どうやら勇者は(真祖)になった様です。

神城玖謡

23話 2-4 入学

「えー、皆さんはこれから数年間、この学び舎で共に時間を過ごします。
 中には、種族や出身を理由に、これまで学校への入学を諦めていた人もいるでしょう。
 しかし、ここではそんな事は関係ありません。
 皆が平等に学び、同じ社会へと旅立つ事ができるのです!
 それも、すべてはこの学園の創立者である、勇者カツヒト様のおかげなのです!  ──────」


 壇上では、在校生代表の少女が熱弁を奮っていた。その頭には、尖った犬耳が。

 うつらうつらと聴いていたロザリーは、少々熱が入った話を宗教チックに感じたが、己のした事が間違っていなかったのだと、安心感を覚えていた。


 場所は、聖教会立全世界開放学園、本校舎の隣にある講堂で、現在簡易的な入学式の様なものが開かれていた。

 入学のための検査から1週間程が経っていて、明日からは授業もある。
 ようやく学園生活が始まるという感覚を覚えている者がほとんであった。


 勝人について暑く語った少女が降壇し、今度は新入生代表として聴衆席にいた別の少女が立ち上がった。

 年齢は十代半ば。見覚えのあるうずを巻く金髪に、勝気な瞳。
 制服を着ていても滲み出る高貴さを隠そうともせず、むしろ誇らしげに階段を登る。


「新入生代表、エリザベート・レヴィア」


 声高らかにそう名乗る少女こそ、入学検査の時にロザリーに突っかかってきた、帝国の貴族の娘、エリザベートなのであった。

 新入生代表になるには、検査の結果の平均でトップになることが必要である。
 肉体検査、魔力検査、知力検査の3つの中で、エリザベートが1番になったものは何も無い。
 しかし、それぞれの成績が非常に優秀で、平均すると1位になったのである。

 検査の際、種族差別的な発言をしたことにより、ロザリーからの評価は低い。しかし相当の努力家であるようで、少なくとも家の名に恥じぬよう、幼少期から努力を惜しまなかったという。

 そういった話は有名で、意外と周囲からの評価は高い。

 そう考えると、新入生代表となったのも十分頷ける結果なのではないだろうか。


 エリザベートは、凛とした姿勢で、これからの学園生活に対する決意を表明した。
 発言の中で何度も口にした「レヴィア家のために」や「レヴィア家の娘として」という言葉が、ひどく印象に残る物であった。


 発表が終わり、バラバラと雨音の様に響く拍手の中、エリザベートは堂々と降壇する。


「…………」

「立派なものですねぇ、家のため……あの歳で言えることじゃないですよねぇ」


 ディアが拍手を送りながらそう呟くのを、ロザリーは黙って聞いていた。






 場所は変わり、現在ロザリーはディアと別れ、教室にいた。
 クラス分けがされ、集められたのである。
 また座学やホームルームにおいては、執事、メイドは教室への立ち入りが禁じられている。貴族の子供の自立性を養う為だという。


 ガヤガヤと騒々しい教室は、遥か遠い記憶、まだ勝人であり、地球にいた頃を思い出させた。


(どう、しよう……)


 誰かと早めにくっついてしまった方がいいかもしれない。有意義な学園生活を送るには、勉強だけではない。ディアが提案したように、友達が重要だ。
 そう考えていたカツヒトは、知り合いが誰もいないこの状況で焦っていた。

 ひとまず、誰かに話しかけるべきだろう。

 すでに人だかりが出来ている所を避け、ロザリーと同じ様に1人でいる人を探す。


(……あの子に、しよう)


 そうしてロザリーのターゲットにされたのは、純朴そうな少年だった。

 明るい茶髪に、優しげな瞳。パッと見少女の様にも見えなくもない。そんな少年は、居心地悪そうにしている。


(ちゃんす……)


 早速とばかりに近付いて行き、声をかける。


「…………ね」

「うふぇっ!?」

「…………」


 げせぬ。ロザリー
は心中で毒づいた。

 少年は、ロザリーが近付いてくる事に気が付くと、あたふたとし始めた。落ち着きなく辺りを見回し、少女の対象が自分である事を悟ると、顔を青くしたのである。
 そして少女に話しかけられるや否や、今度は顔を真っ赤にして奇声を発した。


 おかげで周囲からの好奇の目に晒される羽目になった────と、夜のロザリーなら思っただろうが、あいにく眠気から思考力が落ちた現在、少年の不可解な反応に首を傾げるだけだった。


「……ろざーりあ・れいぜん」

「へ?」

「わたしの、なまえ。なまえ、おしえて……」


 少年は、服装からして特に金持ちの家の出ではないようで。
 その少年からすると、まるで人形の様に美しく、そして深窓の令嬢と思われる少女から話しかけられたのだ。
 何で自分が……という疑問と共に、あまりに美しい少女に対する照れが出て来て、混乱に襲われていたのである。


「へ、ヘンリー……ヘンリー・ロンソンだよ」

「ん、よろしく……へんりー」


 そこで顔をほころばせるロザリー。

 少年の顔は、すでに林檎の様に真っ赤になっていた。




 ロザリーが友達第1号を獲得して、呑気に喜んでいると、教室の反対側で出来ていた人だかりが割れ、1人の少女がやって来た。


「……お友達は選んだ方が良くてよ? 魔力なしのレイゼンさん」

「…………」


 そう、すでにお馴染みのエリザベート・レヴィアである。
 どうやら“お友達”を沢山作ったようで、先程の人だかりもエリザベートの取り巻きだった様である。

 知っている人が誰もいない……と思ったのは、背の低いロザリーが、人影に隠れたエリザベートを見つけられなかったからだ。


「あ、あの……魔力なしって……?」


 そこで、ヘンリーがロザリーにそう訊ねた。


「あら、貴方知らないの? そこのロザーリア・レイゼンは魔法が使えない……魔力がないのよ」

「魔力が……!?」

「入学検査の日、魔法が使えなかったどころか、吸魔石にすら何の反応もなかったのですから」


 ヘンリー少年がどうしてそこまで驚くのか。それは、この世界で魔力を持たない「物」はないと言われるからである。

 動植物に限らず、火や、石や水……さらには空気までもが多少の魔力を有しているのである。
 正確に言うと、魔力を最小まで分解した“魔素”という形でだが、魔力を持たないという事は、本来ありえない事なのだ。


 そして、エリザベートが言った吸魔石とは、自然界において魔力や魔素吸収して肥大化する、特殊な魔石の1種だ。
 水辺にある吸魔石は水色に、火山の近くにある物は赤色にと言った様に、吸収した魔力の属性によりその色を変える。

 その特性から、得意な魔法の属性を判定する事にも使われるのだが、ロザリーに対しては反応しなかったのである。


「そこの貴方も、お友達は選んだほうがよくてよ?」


 だから──とヘンリーに向かって言うエリザベート。
 明らかに、ロザリーに対しての嫌味である。


「ごめんなさい……ほっといて、ください……」


 基本お人好しである勇者勝人……の記憶を持つロザリーであっても、流石にムッとする。何かを言い返そうとした時、それよりも先に震える声でそう言ったのはヘンリーであった。


「魔力があるとか、ないとか……そんなこと、友達になるのには、関係ないじゃ、ないですか……」


 相手は独特の迫力を持つ貴族の令嬢。
 もはや涙のたまった目を瞑り、震えながら言う少年。

 その覚悟は、息を飲んで3人を見守っていたクラスメイト達にも、痛いほど伝わったのである。
 

「……そうですわね。ま、せいぜい後悔なさらない様に」


 意外なことに、エリザベートはあっさりと引き下がった。自分に不利な空気を感じたのかもしれない。


 再び取り巻きの中に戻って行くエリザベートの背中を見送り、ロザリーはヘンリーの方へ向き直った。


「……あり、がとう」

「へっ!? お、お礼を言われる様な事なんて……ただ、ボクの思った事を言っただけだよ……」

「んん、かっこ、よかった……」

「ほ、本当かい……!」


 先程まで泣きそうだったのも嘘の様に、満開の笑顔を咲かせる少年。

 元男として、ロザリーは少年の勇気を素直に褒めただけだったのだが、ヘンリーからするとそんな事は知る由もない。
 可憐な少女を護り、そして格好良かったと言われたと、舞い上がっているのである。

 少年が調子に乗り、更に何かを言おうとした所で、担任と思われる女性教師が入って来たため、興奮で赤くなった顔で口をパクパクとさせるヘンリー。

 魚みたいで間抜け面だ――ロザリーはボンヤリと思ったが、その思いは伝わることはなかった。




 席に着いたロザリーは、担任の姿を眺める。

 まだ若い女教師は、この世界にしては珍しい黒髪をしていた。そしてそれよりもロザリーの目に付いたのは、その頭からダラリと垂れる、長い耳だった。


(うさみみ……かわいい……)


 エリザベートの様に種族差別主義の者はいても、確かにそのしがらみは減ってきているのだと、ロザリーは微かに笑みを浮かべるのであった。


 挨拶から始まり、学園生活を送る上での諸注意を述べた担任は、クラスメイトに簡単な自己紹介をさせ、しばらくして園内探索ツアーを開催した。
 と言っても、全クラスが時間差を開けて順に行うようで、途中見知った顔ともすれ違う事もあった。


「――ここが図書館です。学園生だけでなく、教員はもちろん、多くの人に公開されています」


 そう説明されたが、ロザリーの顔には影が落ちた。

 開館当初こそ、本当に全ての人が利用することが出来たのだが、貧困街の人などが本を盗み、転売するなどという事が続き制限が出来てしまったのだ。
 紙が貴重なこの世界だからこそ、より多くの人に本を読んでほしかったのに……とロザリーはため息をもらすのであった。





 この日は授業などはなく、夕方になって開放されたロザリーは、ディアと帰り道を歩いていた。


「へぇ、じゃあその子と仲良くなったんですね?」

「う~ん、まあ、ね……。けっきょく、そのあとは一言もしゃべってないし、まだわからないよ」

「いえいえ、最初なんですからそれで良いと思いますよ? また明日から、話しかけてみると良いですよ~」

「うん……」


 夕焼けが2人の影を引き伸ばす。


 明日から始まる学園生活に思いをはせ、ロザリーは茜色に染まった空を見上げた。 

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