シャッフルワールド!!

夙多史

三章 異界監査官(2)

 デジャブ。
 日本語で既視感。
 誰もが微弱ながらそういった感覚を経験したことがあると思う。俺なんかしょっちゅうだ。電源切った覚えがあるのに携帯が鳴るとか、頼んでもないのに異世界臭がプンプンする下手物料理が出前されるとか、目が覚めると実験室らしき部屋の寝台に固定されているとか……。
 まあ、そのほとんどが糸を辿れば誘波に行きつく。
 だから――

「白峰聞いたか? 今日もこのクラスに転校生が来るんだってよ」
 桜居が朝のHR前にこんなことを言い出し、俺の席の左側に見知らぬ机が置かれていれば、俺がなにを予想したのかは語らずとも知れるだろう。
「え~と、昨日の今日で驚いたと思うけどー、こちら転入生のセレスティナさん。みんな仲良くねー」
 相も変わらず適当な紹介をする担任・岩村先生(彼氏いない歴三十三年)の横に、銀髪ポニテの美少女が学園うちの制服を着て兵隊のように直立している。彼女が背負っている白い布に包まれた棒状の物体はたぶん聖剣ラハイアンだ。物騒なモノ持ってくんな。
 いくら〝外人〟の転入生や留学生が多いことに定評のある伊海学園でも、二日連続、それも同じクラスに来るなんてことは稀だ。よって、セレスを前にしたクラスメイトたちのざわめきには戸惑いが混じっている。
「あっ」
 セレスが俺をエメラルド色の瞳に捉えた。
 彼女は複雑な表情で俺を見詰め――
 ――天使のような微笑みを浮かべた。

「「「これより白峰零児の取り調べを行う!」」」

「なっ! てめえらなんで俺の周りに集――だからその縄はどこから出してんだ!?」
 クラスの連中の対応は災害救助をする自衛隊よりも迅速だった。
「隊長、白峰を縛り上げました!」
「うむ、広辞苑か六法全書を持ってこい。拷問に使う」
「なんでまたてめえが仕切ってんだ桜居っ!?」
 今度は男子だけじゃなくなぜか女子も俺を尋問する輪に加わっている。「リーゼロッテさんと二股?」「修羅場よ修羅場♪」「キャー♪」「白峰くん本命はどっちなの?」とかいう黄色い声が聞こえるけど空耳と思いたい。
 わいわいがやがやと昨日よりも騒然となった教室に、岩村先生が窓の外を眺めつつぼそっと一言。

「結婚したい」

 男子が速やかに自分の席に避難した。だが、まだ女子部隊が俺を囲っている。なんて鬱陶しい。
「同性愛が認められるのはオランダだったかなー?」
 女子も迅速なる対応を見せて着席した。俺も急いで縄を切る。
 一瞬で静寂に包まれた教室。若干唖然としていたセレスが、気を取り直すようにゴホン、と咳払いをした。
「ああ、只今紹介に預かりました、セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルです。この学校どころかこの国のこともまだよく知らない身ですので、皆さんに迷惑をかけてしまうこともあると思いますが、どうかよろしくお願い致します」
 完璧な営業スマイルと自己紹介文だった。俺は彼女を固いイメージで捉えていたけど、見直す必要がありそうだ(猫を被っているなんてことはないと思う。たぶん)。
 セレスの自己紹介により、クラスの沈静が瓦解した。『戸惑い』も全て『好奇心』へと移行する。当然、そうなってくると昨日のように質疑応答タイムが始まるのだった。
 お前ら元気だなと思っていると、斜め前から桜居が話しかけてきた。
「なあ、彼女って昨日の騎士だよな? 一体どうなってるんだ?」
「俺が知るか。てっきり今頃は監査局の個室にでも軟禁されてると思っていたが」
 俺の『学校が終わり次第監査局に向かう計画』の意味が早々に砕かれてしまった。まあ、聞きたいことをずっと早く本人に訊ねられるので、結果オーライと言えばそうなる。
「どうせまた誘波の仕業だろうな」
「言葉が通じるのはどうしてだ? 昨日はわからなかったぞ」
「ほら、あいつ銀色の腕輪つけてるだろ。あれは〈言意の調べ〉の別バージョンだ」
 ああ、と桜居は納得すると、疑問が全部晴れたような顔をしてセレスを熱い視線で嘗め回す作業に取りかかった。この変態が。
「あいつ、またわたしを狙ってきたのかな? だったら昨日の決着をつけれるわ」
 横からの声はリーゼだ。まだ眠そうだな。あと決着をつけるとしても別の場所でやってくれ。
「その辺はこの後訊いてみるさ。セレスがどういうつもりなのか、誘波がどういうつもりなのかをな」
 聞き慣れたチャイムの音がHR終了を告げる。

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