シャッフルワールド!!

夙多史

三章 異界監査官(3)

「いい景色だ」
 高等部校舎の屋上で、落下防止用フェンスに手をかけたセレスが眼前に広がる街並みを眺めながら小さく呟いた。
「そりゃそうだろう。ここは学園内でも四番目に見晴らしがいいと評判だからな」
「微妙な順位じゃないか?」
 セレスの銀髪が風に遊ばれるように靡いた。武装姿でもモデル顔負けのスタイルだとわかったけど、現在の制服姿だとその威力も倍増だ。そんな腕なんか組んだりしたら魅惑の双丘が強調されて実に……なに考えてんだ俺。
「そんで? もう一戦わたしとやろうってことでいいのかしら?」
 ベンチに座ってふんぞり返るリーゼが挑発的に言った。やっぱ連れてくるんじゃなかったかな。話がややこしくなりそうだ。桜居と一緒に屋上封鎖を頼んどきゃよかった。
「〝魔帝〟リーゼロッテ。貴様の首などその気になればいつでも取れる。だが、そうしたところでラ・フェルデに帰れないのならば戦う理由はない」
 凛とした口調や仕草。制服のブレザーやスカートのおかげで随分と女の子に見えるけど、セレスはきっと男装しても似合うだろうね。
 なんだつまんない、と不愉快そうに唇を尖らせるリーゼには隠し持っていたミルク味のアメでもあげて放置しておく。
「セレス、最初に訊くが、お前がここにこうしているってことは身の潔白は証明されたんだな?」
「白峰零児だったな。心配するな、人々の生命力を吸い回っているという疑いなら晴れている。私はなにもやっていないんだ。当然の結果だろう」
「そんじゃ、お前の力は他人から力を奪うことで使えるってわけでもないんだな?」
「魔剣ならばそのような能力もありえるが、私のラハイアンは聖剣だ」
 セレスは背負っている棒の布を解く。槍と見間違えそうな長さの長剣が、嫌味にならない程度に豪奢な鞘に収まった状態で現れた。なるほど、あの鞘は抜剣しやすいように僅かに開く仕様になっているようだな。
「聖剣の能力は装備者自身の精神力で制御する。他者から力を奪って使うようなものではない」
「精神力ねえ。その剣、異界技術研究開発部が泣いて欲しがるだろうな」
「それは駄目だ! このラハイアンに限らず、聖剣と呼ばれるものは特別強い精神力の持ち主でなければ装備できないんだ。だから奪おうなどと考えるな。下手すれば零児、お前の精神は崩壊することになるぞ」
「そんなことしねえよ。形だけなら、俺は自分で作れるから」
 俺の〈魔武具生成〉では武器に宿る能力までは再現できないところが残念だ。
「お前は鍛冶師なのか?」
「あー、まあ、近い感じ」
 セレスは感心したような眼差しを俺に向けると、聖剣ラハイアンを再び白布で包む。
「とにかく、私はラ・フェルデの聖剣十二将。国王陛下に仕える最高の聖騎士だ。無関係の者を傷つけるほど腐ってはいない」
 嘘を言っているようには思えない。だから誘波も彼女を解放したのだろう。
 ――さて、次の問題だ。
「それで、なんでいきなり転入してきたんだ? なにか問題が起こったらどうすんだよ」
「それなら大丈夫だ。私は聖騎士だが、まだ若輩ということもありラ・フェルデ国防学院――騎士を目指す者たちの学校に通っている。故に学生生活には慣れているつもりだ」
 こっちとそっちじゃ勝手が違うだろ、と言いたいところだが、セレスよりも問題児なのが後ろのベンチでアメ玉を嘗めていることを思い出した。
「なによ? そんな面白みの欠片もない顔でこっち見て」
「……アメ、まだいるか?」
「いるっ! これ甘くっておいしいからいくらでもいけるわ♪」
 リーゼの取り扱い方を一つ発見した気がする。
 頬をリスみたいにしてアメ玉を転がすリーゼに、セレスが怪訝そうに眉を顰めた。
「零児、彼女は本当に魔王の類なのか?」
「そうらしい。でも、こっちの世界じゃ〝魔帝〟なんて称号は関係ねえよ。今はただの好奇心旺盛な女の子にすぎん。セレス、お前だってそうだ」
「まあ、確かにそうだな。私はこちらの世界では聖剣十二将ではなく異界監査官なんだ。すぐには慣れないと思うが、意識していくことにする」
 セレスがさらっと口にした単語を、俺は聞き逃さなかったぞ。後ろからの「レージまだアメ持ってるなら渡しなさい」という声は空耳にカウントするけど。
「お前が異界監査官って、どういうことだ?」
「ん? 誘波殿から聞いていないのか?」
 セレスは腕を組み直して面倒そうに息をつく。
「ラ・フェルデに戻るには異界監査官になるのが一番だと彼女に言われたのだ。他の異界監査官も私と同じ目的の者が多いと聞くぞ」
 なるほど、誘波め、セレスほどの実力者を逃すまいと勧誘したな。抜け目のないやつだ。危険な任務を伴う監査官の人口は局全体の五分の一にも満たないから、彼女を抱え込みたい気持ちはわからんでもないが……。
「零児、お前はどうなんだ?」
「あ? なにが?」
「監査官をやっている理由だ。やはり、お前も元の世界に帰りたいのか?」
「そもそも俺は異世界出身じゃねえよ。俺はハーフなんだ。俺が監査官やってんのは――」
 その時、ぐいぐい、と暴力的に俺の制服の裾が引かれた。リーゼだ。
「なんか、わたしさっきから空気なんだけど?」
「おや? 今頃お気づきで? でもお嬢様が会話に加わると面倒臭いことになりそうなんで大人しくアメでも嘗めてなさい」
 紳士然と皮肉を言って俺はキャラメル味のアメを差し出す。が、不機嫌そうな顔をしたリーゼに叩き落された。
「いらない。飽きた」
 先程いくらでもいけるって言ったように聞こえたのは幻聴か?
「わたしもこいつに訊きたいことがあるの」リーゼは唇を斜に構えてセレスを見、「お前、なんでガッコウにいるのよ?」
 それはさっき俺が訊い――たけど明確な答えはまだ貰ってなかったっけ。なぜか話が脱線したから。なにが原因だ? リーゼだった気がする。
「ここの学生として生活するのも異界監査官の仕事なのだろう? 今は研修期間らしく、わからないことは先輩が優しく教えてくれると誘波殿から聞いている」
 その先輩が俺じゃないことを祈ろうか。
「だから、これからお前を零児先輩と呼ぶべきか激しく検討中なんだが……」
 くっそ俺だったか! にしても嫌そうな顔で検討しやがるな、こいつは。
「零児でいい。お前に先輩なんて呼ばれたら周りからどんな目で見られるかわかったもんじゃない」
 確実に魔女裁判ならぬ変態裁判にかけられて有罪の判決が下されるだろう。
 そうかわかった、とセレスは了承すると、数歩動いてリーゼの前に立つ。
「というわけで私は見習いだが異界監査官だ。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様が校内で不穏な動きをすれば即座に対応させてもらう」
「ふん、わたしも異界監査官だけど?」

 …………へ?

 数瞬の間、俺とセレスは目をパチクリとさせていた。
「ちょっと待てリーゼ! そんなこと俺は訊いてないぞ!」
「言うの忘れてた。まあ、別にいいじゃない」
「よくねえよ! すっげえ大事なことじゃねえか!」
 紙ヒコーキの指令文にリーゼも連れて行くように書かれていたわけがやっとわかった。よくよく考えればセレスを勧誘してリーゼを勧誘しない理由はない。なんで気づかなかったんだ。
 リーゼは自信たっぷりの赤い瞳にセレスを映し、腰に手をあてて宣戦布告するように言い放つ。
「お前は元の世界に帰るためになったみたいだけど、わたしは違うわ。わたしはね――」
 お? リーゼにもなにか目的があったのか? それは知らなかったな。
「――面白そうだからなったのよ!」
「誇らしげに言うことじゃない!」
 とそこで、授業開始三分前の予鈴が鳴った。しかし二人はお構いなしに睨み合う。
「……なにが言いたいんだ?」
「わたしの方がすごいってこと」
 ピク、とセレスの秀眉が僅かに跳ねた。聞き捨てならない、そんな顔をしている。
「……ならば、どちらが優れた異界監査官なのか勝負するか?」
「ちょ、セレス、なんてことを言い出すんだ!?」
「面白そうね。勝負の方法は?」
「リーゼも乗るな!」
「さっきも言ったが貴様と戦うつもりはない。学園での任務の成果を競う形でどうだ?」
 あ、それならいいや。なにも起こらなければ任務っていうほどでもない普通の学生生活だからな。……よってこの悪寒は気のせいに違いない。
「ふふん、いいわ。受けて立つ。どうせ勝つのは〝魔帝〟で最強のわたしだけど」
「フ、今のうちにほざいておけ。審判は零児に任せる。公平に頼むぞ」
 俺の返事も聞かないまま、二人は火花を散らして言い争いながら屋上を去って行った。

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