クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

愛山雄町

第十六話

 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇三時〇〇分

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>

 〇三〇〇

 アルビオン王国軍キャメロット第五艦隊、第二十一哨戒艦隊はゾンファ共和国軍八〇七偵察戦隊との死闘を終えた。
 四等級艦(重巡航艦)HMS-D0805005 サフォーク5の戦闘指揮所CICでは、副長のグリフィス・アリンガム少佐が指揮官シートで、破損箇所の応急修理の指揮を執っていた。
 彼は内部破壊者インサイダー対応訓練が終わったというアナウンスを聞き、直ちにCICに向かった。だが、その途中、艦が敵の猛攻を受け、その衝撃で通路の壁に叩きつけられた。幸い、重傷を負うことなく打撲程度のケガで済んだため、治療を受けることなく、CICにたどり着き、クリフォード・コリングウッド中尉から指揮を引き継いだのだ。

(結局、私は何も出来なかったな。生き残れたのは、すべてコリングウッドのおかげだ。それにしても、モーガン艦長も愚かな最後だったな。敵の罠に使われて殺されたんだから。自業自得とは言え、哀れなものだな……)

 彼はこの戦いがアルビオン王国祖国ゾンファ共和国の関係にどのような影響を与えるのかと考えていた。
 戦いは終わったが、敵の本隊――大破した重巡航艦、中破した軽巡航艦、小破した駆逐艦と無傷の駆逐艦の計四隻――は、未だに針路を変えず、〇・二光速の慣性航行を続けていた。
 敵の分艦隊の駆逐艦二隻もこちらの針路上から退避するように加速を開始し、本隊に合流する針路を取っている。分艦隊の大破した軽巡航艦――ヤンズ――に動きはなかった。ヤンズは通常空間航行用機関NSDかエネルギー供給装置であるパワープラントPPを損傷したのか、未だどの方向にも加速せず、漂流を続けていた。そして、彼我の距離は三光分となり、更に距離が開いていた。

 一方、味方の状況は、駆逐艦三隻喪失、重巡一隻中破という大損害を受けていた。ちなみに、ゾンファのフェイ大佐はサフォークの損傷を大破と評価していたが、実際には戦闘も航宙も可能であり、ゾンファ側の重巡航艦ビアンより損害は軽微だった。
 そして、本隊である第五艦隊がいるアテナ星系に向けて、加速を続けていた。
 現在、〇・一C程度だが、あと十五分ほどで星系内最高巡航速度の〇・二Cに達する予定である。〇・二Cの速度を維持すれば、二十五時間後にはジャンプポイントJPに到達できるが、哨戒艦隊の指揮官代行イレーネ・ニコルソン中佐はJPに向かうことを命じただけで、アテナ星系にジャンプするかは明言していない。

(敵の出方を見ているのだろうな。敵が向かうハイフォン星系側JPはここから一光時程度だ。敵が針路を変えれば、十時間以内にJPに到達できる。この位置関係でこちらを攻撃するすべは無いが、念のため、敵がジャンプするのを見届けるつもりなのだろう。その上で、漂流している軽巡航艦を拿捕し、生き残りの乗組員を捕らえるつもりなのだろうな。まあ、アテナJPに行くのに二十五時間。戻ってくるのに同じ程度の時間が掛かるから、敵もNSDやPPが完全に破壊されていない限りは脱出するだろうが……)

 アリンガム少佐は指揮を執っているサフォークの損傷状態について、考えを進めていく。

(幸運なことに、人的損害は考えられないほど少なかった。偶然とはいえ、艦中央ブロック――士官室や兵員室がある――に、ほとんどの乗組員がいたことが、被害を最小にしたようだ。まあ、訓練終了のアナウンスを聞いて走り始めた直後に、直撃弾というのは結構痛かったが……)

 彼を含め、部署に走ろうとしていた乗組員たちは、通路上で艦を大きく揺さぶる衝撃に見舞われていた。そのため、骨折や脳震盪を起こす者が多数出たが、ありがちな放射線障害もなく、艦の被害に比べれば、信じられないほどの戦死傷者数だった。今回の戦死者は、主兵装ブロックMABとJデッキの格納庫にいた不幸な数名だけだったのだ。

(だが、三隻の駆逐艦に乗っていた者は不幸だったな。逃げる時間もなく、僅かな数の脱出ポッドしか射出されなかったそうだし……特にウィザードの連中には感謝しきれん。身を挺して守ってもらわなければ、死んでいたのは、こちらだったのだから……)

 脱出ポッドと、先に通信のため発進したサフォークの搭載艇マグパイ1かささぎ1号に乗る副航法長のグレタ・イングリス大尉は、敵との交戦の可能性が無くなってから回収されることとなっていた。
 だが、最悪の場合、アテナ星系から送り込まれる増援部隊の到着まで、脱出者は放置される可能性があった。

(脱出者には悪いが、敵の出方が判らん以上、ニコルソン艦長の判断は正しい。大型艇ランチを出したとしても、追いつくことはできんのだからな……)

 アリンガム少佐は戦術士席に座るコリングウッド中尉を見た。

(それにしてもコリングウッドは噂以上だな。航宙日誌ログを確認したが、あの状況で私に同じことをやれと言われてもやれる自信はない。もし、私がCICにいたとしたら、この艦隊は既に消滅していただろう。私には通信手段を思いつけないだろうし、敵を罠に掛けようとする大胆さはない……しかし、ネヴィル――戦術士のネヴィル・オルセン少佐――の横で、兵装の確認をしている姿を見ると、士官候補生だといった方が似あうのだがな……今はこんなことを考えている暇はないな。まだ、敵がどう動くかわからんのだから……)

 彼はそこで軽く頭を振り、艦の正常化に向けて集中していった。


■■■

<アルビオン軍軽巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所内>

 〇三〇〇

 第二十一哨戒艦隊の臨時旗艦、五等級艦(軽巡航艦)HMS-F0202013ファルマス13の艦長、イレーネ・ニコルソン中佐は敵の動きを注視していた。

(距離は三光分。まだ敵はどの方向にも加速していない。あの進路をとる限り、今すぐ加速を開始したとしても、敵がアテナ側JPに着くには三十時間以上掛かるわ。とりあえず、生き残ることはできた……)

 彼女は戦略的見地から指揮下の艦をどう運用するか考え始めた。

(敵の意図は恐らくだけど、こちらが警告を無視したため、敵対勢力と判断し殲滅したという話をでっち上げること。こちらを殲滅してしまえば、こちらは反論しようがない。だから、こちらが一方的に停戦協定を破ったと主張して、このターマガント星系を実効支配する。もしかしたら、更に開戦の口実に使うつもりかも……)

 記録されていた敵の通信を再生し、敵がゾンファ共和国軍であることは確認されていた。
 ニコルソン艦長は敵艦隊に向けて通信を行うことにした。

「本星系に不法に侵入し、敵対行動を取る船団・・に告ぐ。私はアルビオン王国軍キャメロット第五艦隊所属、第二十一哨戒艦隊指揮官代行のイレーネ・ニコルソン中佐である。貴船団が自ら主張するとおり、ゾンファ共和国軍所属であるなら、今回の行動は先の停戦合意に違反する行為であり、アルビオン王国政府代表として容認することはできない。現在、アルビオン王国の支配宙域である本ターマガント星系内最高位士官として、速やかな降伏を勧告する。本勧告を無視あるいは曲解する行動を取るのであれば、我が艦隊は全力をもってこれを排除するものである」

 そして、ニコルソン艦長は、唯一生き残った駆逐艦ヴェルラム6を生存者の救出に向かわせることにした。

(これだけ脅しておいて、ヴェルラムを攻撃すれば、言い訳のしようがないはず。もちろん、さっきまでの戦闘だって言い訳はできないのだけど……厚顔無恥なゾンファだから、さっきの戦闘については、こちらの旗艦から通信が無かったとか言い訳をするんだろうけど……)

 駆逐艦ヴェルラム6はすぐに回頭し、脱出ポッドの回収に向かった。


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<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>

 〇三〇〇

 ゾンファ共和国軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は、旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで艦の応急修理状況を確認していた。
 ビアンは防御スクリーンを無力化された後、駆逐艦の主砲による攻撃を受け、多数の死傷者を出していた。CICは無傷だったが、緊急対策所ERC機関制御室RCRに強力な放射線の嵐が吹き荒れ、副長や機関長を始め、多くの技術要員を失った。
 そのため、損傷した通常空間航行用機関NSDを修理できず、〇・二光速で敵から離れていく針路を漫然と漂流していた。
 フェイ大佐は失意を隠し、平静さを装って指揮を執り続けている。

(敵の指揮官は優秀だった。もしかしたら、通信が使えなかったのは初期だけだったのかもしれん。こちらに策が成功していると誤認させ、それを利用した罠を張ったのだ……いや、違うな。これは私の願望であって事実ではないだろう。少なくとも通信系を使用不能にした策は成功していた。罠に掛かったのは、単に私が敵に劣っていただけだ……)

 そして、この状況を招いた原因について考えていた。

(最後の戦闘は私のミス以外の何物でもない。今考えれば、あんなに焦って敵を追い詰める必要はなかった。相対速度に注意し、最大射程距離を維持して攻撃を続ければ良かったのだ。いや、あの追撃戦に引き込まれたところで、私は敵の罠に嵌っていたのだろう。アテナ星系側に回り込みながら……いや、今更それを考えても無駄だ……)

 彼は一向に修理が進まないNSDの状況を確認しながら、この後の行動について考えていた。

(既に敵を殲滅することは叶わない。敵の重巡も機動力は失っていないし、防御スクリーンも回復している。主砲は使えんだろうが、ミサイルとカロネードは使用出来るだろう。戦力的にはほぼ互角。敵が行動を誤り、戦闘に持ち込めたとしても、殲滅することは不可能だ。いや、それ以前に敵がこちらの戦略目的を理解していないはずが無い。敵のうち、少なくとも一隻はこの星系から脱出するだろう……)

 そして、メインスクリーンの端に映る指揮下の艦を見ながら、

(生き残った部下たちを無事に本国に連れ帰るのが、今の私に出来る唯一のことだ。NSDが直り次第、ハイフォン星系に戻る針路に変針するべきだな……)

 その時、敵艦隊から通信が入ってきた。
 こちらの行為に抗議する内容で、彼は敵女性士官の勇ましい言葉に苦笑した。だが、彼は自らの取りうる選択肢が増えたわけではないとも気付いていた。

(こちらの意図を理解したから、強気に出ているのだろう。降伏するのは論外だが、やはり撤退しかあり得んな……)

 彼はマイクを手に取り、全艦に向けて放送を開始した。

「司令のフェイ・ツーロンだ。我が艦隊は善戦したが、敵の殲滅という目的を達することができなかった。旗艦の通常空間航行用機関NSDの応急修理が完了次第、ハイフォンに向けて転進する。今回の失敗の責はすべて司令である小官にある。諸君らは小官の指揮の下で最善を尽くしたのだ。このことは胸を張っていい。では、祖国に帰ろう」

 戦いの前の高揚した演説とは打って変わり、語り掛けるような口調であった。
 その語り掛けにCIC要員たちは悔しそうな表情をし、若い下士官には涙すら浮かべ、すすり泣く者もいた。
 フェイ大佐はその下士官の肩に手を置き、「今は帰ることだけを考えよう」と言って、彼を作業に戻した。

 フェイ大佐はもう一度CIC内を見回した。その直後、索敵員から敵駆逐艦が針路を変えたという報告を聞いた。

「敵駆逐艦針路変更。ほぼ百八十度回頭しています。最大加速でこちらに向かってきます!」

 その言葉にCIC要員の間に緊張が走ったが、フェイ大佐はコンソールを見て、

「生存者の救出だろう。僚艦には対応不要と連絡してくれ」

 彼は明るい声でそう言うと、指揮官シートに腰を下ろした。


■■■

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5搭載艇マグパイ1・操縦席>

 〇三〇〇

 サフォークの副航法長グレタ・イングリス大尉は、雑用艇ジョリーボートのマグパイ1――かささぎ1号――から、戦いの結果を知った。

(意外ね。最悪生き残るのは私だけだと思っていたのに。サフォークとファルマス、それにヴェルラムが生き残っているわ。でも、三隻の駆逐艦が失われた……)

 彼女は味方が逃走に成功したと確信した段階から、艦隊に合流すべく加速を開始した。
 小型艇であるマグパイ1では艦隊の巡航速度に追いつけないので、途中で拾ってもらえるポイントを見定め、航路を設定していた。特に回避運動も必要なく、一定加速での航行であるため、自動操縦に任せていた。

(この位置だとギリギリ拾ってもらえるかしら。それが無理でも途中まで行けば、拾いに来てくれるでしょう。少し休ませてもらおうかしら……)

 操縦席のシートを倒し、天井を見つめていた。

(この戦いは何だったのかしら。これだけ情報がないと、何のための戦いなのか全く判らないわ。どちらにしても、一波乱あるわね。戦争になるかは判らないけれど……)

 イングリス大尉は五時間後に艦隊に最接近することを確認し、静かに目を閉じた。


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 宇宙暦SE四五一四年五月十六日 標準時間〇六時〇〇分

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所内>

 昨日の戦闘が嘘のように、ターマガント星系は静かだった。
 ゾンファ艦隊は戦闘の十三時間後、一五三〇にゾンファ共和国の支配星系ハイフォン星系にジャンプしていった。
 大破し漂流していたゾンファ共和国軍の軽巡航艦ヤンズは、ゾンファ艦隊がジャンプする数時間前に、生き残った乗組員を脱出させた後、自爆した。
 艦長のホアン・ウェンデン中佐はただ一人残り、艦と運命を共にした。

 駆逐艦ヴェルラム6は戦闘宙域に戻り、生存者の乗る脱出ポッドを回収し、約三十名の味方と五十名のゾンファ軍兵士を救出した。

 サフォークの雑用艇ジョリーボートであるマグパイ1は同日〇八〇〇に無事帰還した。

 ヴェルラム6は艦隊に合流し、負傷者を乗せた後、捕虜の一部と共にアテナ星系に向かった。
 現在、ターマガント星系には主砲を損傷した重巡サフォークと、臨時旗艦であるファルマスの二隻だけが残っている。

 クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉は戦闘指揮所CICの戦術士席で物思いにふけっていた。

(第二十一哨戒艦隊には五百九十七名の乗組員がいた。そのうち、戦死、行方不明者が二百三十四人。重傷者が二十五人……三隻の駆逐艦から助け出せたのは、結局二十八人だった……アリンガム少佐――サフォークの副長、現艦長代行――は、僕が指揮を執らなかったら、こんなものでは済まなかったと言ってくれたけど、慰めにはならないな。特にサフォークの盾になって沈んだウィザードには感謝の言葉もない……)

 彼が物思いに耽っていると、後ろから航法長のジュディ・リーヴィス少佐が肩を叩いてきた。彼女は体調不良から回復し、通常勤務に戻っていた。

「戦死者のことを考えているんだろうが、割り切るしかないぞ」

 彼女は大柄な体格に似合った低い声でクリフォードに話しかけてきた。
 彼は後ろを振り返りながら、百九十cmを超える長身の航法長を見上げた。

「判ってはいるのですが……今回の指揮官は私でしたし、責任は私にあるわけですから……」

「そうだな。確かに君の責任だ。だが、君の指揮のおかげで助かった者もいる。私もその一人だが、生き残った者たちのことも考えてやれ」

 クリフォードには言っている意味が判らなかった。
 首をかしげていると、リーヴィス少佐が話を続けていった。

「今回の戦いでは実際に戦いに関与できたのは極少数なのだよ。私もそうだが、CICにいなかった者で生き残っている者は、自分たちは何もしていないのに生き残ってしまったと思うものなのだ。そんな奴らが十分に仕事をした君が落ち込んでいるのを見ればどう思う? 余計に落ち込んでしまうんだよ」

 クリフォードが「済みませんでした。気を付けます」と謝ると、リーヴィス少佐は豪快な笑い声を上げて、もう一度彼の肩を叩いた。

「ハハハ! 私は気にしていないよ。生き残ったのは自分の運だと割り切っているからな。だから、君ももう少し開き直れ」

 そこで声を小さくして、「君は士官なんだ。部下たちに演技を見せるのも仕事のうちだぞ」と言って離れていった。
 クリフォードは去っていく航法長に心の中で頭を下げ、

(まだまだだな、僕は。でも、こう言っては失礼だけど、意外と少佐も気が回るんだな……意外といい奥さんになりそうな感じだな。もちろん、僕は勘弁して欲しいけど……)

 彼は一度大きく息を吸って、気持ちを切替えた。
 そして、今回の報告書に書き加えることが無いか、もう一度確認することにした。

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