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可愛いことは、いいことだ!

いぬがみクロ

第四話

5.
 翌日は、雲ひとつない快晴だった。
 青い空を昇り始めた太陽の、まだ遠慮がちな光すら、寝不足の目にはしみた。
 昨晩は失望と困惑と、そして何より羞恥のせいで、沙穂は一睡もできなかった。
 ふらふらと転げるようにして家から出ると、門扉の横で諒が待っていた。
 「……!」
 沙穂は凍りついたように立ち尽くし、幼なじみを見詰めた。
 昨日、自分の上へ覆いかぶさり、本能のまま責め立ててきた彼は、間違いなく「男」だった。
 だから、もしかしたら変わってくれるかもしれないと――否、幼い頃のように、「男らしく」戻ってくれるかと期待していたのに、朝の陽光に照らし出された諒は、スカートを履き、前髪には色とりどりのヘアピンと、いつもと変わらなかった。沙穂は落胆の気持ちを隠さず、重たいため息をついた。
 「お、おはよう~、しましま」
 「……………」
 薄ら笑いを浮かべている幼なじみの、その声色に媚びを感じて、沙穂の血圧は一気に上がった。
 ――なにが、「おはよう」だ。頭にくる。
 挨拶を無視して、諒の前を通り過ぎると、彼は追いすがるように詫びてきた。
 「昨日はごめん!つい出来心で!」
 「……なんで、あんなこと、したの?」
 沙穂は足を止めると、振り返らず尋ねた。
 キスされて、胸を揉まれて。恥ずかしかったけれど、嫌ではなかった。好きな男に触れられたことに、喜びを感じたのも事実だ。
 ただ、彼がなぜあんなことをしたのか――その理由が大事だった。
 人通りの途絶えた家の前の道に、しばらく沈黙が走った。
 「えっと……。あまりにしましまの胸が大きいから、つい触りたくなっちゃって」
 Fカップある沙穂の胸は、彼女自身にとってはちょっとしたコンプレックスなのである。そこを遠慮なく突かれて、沙穂の眉間にはシワが寄った。
 「しましまにも分かるでしょ?大きいものを、触りたくなる気持ち。しましまだって、商店街のお蕎麦屋さんとこのたぬきの金玉、よく触ってるじゃん。ボク、知ってるんだからね!」
 それは確かに事実だ。商店街では老舗で知られるお蕎麦屋さんは、出入り口の隣に、巨大な信楽焼きのたぬきを置いている。その置き物がぶら下げている立派な睾丸ときたら、何となく神がかっているような気がして、ついつい触れたくなってしまうのだ。
 得意げに沙穂の秘密を暴く諒に、しかし彼女は怒りの形相で向き直った。
 「人の胸を、たぬきの金玉と一緒にするつもり!?」
 「ちょっと、しましま!女の子が金玉とか言っちゃダメ!」
 「うるさい!」
 つまり、つまり――。昨日の諒の行為は、沙穂への好意も欲情も含んでおらず、単に大きなもの、珍しいものに触れたいという、幼児性からのものだったというのか。これは、あまりにひどい。
 「諒のバカ!大っ嫌い!」
 大声で怒鳴ると、沙穂は走り出した。――諒は追って来なかった。






6.
 この日、沙穂の通う華笛高校では、球技大会が開催された。
 在校生全員の参加が義務付けられているこの催しは、ただし例え優勝しても、賞品や賞金が出るわけでもなければ、成績に手心が加えられるわけでもない、はっきり言って、ただのレクリエーション大会である。だから生徒たちは気も抜けば、力も抜き、どの試合もぬるい雰囲気に包まれていた。
 種目はバレーボール、バスケ、テニス、ソフトボール。三学年が複数のチームを組んで対戦するため、コートが足りず、毎年学校から徒歩十分の場所にある大きな運動公園を借りて、実施されていた。
沙穂は親友の多英と共に、バレーボールに参加した。即席とはいえ、バレー部の主将と副主将を擁する彼女のチームは圧倒的に強く、午後に入って早々に優勝を決めてしまった。
 あとは全試合が終わるまで、自由時間だ。
 近くの芝生に座り、沙穂たちはおしゃべりに興じていた。

 「パウンドケーキ焼いてみたんだ。良かったら、みんな、食べない?」
 同じチームの「タカ」という少女は、持っていたトートバックの中から、アルミホイルに包まれた塊を取り出した。中には、ちょうど良い大きさに切り分けられたケーキが詰められており、タカは皆にそれを配った。
 「うわー、すっごい美味しい!タカちゃん、さすが!」
 クルミとナッツがぎっしり詰まったケーキは、外側はカリッと、中はしっとりとした食感で、とても上手に焼けていた。味も甘過ぎず、さっぱりしていて、美味しい。いくらでも食べてしまえそうだ。
 「タカちゃん、これお店やれるよ!マジ、美味い!」
 「ホント、ホント!」
 友人の心からの称賛に、タカは照れくさそうに笑った。
 「あはは、美味しいなら良かったよ。
 あ、そうだ、しましま。諒タンの分もあるから、あとで渡してくれる?」
 「え……?涼の?」
 「諒タンに、こないだ私、お弁当作ってくるって言ったんだけど、うちのオカン、キャラ弁作るの飽きちゃったみたいでさあ。だから、お弁当の代わり」
 「そんな、諒になんか気を使わなくていいのに……。タカちゃんは、本当にいい子だなあ……」
 ケーキの残りを口に押し込み、飲み込んでしまうと、沙穂はおずおずとタカに尋ねた。
 「あのさ、タカちゃん。諒のこと、どう思ってる……?」
 いまいち要領を得ない質問に、だがそこはお互い年頃の娘ということで、即座に沙穂の意図を察したタカは、ゲラゲラと笑い出した。
 「ないないない!諒タンはないわー!それに私、彼氏いるし」
 タカの回答に、周りの女子たちも「ないよねー」と、合唱のように応じた。
 「あ、そ、そうなんだ……」
 沙穂としては、嬉しいような、悲しいような、複雑な心境である。
 「てか、むしろしましまに聞きたいわ。なんで諒タンのことが好きなの?」
 「あー、私も聞きたかった!しましまみたいなカワイコちゃんがさあ!諒タン、確かに面白いけど、イロモノじゃん!どこがいいの?」
 「い、いろもの……。てか、なんでみんな知ってるの!?」
 「知ってるも何も、バレバレだよー!しましま、男子は諒タンしか見てないじゃん!」
 「う……」
 女子たちの視線が沙穂に集まる中、彼女たちの横では、親友の多英が苦笑していた。
 そんなにも分かりやすい態度だったろうか……。
 開き直って、沙穂はひとつ咳払いした。
 「ふ、ふーんだ!みんなは知らないだろうけど、諒はすごくかっこいいんだから!」
 「だから、どの辺があ?」
 「えっとね、足が速くて、九九を覚えるのが早くて……」
 ――あれ?
 他にも何か――もっと大きな「何か」があったはず。

 彼は、私を――。

 「――ん……」
思い出そうと集中した途端、ズキリと頭が痛んだ。ぼんやりと脳内に浮かんだ像は、そのせいで霧散してしまった。額に手をやり、沙穂は軽く頭を振った。
 「しましま、どうしたの!?」
 「ごめん、なんか急に……」
 心配する友人たちを安心させようと顔を上げると、痛みは既に消えていた。
 ――何だったのだろう。風邪だろうか。健康には自信があるのに。
 「大丈夫?保健室行く?」
 「ううん、もう平気だから」
 そんなやり取りをしているうちに、女子たちが一人、また一人と沙穂の背後を見上げて、硬直してしまった。目を見開き、口をぱくぱくさせて、そこに何か恐ろしいものでもいるかのような彼女たちを不思議に思い、振り向く。するとそこには、一人の青年が、太陽の光を背負い、微笑んでいた。
 「こんにちは、島島さん」
 白い歯が美しい、爽やかな彼は、女子たちの憧れの的、西野であった。




 沙穂たち二年四組のバレーボールチームは、男子側もなかなか善戦していた。
 「やったね!さすがヒガシ!」
 「……ふん」
 東山のスパイクが最後に決まり、これで二勝目。現在の成績は二勝一敗で、順位は二位だ。
 試合終了の挨拶を交わして、諒たちはコートをあとにした。次の試合まで適当に休憩することにして、まばらに他の生徒たちが座る観客席の隅に陣取る。チームメイトたちから数席離れて、一際図体のでかい東山が、つまらなそうに腰を下ろした。そんな彼をちらちら覗きながら、別の少年が諒に耳打ちする。
 「おい。なんで不良が、球技大会なんぞに、参加してるんだよ……」
 「いやそれがさ、ヒガシったら、体育の授業サボり過ぎちゃったらしくて。今日のこれにちゃんと出たら、単位くれるって約束になってるらしいよ?」
 「そ、それにしたってよ……。普通にこええんだけど」
 「ヒガシは、顔以外は怖くないってば。それに、あいつのおかげで、ボクたち勝てたようなもんじゃん!」
 実際、諒のチームが上げた点数は、ほとんど東山が決めたようなものだ。東山は運動神経が抜群で、バレー部のレギュラー部員にも全く引けを取らなかった。
 しかしこの活躍も、東山自身にとっては不本意らしく、彼はずっとしかめっ面だ。確かにヤンキーが学校の行事で汗をかくというのは、イメージ的にいかがなものか。ちなみに、東山の特徴であるがっつり膨らんだリーゼントは、彼がどれだけ激しい運動をしても、髪一本乱れなかった。一体どういう仕組になっているのだろう……。
 「そういえば、女子のほうは、優勝決めたってよ」
 「マジか。早いな」
 「ストレート勝ちの全勝だって。そりゃ、島島とうしまたちがいるからなあ。バレー部のキャプテンと副キャプテン」
 ペットボトルの水を勢い良く喉に流し込み、少年たちは感心したように言った。しかしそのうちの一人がニヤニヤと下品な笑みを浮かべると、悪い病気が広がるように、残りの少年たちも鼻の下を伸ばし始めた。
 「見たかったなー。島島の試合」
 「ああ、あの胸が、ぶるんぶるん揺れるとこな……」
 「いいなあ、揉みてえな」
 「…………………」
 チームメイトたちの卑猥な会話を途中まで聞くと、諒は不意にすっくと立ち上がり、コート脇にあったカゴからバレーボールを二つ、持ち出してきた。
 「君たち、そんなに欲求不満なら、ボクがすっきりと解消してあげるよ!」
 左右の手に一つずつボールを掴み、気合いを入れるかのように、ぼんと中央でぶつける。それらをジャージの上着の中へ押し込むと、諒は胸を反らした。
 「さあ、このおっぱいで、たっぷりしてあげようね~」
 胸の位置で、不安定にうねうねと蠢く二つの膨らみを押さえながら、諒は少年たちに飛びかかった。
 「ぎっ、ぎやああああああ!やめろおおおお!痛い痛い!」
 「ほら、出して出して、どんどん出して。出せっつってんだろ、ゴルァ!」
 ズボンの上から伸し掛かられ、擦られ、挟まれ――股間を、破格の乳圧に押し潰された少年たちは、悲愴な悲鳴を辺りに響かせた。
 「やめ、やめてぇ!童貞のまま、女の子になっちゃうッ!」
 青ざめた顔で逃げようとする少年たちに、次々と襲いかかり、諒は凄みのある笑顔を見せた。
 「遠慮すんな!推定Iカップはあんぞ、これ。おとなしく昇天しろって!」
 「いやいや!本当の意味で昇天しちまうから!もうやめて!ごめんなさい!もう島島をオカズにするはやめるから!だから許して!」
 生死をかけた戦いも、端から見れば、ただじゃれ合っているようにしか見えない。諒たちの後ろから、冷めた目をした少女たちが見下ろしていた。

 「――何やってんだ、お前ら」
 「せっかく応援に来てやったのに……」
 同じクラスの、バレーボールチームの女子である。
 「あ、諒タン」
 馬鹿馬鹿しい騒ぎの中心にいた諒を見付けて、少女たちはくすくすと、何か含みのある笑みを浮かべた。
 「ん?なに?」
 体を起こして、諒は尋ねた。その胸が異様に盛り上がっているのに気付いて、女子たちは呆れ顔になった。
 「またアホなことやってるよ……。そんなんだと、諒タン、しましま取られちゃうよ?」
 「しましま?しましまがどうかしたの?」
 真顔に戻った諒に、女子たちは口を噤んでしまう。
 「ねえ、どうしたの?」
 余裕をなくし、少女たちに詰め寄る諒に、多英が仕方なく一歩前に出て、教えてやる。
 「しましま、さっき西野くんに呼び出されたんだよ。話がしたいんだって。
 あんたも知ってるでしょ?しましまが西野くんに告白されたの。しっかりしないと、取られ……」
 説教じみた多英の台詞を遮るように、それまで一切を静観していた東山が口を開いた。
 「西野?あいつが、島島を呼び出しただと?」
 「ヒガシ?」
 皆が注目する中、東山は何ごとか考えながら、つぶやいた。
 「聞き違いだと思ってた。だが、島島をわざわざ呼び出した?――だとしたら、間違いじゃなかったのかもしれない」
 「なに!?何なの!?」
 諒は切羽詰まった様子で、先を促した。
 「西野は島島にフラれたあと、『あのクソ女、絶対に許さない』と――」
 「!」
 最後まで聞かず、諒は走り出していた。




7.
 前を行く西野は早足で、ついて行くのに苦労した。
 「もう一度きちんと話したいから」と、皆の前で誘ってきたときの彼はとてもにこやかだったが、二人きりになった途端全く喋らず、ただ先を歩くだけだ。
 ようやく高校に戻ってくると、西野はそのまま、敷地の東側にある体育館のほうへと歩き出した。
 生徒のほとんどが球技大会に参加しているためか、誰ともすれ違わない。そんな状況で男子と二人きりなんて、なんとなく気が咎めた。
 体育館へ着くと、西野は躊躇なく扉に手をかけた。授業や部活のとき以外は施錠されているはずのそれは、あっさり開いた。
 「入って」
 「え……」
 扉の前を沙穂に譲り、西野は脇にずれた。あまりも怪しい気がして、当然入る気にはなれず、沙穂は困ってしまった。
 大体、どうしてこんなところへ、連れて来られたのだろう。話をしたいというなら、もっと別にふさわしい場所があるように思える。
 なかなか中へ入ろうとしない沙穂に焦れたのか、西野は彼女の背中を力任せに押した。
 「早くしろ!」
 「きゃっ!」
 よろけながら、沙穂はついに館内へ足を踏み入れてしまった。西野の乱暴に対して抗議しようとして、だが人の気配を感じ、彼女は前を向いた。
 すぐ近くに、見たこともない男たちが立っている。彼らは華笛高校のものとは異なる制服、もしくは私服を着ており、いずれもだらしなく着崩していた。髪型や身に着けているアクセサリーを見ても、普通の学生とは思えない。
 「なに……?」
 怯える沙穂を上から下まで無遠慮に眺め回して、男たちは猿のような甲高い笑い声を上げた。
 「本当だー!可愛いじゃん!おっぱいでかいしね!いいね、いいね!」
 「たっぷり楽しもうねえ、沙穂ちゃあん!」
 何がなんだか分からず、沙穂は自分をここへ連れてきた西野を見上げた。
 西野は眉を吊り上げ、唇を歪めて、笑っている。眼差しは冷たく、だがその瞳はギラギラと異様に輝き――いつもの彼とは、まるで別人のようだった。


つづく

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