クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)」
第一話
全長約六百m、総重量二百万トンを超える巨大な船殻が、彼の視界を塞ぐ。
要塞の巨大な船渠には、整備が完了し、漆黒に塗り直された重巡航艦が係留されていた。
四等級艦、すなわち重巡航艦は、強力な兵装と高い機動力から艦隊の主力として欠くことのできない存在である。また、その汎用性から小艦隊の旗艦としても活躍し、宙軍士官が一度は世話になる艦である。
戦艦の無骨さ、駆逐艦の華奢さとは無縁な美しい流線型のフォルムは、兵器としての機能美を備え、数多くの信奉者が存在する。
「重巡航艦。その優美にして力強いフォルムは、私に黒豹、あるいは、闇の中を駆ける銀狼を思い起こさせる。
鉄の城と呼ばれる一等級艦、猟犬と呼ばれる六等級艦にもある種の機能美を感じさせるが、重巡航艦――私は敢えて四等級艦とは呼ばない――には、完成された美しさ、そう、自然界が作り上げた美しい生き物のような洗練さがあるのだ……
その中でもカウンティ級と呼ばれる艦は戦闘艦として、いや、人が作り出した造形として、究極の完成形と言っても過言ではない。全長六百二十m、総重量二百五十万トンの艦体は細い流線型。巡航速度で宇宙を駆けるその姿は、三十テラジュール級防御スクリーンが淡く輝き、時折光る識別灯と相まって鋭利な刃物の煌きに見えることすらある……
艦首にある主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の砲口が開くと、その姿は一気に獰猛さを増す。主砲から放たれる陽電子は闇を切り裂きながら星間物質に反応し、白く輝く光柱を形作る……
ダグ・クレメンツ。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“重巡航艦”より抜粋)」
■■■
宇宙暦四五一四年三月一日。
キャメロット星系第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンのドックに一人の若者が立っていた。その若者はすらりと背が高く、金色の髪にやや灰色がかった思慮深そうな蒼い眼をした二十歳前後の若者だ。
そう、彼はトリビューン星系の若き英雄、“クリフエッジ”こと、クリフォード・C・コリングウッド中尉だった。
彼は今、アルビオン王国軍キャメロット方面艦隊の第五艦隊第二十一哨戒艦隊旗艦、HMS-D0805005、サフォーク5号の舷門の前にいた。
(ようやく宇宙に帰れる。この一年半は大変だった……)
■■■
SE四五一二年十月、その頃、彼は士官学校を出てばかりの士官候補生だった。
彼が配属されたスループ艦ブルーベル34号は、消息を絶った商船の調査のため、自由星系国家連合に所属するヤシマとの航路上にあるトリビューン星系にあった。
そこには、アルビオンに対し領土的野心を持つゾンファ共和国の通商破壊艦が待ち構えていた。通商破壊艦は五等級艦、つまり軽巡航艦並の戦闘力を持ち、僚艦であるスループ艦ディジー27号を一瞬のうちに沈めた。ブルーベルのマイヤーズ艦長は、通商破壊艦と直接戦っても勝利は得られないと、敵補給基地クーロンベースに潜入部隊を送り込んだ。
ブルーベルの航法長デンゼル大尉に率いられた潜入部隊は、多くの犠牲を払いながら、ベースを無力化した。しかし、ベースを破壊されながらも宇宙に飛び出した敵通商破壊艦はブルーベルを沈めるべく、最後の賭けに出た。ブルーベルはほとんどの武器を失いながらも、敵通商破壊艦の破壊に成功した。
その一連の戦闘において、クリフォードは作戦の根幹となる部分を立案した。更に潜入部隊に選抜された彼は、重傷を負った指揮官の後を引き継ぎ、ベース内のドックを破壊しただけでなく、窮地に陥った別働隊の撤退を、我が身を挺して支援し、多くの兵員の命を救った。
その功績に対し、軍上層部は戦死傷以外で士官候補生が勲章を受ける前例がないと、彼の功績を無視しようとした。だが、そのことがマスコミにリークし、更にはキャメロット星系に滞在する王太子の耳にも入っていた。
王太子はクリフォードに興味を持ち、彼を自らの宮殿に招くだけでなく、直接言葉を交わす。そしてクリフォードの見識の高さに感服し、軍部に対し、何らかの報奨を与えるよう示唆した。
その結果、彼は士官候補生としては異例の武功勲章(ミリタリークロス)を受章した。
■■■
アルビオン王国では王家に対する人気が異常なほど高い。次期国王である王太子に個人的に認められた十九歳の若者に対し、国民の関心は異常なほど高かった。
十一月にキャメロット星系までたどり着いたブルーベルの損傷は酷く、一時は廃艦処分を検討されるほどだった。だが、トリビューンの殊勲艦を廃艦するわけにもいかず、三ヶ月もの時間と多大な費用――廃艦にして新造した方が安いと言われるほどの費用――を掛けた大規模な修理に入っていた。そのため、クリフォードらも惑星上の兵営で長期休暇に近い扱いとなっていた。
十一月下旬に王太子から勲章を授与されると、彼は行く先々でマスコミに待ち構えられることになる。一時は兵営の中にまでマスコミが押しかけ、彼は変装せずに街に出ることが不可能な状態にまでなっていた。
彼はその喧騒から逃れるべく、同じ惑星上にある実家に帰った。
だが、彼の実家の周りにもマスコミが多数待ち構えており、何度かレポーターに捕まりながらも家の中に逃げ込むことに成功する。
だが、彼の実家には片腕を失った厳格な父、リチャードしかいなかった。母は十六年前に他界し、三歳年下の弟ファビウスも既に士官学校に入学していたからだ。コリングウッド男爵邸には、半ば軍を退役させられた失意の父と僅かな使用人しかいなかったのだ。
彼は士官候補生の第一正装に武功勲章をつけて父に面会したが、父からは厳しい言葉しか出てこない。
「……お前は宙兵ではないのだ。武功勲章は宙軍士官に相応しい勲章ではない。そのことを勘違いするな……王太子殿下にお会いしたからと言って、増長せぬようにな……」
父からは宙軍士官を目指すなら、宙兵すなわり艦隊に配属されている陸兵ではなく、士官としてふさわしい行いをすべきと言われ、彼を褒める言葉は一切出てこなかった。
(父上に褒められたいわけではないけど……やはり父上は僕のことを嫌っているのかもしれない……)
父リチャードはクリフォードの時折見せる自信無げな態度は嫌うものの、その努力する姿勢を好ましく思っていた。だが、艦隊勤務が長く、彼と接する機会が少なかったことと、彼の妻、クリフォードの母が病死した時に付いていてやれなかったことが負い目に感じられ、どうしても素直に息子と話が出来ないでいた。
特に五年前に右腕を失い、更には放射線障害の可能性があると強制的に予備役に編入された後は、自分の心をうまく制御できなくなっていた。
(……クリフはよくやっている。マイヤーズ少佐、デンゼル大尉からの手紙にもクリフが果たした役割は小さくないと書かれていた……宙兵のように戦うことを否定するつもりはなかったのだが……一言、よくやったと言ってやれれば……)
リチャード自身、これではいけないと思うのだが、どうしてもそれを口にすることが出来なかった。
そして、僅か二日間滞在したのみで、クリフォードは仲間のところへ戻っていった。
■■■
十二月三十日、クリフォードは王室主催のパーティに招かれた。
療養中のマイヤーズ少佐とデンゼル大尉は出席しなかったが、もう一人の殊勲十字勲章(ディスティングイッシュサービスクロス)受章者のニコール中尉と共に白い第一正装に身を固め、緊張した面持ちで宮殿に入っていった。
中に入ると、将官級の軍人、政府の高官の他、貴族らしい煌びやかな衣装を纏った民間人も多かった。
ニコール中尉が苦笑気味にクリフォードに囁く。
「完全に私は場違いね。まあ、あなたは男爵家の嫡男だから違うんでしょうけど」
彼は首を横に振り、「父はこういう場が嫌いでしたから……」と自分も場違いだと苦笑いを浮かべていた。
王太子らの挨拶も終わり、パーティは談笑の場に変わっていく。そんな中、出来るだけ目立たないようニコール中尉とクリフォードは壁際に移動していた。
二人が壁の花になっていると、二十代半ばの官僚らしき男性と、十代半ばの愛らしい少女が二人に近寄ってきた。
「ノースブルック伯爵家のアーサーと申します。妹のヴィヴィアンです」
アーサーはすらりと背が高く、思慮深げな落ち着いた感じの青年で、ヴィヴィアンはウエーブの掛かった金髪と大きな蒼い目が印象的な愛らしい少女だった。
「アーサーにヴィヴィアンですよ。父上のネーミングセンスを疑うでしょう」
アーサーはそう言うとおかしそうに笑っているが、ニコール中尉とクリフォードはどういう表情を作っていいのか、困っていた。
彼が言いたかったのは、アーサー王伝説のアーサーと湖の乙女ヴィヴィアンの名を付けたことを指していた。キャメロット星系の星の名は円卓の騎士に因んでおり、それと同じ感覚で子供に名を付ける親を笑いのネタにしているようだった。
困った顔をしながら、ニコール中尉が自己紹介を済ますと、クリフォードも自己紹介をする。
「アルビオン王国軍士官候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッドです」
彼はそういいながら、アーサー・ノースブルックと握手をし、ヴィヴィアンの手に口付けをする。
彼女は顔を赤らめながらも、「ヴィヴィアン・ノースブルックと申します。ミスター・コリングウッド」と優雅にスカートを持ち上げ、礼をする。
隣にいるニコール中尉は、その様子を見ながらニヤニヤ笑っているが、アーサーに話しかけられ、少し表情を引き締める。
「中尉のような方が壁の花では如何にも勿体無い。少し私にお付合いいただけないでしょうか?」
アーサーはやや強引にニコール中尉の腕を取り、クリフォードに「妹のエスコートをよろしく」と言って、その場を立ち去っていった。
残された形のクリフォードは、
(ニコール中尉を盾にしようと思っていたのに……これだと人がたくさん寄ってきそうだ……)
彼が少し困った顔をしていると、ヴィヴィアンが話しかけてきた。
「少しお話しませんか? この宮殿のお庭はとても美しいのですよ」
さり気無く腕を出されたのに気付いたクリフォードは、少し戸惑いながらも腕を差し出す。彼女は彼の腕に自らの腕を絡め、「こちらですわ」と庭に誘っていく。
彼女は腕を絡めた瞬間、顔が赤く染まる。だが、クリフォードはそれに気付かなかった。
宮殿の庭は中央に噴水があり、それを取巻くように芝生が植えられ、更に花壇には様々な花が咲き乱れていた。
少し歩くと、バラが植えてある回廊のような庭に変わり、二人はその中をゆっくりと歩いていく。
クリフォードは顔には出さないものの、この状況に戸惑っていた。
彼は士官学校の一年の時に手痛い失恋をしており、それ以降女性と付き合ったことが無い。卒業時に同期の友人たちに誘われ、酔った勢いで“飾り窓”の女性と経験は済ませているが、基本的には非常に奥手だった。
(人が少ないのはいいんだけど……ミス・ノースブルックは何を考えているんだろう?)
クリフォードが何とか話題を見つけようと他愛のない話をするが、ヴィヴィアンはあまり話さない。時折情熱的な目でクリフォードを見ているが、彼と目が合うとすぐに顔を赤らめて俯いてしまう。何となく気まずい雰囲気が流れるが、二人は腕を組んで美しいバラ園を歩いていた。
小さな噴水の横にある四阿を見つけ、二人はそこで休憩を取っていた。
四阿ではクリフォードが質問する形で話を進めていく。彼女は上流階級子女が通う高等学校の二年で、もうすぐ十七歳になること、彼女がクリフォードのファンであることなどが分かった。
彼女は手紙を何通か送っていたようだが、彼のところには電子媒体を含め、一日に何千通というファンレターが届けられていた。彼に届く手紙はすべて軍の検閲を受けており、純粋なファンレターは分別され、彼はその中身に目を通していなかった。
彼はそのことを謝罪するが、
「いいえ……ミスター・コリングウッドなら何千通ものお手紙が届いてもおかしくはありませんから……」
ヴィヴィアンのやや悲しげな表情を見た彼は、自分のことを想ってくれる彼女を好ましく思い始めていた。
その後、少し打ち解けたのか、彼女は少しずつ少女らしい明るさを取り戻しており、クリフォードも時間を忘れて話し込んでいた。
三十分ほどしてからパーティ会場に戻ると、そこには人の悪い笑みを浮かべたニコール中尉が待っていた。
「楽しそうね、ミスター・コリングウッド? 私はあなたのことを探す人たちに捕まって大変だったのよ」
「申し訳ありません、中尉。少し話に夢中になったようです」
真面目に答えるクリフォードにニコール中尉は噴き出す。
「ぷっ。別にいいのよ。でも今日は“クリフエッジ”でもないのに、成果が上がったようね」
そして、茶化すような笑顔から急に真面目な顔に戻してから、小声で付け足す。
「でも気を付けなさい。あなたは有名人になったのよ。そちらのお嬢さんに迷惑を掛けないように……」
ニコール中尉はマスコミ関係者が彼を探していたことを耳打ちし、不用意な行動を取らないよう注意する。
彼もそれに気付き、小さく頷くと、「ミス・ノースブルック、本日は楽しい時間をありがとうございました」と頭を下げる。
クリフォードはヴィヴィアンと何度かメールのやりとりを行うが、彼女に迷惑が掛かることを恐れ、直接会うことは避けていた。
要塞の巨大な船渠には、整備が完了し、漆黒に塗り直された重巡航艦が係留されていた。
四等級艦、すなわち重巡航艦は、強力な兵装と高い機動力から艦隊の主力として欠くことのできない存在である。また、その汎用性から小艦隊の旗艦としても活躍し、宙軍士官が一度は世話になる艦である。
戦艦の無骨さ、駆逐艦の華奢さとは無縁な美しい流線型のフォルムは、兵器としての機能美を備え、数多くの信奉者が存在する。
「重巡航艦。その優美にして力強いフォルムは、私に黒豹、あるいは、闇の中を駆ける銀狼を思い起こさせる。
鉄の城と呼ばれる一等級艦、猟犬と呼ばれる六等級艦にもある種の機能美を感じさせるが、重巡航艦――私は敢えて四等級艦とは呼ばない――には、完成された美しさ、そう、自然界が作り上げた美しい生き物のような洗練さがあるのだ……
その中でもカウンティ級と呼ばれる艦は戦闘艦として、いや、人が作り出した造形として、究極の完成形と言っても過言ではない。全長六百二十m、総重量二百五十万トンの艦体は細い流線型。巡航速度で宇宙を駆けるその姿は、三十テラジュール級防御スクリーンが淡く輝き、時折光る識別灯と相まって鋭利な刃物の煌きに見えることすらある……
艦首にある主砲、十五テラワット級陽電子加速砲の砲口が開くと、その姿は一気に獰猛さを増す。主砲から放たれる陽電子は闇を切り裂きながら星間物質に反応し、白く輝く光柱を形作る……
ダグ・クレメンツ。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“重巡航艦”より抜粋)」
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宇宙暦四五一四年三月一日。
キャメロット星系第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンのドックに一人の若者が立っていた。その若者はすらりと背が高く、金色の髪にやや灰色がかった思慮深そうな蒼い眼をした二十歳前後の若者だ。
そう、彼はトリビューン星系の若き英雄、“クリフエッジ”こと、クリフォード・C・コリングウッド中尉だった。
彼は今、アルビオン王国軍キャメロット方面艦隊の第五艦隊第二十一哨戒艦隊旗艦、HMS-D0805005、サフォーク5号の舷門の前にいた。
(ようやく宇宙に帰れる。この一年半は大変だった……)
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SE四五一二年十月、その頃、彼は士官学校を出てばかりの士官候補生だった。
彼が配属されたスループ艦ブルーベル34号は、消息を絶った商船の調査のため、自由星系国家連合に所属するヤシマとの航路上にあるトリビューン星系にあった。
そこには、アルビオンに対し領土的野心を持つゾンファ共和国の通商破壊艦が待ち構えていた。通商破壊艦は五等級艦、つまり軽巡航艦並の戦闘力を持ち、僚艦であるスループ艦ディジー27号を一瞬のうちに沈めた。ブルーベルのマイヤーズ艦長は、通商破壊艦と直接戦っても勝利は得られないと、敵補給基地クーロンベースに潜入部隊を送り込んだ。
ブルーベルの航法長デンゼル大尉に率いられた潜入部隊は、多くの犠牲を払いながら、ベースを無力化した。しかし、ベースを破壊されながらも宇宙に飛び出した敵通商破壊艦はブルーベルを沈めるべく、最後の賭けに出た。ブルーベルはほとんどの武器を失いながらも、敵通商破壊艦の破壊に成功した。
その一連の戦闘において、クリフォードは作戦の根幹となる部分を立案した。更に潜入部隊に選抜された彼は、重傷を負った指揮官の後を引き継ぎ、ベース内のドックを破壊しただけでなく、窮地に陥った別働隊の撤退を、我が身を挺して支援し、多くの兵員の命を救った。
その功績に対し、軍上層部は戦死傷以外で士官候補生が勲章を受ける前例がないと、彼の功績を無視しようとした。だが、そのことがマスコミにリークし、更にはキャメロット星系に滞在する王太子の耳にも入っていた。
王太子はクリフォードに興味を持ち、彼を自らの宮殿に招くだけでなく、直接言葉を交わす。そしてクリフォードの見識の高さに感服し、軍部に対し、何らかの報奨を与えるよう示唆した。
その結果、彼は士官候補生としては異例の武功勲章(ミリタリークロス)を受章した。
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アルビオン王国では王家に対する人気が異常なほど高い。次期国王である王太子に個人的に認められた十九歳の若者に対し、国民の関心は異常なほど高かった。
十一月にキャメロット星系までたどり着いたブルーベルの損傷は酷く、一時は廃艦処分を検討されるほどだった。だが、トリビューンの殊勲艦を廃艦するわけにもいかず、三ヶ月もの時間と多大な費用――廃艦にして新造した方が安いと言われるほどの費用――を掛けた大規模な修理に入っていた。そのため、クリフォードらも惑星上の兵営で長期休暇に近い扱いとなっていた。
十一月下旬に王太子から勲章を授与されると、彼は行く先々でマスコミに待ち構えられることになる。一時は兵営の中にまでマスコミが押しかけ、彼は変装せずに街に出ることが不可能な状態にまでなっていた。
彼はその喧騒から逃れるべく、同じ惑星上にある実家に帰った。
だが、彼の実家の周りにもマスコミが多数待ち構えており、何度かレポーターに捕まりながらも家の中に逃げ込むことに成功する。
だが、彼の実家には片腕を失った厳格な父、リチャードしかいなかった。母は十六年前に他界し、三歳年下の弟ファビウスも既に士官学校に入学していたからだ。コリングウッド男爵邸には、半ば軍を退役させられた失意の父と僅かな使用人しかいなかったのだ。
彼は士官候補生の第一正装に武功勲章をつけて父に面会したが、父からは厳しい言葉しか出てこない。
「……お前は宙兵ではないのだ。武功勲章は宙軍士官に相応しい勲章ではない。そのことを勘違いするな……王太子殿下にお会いしたからと言って、増長せぬようにな……」
父からは宙軍士官を目指すなら、宙兵すなわり艦隊に配属されている陸兵ではなく、士官としてふさわしい行いをすべきと言われ、彼を褒める言葉は一切出てこなかった。
(父上に褒められたいわけではないけど……やはり父上は僕のことを嫌っているのかもしれない……)
父リチャードはクリフォードの時折見せる自信無げな態度は嫌うものの、その努力する姿勢を好ましく思っていた。だが、艦隊勤務が長く、彼と接する機会が少なかったことと、彼の妻、クリフォードの母が病死した時に付いていてやれなかったことが負い目に感じられ、どうしても素直に息子と話が出来ないでいた。
特に五年前に右腕を失い、更には放射線障害の可能性があると強制的に予備役に編入された後は、自分の心をうまく制御できなくなっていた。
(……クリフはよくやっている。マイヤーズ少佐、デンゼル大尉からの手紙にもクリフが果たした役割は小さくないと書かれていた……宙兵のように戦うことを否定するつもりはなかったのだが……一言、よくやったと言ってやれれば……)
リチャード自身、これではいけないと思うのだが、どうしてもそれを口にすることが出来なかった。
そして、僅か二日間滞在したのみで、クリフォードは仲間のところへ戻っていった。
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十二月三十日、クリフォードは王室主催のパーティに招かれた。
療養中のマイヤーズ少佐とデンゼル大尉は出席しなかったが、もう一人の殊勲十字勲章(ディスティングイッシュサービスクロス)受章者のニコール中尉と共に白い第一正装に身を固め、緊張した面持ちで宮殿に入っていった。
中に入ると、将官級の軍人、政府の高官の他、貴族らしい煌びやかな衣装を纏った民間人も多かった。
ニコール中尉が苦笑気味にクリフォードに囁く。
「完全に私は場違いね。まあ、あなたは男爵家の嫡男だから違うんでしょうけど」
彼は首を横に振り、「父はこういう場が嫌いでしたから……」と自分も場違いだと苦笑いを浮かべていた。
王太子らの挨拶も終わり、パーティは談笑の場に変わっていく。そんな中、出来るだけ目立たないようニコール中尉とクリフォードは壁際に移動していた。
二人が壁の花になっていると、二十代半ばの官僚らしき男性と、十代半ばの愛らしい少女が二人に近寄ってきた。
「ノースブルック伯爵家のアーサーと申します。妹のヴィヴィアンです」
アーサーはすらりと背が高く、思慮深げな落ち着いた感じの青年で、ヴィヴィアンはウエーブの掛かった金髪と大きな蒼い目が印象的な愛らしい少女だった。
「アーサーにヴィヴィアンですよ。父上のネーミングセンスを疑うでしょう」
アーサーはそう言うとおかしそうに笑っているが、ニコール中尉とクリフォードはどういう表情を作っていいのか、困っていた。
彼が言いたかったのは、アーサー王伝説のアーサーと湖の乙女ヴィヴィアンの名を付けたことを指していた。キャメロット星系の星の名は円卓の騎士に因んでおり、それと同じ感覚で子供に名を付ける親を笑いのネタにしているようだった。
困った顔をしながら、ニコール中尉が自己紹介を済ますと、クリフォードも自己紹介をする。
「アルビオン王国軍士官候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッドです」
彼はそういいながら、アーサー・ノースブルックと握手をし、ヴィヴィアンの手に口付けをする。
彼女は顔を赤らめながらも、「ヴィヴィアン・ノースブルックと申します。ミスター・コリングウッド」と優雅にスカートを持ち上げ、礼をする。
隣にいるニコール中尉は、その様子を見ながらニヤニヤ笑っているが、アーサーに話しかけられ、少し表情を引き締める。
「中尉のような方が壁の花では如何にも勿体無い。少し私にお付合いいただけないでしょうか?」
アーサーはやや強引にニコール中尉の腕を取り、クリフォードに「妹のエスコートをよろしく」と言って、その場を立ち去っていった。
残された形のクリフォードは、
(ニコール中尉を盾にしようと思っていたのに……これだと人がたくさん寄ってきそうだ……)
彼が少し困った顔をしていると、ヴィヴィアンが話しかけてきた。
「少しお話しませんか? この宮殿のお庭はとても美しいのですよ」
さり気無く腕を出されたのに気付いたクリフォードは、少し戸惑いながらも腕を差し出す。彼女は彼の腕に自らの腕を絡め、「こちらですわ」と庭に誘っていく。
彼女は腕を絡めた瞬間、顔が赤く染まる。だが、クリフォードはそれに気付かなかった。
宮殿の庭は中央に噴水があり、それを取巻くように芝生が植えられ、更に花壇には様々な花が咲き乱れていた。
少し歩くと、バラが植えてある回廊のような庭に変わり、二人はその中をゆっくりと歩いていく。
クリフォードは顔には出さないものの、この状況に戸惑っていた。
彼は士官学校の一年の時に手痛い失恋をしており、それ以降女性と付き合ったことが無い。卒業時に同期の友人たちに誘われ、酔った勢いで“飾り窓”の女性と経験は済ませているが、基本的には非常に奥手だった。
(人が少ないのはいいんだけど……ミス・ノースブルックは何を考えているんだろう?)
クリフォードが何とか話題を見つけようと他愛のない話をするが、ヴィヴィアンはあまり話さない。時折情熱的な目でクリフォードを見ているが、彼と目が合うとすぐに顔を赤らめて俯いてしまう。何となく気まずい雰囲気が流れるが、二人は腕を組んで美しいバラ園を歩いていた。
小さな噴水の横にある四阿を見つけ、二人はそこで休憩を取っていた。
四阿ではクリフォードが質問する形で話を進めていく。彼女は上流階級子女が通う高等学校の二年で、もうすぐ十七歳になること、彼女がクリフォードのファンであることなどが分かった。
彼女は手紙を何通か送っていたようだが、彼のところには電子媒体を含め、一日に何千通というファンレターが届けられていた。彼に届く手紙はすべて軍の検閲を受けており、純粋なファンレターは分別され、彼はその中身に目を通していなかった。
彼はそのことを謝罪するが、
「いいえ……ミスター・コリングウッドなら何千通ものお手紙が届いてもおかしくはありませんから……」
ヴィヴィアンのやや悲しげな表情を見た彼は、自分のことを想ってくれる彼女を好ましく思い始めていた。
その後、少し打ち解けたのか、彼女は少しずつ少女らしい明るさを取り戻しており、クリフォードも時間を忘れて話し込んでいた。
三十分ほどしてからパーティ会場に戻ると、そこには人の悪い笑みを浮かべたニコール中尉が待っていた。
「楽しそうね、ミスター・コリングウッド? 私はあなたのことを探す人たちに捕まって大変だったのよ」
「申し訳ありません、中尉。少し話に夢中になったようです」
真面目に答えるクリフォードにニコール中尉は噴き出す。
「ぷっ。別にいいのよ。でも今日は“クリフエッジ”でもないのに、成果が上がったようね」
そして、茶化すような笑顔から急に真面目な顔に戻してから、小声で付け足す。
「でも気を付けなさい。あなたは有名人になったのよ。そちらのお嬢さんに迷惑を掛けないように……」
ニコール中尉はマスコミ関係者が彼を探していたことを耳打ちし、不用意な行動を取らないよう注意する。
彼もそれに気付き、小さく頷くと、「ミス・ノースブルック、本日は楽しい時間をありがとうございました」と頭を下げる。
クリフォードはヴィヴィアンと何度かメールのやりとりを行うが、彼女に迷惑が掛かることを恐れ、直接会うことは避けていた。
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