双眸の精霊獣《アストラル》

果実夢想

#2 本に囲まれた少女

 目が覚めたら、自室のベッドの上にいた。枕元にあった携帯電話で日付と時刻を確認してみると、六月二十一日土曜日。午前六時をちょうど過ぎたところだった。

 おいおい。まさか十時間以上も寝てたのかよ。

 髪は寝癖でボサボサだし、服は汚れと皺でボロボロだし、窓は開けっ放しで日差しが暑すぎる上に蝉がミンミンうるさいし、最悪の朝だ。

 ともあれ、そろそろ起きよう。

 そう思い、ゆっくり立ち上がる――と、突然視界が歪む。

 立っていられなくなり、俺は床に手をつき四つん這いのような格好になってしまった。

 な、何だよ、これ。

 立ちくらみにしては激しすぎるし、なかなか治まらない。

 上下左右が逆さになり、まるで万華鏡のように世界が回る。

 ……それだけじゃない。

 何故か、目の様子がおかしいのだ。

 目尻や白目はどうってことない。ただ、黒目だけが妙に疼く。

 これだけ聞くと厨二病かと思われるかもしれないが、この状況で冗談なんか言えるわけないだろ。

 本当に、瞳孔のみが痛む。

 更に、眩暈めまいも激しさを増す。

 やべぇぞ。こりゃ本格的にヤバくなってきた。

 今起きたばっかだっていうのに、意識が徐々に薄まっていき――そして。

 俺は再び、眠りに落ちた。

◯●◎●◯

「……ふぁっ!?」

 突如、そんな奇妙な声を発してしまった。

 でも仕方ない。

 気がつくとすぐ目の前にドアップであやめの容貌があり、後頭部には何故か柔らかい温もりがあったのだから。

 こ、これは……。俺がずっと幼女にやってほしいと望んでいた、幻の膝枕というやつじゃないか。

 たとえ妹だとしても、ロリの太ももに頭を乗せていられるなんて超幸せです。幸せすぎて死んじゃいます。

 気を取り直して辺りを見回すと、早朝に倒れた時と同じ空間の同じ位置であやめに膝枕されていた。

 そこで、あやめが俺の睡余すいよに気づく。

「あぁ、兄貴起きたのぉ? おはよぉ」

 どうでもいいけど、顔が近すぎて息が当たっちゃってます。更に今思ったら、ニーソックスと縞パンしか身に纏っておらず、服を着ていない。確かに家の中では下着姿で過ごすあやめだが、何故ブラジャーをしてないんだ? そのせいで膨らみかけのちっぱいと先端が見え……って、ちょっと待て。俺はロリコンなのであってシスコンじゃなかったはずだ。でも一応、あやめもロリだしな。くっそー、あやめ恐ろしい子!

「兄貴ぃ? どうかしたのぉ?」
「うぇ!? い、いやいやいやいやいやいや、何でもない! 何でもないということにしてくれ!」
「わ、わかっ、たぁ」

 ふぅ、危ない。五十嵐蓮、とりあえず落ち着け。

 俺はさりげなく目をそらし、訊ねる。

「……あやめ、何で膝枕してんだ。しかもそんな格好で。俺が死んじゃったらどうするつもりだ」
「何で死んじゃうのぉ? 義理とはいえ、まさかロリコンとシスコンを区別しながら妹に興奮したわけじゃあるまいしぃ」
「……で、デスヨネー」

 俺の心境をピンポイントで当てやがった! エスパーか、こいつ。

 ロリコンとは、幼い女の子を好む人種だ。つまり、幼い妹がいるロリコンはシスコンと同義って……なるよね? と、今思い付いた言い訳をしてみたり。

「あやめはいつも、ぱんつとぶらじゃーだけで家の中にいるでしょ? でも、昼ごはんのラーメンを食べてる時にこぼしちゃったから、今は洗濯中なのぉ」
「じゃあ新しいのに取り替えろよ! 夏でもさすがに風邪ひくぞ!」

 そして俺の理性もヤバいので、早めに着てきてください。……とは言えないけども。

 どうやらここまで来て俺に、ロリコンだけでなくシスコンの属性まで付加されてしまったようだ。

 ナンデコウナッタ……。

「ふふふ、残念でしたぁ。他のぶらじゃーに着替えるのめんどくさいだけだよぉ」
「それくらいのことでめんどくさがるな! 女の子なんだから恥じらいをもちなさい!」
「うぅ、分かったよぉ……」

 どこか泣きそうな表情で呟き、あやめは部屋を出ていった。ふぅ、とりあえずは一安心か。

 ところで、朝の眩暈は何だったのだろう。ただの疲れじゃない気がする。

 ……まぁ、いいや。今はすっかり元気になったしな。

「兄貴ぃ! ぶらじゃーつけてきたよぉ!」

 そんなことを叫びながら再び自室に入ってきたあやめは、可愛らしい水玉の下着を身に着けていた。

「分かったからいちいち報告しなくていい。そういや何で膝枕してたのか、まだ聞いてなかったぞ」
「えぇ? 兄貴が膝枕してほしそうな顔してたからだよぉ?」
「……どんな顔だよ」

 あやめの一言に控えめなツッコミをしながら扉を開ける。そして二階にある俺の部屋を出て階段を降り、一階へ向かう。

 ああ、こうして今日も始まるんだ。

 普通のようで非日常な一日が。

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