双眸の精霊獣《アストラル》
#3 両者の修行と二人の恋路【3rd】
ほぼ同時刻。
五十嵐あやめは、大した目的もなく海聖学園のすぐ近くにある、桜星公園へやって来ていた。
敷地面積は、およそ七百平方メートルといったところだろう。あまり広くない、若干こぢんまりとした公園だ。
それでも、鉄棒やブランコ、滑り台にシーソーなど一通りの遊具は揃っているし、バスケのゴールまで二つ設置されてある。
なので、あやめと同年代か少し年下くらいの子供だけでなく、時々高校生もここでよく見かける。
現に今も、小学生が砂場や様々な遊具で遊びはしゃいでいる中、高校生がバスケを数人で楽しんでいた。
「……はぁ……」
だが十歳のあやめは、何故か端っこのベンチに座りこみ、俯いて何度も重い溜め息を漏らす。
幼心ながら、本人はもうとっくに気づいていた。
━━これは。恋なのだ、と。
 いくら華麗に格好よく助けてもらったとはいえ、まさか十歳以上も年上の男性に惚れるとは思っていなかったのだろう。
しかも、完全に初対面だ。運命とかじゃなく、昨日たまたま、偶然出会っただけ。
それに、もしかしたら今後二度と会うことはないのかもしれない。
だからこそ、誰にも言わず一人で悩んでいるのだ。この抑えようのない気持ちは、一体どうすればいいのか。
他人ならなおのこと、優しくて自慢の兄である蓮でも、初対面でこれから出会える確率は皆無なのにも関わらずここまでベタ惚れなのを、引かれたり馬鹿にされるのが嫌だった。
あやめ自身は、いたって真剣なのだから。
「はぁ……」
と、再び溜め息を漏らした直後。
「す、すげぇ……」
「何だあの人、化け物かよ」
「かっこいい……」
慄然として呟く男の子と、女の子の黄色い声が聞こえ、あやめは何だろうと思い顔を上げる。
視界に映ったのは、バスケットゴールの前方。
二十代前半くらいのある男性が、五人もの男子高校生を相手に、壮絶なバスケの試合を繰り広げていた。
一対五。明らかに無謀と分かる。
人数の多い高校生たちのほうが圧倒的に有利だというのに、男性はたった一人で互角……いや、リードしているのだ。
当然予想外の展開は人目を引き、公園にいる者全てが固唾を飲み、試合の行く末を見守る。
でも、あやめにはそんなことどうでもよかった。
ただ。男性の顔を見て、愕然としてしまう。
「……鳥山さんだぁ」
そう、その姿は間違いなく。
昨日偶さか出会ってあやめが惚れた男。さっきまであやめの胸中に登場していた、当の本人。
━━鳥山、疾風だったのだ。
絶対、もう二度と拝顔できない。何もできずにこの恋は色褪せていくのみ。そう思案していたのに。
こんなにも早く、再会してしまった。
然ほど広いわけでもない同じ街に住んでいるのだから、無論出会えたりもするだろう。
でも、可能性はそんなに高くない。今のあやめにとっては、低確率なのに会遇できたことが、何より嬉しい。
と、試合は鳥山疾風のジャンプシュートで勝敗を決した。
八対十。開始する前は誰もが予想できなかっただろう、鳥山疾風の勝利だ。
「くそ……ッ!」
「何者だよ、あいつ」
「あの動き、人間じゃねぇ」
「化け物としか思えないな」
「ぜってぇリベンジしてやる」
負けた男子高校生たちはよほど悔しかったのか、口々に吐き捨てて公園から立ち去っていく。
「やっぱり、鳥山さんはかっこよくてすごい人だなぁ」
あやめが小声で言いながらそんな様子を見つめていると、不意にこちらのほうを振り向いた疾風と目が合う。
そして、そのままこちらに向かって歩き出し、声をかけてくる。
「君は昨日の……。こんなところに一人で何をしている?」
言って、疾風はあやめの隣に腰を下ろす。
「今家に誰もいなくて暇だから来たんですけどぉ」
「……遊ばないのか?」
「ちょっとぉ、そんな気分じゃなくてぇ……」
「そうか」
俯いて赤面しながら恥ずかしそうに言うあやめに対し、疾風はやはり優しく話してくれる。
ますますあやめの瞳にはかっこよく映り、隣にいるだけで心臓の鼓動がうるさいほど動悸は激しくなっていく。
「まさか、勝つとは思いませんでしたぁ」
「ん? あぁ、先程の試合、君も見ていたのか」
「そりゃ、誰でも見入っちゃいますよぉ」
ふと顔を上げてバスケゴール周辺に目を向けると、中学生くらいの男子数名がバスケをしている。
おそらく、疾風と高校生の試合に影響されたのだろう。
あやめはバスケなんか全く詳しくないし、やったこと自体一回もないが、疾風の動きが尋常じゃないことは分かった。
それほど、至妙なプレーだったのだ。
「……少し、鍛えなくてはいけなくなってな。だが、通常の方法ではあまり効果がないと思いハンデを与えたわけだが……勝てて実によかった。俺が負けた場合は、あいつら一人一人に何かを奢るという約束で、協力してもらったのだからな」
鍛えなくてはいけない? 充分筋肉も体力もあるし運動神経がいいのに。しかも相手にハンデを与え、何かを奢るという約束をしてまで。
あやめには理解できなかったが、余計な詮索はしない。
「本当にすごいですぅ。仕事は何をしているんですかぁ?」
「あぁ、教師だ。ほら、すぐそこにあるだろう。海聖学園の社会科を担当している。つい最近からだがな。体育でもよかったのだが、運動はできても教えることはできない。というより、生徒たちはついてこれないだろうからな、社会科にした」
あんなに抜群な運動神経を持ちながら社会科なんてと驚愕しつつ、海聖学園の教師だったことにもっと愕然となる。
「えぇ、そうなんですかぁ? あや……わたしは初等部に、兄は高等部に通ってるんですよぉ」
あやめの言葉に、今度は疾風が駭魄する。
「ほう、そうだったのか。それに、兄がいたとは」
「は、はい。おバカでちょっとエッチですけどぉ……優しくて、好きですぅ」
「いいことだ」
そして、お互いに口元を綻ばして笑む。
と、突然思い出したかのように疾風が訊ねる。
「そういえば、まだ君の名前を訊いていなかったな。名は何という」
その問いに、あやめは目を見据えて答えた。
「五十嵐、あやめですぅ。あ、あやめって呼んでくださいぃ」
「あぁ。分かっ………………ん? 五十嵐?」
名乗ると、疾風は何故か鸚鵡返しに言う。
そんな様子に、あやめは訝しむ。
「どうかしたんですかぁ?」
「いや。俺が担当しているクラスにも、五十嵐という名の少年がいたのでな」
五十嵐なんて、確かにあまりいないかもしれないが、それほど珍しいわけでもないだろう。
なのに、すぐ分かった。その少年は、自分の兄なのだ、と。
「五十嵐、蓮ですかぁ?」
「……あぁ、そうだ」
念のため訊いてみたところ、やはり間違いないらしい。
この街で学校に行く場合、大抵の人は海聖学園に通う。だから、奇跡というわけでもなく、むしろ当然といえる。
でもあやめにとっては、たったそれだけのことがものすごく嬉しかった。
もしかしたら、学校でも会えるかもしれない。兄と共に、話せるかもしれない。そう思ったから。
「その人、あやめの兄貴なんですよぉ」
あやめのその言葉を聞き、疾風はどこか不気味な笑みを漏らす。
「くく……そうか。君は、五十嵐の妹だったのか」
「……?」
何やら気味の悪い表情で突然立ち上がる疾風を、あやめは怪訝そうに見つめる。
今の疾風には、先程までの優しい感じなど皆無だった。
が、あやめは意を決して訊く。
「あ、あのぉ! 番号、交換してくれませんかぁ?」 
すると、再び優しげな朗笑を浮かべて答えてくれた。
「あぁ、構わない」
そして、お互いの電話番号やメールアドレスを交換する。
と、そこへ。
「おい、ハヤテ。ンなとこで何して……んあ? 誰だ、そのガキ」
深紅色の髪をツンツンにし、瑠璃色のメッシュを施した目付きの悪い男が、こちらに歩いてきた。
━━鳥山疾風のパートナー、レグルスだ。
あやめのことを見下すかのように睨んでいる。
怖い。あやめは、すぐさまそう思った。何故、こんな人が疾風の知り合いなのか、と疑問にも思った。
「偶然知り合った子だ。帰るか、レグルス」
「あァ」
「では、また会おう。……あやめ」
「は、はいぃ」
そんなやり取りを交わし、二人はどこかへ立ち去っていく。
どうしてだろう。
あやめには疾風の背中が、すごく遠くて、暗くて、怖くて、冷たくて、とても悲しいものに見えた。
五十嵐あやめは、大した目的もなく海聖学園のすぐ近くにある、桜星公園へやって来ていた。
敷地面積は、およそ七百平方メートルといったところだろう。あまり広くない、若干こぢんまりとした公園だ。
それでも、鉄棒やブランコ、滑り台にシーソーなど一通りの遊具は揃っているし、バスケのゴールまで二つ設置されてある。
なので、あやめと同年代か少し年下くらいの子供だけでなく、時々高校生もここでよく見かける。
現に今も、小学生が砂場や様々な遊具で遊びはしゃいでいる中、高校生がバスケを数人で楽しんでいた。
「……はぁ……」
だが十歳のあやめは、何故か端っこのベンチに座りこみ、俯いて何度も重い溜め息を漏らす。
幼心ながら、本人はもうとっくに気づいていた。
━━これは。恋なのだ、と。
 いくら華麗に格好よく助けてもらったとはいえ、まさか十歳以上も年上の男性に惚れるとは思っていなかったのだろう。
しかも、完全に初対面だ。運命とかじゃなく、昨日たまたま、偶然出会っただけ。
それに、もしかしたら今後二度と会うことはないのかもしれない。
だからこそ、誰にも言わず一人で悩んでいるのだ。この抑えようのない気持ちは、一体どうすればいいのか。
他人ならなおのこと、優しくて自慢の兄である蓮でも、初対面でこれから出会える確率は皆無なのにも関わらずここまでベタ惚れなのを、引かれたり馬鹿にされるのが嫌だった。
あやめ自身は、いたって真剣なのだから。
「はぁ……」
と、再び溜め息を漏らした直後。
「す、すげぇ……」
「何だあの人、化け物かよ」
「かっこいい……」
慄然として呟く男の子と、女の子の黄色い声が聞こえ、あやめは何だろうと思い顔を上げる。
視界に映ったのは、バスケットゴールの前方。
二十代前半くらいのある男性が、五人もの男子高校生を相手に、壮絶なバスケの試合を繰り広げていた。
一対五。明らかに無謀と分かる。
人数の多い高校生たちのほうが圧倒的に有利だというのに、男性はたった一人で互角……いや、リードしているのだ。
当然予想外の展開は人目を引き、公園にいる者全てが固唾を飲み、試合の行く末を見守る。
でも、あやめにはそんなことどうでもよかった。
ただ。男性の顔を見て、愕然としてしまう。
「……鳥山さんだぁ」
そう、その姿は間違いなく。
昨日偶さか出会ってあやめが惚れた男。さっきまであやめの胸中に登場していた、当の本人。
━━鳥山、疾風だったのだ。
絶対、もう二度と拝顔できない。何もできずにこの恋は色褪せていくのみ。そう思案していたのに。
こんなにも早く、再会してしまった。
然ほど広いわけでもない同じ街に住んでいるのだから、無論出会えたりもするだろう。
でも、可能性はそんなに高くない。今のあやめにとっては、低確率なのに会遇できたことが、何より嬉しい。
と、試合は鳥山疾風のジャンプシュートで勝敗を決した。
八対十。開始する前は誰もが予想できなかっただろう、鳥山疾風の勝利だ。
「くそ……ッ!」
「何者だよ、あいつ」
「あの動き、人間じゃねぇ」
「化け物としか思えないな」
「ぜってぇリベンジしてやる」
負けた男子高校生たちはよほど悔しかったのか、口々に吐き捨てて公園から立ち去っていく。
「やっぱり、鳥山さんはかっこよくてすごい人だなぁ」
あやめが小声で言いながらそんな様子を見つめていると、不意にこちらのほうを振り向いた疾風と目が合う。
そして、そのままこちらに向かって歩き出し、声をかけてくる。
「君は昨日の……。こんなところに一人で何をしている?」
言って、疾風はあやめの隣に腰を下ろす。
「今家に誰もいなくて暇だから来たんですけどぉ」
「……遊ばないのか?」
「ちょっとぉ、そんな気分じゃなくてぇ……」
「そうか」
俯いて赤面しながら恥ずかしそうに言うあやめに対し、疾風はやはり優しく話してくれる。
ますますあやめの瞳にはかっこよく映り、隣にいるだけで心臓の鼓動がうるさいほど動悸は激しくなっていく。
「まさか、勝つとは思いませんでしたぁ」
「ん? あぁ、先程の試合、君も見ていたのか」
「そりゃ、誰でも見入っちゃいますよぉ」
ふと顔を上げてバスケゴール周辺に目を向けると、中学生くらいの男子数名がバスケをしている。
おそらく、疾風と高校生の試合に影響されたのだろう。
あやめはバスケなんか全く詳しくないし、やったこと自体一回もないが、疾風の動きが尋常じゃないことは分かった。
それほど、至妙なプレーだったのだ。
「……少し、鍛えなくてはいけなくなってな。だが、通常の方法ではあまり効果がないと思いハンデを与えたわけだが……勝てて実によかった。俺が負けた場合は、あいつら一人一人に何かを奢るという約束で、協力してもらったのだからな」
鍛えなくてはいけない? 充分筋肉も体力もあるし運動神経がいいのに。しかも相手にハンデを与え、何かを奢るという約束をしてまで。
あやめには理解できなかったが、余計な詮索はしない。
「本当にすごいですぅ。仕事は何をしているんですかぁ?」
「あぁ、教師だ。ほら、すぐそこにあるだろう。海聖学園の社会科を担当している。つい最近からだがな。体育でもよかったのだが、運動はできても教えることはできない。というより、生徒たちはついてこれないだろうからな、社会科にした」
あんなに抜群な運動神経を持ちながら社会科なんてと驚愕しつつ、海聖学園の教師だったことにもっと愕然となる。
「えぇ、そうなんですかぁ? あや……わたしは初等部に、兄は高等部に通ってるんですよぉ」
あやめの言葉に、今度は疾風が駭魄する。
「ほう、そうだったのか。それに、兄がいたとは」
「は、はい。おバカでちょっとエッチですけどぉ……優しくて、好きですぅ」
「いいことだ」
そして、お互いに口元を綻ばして笑む。
と、突然思い出したかのように疾風が訊ねる。
「そういえば、まだ君の名前を訊いていなかったな。名は何という」
その問いに、あやめは目を見据えて答えた。
「五十嵐、あやめですぅ。あ、あやめって呼んでくださいぃ」
「あぁ。分かっ………………ん? 五十嵐?」
名乗ると、疾風は何故か鸚鵡返しに言う。
そんな様子に、あやめは訝しむ。
「どうかしたんですかぁ?」
「いや。俺が担当しているクラスにも、五十嵐という名の少年がいたのでな」
五十嵐なんて、確かにあまりいないかもしれないが、それほど珍しいわけでもないだろう。
なのに、すぐ分かった。その少年は、自分の兄なのだ、と。
「五十嵐、蓮ですかぁ?」
「……あぁ、そうだ」
念のため訊いてみたところ、やはり間違いないらしい。
この街で学校に行く場合、大抵の人は海聖学園に通う。だから、奇跡というわけでもなく、むしろ当然といえる。
でもあやめにとっては、たったそれだけのことがものすごく嬉しかった。
もしかしたら、学校でも会えるかもしれない。兄と共に、話せるかもしれない。そう思ったから。
「その人、あやめの兄貴なんですよぉ」
あやめのその言葉を聞き、疾風はどこか不気味な笑みを漏らす。
「くく……そうか。君は、五十嵐の妹だったのか」
「……?」
何やら気味の悪い表情で突然立ち上がる疾風を、あやめは怪訝そうに見つめる。
今の疾風には、先程までの優しい感じなど皆無だった。
が、あやめは意を決して訊く。
「あ、あのぉ! 番号、交換してくれませんかぁ?」 
すると、再び優しげな朗笑を浮かべて答えてくれた。
「あぁ、構わない」
そして、お互いの電話番号やメールアドレスを交換する。
と、そこへ。
「おい、ハヤテ。ンなとこで何して……んあ? 誰だ、そのガキ」
深紅色の髪をツンツンにし、瑠璃色のメッシュを施した目付きの悪い男が、こちらに歩いてきた。
━━鳥山疾風のパートナー、レグルスだ。
あやめのことを見下すかのように睨んでいる。
怖い。あやめは、すぐさまそう思った。何故、こんな人が疾風の知り合いなのか、と疑問にも思った。
「偶然知り合った子だ。帰るか、レグルス」
「あァ」
「では、また会おう。……あやめ」
「は、はいぃ」
そんなやり取りを交わし、二人はどこかへ立ち去っていく。
どうしてだろう。
あやめには疾風の背中が、すごく遠くて、暗くて、怖くて、冷たくて、とても悲しいものに見えた。
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