どうやら勇者は(真祖)になった様です。

神城玖謡

9話 1-2 (真祖)戦

 最初に攻撃を仕掛けたのは、遠距離からのサラの弓矢だ。

 勿論ただの弓と矢では無い。エルフ族が得意とする、自然に存在する精霊の力を借りて属性を付加する、精霊魔法を使った弓矢だ。
 その精度も威力も、普通の弓矢の数十倍──厚さ30cmの鋼鉄で出来た壁を容易たやすく貫くまでになる。

 流石にコレだけで仕留める事は出来ないだろうが、不意を突いたりするのには十分役に立つ。現に(真祖)の注意が矢に集中している。

 勝人はブーストをかけ、音速を越える矢と同じくらいのスピードで回り込む。
 魔力が動く(魔法を使う時など)と、周囲に漂っている魔力・魔素が振動し、波となって伝わる──つまりは魔力波が発生し、接近を気取られない様、ギリギリまで魔法を使わない。
 振った剣が相手に当たる瞬間に魔法剣を使う。

 タイミングは、バッチリだ。

 矢を躱す、掴む、撃ち落とす──何をするにしても隙が出来る。そしてその刹那に、勝人の魔法剣が背後から襲い掛かる。


 タイミングは、バッチリだった  ・ ・ ・ ────。





 気付けば、高い天井を見上げていた。魔王城とは違って、魔法陣が刻まれていないソレを見上げながら、一瞬今まで何をしていたか考え混んでしまった。

 すると、いきなり爆発音が鳴り響いた。急いで立ち上がりながら、先ほど起こった事を思い出す。

 一閃の光が己に当たるのを気にも留めず、(真祖)は優雅に指を鳴らした。
 その瞬間、凄まじい衝撃が躰を襲ったのだ。床や背後の壁はえぐれ、剣に込められた魔力はロウソクの灯火の如くかき消された。 そして勝人は後ろに……そう、背面跳びを失敗した様に頭から地面に叩き込まれたのだ。

 ──恐らく脳震盪を起こしたのだろう。回復魔法を使いながら、辺りを見回す。


『悪を貫き、聖なる道を創り導かん────』

「イグニファイトアローッ!」

「グ・ラ・ン・ド・イ・ン・パ・ク・ト!」

「…………はぁ!」

蜂鳥ハチドリの舞い!」


 どうやら気を失っていたのは数秒程度だったらしく、各々攻撃している様だ。

 しかし…………ミランナの生み出した光線やサラの火焰の矢は、(真祖)の眼前で弾かれているし、ドラグリアの爪でも届かないし、グランの大地の衝撃に関しては(真祖)が宙に浮いてる為を最早論外。あとギリアヌスの刺突なんかは、ヒラリと余裕で躱されている。

(……俺でさえブーストをかけなきゃ躱しきれない刺突だぞ?)


 明らかに相手は余裕綽々。と言うより、一度も攻撃らしい攻撃をしてないのにも関わらず、簡単にあしらわれている。

(……コイツは、余裕ぶっこいてる場合じゃないな。ひょっとしたら、全滅なんて事になりかねない)

 勝人は覚悟を決めると、スイッチを入れる。

 それは人間としての、勇者としての本能をフルに目覚めさせる事──言いかえれば、生物が無意識の内に設けているリミッターを解除し、取り払う事。

 以前はブチギレたり、命の危機が迫った時に勝手に切り替わっていたのだが、幾度となく修行修行を積み、何時でも使える様にしたのだ。

 ただしリミッターであるから、それを超えて使うのはオーバーヒート、体に多大な負荷を与えてしまう。

 …………が、そんな事を言っていられないだろう。

 心臓が1度 トクン──と鳴り、カァァと体中が熱くなる。溢れ出す熱と力が、意識を高ぶらせていく。


「────ブースト、十倍」


 途端に、全ての動きが急速に引き伸ばされていく。それに伴い、視界が暗くなっていく…………勝人にとっての光が目に到達するスピードが遅くなった為だ。


「うぐっ!?」


 十倍────体の大きさが約10分の1の、例えば子犬何かと感じる時間が同じになっている。 つまりは犬の疾走が、人の腕を振る速さ並に見えたり、それと同じスピードで動ける速さだ。
 筋肉など、体のあちこちが悲鳴を上げ始めるのは、当たり前。

 その痛みを堪え、ほとばしる敵意や殺意を剣に込める。


「う、おおおおおぉ!!」


 トップスピード、一瞬足が床にのめり込み──一気に駆け出す。
 …………いや、数十メートルの距離を二、三歩ほどで行ったのだから、最早滑空と言っても良いかもしれない。

 とにかく、その全スピードを使い剣を振る────!


 とっさに身を捻り、進路を変える。(真祖)からより離れるために。


 ………………目が、合ったのだ。


 犬の脚の回る速度よりも速く迫り来る勝人と、しっかりと目を合わせ、そしてわらったのだ。


「──────────くぉ───」


 (真祖)は、何かを言っている。


「─────るぇ────く───ら──い─の速さで喋れば、汝にとって丁度いいのかな?」


 そう言って、(真祖)は普通に ・ ・ ・ ・ こちらへ体を向けた。


「んなっ、馬鹿な……!」


 人間にとっては余りにも速すぎる時の流れの中、(真祖)は楽しげに目を細めた。


「面白い…………さすが“世界の恩恵”を受けているだけある」


 そう言って、ゆっくりと手を上げ──と言ってもかなり速いが──芝居がかった優雅な様子で、また嗤った。


「お前…………何を知ってる!?」


 世界の恩恵……つまりはチート能力。そしてその事を知っているこの(真祖)、一体何者なのか。


「ふむ、吾輩はただの(神祖)に過ぎないが…………たぶん、汝が知らぬ事も少なからず知っているであろう」


 勝人は、これまでずっと口にしてこなかった不安があった。それはすなわち、元の世界に帰れるのか? というものだった。

 ──勝人は、無言のまま剣を構えた。


「そうだ、それで良いのだよ !知りたければ力を示す。この世のことわりだ───」


 そして滑らかな動作で細剣レイピアを構える(真祖)。


「さあ──来るがよい。己の全てをかけて、力ずくで吾輩を従えてみよ!」

「言われるまでも無えっ! ……はぁぁぁああああ!!」


 ブーストをもう1段階上げ、全力で跳んだ。

 再度数十メートルの距離を一瞬で詰め、剣を振り下ろす!
 ──が、(真祖)は慌てた様子も無く、それを受け流した。


「うおぉっ!」


 持って行かれそうになる体を、左足を一歩前に踏み込み、引き戻す。 さらに左前にある右手、剣を右上に振り上げる。

 これも(真祖)は華麗に舞い、事も無さげに躱すと、急激にピッチを上げての刺突。

 ギリアヌスと同じ位、もしくはそれ以上に鋭いそれを、サイドステップで何とか躱しきる。が、急な動きの変化に、明らかに反応が遅れた。


「ほぅ、今のを躱すか……汝の世界で言う“蝶のように舞い蜂のように刺す”をやってみたのだがな」


 言う最中にも幾度も突きが襲い来るが、ギリギリを見極めて避け続ける。


「どうした、動きが鈍くなっているぞ?」

「う…………っるせえ!」


 ブーストが徐々に解けて来ているのだ。……が、もう一度“ブースト”する。


「あああっ! 魔法剣『デトロイト・ライト』!」


 隙を見て、吸血鬼の弱点である光属性の魔法剣を使う。
 そこらの屍喰鬼グールならば、漏れ出した光だけで灰に還す事が出来る程の威力。だが────


「ほう! ならば………魔法剣『ヴラッティ・ソード・レイ』」


 真紅色の波がそれを飲み込み、迫り来る。


「うおぉぉぉおおおおおっ!!」


 ソレを、最早“魔法”とも呼べない様な、“波が勝手に避けて行く”イメージでやりきる。


「何と!?」

「魔法剣『ドラグーン・サンダーボルト』!」


 言葉を待たず、雷と衝撃波を叩き込む。


「────ふんっ!」

「んなっ──!?」


 しかし、あのか細いレイピアで一刀両断されてしまう。

 ……………そして、とうとうその時が訪れる。


(くそっ、ダメだ……ブーストが!)


 段々と周りの音が、はっきり聞こえて来る様になる。
 また視界も明るくなり、何かを言う(真祖)の声も高く、早口になって行く……………


「はぁっ、はぁっ……」

「────何だ、もう時間切れか」

「はぁっ…………くそっ!」


(動けよっ! もっと速く、もっと強く!)


 …………自惚れではないが、勇者パーティの中ではやはり勝人が圧倒的に強い。


(────魔王の時と同じ様に、皆を逃がすか?)


 しかし、もうそんな時間も余裕も無い。常に“魔法”で大気中の魔素を取り込んではいるが、とても間に合わない。


(このまま死ぬのか?傷一つ負わせられないまま──)


 勝人の目の前に、諦めの文字が浮かび上がり……。


(嫌だ…………………そんなのは、イヤだ ・ ・ ・ 
 勝てなくても良い、死んでも良い。だけど……このまま何も出来ないまま終わるのだけは、絶っっっ対に嫌だ!!)


 何かを、引き寄せる。宙に漂う魔素を、腹の奥底にある熱を……。

 意識が薄れて行く──が、それと同時に確かに感じる……最期の、限界の力を。


「はぁっ、はっ──────!」


 ────ブチンッ


 ナニカが、全部崩れ ・ ・ ・ ・  ・ 消えて ・ ・ ・ 無くなっ ・ ・ ・ ・  ・ 


「────!」


 時が、止まる。
 空中の埃1つ1つがピクリともしないのが見える。


 …………いや、これはあくまでブーストだ。限りなく全てがスローになったのだ。

 体中が燃えるように痛み、鼻血が吹き出た。あちこちの血管がブチブチ ・ ・ ・ ・ おぞましい音をたてながら切れ、到る所から出血している。


 ──しかし、それだけだ。
 頭の中が真っ白になり、余計な考えが全て吹き飛ぶ。


「あ、あ……あぁあああああああ!!!」


 もう、何も気にしない。ただ出せる力の全てを出し切る。
 ……構えも何も必要ない。ただ何も考えず、ただ本能のままに、ただ殺意のままに────駆ける。


「──っ!?」


 光のそれに限り無く近い速さで、後ろから切り付ける──が、恐ろしいまでの反応速度で防がれてしまう。

 …………だが、その(真祖)の表情から、どこか余裕の色が無くなっている。


「な──!」「がぁっ!」


 発せられる言葉も待たずに、さらに回り込んで右下から斬り上げる。それがついに、(真祖)の頬に一線の傷をつけた。


(いける……!)


 反撃が来るよりも早く、左手に持った剣で振り下ろす。さらに魔法で創り出した剣を右手で握り、体の回転を利用して横に薙ぐ。
 そこで襲い掛かって来た突きを、跳び、後方に一回転し、躱す──そして足が地面と接した瞬間、剣をクロスさせ一瞬で接近。
 防御の為に上げられたレイピアを左手の剣で抑えつつ、さらに踏み込みながら力を切先に集中させ、光線銃の如く突き刺す。

 ────が、それを華麗なバックステップで躱されてしまい、体制が崩れ、思わず蹈鞴たたらを踏む。

 (真祖)がその機会を逃す筈がなく、蜂の様に鋭い突きを放って来た。

 重心が前に向いた体を、半ば倒れ込む様にして躱そうとする。


「……ゔぐああっ!?」


 ────何とか心臓からは外したが、右手が体から切り離された。
 業火で炙られた様な痛みを我慢し、一瞬思考する。
 腕を生やす時間も魔力も勿体ない。どうするか……。


(──いや、良い。このまま、行く……!)



 結論は、特攻。この身朽ち果てようとも、この一撃は、決める。勝人は、考える事をやめた。


「──────ッ!!!」


 …………もう自分で何を言っているのか、理解していなかった。


 勝人は、体中から沸き上がってくる灼熱を左手に込め、ただそのまま、その手を振り下ろす────振り下ろしている途中から意識が急速に薄れ、剣が(真祖)の額に直撃し、物凄い轟音が鳴り響いた時にはすでに、完全に意識を手放しているのであった……。

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