シャッフルワールド!!

夙多史

二章 風と学園と聖剣士(5)

 リーゼが学校でなにかをやらかすんじゃないか、という俺の心配は杞憂だった。
 恋人の件は日本語がよくわからなかったということにして、関係は昨日道案内をしただけということで落ち着いた。クラスにいる数人の異世界人は事情を知っているし、桜居はまあ、適当な異世界の物品で釣っておけば心配ないだろう。
 なんにしてもリーゼは授業にも興味を持って臨んでいたし、休み時間は俺がフォローしつつもクラスメイトと打ち解けていった。今まで友達なんてできたことなかっただろうから、人付き合いが楽しいのかもしれない。
 俺はリーゼに対する認識を改めなければいけないな。
 無垢だけど馬鹿じゃないし、好戦的だけど破壊衝動があるわけじゃない。自信満々で威張り気味ではあるが、他人を支配しようとは考えてもいない。
 リーゼは、ただ退屈を嫌って本能のままに行動しているわけじゃなかったんだ。
 放課後になると、俺は約束通りリーゼを連れて市街を練り歩くことにした。これでも俺はけっこう律儀な方なんだぜ。
 というのはまあいいとして、街の散策は俺にも目的がある。
 誘波が飛ばしてきた紙ヒコーキ。あれは指令書だ。なぜ紙ヒコーキかといえば、単純に誘波の悪戯心だろう。現に俺は絶妙なタイミングで目にダメージを受けたしな。
 俺はもう一度紙ヒコーキだったものを広げて黙読する。

【レイちゃん、目は大丈夫ですか?】破ってやろうと思ったね。
【少々厄介なことになりました。リーゼちゃんの件でこちらに迷い込んできた者ですが、まだ見つかっていないのです。それどころか、被害者がでちゃいました。まるで生気を抜かれたように衰弱した昏睡者が何人も病院に運ばれています。なので異界監査官の皆さんにも捜索に加わってもらうことにしました。放課後で構いませんので、レイちゃんは駅周辺を捜索してください。
                    PS リーゼちゃんも連れて行くように】

 異常の原因となったリーゼをこちらの世界に連れてきた手前、俺は少なからず責任を感じている。リーゼを連れていく理由はわからんが、来訪者が〝人〟でも異獣でも、俺がなんとかするべきだと思っていたところだった。
「レージ」
 国道を駅方面に向かって歩いていると、リーゼが修学旅行中の小学生みたいなはしゃぎ声で俺を呼んだ。
「さっきから凄いスピードで行ったり来たりしてるのって魔獣? あの青とか赤とかに光ってる木はなに? あ、アレ、わたしの城よりずっと高い建物の上に浮かんでるのってなんなの? あわっ! あのでっかいのってレージの家にあった『てれび』とかいう箱と同じだったりする? アレは? コレはなに?」
「ちょっと落ち着こうな、リーゼ」
 自動車や信号機やアドバルーンなどを見て大興奮するリーゼは、もう初めて都心を訪れた田舎者のレベルを遥かに超えていた。
 放っといたらはぐれそうで危なっかしい。ここは県下でもそれなりに大きな都市だから、迷子の仔猫ちゃんを捜すとなると骨が折れそうだ。
「いやはや、リーゼちゃんは可愛いねえ」
「そんで、なんで桜居がいんだよ」
 リーゼを撮影しながら歩く悪友を半眼で睨む。そのカメラは二代目か? ていうかリーゼも変にポーズを決めるんじゃない(カメラの説明は既に受けたらしい)。
「異界研部長として異世界人のリーゼちゃんの行動記録を作成してるんじゃないか」
「変態にしか見えねえよ。まあ、リーゼも満更でもなさそうだからいいけどよ」
「それともう一つ。お前をリーゼちゃんとデートさせるわけにはいかないんでね」
「デートじゃねえよ」
 まったくこいつときたら。でも、桜居がいることに利点はある。
「リーゼちゃん、アレは車って言って、人間が移動するために作った機械なんだよ。それからアレは信号機で――」
 リーゼのマシンガンのような質問に嫌な顔一つせず答えているところだ。俺の代わりに存分に働いてくれ。おかげでこっちは捜索に集中できるってもんだ。
 相手は異世界の住人。異獣はもちろん、〝人〟であれ十中八九地球人とはなにかしらが違っているはずだ。わかりやすいところで言えば、服装だ。リーゼがコスプレ紛いの黒衣だったようにな。
「そういやリーゼ、お前の前の服はどうした? 誘波にでも預けてんのか?」
 ちょっと気になったんで訊いてみる。いや別に、変な意味はないからな。
「持ってるわよ」
「持ってるって、お前薄っぺらいカバンしか持ってな――!?」
 いきなりリーゼの制服が黒く炎上した。だがそれは刹那のことで、黒炎が虚空に消えると、リーゼは前のどこか魔女っぽい黒衣に着替えが完了していた。
「わたしの炎はただ燃やすだけじゃないのよ。他にもいろいろできるんだから」
 ふふん、と残念な胸を張るリーゼ。桜居が「すっげ! リーゼちゃんすっげぇ!」と騒ぎ立てるもんだからさらに鼻を高くしてやがる。
「そりゃ便利な炎だが、実行するなら時と場所を考えろ。幸い誰も見てなかったからいいものを」
「レージが訊いてきたんじゃない」
 ムッとしたリーゼが言い返してくる。
「突然やるなって言ってんだ。まずは一言断れ」
「なんで着替えるのにレージの許可がいるのよ?」
「着替えじゃなくて、力を使う許可をだな」
「そんなのわたしの勝手でしょ。ルールは守ってるからいいじゃない」
「ルール以前の問題だ。力を使うとみんながパニックになるかもしれねえんだよ。こっちの世界では異能力も魔法も使えないことが普通だからな」
「それはそれで面白そうだから見てみたいわね」
「おい」
 そのまま「なによ」「なんだよ」の口論から喧嘩に発展しそうになったところで、桜居が諌めるように俺とリーゼの肩を叩いた。
「まあまあ、二人ともその辺で。白峰、リーゼちゃんはこっちに来たばかりなんだからもっと優しく言ってやれよ。そんで、リーゼちゃんは今度から気をつけるってことで」
 ……まさか桜居に仲裁されるとは、なんだか妙に腹が立つ。
「それよりリーゼちゃん、お腹減ってない? そこで軽く食って行こうぜ」
 そう言って桜居は俺たちの返答を待たず近くのファーストフード店に入って行った。

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