シャッフルワールド!!

夙多史

一章 滅んだ世界の魔帝様(4)

 なんとも複雑な城だった。迷宮と言ってもいい。申し訳程度に置かれている松明の炎だけで薄暗く、石造りで冷たい感じのする内部にはどこに繋がるかわからない通路がそこかしこにあった。最悪なことに、トカゲやマンボウの上位種らしき異獣まで徘徊してやがる。……RPGをリアルプレイしている気分だ。
 俺たちは螺旋階段を上に上にと登っていた。道中、俺はただついていくのもアレなので、二人から可能な限りこの世界の情報を聞き出すことにした。
「あなたと話すのは虫唾が走りますがお客様なのでは仕方ありません」
 などと言っていたレランジェだが説明はナビゲーターのように丁寧だった。
「マスターのお父上――アルゴス・ヴァレファール様がイヴリアを統一されたのは今から百三十二年前のことです。しかし、アルゴス様には魔力はあっても支配者としての才はなく、マスターが出生される頃には既に世界は滅んでいました」
 まさに魔王だな。勇者は現れなかったのだろうか。
「よって、マスターは〝終わった〟世界でこれまで生きてこられたのです。娯楽といえば魔獣狩りか――」
 納得。そんなことしているから森の異獣が城に怯えて逃げ出したのだろう。
「――僅かに生き残っている人間が時々〝魔帝討伐〟を掲げて挑んでくる程度です」
「待て、それは娯楽なのか?」
 つまるところ俺はそれと間違えられたってわけか。
「いえ、今となっては鬱陶しいだけで不安定ですね」
「お前ら、なんか悪いことしてんじゃねえのか?」
「してないわよ。なんにも」
 と前を歩くリーゼが素っ気なく言い、
「我々はただこの城で静かに暮らす安定です」
 機械的な声でレランジェが続ける。
「マスターが命を狙われている理由についてお尋ねているのでしたら、それは人間どもの勝手な妄想とお答えします。彼らはマスターを殺せば世界が救われると思っているのです。それは全く無意味なこと。不安定すぎます」
「ただ命を狙われてるだけ、か。気の毒だな」俺はリーゼを見、「でも、リーゼの親父はそれほどのことをやらかしたんだろ。そいつは今どうしてる?」
「死んだわよ。十年前に」
 あっさりとリーゼは答えた。そうか、悪いことを聞いたかもしれない。
「食中毒で」
「格好悪いな魔王!?」
「あの時、このレランジェが腐った肉をお出ししなければ……」
「そして犯人はお前かっ!?」
 レランジェは涙を拭う仕草で悔恨の念を表わそうとしているようだが、無表情が完璧に潰していた。
「いいのかよリーゼ。ここにお前の親父の敵がいるんだぞ」
「ん? あー、いいのいいの。世界をこんなにつまらなくしたクズなんて死んで正解よ。レランジェが殺らなかったらわたしが殺ってたわ」
 リーゼは確かに魔王、もとい、魔帝なんだなぁと俺は思った。俺の親は二人とも健在で、母親に至っては俺に力の使い方と戦い方を教えてくれた師匠と呼べる存在だ。だから死んで正解なんて理性が飛んでも言えそうにない。
 そういえば、俺がいなくなったことで元の世界はどうなっているだろう。そんなことを考えていると、いつの間にか城内の雰囲気がガラリと変わっていた。
 まず、明るい。魔法のライトかな。電球とは違う光の球が壁に多数設置されている。中の造りは豪奢だが殺風景であまり変化はないけど、異獣(この世界では魔獣と呼ぶらしい)の代わりにレランジェと同じようなゴスロリメイドが忙しなく動いていた。
 彼女ら全員が魔工機械とかいう人形なのだろう。容姿はバラバラで、レランジェと違って彼女らの瞳に意思を感じない。本当に仕事をするだけの人形のようだ。
 しかしゴスロリメイドしか見当たらないのは誰の趣味だ? ああ、リーゼの親父か。
「ここです」
 頑丈そうな鉄扉を開いて通された部屋は、謁見室ってやつだった。高い天井にあるシャンデリアのような器具に例の光球が環状に並べられて爛々と輝いている。疑問は、謁見室にしては似つかわしくない木製の長テーブルが中心に置いてあることか。
「謁見に来るやつなんていないからね。この部屋は食事する場所にしてるの」
「なんでまたこんなところで?」
「厨房に近いから」
 とんでもなく単純な理由だった。
「レランジェはお食事の用意をしてきます」レランジェは俺を向き、「マスターになにかあれば縊り殺しますのでお気をつけてくださいゴミクズ様」
 おかしいな? また〈言意の調べ〉が不調を……。帰ったら修理に出さねば。
 レランジェが扉の向こうに消え、俺はリーゼと二人きりになった。別にそれでなにかあるわけでもない。リーゼは上座の一番豪華な椅子に座り、俺もそれに倣って彼女の近くの椅子に腰を下ろす。ふわっとした、なんとも材質の良い椅子だった。
「さてと、まずはレージの世界ってのを教えてもらおうかしら」
 リーゼはふんぞり返って腕を組む。相変わらず自信満々なご様子の魔王様、もとい魔帝様だが、その目は無邪気な子供のような光を宿している。俺は軽く息を吐く。
「俺の世界は地球って言ってな。ここみたいに滅んでないし、人間が多い」
「それってどのくらい多いわけ?」
「自然が悲鳴を上げるくらい」
 俺の皮肉表現が通じなかったのか首を傾げるリーゼ。とりあえず世界人口(今は七十億くらいだっけ)を示すと、「そんなに!?」と驚いて瞳のカラット数を増加させた。
「他にはこんな城なんか比べ物にならんくらい高い建物とかあってだな。街に出れば目が回るくらいいろんな店もある。そうそう、月は一つで、魔獣とかいう化物はいない」
 もっとも、地球のライオンやらヒグマやらが異世界へ行けば異獣扱いだろうけど。
「ふんふん、それで?」
「うーん、あとはまあ、俺がこっちに来たみたいに、いろんな異世界と毎日のように繋がってるんだ。一般には知られちゃいないけどな」
「へえ、それで?」
「あー、そうだな、えーと、俺は異界監査官っていう仕事をしてるんだ。異界監査官ってのは異世界と繋がる門――『次元の門』って言うんだが、それを監視する役割を担っている」
「それで?」
「ぐ……」
 それでそれでと連発するリーゼに言葉が詰まる。リーゼの方が俺の世界に来てるわけじゃないから、監査官の対話マニュアルは通じないんだ。
 仕方ないので異界監査官のことからまた世界情景に戻し、そこから俺の私生活や学生生活を織り込みつつ話した。そのほとんどが大まかな感じだったが、リーゼは〝自信満々な無邪気な子供〟から〝自信満々〟だけを消したように身を乗り出して聞いていた。
 そして――
「行きたいっ!」
 リーゼの突然の叫びと、レランジェが料理を台車で運んできたのはほぼ同時だった。
「お出かけ安定ですか、マスター?」
 無表情で小首を傾げるレランジェ。お出かけ安定ってなんだよ。
「うん、ちょっとレージの世界まで」
「待て待て」俺はすかさず止めた。「普通に旅行気分で世界渡ろうとしてますけど無理ですから。帰れるなら俺とっくに帰ってるから」
 え? そうなの? といった様子でリーゼは目を瞬かせる。
「じゃあ、どうやったら行けるの?」
「『次元の門』が開くのを待つしかねえな」
「いつ開くの?」
「知らん」
 ぷくぅと不機嫌そうに頬を膨らますリーゼ。可愛いな。でもそんな顔しても無理なもんは無理だ。
「それにな、たとえ門が開いたとしても、俺の世界に行けるという保証はねえぞ」
「それはそれで妥協するわ。少なくともここにいるよりは面白そうだから」
 段々とわかってきた。リーゼは自分が面白いと思ったことにはなんでもいいから素直に突っ込んでいくようだ。
「失礼します」
 レランジェが機械的に料理を並べていく。主食はパンらしき墨色の物体。前菜は怪しげな形状をした葉っぱのサラダに青色のスープ。メインディッシュは材料不明の骨付きステーキ。……なんだろう、見てるだけで腹いっぱいになってきた。
「腐っていたら謝りません」
「そこは謝れ」
 こいつはお客様に対して失礼すぎやしないか。ホントに腐ってないだろうな?
「食べないの? レランジェの料理はおいしいわよ」
 リーゼは平気な顔して危色のスープを口に運んでいる。
「そうだよな。流石に主も食うような物になにかを仕込むようなことは毒針発見っ!!」
「チッ」
「聞こえたぞ! 今舌打ちが聞こえたぞ!」
「舌打ち安定です」
「なにがっ!?」
 ダメだ。リーゼはともかくこの人形は本気で俺を殺る気でいやがる。
「レランジェ」
 リーゼが食事の手を止め、鋭い目つきで従者を睨む。そうだ、ビシッと言ってやれ。
「レージを壊していいのはわたしだけよ。手を出したら許さないから」
 おや? なんか思ってたのと違う……。
「……すみません、マスター」
 レランジェは、リーゼに対しては素直に反省するらしい。
「壊さない程度なら安定ですか?」
「あー、それならいいわ」
「よくねぇえええええっ!?」
 絶叫する俺の気持ちが伝わったかどうか知らんが、すぐにレランジェは料理を取り換えてくれた。うん、今度は大丈夫そうだ。
「ところでマスター、先程の話ですが」
 レランジェは改まった様子で主人に話しかける。それを横目で見ながら俺はスープを一口啜った。不味くはないが不思議な味だった。
「このクズ虫……失礼、ゴミカス様の世界へ行くことにレランジェは反対安定です」
「喧嘩売ってんのか貴様?」
 認めよう、〈言意の調べ〉は絶好調だ。俺の視線とレランジェの視線が衝突して火花を散らす。
 リーゼは不機嫌そうにしながらも落ち着いた口調で言う。
「理由を聞くわ」
「マスターはイヴリアの〝魔帝〟です」レランジェは俺から視線を外し、「なのでこの城を離れるのは不安定です。それと、マスターの定期的な魔力供給がなければ我々魔工機械は停止安定になります」
 その話が本当なら、リーゼが城からいなくなることは、レランジェたち魔工機械にとって『死』を意味する。彼女は停止することに恐怖や不安があるのかもしれない。
 だが、リーゼは呆れ顔で肩を竦める。
「理由にならないわね。わたしが〝魔帝〟で最強なのはいいとしても、正直この城はどうでもいいわ。魔工機械だって、レランジェ以外は自分の意思を持たないただの道具。止まったところでなんか問題ある?」
「城の管理ができなくなります」
「だからこんな城なんてどうでもいいんだって!」
 リーゼは骨付きステーキを噛み千切ると、燃えるような赤い瞳を墨色パンと格闘している俺に向けてくる。
「レージは、元の世界に戻りたい?」
「ああ、全力で戻りたいな」
「だったら、このわたしが手伝ってあげるわ。その代わり、その時はわたしも連れて行ってもらうから」
 俺にとっては願ったり叶ったりなことだが、さてどうしたものか。リーゼが俺の世界に来ること自体に賛成する気も反対する気もない。傍観を決め込むとしよう。
「マスター。このレランジェはマスターの身を案じて――」
 と、レランジェが言葉を止め、扉の方向を睨むように見た。その無表情に若干の険しさが浮かぶ。少し遅れたが、俺もそれに気づいた。
「――侵入者です」
 瞬間、下層の方から発破みたいな破砕音が轟いた。

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