双眸の精霊獣《アストラル》
#5 高速の獣【3rd】
「昔の俺は運動神経も皆無で、頭も悪い落ちこぼれだった。だがそんな俺にも家族は愛情を注いでくれ、友は親しく接してくれた。そう、俺は確かに恵まれていた……なのにッ!」
そこで一拍あけ、再び続く。
「突然現れた憎き精霊獣によって、その日常は崩れ去った……! 俺は偶然隣町まで出掛けていて助かったのだが、家族……そして友はみんな……死んでいたッ!」
どんな、感情なんだろう。
俺はいつも平和で、家族や友達の死なんか経験したことがない。
悲しい、辛いって一言じゃ表せないくらいに、きついものだよな。
人の死ってのはいつか必ず経験するものだけど、とてつもなく、これ以上ないくらいに嫌なことだ。
それを鳥山先生は、幼い頃に体験してしまった。
精霊獣を憎むのは当然と言える。
「もちろん、泣いたさ。涙も涸れ果ててしまうほどにな。
だがそんなことをしたって……死んだ者はもう二度と戻ってこない。家族も、友も、もう会えない。まだ小学生だった俺にとって、その残酷な現実を受け入れることなど……できるはずがない」
確かに、その通りだと思う。
俺にも、辛い過去はある。だけど鳥山先生の過去は、もっと悲惨なものだ。
「でもな、救いの手を差し伸べてくれる奴がいたんだ。泣いている俺を見て、そいつは言ってくれた。――『ずっと泣いてばっかいねェで、オレと一緒に来いよ』と。……それが、レグルスだ」
俺は、驚愕に目を見開く。
あの粗暴なレグルスが、鳥山先生を助けたのか? 人助けなんか、まったくしそうにないのに。
それから契約したのなら、今の強さにも納得できる。
「レグルスから、色々聞いた。精霊獣のことや契約のこと、復讐するためには強くなるしかないこと。そして俺は必死に鍛練し、今に至る。俺は、精霊獣を許すわけにはいかない!」
鳥山先生は、精霊獣全てを目の敵にしている。
憎むのは、仕方ない。そんな悲しい過去があったんだから、当然だ。
だけどミラたち関係のない人を巻き込む必要はないだろ。
「それしか、ないって思ってるのかよ? あんたは本当に、そんな方法しかないって思ってるのかよ?」
「……ッ!」
俺の言葉に鳥山先生は歯軋りし、言い放つ。
「俺だって……分かっているッ! こんなことをしていても、何の解決にもならないことくらい! だが仕方ないだろうッ! どうすればいいのか、何ができるのか分からないんだ……。こんな落ちこぼれで、どうしようもない奴がどうこうできるはずもない」
そこで一拍あけ、再び叫ぶ。その目元からは、涙の雫が零れていた。
「俺には何も……何もないんだッ! 中篠のような頭脳もなければ、五十嵐のような思いやりも勇気もない! そんな落ちこぼれの俺にとって、家族や友は心の支えだった! そんな人たちが精霊獣に殺されて、俺はどうすりゃいい!? 教えてくれる人なんか……誰も……いなかった……」
鳥山先生は俯き泣き、更に続く。
「海聖学園に赴任したとき、レグルスから聞いた憎むべき相手――中篠を見つけ、殺してやろうと思った! だけど、できなかった……! それに中篠を殺してしまうと、五十嵐を鍛える者がいなくなってしまう! ……すまない。俺はやっぱり、人を殺すことなど……できない!」
そして屋上の地面に膝をつき、ぽろぽろと涙が零れる。
ああ、何だよ。
……やっぱりこいつは、悪いやつじゃなかったんだ。それどころか、すげぇいいやつじゃないか。
鳥山先生は自分がすべきことを見失い、そのせいで過去の憎悪に苛まれてしまったのだろう。
「……ふざ、けんなよ……」
無意識に、口からそんな呟きが漏れた。
ミラたちを傷つけた鳥山先生のことは、まだ許せない。だけど今は、それだけじゃないんだ。
「あんたはさっき、自分には何も出来ないって言ったな。頭脳も思いやりも勇気もないって言ったな。…………どこがだよ!」
「な、何だと……?」
「確かに昔は何も出来なかったかもしれない! でも今は、こんなに強いだろうが! 頭も運動神経も悪かった頃から、必死に努力したんじゃねぇのかよ!」
鳥山先生は、大きく目を見開く。
そりゃ、頭脳も運動神経もない人だっている。それは決して、悪いことじゃないはずだ。
しかも鳥山先生の場合は、あくまで「昔は」だ。
「あんたは間違いなく、努力ができる人だ! なぁ、今の自分を見てみろよ。どこが、落ちこぼれなんだよ? 頭脳も運動神経も……そして思いやりも勇気も! 今の鳥山先生には、ちゃんとあるだろうが!」
今の鳥山先生が落ちこぼれだって言うのなら、俺のほうがよっぽど落ちこぼれだ。
でも、違う。
幼少期から色々できた天才より、最初は何もできなくても日々の積み重ねによる努力のほうが勝るときだってある。
鳥山先生は絶対、落ちこぼれなんかじゃない。
「俺にも、あんたが何をすればいいかなんて分かるわけねぇよ。けどな……そんなに復讐ばっか考えてちゃ周りがよく見えないだろ! もう一度考えてみろよ。確かに精霊獣を憎むのは仕方ないと思う。でも、殺された家族や友達の仇をとるために、関係のない精霊獣まで滅ぼすのが正しいことか?」
「それ、は……」
鳥山先生にも、本当は分かっているんだろう。
自分のやっていることが、正しくないことくらい。
「昔の自分みたいな思いをする人がいなくなってほしいのなら、守ればいいだろ。殺すんじゃなくて、護れよ! もしそんな悪い精霊獣が来たって、みんなを守ってやるくらい言えねぇのか! 少なくともあんたが傷つけてきたミラや中篠たちは、ちっとも悪くねぇんだよ!」
そうだ。精霊獣を滅ぼすなんか考えず、守ればいい。
必ずしもいい人ばかりではないだろう。だけど、復讐なんてやっぱりよくないんだ。
「俺が、できるわけ――」
「最初から諦めてどうすんだよ。てめぇは、自分を卑下にしすぎだ。こんなに強いんだ。……あんたなら、できるはずだろ」
俺は優しく微笑み、手を差し伸ばす。
「五十嵐……すまない」
鳥山先生が涙混じりに呟き、俺の手を掴もうとした――そのとき。
「――はッ」
そんな乾いた笑みが、どこからか聞こえてきた。
いや、どこからかじゃない。それは確実に――鳥山先生の背後にある鏡の声だった。
「どいつもこいつも、甘ったりィ奴らだなァ……。ハヤテの町を襲ったのは、このオレだってことも知らずによォッ!」
その粗暴な声は、紛れもなくレグルスのもので。
その荒っぽい言葉には、過去の絶望や憎悪の真犯人を明確に示していて。
鳥山先生は、言葉じゃ表せられないほど喫驚していた。
そこで一拍あけ、再び続く。
「突然現れた憎き精霊獣によって、その日常は崩れ去った……! 俺は偶然隣町まで出掛けていて助かったのだが、家族……そして友はみんな……死んでいたッ!」
どんな、感情なんだろう。
俺はいつも平和で、家族や友達の死なんか経験したことがない。
悲しい、辛いって一言じゃ表せないくらいに、きついものだよな。
人の死ってのはいつか必ず経験するものだけど、とてつもなく、これ以上ないくらいに嫌なことだ。
それを鳥山先生は、幼い頃に体験してしまった。
精霊獣を憎むのは当然と言える。
「もちろん、泣いたさ。涙も涸れ果ててしまうほどにな。
だがそんなことをしたって……死んだ者はもう二度と戻ってこない。家族も、友も、もう会えない。まだ小学生だった俺にとって、その残酷な現実を受け入れることなど……できるはずがない」
確かに、その通りだと思う。
俺にも、辛い過去はある。だけど鳥山先生の過去は、もっと悲惨なものだ。
「でもな、救いの手を差し伸べてくれる奴がいたんだ。泣いている俺を見て、そいつは言ってくれた。――『ずっと泣いてばっかいねェで、オレと一緒に来いよ』と。……それが、レグルスだ」
俺は、驚愕に目を見開く。
あの粗暴なレグルスが、鳥山先生を助けたのか? 人助けなんか、まったくしそうにないのに。
それから契約したのなら、今の強さにも納得できる。
「レグルスから、色々聞いた。精霊獣のことや契約のこと、復讐するためには強くなるしかないこと。そして俺は必死に鍛練し、今に至る。俺は、精霊獣を許すわけにはいかない!」
鳥山先生は、精霊獣全てを目の敵にしている。
憎むのは、仕方ない。そんな悲しい過去があったんだから、当然だ。
だけどミラたち関係のない人を巻き込む必要はないだろ。
「それしか、ないって思ってるのかよ? あんたは本当に、そんな方法しかないって思ってるのかよ?」
「……ッ!」
俺の言葉に鳥山先生は歯軋りし、言い放つ。
「俺だって……分かっているッ! こんなことをしていても、何の解決にもならないことくらい! だが仕方ないだろうッ! どうすればいいのか、何ができるのか分からないんだ……。こんな落ちこぼれで、どうしようもない奴がどうこうできるはずもない」
そこで一拍あけ、再び叫ぶ。その目元からは、涙の雫が零れていた。
「俺には何も……何もないんだッ! 中篠のような頭脳もなければ、五十嵐のような思いやりも勇気もない! そんな落ちこぼれの俺にとって、家族や友は心の支えだった! そんな人たちが精霊獣に殺されて、俺はどうすりゃいい!? 教えてくれる人なんか……誰も……いなかった……」
鳥山先生は俯き泣き、更に続く。
「海聖学園に赴任したとき、レグルスから聞いた憎むべき相手――中篠を見つけ、殺してやろうと思った! だけど、できなかった……! それに中篠を殺してしまうと、五十嵐を鍛える者がいなくなってしまう! ……すまない。俺はやっぱり、人を殺すことなど……できない!」
そして屋上の地面に膝をつき、ぽろぽろと涙が零れる。
ああ、何だよ。
……やっぱりこいつは、悪いやつじゃなかったんだ。それどころか、すげぇいいやつじゃないか。
鳥山先生は自分がすべきことを見失い、そのせいで過去の憎悪に苛まれてしまったのだろう。
「……ふざ、けんなよ……」
無意識に、口からそんな呟きが漏れた。
ミラたちを傷つけた鳥山先生のことは、まだ許せない。だけど今は、それだけじゃないんだ。
「あんたはさっき、自分には何も出来ないって言ったな。頭脳も思いやりも勇気もないって言ったな。…………どこがだよ!」
「な、何だと……?」
「確かに昔は何も出来なかったかもしれない! でも今は、こんなに強いだろうが! 頭も運動神経も悪かった頃から、必死に努力したんじゃねぇのかよ!」
鳥山先生は、大きく目を見開く。
そりゃ、頭脳も運動神経もない人だっている。それは決して、悪いことじゃないはずだ。
しかも鳥山先生の場合は、あくまで「昔は」だ。
「あんたは間違いなく、努力ができる人だ! なぁ、今の自分を見てみろよ。どこが、落ちこぼれなんだよ? 頭脳も運動神経も……そして思いやりも勇気も! 今の鳥山先生には、ちゃんとあるだろうが!」
今の鳥山先生が落ちこぼれだって言うのなら、俺のほうがよっぽど落ちこぼれだ。
でも、違う。
幼少期から色々できた天才より、最初は何もできなくても日々の積み重ねによる努力のほうが勝るときだってある。
鳥山先生は絶対、落ちこぼれなんかじゃない。
「俺にも、あんたが何をすればいいかなんて分かるわけねぇよ。けどな……そんなに復讐ばっか考えてちゃ周りがよく見えないだろ! もう一度考えてみろよ。確かに精霊獣を憎むのは仕方ないと思う。でも、殺された家族や友達の仇をとるために、関係のない精霊獣まで滅ぼすのが正しいことか?」
「それ、は……」
鳥山先生にも、本当は分かっているんだろう。
自分のやっていることが、正しくないことくらい。
「昔の自分みたいな思いをする人がいなくなってほしいのなら、守ればいいだろ。殺すんじゃなくて、護れよ! もしそんな悪い精霊獣が来たって、みんなを守ってやるくらい言えねぇのか! 少なくともあんたが傷つけてきたミラや中篠たちは、ちっとも悪くねぇんだよ!」
そうだ。精霊獣を滅ぼすなんか考えず、守ればいい。
必ずしもいい人ばかりではないだろう。だけど、復讐なんてやっぱりよくないんだ。
「俺が、できるわけ――」
「最初から諦めてどうすんだよ。てめぇは、自分を卑下にしすぎだ。こんなに強いんだ。……あんたなら、できるはずだろ」
俺は優しく微笑み、手を差し伸ばす。
「五十嵐……すまない」
鳥山先生が涙混じりに呟き、俺の手を掴もうとした――そのとき。
「――はッ」
そんな乾いた笑みが、どこからか聞こえてきた。
いや、どこからかじゃない。それは確実に――鳥山先生の背後にある鏡の声だった。
「どいつもこいつも、甘ったりィ奴らだなァ……。ハヤテの町を襲ったのは、このオレだってことも知らずによォッ!」
その粗暴な声は、紛れもなくレグルスのもので。
その荒っぽい言葉には、過去の絶望や憎悪の真犯人を明確に示していて。
鳥山先生は、言葉じゃ表せられないほど喫驚していた。
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