シャッフルワールド!!

夙多史

二章 風と学園と聖剣士(8)

「私は盗賊狩りの任務の帰りだったのだ。早く報告に戻らねばならないというのに、まさか魔王退治までやることになるとは思いもしなかった」
「わたしを倒しに来た人間は山ほどいたけど、全部ザコだったわ。お前はどうかしら?」
 そこら中に廃材が散らばっている廃ビルの前で、リーゼとセレスは西部劇の決闘シーンのように対峙していた。俺はビルの玄関口に腰掛けて待機。桜居は危ないんで置いてきた。俺の代わりに連絡を取ってもらいたかったしな(セレスは言葉の通じない桜居を無関係と思ってくれたらしい)。
 俺はセレスの謎攻撃でオシャカになっちまった携帯を溜息と共にポケットに仕舞う。いろいろ試してみたけど蘇生させることは叶わなかった。明日にでも買い替えないと。
「なあ、お前ら、どうしてもやんのか?」
 俺としてはできれば話し合いで済ませたいんだが。
「当然じゃない」と楽しそうにリーゼ。
「私は一刻も早く祖国に戻らねばならないのだ」至って真面目にセレス。
 俺はここまでの道のりで何度目かの溜息を吐き、異世界の聖騎士様を見る。
「セレス」
「気安く呼ぶな!」
 略称がお気に召さないらしい。でも俺は構わず続ける。
「仮にリーゼを倒せたところで、元の世界には戻れんぞ」
「フン、そんなこと、やってみなければわからない」
 いや、やらなくてもわかるんだけどな――と言いかけて俺はやめた。諦めたのだ。セレスは平静を装っているが、突然知らない世界に飛ばされて困惑していないはずがない。今の彼女になにを言っても無駄だろう。
「リーゼ、わかってると思うが、殺すんじゃねえぞ」
「あいつ次第ね」
 リーゼはもう戦いたくてうずうずしている様子だった。ルビー色の瞳が久し振りの得物を見つけたハンターのようにセレスをロックオンして放さない。
「レージもわかってると思うけど、手出ししたら許さないわよ」
「それはお前次第だな」
 似たような返答をすると、リーゼは少しムッとした顔で唇を尖らせた。
「私は構わんぞ。部下に手伝ってもらっても」
「そこ注意! 俺はリーゼの部下じゃありません!」
「ふふん、わたしは〝魔帝〟で最強なのよ。お前なんて一人で充分」
「そうか。ならば――」
 セレスは流麗な動作で超長剣を鞘から抜く。
「陛下から賜りし我が聖剣、ラハイアンのサビとなれ!」
 神秘的な輝きを放つ銀色の刃、普通の長剣や大剣よりも長く作られている刃根元、どことなくドイツのツヴァイ・ヘンデルにも似ている造形だ。それにあの鞘、ここからではわからないが、スムーズに抜剣できる仕掛けがあるようだな。
 聖剣ラハイアンだっけ? 確かセレスのミドルネームもそんな名前だったな。剣から取ってるのか。
 魔王と騎士の対決。セレスが勝てばエンドロールが流れそうだ。
 両者ともが無言になり、つい息を呑みそうなほど重たい空気が場を支配し始める。
 そして――
「行くぞ!」
 最初に動いたのはセレスだった。
 白マントをはためかせ、一鼓動のうちにリーゼとの距離を詰める。
 速い! あんなに長くて重そうな武器を持っているにもかかわらず、異界監査官の俺でもギリギリで追うのがやっとのスピードだ。
 間合いに入ってからも速い。超長剣を横薙ぎに振るった動作が見えなかった。
 だが、スピードでは身の軽いリーゼだって負けてはいない。
 リーゼは瞬殺の一撃を飛んでかわしていた。そしてセレスの頭上で半回転し、右手の黒い魔法陣から黒炎弾を発射する。
 セレスが聖剣で黒炎を弾く。その向こうでリーゼはすたっと軽やかに着地した。
「ふぅん、やるじゃない」
「今のはただの様子見だ」
 セレスの剣が宙を突く。瞬間、剣が強く煌めき、眩いなにかが飛び出した。それはリーゼの横を掠り、背後にあった鉄骨をくの字に曲げる。俺の携帯を無き者にした力だ。
 僅かに瞠目するリーゼ。その白磁のように白い頬から、つーと赤い液体が流れた。
「ほう、〝魔帝〟とやらの血も赤いのだな」
 本気で感心したように言うセレスに対し、リーゼはニィと不敵に笑って自分の血を指で拭い、嘗めた。その動作がなんとなく艶めかしい。
「いいわ。凄くいい感じ。レージと会ってから面白いことが絶えないわね」
 強がりでもなんでもない。リーゼは心の底から状況を楽しんでいるようだ。
「そう言っていられるのは今のうちだ。すぐになにも言えなくなるのだからな」
「お前がね」
 リーゼが両掌に黒炎を灯し、その場で両手をクロスさせるように振るう。すると、両掌の炎が三日月状になって☓の字を作りながら空中を走った。俺の知らない技だが、散乱している廃材がスッパリと焼き切れたのをこの目で見た。斬撃だ。
 セレスの聖剣が神々しく輝く。
「甘い!」
 声と共に剣を振るうと、光の渦のようなものが剣から飛び出して黒炎と衝突した。

 ギギギギギギギギギギギィン!!

 チェーンソーをぶつけたような戟音が辺りに響く。
 数秒の均衡。その後、二つの力は互いに混ざり合うように相殺した。
 セレスは攻撃の手を休めない。相殺した力が空中に溶け切る前に、再び光の渦を飛ばしてリーゼを狙う。
 あの光の渦も斬撃だ。充電カッターのように高速回転する光の刃。
 リーゼはサイドステップでそれをかわそうとしたが――避けきれなかった。リーゼの纏っている黒衣が千切れ、脇腹から鮮血が吹き出す。
「痛っ……」
 リーゼの相貌が苦渋に歪む。しかし、口元は笑っていた。
「あははっ! こんなに自分の血を見たのは階段で転んで下敷きになった魔獣の角が刺さった時以来ね」
 興奮し、高揚したリーゼはいやに高笑いしながら複数の炎弾を叩き込んだ。セレスは顔色一つ変えずに全ての炎弾を剣で捌いている。聖剣十二将とかいう四天王的な称号を名乗っていたが、確かにセレスの実力は本物だ。
 と、セレスの方ばかり眺めていた俺は、リーゼの姿が消えていることに気づくのが遅れた。
「ど、どこに消えた?」
 セレスも気づいて慎重に周囲を見回す。そんな彼女の背後から、突如黒炎の柱が噴き上がった。
「あはっ! こっちこっち!」
 黒炎柱から飛び出したリーゼがセレスの胴に蹴りを入れる。計ったのか、そこはリーゼが怪我した箇所と同じだった。
「く……転移だと……」
 呻いてよろめくセレスに、リーゼは遠慮なく手刀や蹴りのコンボを繋げる。セレスは最初の何発かは食らっていたが、あとはガントレットや肩当てをうまく利用して凌いでいる。それにしても、リーゼの格闘術はレランジェのそれと似てるな。
「ちょ、調子に乗るなっ!」
 ブォン! と超長剣が一閃される。リーゼはヒラリと後ろに飛んだ。
「近接戦は苦手だった?」
「そんなことはない!」
 セレスは地面を蹴って高く跳躍する。剣が光輝を放ち、兜割の要領でリーゼに叩きつける。リーゼがサイドステップでそれをかわすと、その動きに合わせてセレスはまた剣を振るう。
 あれほどの大振りから即座に次へ繋げるとは、とんでもない身体能力だ。槍レベルのリーチがある剣だけに、リーゼは間合いから抜け切れていない。
「もらった!」
 フ、と勝利の笑みを作るセレスだったが、リーゼは咄嗟に小さな黒炎の爆発を起こして剣閃を回避した。爆発の衝撃を利用したリーゼは大きく距離を取る。
 セレスは舌打ちすると光の渦で追撃する。だが、リーゼは黒炎をシールドのように展開してそれを受け止めた。
「これってその剣の力かしら? それともお前自身の力?」
 炎に呑まれるように消えゆく光の渦を指してリーゼが問う。
「答える義理はない」
 しかし、セレスはきっぱりと切って捨てた。そりゃそうだ。普通決着がついてないのに、自分の手の内をバラすやつはいない。俺だって……したことあったな。でもアレは勝利を確信した時だからノーカンで。
「わたしは自分の力よ」
 バラすやついたよ。だが――
「この炎はわたしの魔力を燃やしたものだから、わたしの好きなように扱うことができるの。性質を変化させたり、炎を使って物を移動させたり、遠距離に魔力を飛ばして術を発動させることだって簡単にできるわ」
 リーゼも、勝利を確信しているからだ。
「――ッ!?」
 セレスは今気づいたみたいだが、傍観している俺は最初から知っていた。リーゼが転移する前くらいからだ。
 セレスの上空にリーゼの魔力が集中していた。感づかれないように徐々に魔力を放っていたみたいだ。赤みを帯びてきた空のカンバスに、黒の魔法陣が大きく描かれている。
「ふふ、灰になりなさい!」
 実に残虐な笑みを貼りつけたリーゼの弾んだ声が、合図となった。
 轟!! と。
 凄絶に燃え盛る黒炎が、一条の柱となって呆然と天を見上げるセレスに落ちた。

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