鋭い、だが精悍な顔立ちをした、モデル並みのスタイルの青年である。おかげで彼は、あっという間に、女子たちの憧れの的となってしまった。
そして諒がしつこいほどちょっかいを出すから、渋々応えているうちに、クラスにも馴染みつつあるらしい。
過去を思い出した沙穂と、彼女の父親との関係に、目立った変化はない。
離れて暮らしている分には沙穂たち家族は仲がいいし、単身赴任している父と接触するのも年にたった二回程度だから、できればこのまま何もなかったことにしたい。消極的な対処であることを自覚しつつ、沙穂はそう願っている。
「さすがにお父さんも反省しただろうし、しましまのおうちはお母さんがしっかりしてるから、あんなことはもうないと思うよ。
でももし何かあったら、家なんて出ちゃえばいいよ!で、ボクと暮らそう!」
父について愚痴とも相談ともつかぬことを話したところ、諒には明るくそう返された。
「か、簡単に言うね……」
「だって、簡単だもん。ボクたちはまだ一人前じゃないけど、子供ってわけでもない。何とかする方法なんて、いくらでもあるよ!だから、一人で悩むことは、なーんにもないんだよ。気楽に考えて」
「……うん」
そうだ。小さかったあの頃に比べて、世界はぐっと広がった。
友達だって恋人だって、先生だって母親だって、頼れる人はいっぱいいる。そう思うと、沙穂の気持ちは軽くなった。
そして、自分の悩みにいつだって寄り添ってくれる諒に、改めて惚れ直すのだ。
――それなのに。
「ぎゃー!諒タン!どうしたの、その格好!」
「意外とかっこいいーーー!」
「意外ってのは余計!」
そう唇を尖らす諒の出で立ちは、シンプルなセーターに学校指定のスラックスというものだ。髪も短く切り揃え、以前彼が身に着けていたごちゃごちゃしたアクセサリー類も、すっかり外されている。
「オネエ系やめたのー?」
「ん、まあねー。こっちもなかなか似合うでしょ?」
その場でくるりと回った諒が、キザに髪をかき上げると、女子の間から黄色い歓声が上がった。
すぐ側に控えている沙穂は、はっきり言って面白くない。
よくよく考えてみれば、危険度だったら、こっちのほうが断然高いではないか。奇怪な扮装にばかり気を取られてしまっていただろうが、諒は元々少年らしい、凛々しい顔つきをしている。身長は低いものの、これからまだ伸びるだろうし。これからはきっと彼は、今までのイロモノとしての扱われ方ではなく、イケメンだからという正統な理由で、女子の注目を集めることになるのだろう。
「うー……」
沙穂はむくれた。
「なーにー、その顔。騒がれるのなんて、今のうちだけだよ。ずっと女の子の格好してたから、この姿が珍しいだけ!」
「そうじゃないかもしれないじゃん……」
生来少しヤキモチ焼きなところのある沙穂の膨れた頬を、諒はつんつんとつつきながら言った。
「大丈夫、大丈夫。絶対浮気なんてしないから。ボク、脱いだらスゴイんだよ、これが」
「ど、どういう意味?」
「ほら、あまりにも急に女の子の格好やめたから、落ち着かなくって。それに、どうしても着てみたかったしぃー。――そんなわけで、まだ一部は女の子のままなの」
「え?」
諒の周囲に、女子らしいアイテムを見付けることはできない。嫌な予感が、沙穂の目の前を暗く染める。
聞きたくない……。顔色をなくし、わなわなと震える彼女の耳元で、諒はそっと囁いた。
「うふっ、し・た・ぎ!今日はパールブラックのTバックなの。ホールド感がすごぉい!ホント、通販って便利だねぇ」
「!」
――そりゃ確かに浮気はできないかもしれないが、それ以前の問題だ。
諒はやはり諒のまま。
男の子でもあり、女の子でもある、「可愛い」生き物なのだった。
おわり
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