シャッフルワールド!!

夙多史

一章 滅んだ世界の魔帝様(5)

 だからといって、俺たちがこの場を動くことはなかった。
 リーゼはガン無視して食事を続け、レランジェは警戒こそすれ主の傍を離れるつもりはないらしい。俺は侵入者撃退に向かう理由がない。
 侵入者は、たぶんレランジェが言ってた〝魔帝討伐〟を掲げるこの世界の勇者。
 応戦しているのは、下にいた魔獣や意思を持たない機械人形たちだ。頑張っているようだが、侵入者は甘くなかった。
 爆発音が徐々に近づいてくる。時折、低い男の叫び声とかも聞こえ始めた。
 そいつ――否、そいつらは、なかなかのスピードでラスダンを突破してきた。
「〝魔帝〟リーゼロッテ・ヴァレファール! キサマの首をもらいに来たぜ――あん?」
「今宵、我らは勇者となりイヴリアを救世することだろう――ん?」
 食堂兼謁見の間に乗り込んできた勇者は、二人組の男だった。豪快な口調で啖呵を切った半裸の筋肉達磨と、鍔広の帽子を深々と被った骸骨のように痩せこけた男。凸凹コンビとはこのことを言うのだろう。勇者というよりはゴロツキだけど。
 筋肉達磨は巨大なバトルアックスを、痩せ男は魔法使いみたいな長杖を構え――
 ――ポカンとしていた。
「キサマら、それはなんのつもりだ?」
「我々を無視して食事とは余裕だな、〝魔帝〟よ」
 まあ、意気揚々と魔王を倒しに来たのに、当の魔王が暢気にメシ食ってたらそうなるわな。俺が向こう側だったとしても同じ反応をしない自信はない。
 リーゼがゆっくりと立ち上がる。
「ふぅん、まだイヴリアにここまで来れる人間がいたのね。誉めてあげるわ」
「ガキは黙ってな!」
「んなっ!?」
 筋肉達磨の言葉にリーゼは絶句した。俺も唖然とする。まさかこいつら、討伐しにきた魔王の顔を知らないのか?
「我々の用があるのはそこの〝魔帝〟のみ。おチビちゃんは引っ込んでいることだ」
 と言って痩せ男が杖で指し示したのは……俺。
 まあ、嫌な予感はしてましたよ。〝魔帝〟と聞いて男をイメージする気持ちもわかりますよ。でも――
「とんだ勘違いだ。お前らバカだろ?」
「バカだと期待できそうにないわね」
「バカ安定です」
 俺たちが立て続けにバカバカと言うもんだから、二人組は沸点到達したみたいに顔を真っ赤に染めた。おっと、怒らせたみたいだ。
「ぜ、全っ員ぶっ殺してくれるわぁああああああああああああああっ!!」
 ドゴォン!! と激怒した筋肉達磨がバトルアックスでテーブルを叩き割った。
「消えてしまえっ!」
 続けて痩せ男の振るった杖の先から水撃弾が飛び出す。
「やっぱり狙いは俺か!? 人違いだっつーのっ!」
 咄嗟に俺は体を捻って避けた。紙一重。まともに食らえば痛いじゃ済まないだろうな。
「死ねやぁ!!」
 さらにバトルアックスの大振り連打をどうにかかわしつつ、俺はリーゼたちの様子を確認する。二人とも少し離れた位置で悠々と見物していやがる。見せ物じゃねえぞ。ていうか、この勇者様御一行はお前らを倒しに来てんだ。早く代わってくれ。
「排除を」
「待ってレランジェ」
 戦闘態勢に入ろうとしたレランジェをなぜかリーゼが制した。なにやってんだ早くしろよ。大戦斧と水弾をかわし続けるのはけっこう辛いんだぞ。
「マスター?」
「わたしたちが出るまでもないわ。たまには見る側になるのもいいと思うの」
 おい、なにを仰っているのかなあのガキは?
「さあ、レージ。そんなバカ共なんてチョイチョイって適当に殺っちゃいなさい!」
「なぜに俺が魔王の手下Aみたいになってんだよっ!?」
「そのまま無残に死んでください」
「誰が死ぬかっ!?」
 あの人形は後で壊す。
「くたばれ〝魔帝〟リーゼロッテ・ヴァレファール!!」
「だから違うつってんだろこのアホ達磨がっ!!」
 大上段から振り下ろされる大戦斧をサイドステップでかわした俺は、そのまま筋肉達磨の懐に飛び込んで右拳を顔面に叩き込んだ。「ぐべっ」と変な音を発して巨体が倒れる。
「相棒!?」
 さてと、こいつらは頭に血が上っているみたいだし、リーゼたちは手伝う気ゼロ。対話する余裕はない。やらなきゃやられるってんなら、やってやるさ。
 武具をイメージする。殺すつもりはないから『棍』がいい。それも筋肉野郎にも効くように先端に打撃部があるやつだ。
「てめえら、一応、ぶたれる覚悟だけはしとけよ」
 イメージ通りの物が生成され……ようとしてすぐに霧散して消えてしまった。俺は驚愕に目を見開く。どういうことだ。右手から離れていないのに、なぜ?
「……そうか、しまった。最近魔力を補充してないから尽きちまったのか」
 リーゼからは奪い損ねたしな。
「よくも我が相棒を――水に呑まれろ!」
 痩せ男が杖を振るう。すると無数の魔法陣が俺の周囲を取り囲むように出現し、その全てからとんでもない量の水流が噴き出した。
 荒れ狂う水の奔流が部屋中を水浸しにしながら俺を襲撃する。まるで海上の嵐だ。その凄まじい光景にリーゼたちはというと――
「勝手に洗ってくれるなんて、掃除が楽になるわね」
「いえマスター、逆に掃除は大変になります。乾拭き安定です」
 アホな会話をしていた。戦っているのは俺だから気が楽でいいな、お前らは。
 水流の勢いは収まらない。全部を避けるのは流石に無理なので、俺は直撃だけはしないように気をつけながら術者の方へと近づいていく。
 水流が左肩を掠る。やっぱ痛いが、骨さえ折れてなければ問題ない。
 迫る俺に恐怖したのか、痩せ男はビクつきながら杖を振るって水を操る。右足に、左足に、脇腹に、水流は掠りこそすれ直撃はしない。
 俺が避けているんじゃない。単にあいつがビビってるだけだ。
「おいおい、ラスボス倒しに来たのに、お前らレベル低すぎやしないか?」
「く、来るな――ぐがっ」
 俺は痩せ男の頬骨の目立つ顔に、左手でアイアンクローをかました。
「悪いな、ちょっと力借りるぞ。返さんけど」
「ぬわっ、な、わ、が……」
 左手を通じて、俺の中に相手の活力が流れ込んでくる。この感じ、カラカラの喉に水を流し込む時のように何度味わっても心地がいい。
 もう充分だな。俺は痩せ男を乱暴に放り捨てる。そいつは干乾びたイカのように床に倒れ伏した。
 それから――後ろ。

 ギィン!!

 鈍い金属音。筋肉達磨が振り下ろしたバトルアックスを受け止めたのは、俺が右手に持つ打撃部つきの棍棒。
〈魔武具生成〉――戦棍メイス
 重量のある頭部の突起により、衝撃を集中させて敵を鎧ごと粉砕する棍棒の進化形だ。
「な、なんだそれは……どっから出した!?」
「さあな」
「あ、相棒になにしやがった!」
「魔力をもらっただけだ」
「な、に」
 見る見るうちに顔を青くする筋肉達磨。驚愕、そして動揺。見てて面白いけど――
「てめえも、もういいから黙れ」
 俺は斧と組み合っていた戦棍を唐突に引いた。
 たたらを踏む巨漢。
 俺はそのまま体を捻じり――
 ――筋肉質な横腹に渾身のフルスイングをぶち込んだ。
 砲弾と化した筋肉達磨は、起き上がろうとしていた相棒を巻き込んで謁見室の鉄扉をバコンとひしゃげた。二人ともその場に崩れ落ちてピクピクと痙攣し始める。
「さっすがレージ!」リーゼが子供みたいに顔を喜ばせ、「ちょっと物足りないけど及第点の働きよ。面白い見せ物だったわ♪」
「けっこうやるのですね。見直しません」
「そこは見直せよ」
 そうだ、この後こいつを壊す予定だったな。なんてハードなスケジュールなんだ。
「「ぅう……」」
 第二次戦闘態勢を取ろうとした俺だが、呻き声が聞こえたので仕方なく矛先をそちらに向けることにした。
 筋肉と骨の意識が戻ったようだ。なかなかお早いお目覚めで。
「まさか〝魔帝〟がここまでとは……」
「もう少しだと思ったのによ」
「まだ勘違いしてるみてえだが、てめえらが倒しに来た〝魔帝〟はあっちだ」
 俺は向こうで腕を組んで威張るように屹立している金髪黒衣を指差す。
「バカな」
「あんなガキが」
「レージ、そいつら殺して」
 赤い瞳に怒りを宿したリーゼを宥めるのに一分ほどかかった。
 俺は魔王を討伐しに来て返り討ちに遭った二人の勇者に歩み寄る。
「お前らに言っとくが、リーゼを倒したとしてもこの世界はなにも変わらんらしいぞ」
「「そんなことはない!」」
 同時にそう叫ばれた。どういうことだ? まさかリーゼたちの方がデタラメを言ってたってことか?
「今の〝魔帝〟を倒せば、次は俺様が〝魔帝〟の座につくからな。このイヴリアは誰も俺様に逆らえない世界に生まれ変わるんだ」
「待て相棒、〝魔帝〟となるのは我だ。脳味噌まで筋肉のお前に務まるわけがない」
「なんだと!?」
「王者は我一人で充分だ。安心しろ、相棒は我に一番近い地位においてやる」
「キサマッ!」
「あー、お取り込み中すみません」
「「あんだ!」」
 また同時に叫ばれたが、こいつらの本質を知った俺に怯む理由はない。
「お前らがバカでクズだってことはわかったんで、そろそろお帰り願いたいと思います」
「「へ……?」」
 俺は戦棍を捨て、右手を真横に翳す。
〈魔武具生成〉――なんか適当にでっかいハンマーっぽい物。
「お帰りは――」
 俺は思いっ切り自分の倍はあろうかという巨大ハンマーを振り被り、
「ま、待て」「話し合おう、な」とかいう声をすっぱり無視して、
「――あちらになっております!」
 プロゴルファーさながらのフォームで二つのボールを扉ごと吹き飛ばした。我ながらナイスショット。
「「ぎゃぶふんっ!?」」
 珍妙な絶叫を上げて失神するヘボ勇者たち。すぐさま魔工機械のメイド人形が群がり、彼らをどこかに運んで行った。ダストシュートでもあるのかな。
「はっ! わ、悪い。扉壊しちまった」
「ん? 別にいいわよそのくらい。どうせ人形たちが勝手に直すからね」
 リーゼは全く気にしていないようで安心した。なので俺は気になったことを訊ねてみる。
「なあ、いつもあんな奴らばっかなのか?」
「大体そうです」
 答えたのはレランジェだった。難儀だな、この世界も。
「ねえねえ、レージ。わたしにも武器作るやり方教えてよ」
 おーっとこのお嬢様。ついに桜居みたいなことを言うようになったか。
「たぶん無理だと思うぞ。これは術式とかじゃなくって、俺自身が持ってる特性みたいなもんだからな。他人に真似できるもんじゃない」
 原料は魔力だが、魔法とかよりは超能力に近い感じだな。
「〝魔帝〟で最強のわたしでも?」
「〝魔帝〟で最強かもしれないお前でも、だ」
「ふぅーん、ならしょうがないわね」
「そういうわけだ――ん?」
 その時、俺の感覚神経がある気配を感じ取った。つい最近感じたばかりなのに、妙に懐かしい、そんな感覚。
「これは……まさか……」
「マスター、もう一匹侵入者がいます」
 いやそれだけじゃない。この世界自体が歪んでいるような違和感は――

「『次元の門』が、開いてやがる」

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