シャッフルワールド!!

夙多史

二章 風と学園と聖剣士(10)

「全くもって意味がわかりません」
 帰宅早々に俺が目を剥いたのは、完璧に修理されたリビングだった。すげえ、なにもかもが元通り。時間が巻き戻ったみたいだ。
「あの『テンチョー』という人間には呆れる安定です」
 元通りは元通りでもこれら全部新品なわけで、俺は心躍ることを禁じ得なかった。パソコンとかそろそろ寿命だったしな。誘波、グッジョブ!
「生意気なお客様を殴り倒しただけで馘首とは、やはりあの人間は抹殺安定でした」
 でもできれば最新機種にしてほしかったけど、まあそこはいいや。とにかく部屋が直ったことを喜ぼう。朝ぶっ壊れて、夕方に直る。うん、仕事が速くてけっこう。
「――って速すぎんだろっ!?」
「虫ケラ様、レランジェの愚痴を聞いていませんね」
 なぜか理不尽にも殴られた。
「なんだ、いたのかよレランジェ」
 てっきり学校の理科室にでもある夜中に走り出しそうな模型の類かと思った。
「レランジェ、お腹減ったから食事の用意をしてちょうだい」
「了解です、マスター。今日はハンバーガー安定です。ところで、なぜそのようにボロボロなのですか? そこのゴミカス様になにかされたのであれば即刻樹海に埋める安定ですが」
 やめろ。ホントに失礼だなこの木偶人形は。なんで帰ってきたんだ。研究者どもに分解でもされてりゃよかったのによ。……いかん、またつい本音が。
「ちょっと遊んできただけよ。服はそのうち再生するし、傷も明日には治るから気にしなくていいわ」
 リーゼの黒衣には自然治癒力があるらしい。となれば洗濯もしなくていいのか? なんて便利なんだ。あー、でも下着は流石に洗うよなぁ。
 ん? ちょっと待て、おかしいぞこの状況。
「よくよく考えたら、お前らわざわざ俺ん家に泊まり込む必要はねえだろ。誘波に言えば部屋の一つや二つくらい用意してくれるはずだからな」
「確かに誘波様はそのようなことを仰っていましたが、マスターがお断りしました」
「リーゼが? なんでだ?」
 俺はソファーにもふっと身を沈めたリーゼに訊く。彼女は『なに当たり前のことを』と言いたげな目を向けて答える。
「ここをわたしの城にするって決めたからよ。他に理由はないわ」
「ここは俺の城だ!」
「レージの城はわたしの城よ。文句は言わせないわ」
 くそっ、なんてジャイアニズムだ。こうなってくるとなにを言っても無駄だろうから諦めるしかない。相手は常に変化を求めるリーゼだ。しばらくすれば、この家での生活にも飽きて他へ移ってくれると思う。きっと。
「ん? レージ、どこ行くの?」
「風呂。イヴリアに行ってから入ってなかったからな。メシの前に入ることにする。俺はこれでも綺麗好きなんだ」

 てことで、浴槽をお湯で満杯にするのに約十五分。
 俺の個人的趣向として、シャワーは嫌いだ。別にシャワーを使わないわけじゃない。シャワーのみで風呂を済ますという行為を邪道と思っているだけだ。やっぱ日本人は肩までドップリ浸からないとな。俺は半分異世界人だけど、心は純然たる日本人なんだ。
 俺が入ると湯船が一気に溢れて洪水を起こす。この瞬間がたまらなく爽快だ。水道代が勿体ないと言ったやつはそこに直れ。この感動を三時間くらい語ってやる!
 しかし風呂ってのはいいね。疲れが取れて行く感じ。俺、今回は戦ってないけど。
 あと、じっくりと考え事ができる。

『私はラ・フェルデの聖剣十二将だ。異世界とはいえ、なんの理由もなく無関係の者に手を出すなど絶対にするものかっ!』

 あの時、セレスはそう言った。その言葉が本当か嘘かはわからないが、異世界の者が関わったと思われる被害者がいる事実は確かだ。俺自身が確認しているわけじゃないけど、誘波は『仕事』に関して嘘はつかない。
 もしセレスの言葉が嘘だとしたら、彼女はなんのために人を襲ったんだ? 被害者は全員生命力を吸われたように衰弱しているらしいから、セレスの力が俺みたいに他人からエネルギーを奪うことで使用できるとか、他人の生命力を吸って生きている種族とか、それとも別の理由があるのか……。
 そこら辺は明日にでも監査局に行けばはっきりするだろうけど――
「俺個人としては、セレスは犯人じゃないと思うがな」
 リーゼとの戦いだって、一般人に危害が加わらないように場所を変えたいと提案してきたのは彼女なんだ。
 セレスが犯人でないなら、この世界で暮らしていた異世界人がなんらかの理由で人を襲い始めたか――
「異世界からの来訪者がセレスの他にまだいるってことになるな」
「へえ、じゃあもっともっと面白いことが起こりそうね」
「ああ、そうだな――って!?」
 リーゼがなんの躊躇いもなく風呂場に侵入していた。
「待て待て待て待て待て!? なに勝手に入ってんだてめえっ!?」
 俺がいること知ってただろ? しかもご丁寧に服は着たままとは。そこはまあ、安心点であり残念点でもあるけど。
「フロってのに興味があったのよ。ふぅん、ここで体を清めてるのね。イヴリアの城じゃレランジェに体拭いてもらうだけだから、こういうのって初めてだわ」
「わかったならさっさと出ろ!」
「なんで?」
「理由その一、俺は男でお前は女。
 理由その二、服着たまま入るのはマナー違反。
 理由その三、俺が困る。ここ重要」
 俺が狭い浴槽に身を隠しながら丁寧に指を立てて説明してやると、リーゼはなにかに気づいたように手を叩いた。
「服脱げばいいのね。どうりでベタベタして気持悪いと思った」
 どうしてそうなる!
 リーゼの黒衣が発火。
 俺はタオルで前を隠しつつ出口に問答無用の猛ダッシュ。
 注意すべきはここで転んでしまうラブコメ的ベタ展開。
 サーチ開始。……よし、出口までのルートに障害物はなし。あとは俺が『実はドジっ子でした』でないことを祈――――足を引っかけられた。
 盛大にすっ転ぶ俺。「ぶるはぁ!?」とかいう変な悲鳴を出したのも俺。
 うつ伏せに倒れる俺の背中に、ずしっとなにやら生温かい足の裏的感触が伝わる。リーゼの姿は見えないが、たぶん今は生まれたままの格好なんだろうなぁ……。
 んで、なにゆえ足蹴にされてんだ俺?
「なんで逃げるのよ? レージがいないとフロの使い方がわかんないじゃない」
「それは俺とお前が共に服を着てないと教えられないことなんですよお嬢様」
 なぜこのお嬢様は触れられるのを嫌がるくせに見られるのは平気なんだ!
「マスター、今実に愉快な音と悲鳴が――直ちにそこの変態を排除します」
「待てレランジェ!? ここで魔導電磁放射砲はマズイ!!」

 説得の末、俺はレランジェにボコられただけで命は取り留めた。しかしこの暴力が理不尽だと思うことは俺の気のせいではないはずだ。

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