シャッフルワールド!!

夙多史

二章 風と学園と聖剣士(7)

 小休止もほどほどに、俺たちは散策を続けた。
 リーゼに対するQ&Aは相変わらず桜居に担当させ、俺は周囲に気を配る。
 駅が近くになってきたため人通りも増えてきた。騒ぎが起こってないってことは、この辺にはいないか路地裏にでも隠れているのかもしれない。となると、ただ駅前通りを歩くだけじゃリーゼの目的は叶っても俺の目的は叶わない。
 相手が気配を垂れ流しにしてりゃ探しやすいんだけど、それなら俺が捜索に加わるまでもなく見つかっているはずだ。
「レージ、さっきからなに探してんの? もしかして、わたしのせいでこの世界に来たとかいう異世界人?」
「なんだ、知ってたのか」
「うん、イザナミが教えてくれた。全部レージの責任にして捜索させるから協力してあげるように、とも言われたわ。なんか面白そうだから手伝ってあげる」
 えーと、携帯、携帯は……と。

 Prrrr! Prrrr! Prrrr! ガチャ!

『はいはーい、こちら日本異界監査局局長の誘波さんでぇーす。最近の趣味は不思議生物を特殊ボールでハンティングすることです♪』
「呪い殺すぞてめえ!」
『その声はレイちゃ――』

 ピッ!

 向こうからかけて来られないように電源も切っておこう。
「白峰、お前、誘波さんに殺されても知らねえぞ」
 桜居が憐れむような目で俺を見てくる。こいつは異界監査局の局員ではないが、誘波に強引に告白しようとしてこっ酷くフラレた経験から彼女の強さをよく知っている。
「うるせえ」
 確かに俺はリーゼを連れてきたことで責任を感じたちゃいるが、なんかこう、さらに重くさせられた上に丸投げされたようで衝動的にやっちまったんだ。
「レージ」とリーゼが珍しく真面目な顔で言う。「レージが困ってるのはわたしの魔力のせいなんでしょ? だったらその責任、わたしが背負うわ。半分くらい」
「半分かよっ!」
 まあ、リーゼは原因ではあるが、彼女に責任はない。彼女の膨大な魔力を感じていながら、世界に与える影響を全く考えてなかった俺が悪いんだ。気持ちだけでもありがたいと思うべきだな。
「ま、この〝魔帝〟で最強のリーゼロッテ・ヴァレファール様が力を貸すんだから、人探しなんて日が暮れる前に終わるわよ」
「全くこの街のこと知らねえくせに、どっから来るんだその自信は?」
「いやいや、そんなリーゼちゃんが可愛いんじゃないか」
 無駄に自信満々な魔帝様と、そのプロモーションビデオでも作る気でいる悪友。やれやれ、こんなパーティーで果たして目的は達成できるのか凄く心配だ。
 ――と、思った矢先だった。

「マテイ……魔……魔帝……魔王! ……そうか、私をこの世界に召喚したのは貴様かっ!」

 障害物越しに放ったようなぐぐもった声は、どこから聞こえたのかわからなかった。
 パコンッ!! と傍にあったマンホールの蓋が天高く打ち上げられるまでは。
「下かっ!?」
 俺が叫んだのと同時に、マンホールの穴から白い影が飛び出す。それは二本足で俺たちの前に立ちはだかった。
 重力の影響を受けて降ってきたマンホールが、甲高い音を立ててそいつの足下に転がる。
 通行人がなんだなんだと立ち止まる中、そいつは凛とした声で口火を切った。
「〝魔帝〟リーゼロッテと言ったな。貴様、どういうつもりで私を異世界に召喚した!」
 俺とさして年の変わらない少女だった。肌は雪のように白く、絹糸のように細い白銀の長髪は後ろで結って……俗にいうポニーテールってやつで纏めている。相好は凛々しく整っており、プロポーションもそこらのグラビアなんかよりずっといい。
 一言で表わすなら、美人だ。
 ただ、身に纏っているものが現代日本ではあまりにも浮いていた。西洋風の軍服にも見える衣服の上に、肩当て・胸当て・ガントレット・レザーブーツ、極めつけは絵本に出てくる王子様がつけているような純白のマントを装着している。その騎士みたいな格好にも目を引く上、腰の剣帯に挿すには長すぎるだろと言いたくなる剣が異様な存在感を放っている。本人の身長より長そうだ。
 そしてなんだろう、彼女から漂うこの妙に鼻を刺激する香りは? 人のセンスや異世界の流行を否定するわけじゃないが、えらく変わった香水だ。日本人、いや、地球人には絶対に好まれそうにないそんな――
 ――ドブの香り。
「お前、臭いんだけど」
 リーゼが堪らず鼻を摘まんだ。俺はもちろん、「わお、本物の騎士だ!」と騒いでいた桜居や周りの野次馬まで同じ仕草をする。
「う、うるさい! 無礼なやつだ! そ、そりゃちょっと臭うかもしれないけど……隠密行動を取るには地下道が一番だと相場が決まっているではないかっ!」
 恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めて叫ぶ女騎士(?)。ずっと下水道にいたのなら、なかなか見つからんわけだ。そして臭いわけだ。
「レージ、こいつが捜してる異世界人?」
「ああ、たぶんそうだな」
 俺は誘波の指令文にあった〝昏睡者が何人も病院に運ばれている〟という部分を思い出す。異獣じゃなかったのはよかったが、彼女は人を襲っている可能性が高い。
「気をつけろ、リーゼ。あいつ、なにをしてくるかわからんぞ」
「わかってる。ていうか、わたしに用があるみたいだけど?」
「コソコソとなにを話している!」
 警戒するように女騎士は腰の超長剣に手を伸ばす。
「お前にはどうでもいい話よ。だいたい、お前はなんなのよ?」
 臆することなくリーゼが言うと、女騎士は一旦剣から手を離した。
「そうだな、こちらも名乗るのが礼儀だ。私は、我が祖国ラ・フェルデに名を連ねし聖剣十二将が一人、セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルだ」
「長い」
 なんだか凄そうな名前をリーゼは簡単に一蹴した。えっと、聖剣なんとかのセレスティナ……セレスでいいか。
「その余裕、この私を馬鹿にしているのかっ!?」
 セレスのエメラルドグリーンの瞳に、刃のような鋭い眼光が宿る。彼女の剣幕に、野次馬共がざわめく。警察を呼ばれたら面倒だ。
 俺はビデオカメラで撮影を続けている桜居に耳打ちする。
「(桜居、周りの野次馬を適当に退けてくれ)」
「(なあ、あの銀髪の娘はなんて言ってんだ? オレには言葉がわからないんだが)」
「(後で教える。いいからやってくれ)」
「(はいはい、了解っと)」
 桜居は俺から離れ、人あたりのいい笑顔を周囲に向ける。
「いやぁ、お騒がせしてすいません。実はコレ、オレら異世界研究部が今度の学園際で発表するための映画を撮ってるんですよ。なので、できれば固まらないでください。ご協力をお願いします」
 桜居が言うと、野次馬共は「なんだやっぱり映画か」「伊海学園の制服よね」「異世界研究部?」「だからあんな格好なのか」などと言いたいことを口にして流れて行った。
「ナイスだ桜居。あとの人払いもお前に任せる」
 俺まで異界研の部員にされているとこは気に食わんが、ここは目を瞑っておこう。
「今度なんか奢れよ」
「考えとく」
 ジュース一本でいいや、と適当に思いながら俺は睨み合う魔王と騎士に目を向ける。〈言意の調べ〉を持ってない以上、セレスにも桜居の言葉はわからなかっただろう。
「もう一度訊く。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様はなんのために私をこの世界に招いた」
「なんのためでもないわ。お前が勝手にこっちに来たんじゃない」
「とぼけるな! 貴様が〝魔帝〟というのはその禍々しいまでに強大な魔力を感じればわかる。そんなやつが、意味もなくこのようなことをするわけがない!」
「そんなこと言われてもね。わたしの魔力が最強なのは仕方ないことだけど」
「そもそも、他の人々には言葉が通じないのに、貴様には通じることも疑わしいところだ!」
 それはリーゼが首から提げているペンダントの効果なんですけど、と言ってもいきなりなんで順を追って説明しますか。
「あー、ちょっといいか?」
「なんだ? 手下には用はない」
「いや、手下じゃないんだが……まあいいから聞け。あんたがこの世界に来たのは事故なんだ。『次元の門』っていう異世界を繋げる扉が、リーゼがこっちに来たことでたくさん開いちまった。で、あんたはそれに巻き込まれただけってわけだ」
 簡単にさらっと説明してみると、セレスは顎に手をやってふむとしばし考え込んだ。
「つまり、やはりそこの〝魔帝〟のせいで、そいつを倒せばラ・フェルデに戻れるということだな」
「後半は言ってねえ!?」
「戦るって言うなら相手になるわよ」
「リーゼもすぐ好戦的にならない!」
 でも向こうもやる気満々だから戦闘は避けられそうにない。場所を変えないと大変なことになる。この辺りであまり周りに迷惑をかけないような場所は――
「今すぐ貴様を倒したいのは山々だが、ここでは関係ない者も巻き込んでしまう。場所を変えたい」
 おや? まさか彼女の方から申し出てくるとは……もしかして、彼女は無闇に人を襲うようなやつじゃないのか。
「どこでも同じよ。殺し合うならさっさとやりましょ」
 ……少なくとも、ここにいる魔帝様よりは周りのことを考える善人だ。
「丁度いい場所が近くにある」俺はリーゼが余計なことをする前に言った。「近々取り壊しが決まったオフィスビルで、付近は立ち入り禁止になっているから人もいない」
「ふむ、ならばそこへ行こう」
「えー、どこでもいいじゃない」
「暴れる時は他人に迷惑のかからない場所でやる。それがこっちの〝ルール〟なんだ」
「む、だったら仕方ないわね」
 とりあえずリーゼも説得したところで、俺は誘波に連絡しておこうと思って携帯を取り出した。さっきのこともあるから多少の勇気が必要だったが、現在の状況を報告して味方を集めておいた方がいい。
 携帯を開くと画面は真っ暗だった。
 あ、そうか、電源切ってたっけ。起動するまで多少時間がかか――

 バチィン!! と俺の手から携帯が弾き飛ばされた。

 なにが起こったのかわからず、俺は自然とセレスを見る。彼女は抜き身の超長剣を俺に向けて睥睨していた。
 いくら剣が長くても届くような距離じゃないはずだ。
「それが通信装置だというのは周りの者を見て知っている。仲間を呼ばせるわけにはいかない」
 手が痺れてやがる。こいつ、今、なにをしたんだ?
「ふぅん、面白くなってきたじゃない」
 リーゼが不敵に笑う。俺と人避けをしていた桜居はポカンとしたままだ。
「さあ、案内してもらおう」
 凛とした口調で言って、セレスが剣を鞘に納めた。

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