シャッフルワールド!!
四章 壊滅的な死闘(9)
完全に夜の帳は下りた。
半月の僅かな明かりのみが頼り。スヴェン一味が展開している隔離結界の中では街灯なんてつかないからだ。ある意味人為的な停電状態。ていうか、そもそもこの辺の街灯は周囲ごと一本残らず伐採されているから結界関係ないけど。
魔力により高く高く聳え上がった地塊は虚空に消え、非常に見晴らしのよくなった住宅街。そこを俺はまっすぐに戦火の中心へと歩いて行く。
文字通り見る影もなくなった俺ん家で繰り広げられているのは、機械仕掛けの首なし巨人と聖剣を握る女騎士との戦い。
見るに、趨勢は前者に傾いているだろうことが推測される。
なぜか? 傷つき倒れ伏した女騎士を、機械仕掛けの巨人が回転槍でミンチにしようとしている場面を見れば猿だってわかるだろう。
俺は自らの体で暴れる熱く滾った魔力を制御し、右手に集中させる。
〈魔武具生成〉――カイトシールド・改。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギン!!
セレスを貫くはずだったドリルが凧状の盾とぶつかり激しく火花を散らす。魔力量を調整して前よりも強度を上げていたから簡単には壊れない。『改』はその部分だ。
「よう、セレス。まだ死んでないよな」
「零児……よかった、無事だったか」
セレスが致命傷を負ってないことに安堵し、俺はスヴェンを睨みつける。そりゃもう、視線で殺せそうなほど。
正直言うと無事ではない。体中の血液がマグマに変わったように熱い。リーゼの制御を離れた暴走状態の魔力は人体にとって毒だ。それをかつてないほど大量に摂取したのだから、体が絶叫するのは当たり前だろう。
でも、俺は堪えた。意思を強く保ち、荒れ狂う魔力を鎮静せんと努めている最中だ。
そんな俺を見たスヴェンは、驚愕と困惑に目を細めながらやっぱり眼鏡を触る。
「なぜあの高さから落ちて生きているんだい? もはや化物の域だね」
「生き返る方法でもない限り、ヒーローってのは死なねえんだ」
ま、単純に運がよかっただけだけど。
「だったら、もう一度受けてみるかい? 今度は割とすぐぽっくり逝くかもしれないよ」
デュラハンが大きく跳び退り、そのドリルに再び魔力が纏い始める。あの威力だ。そう何度も撃てるとは思えない。スヴェンが人々から奪った魔力がどのくらいかはわからないが、一回、二回が限界だろう。
「デュラハンのテストはもう充分だ。これ以上長居すると監査局に気づかれるだろうから、さっさと君たちを消して〝魔帝〟を回収するよ」
正直、あと一回でもアレを食らうのはマズイ。直線とはいえあれほどの範囲攻撃をうまくかわせる自信はない。
あと少しで魔力の充填が完了する。動くなら今しかない。
俺はカイトシールドを捨て、セレスに呼びかける。
「セレス、なんでもいいから槍を受け止めてくれ。ほんの数秒でいい」
「怪我人に無茶をさせるな」
と言いつつも彼女は立ち上がり、聖剣を強く輝かせる。
「そいつはお互い様だろ」
俺は武器を生成することなく走った。別に血迷ったわけじゃない。俺がやりたいことは、やつに限界まで接近する必要があるんだ。魔力も無駄にできないしな。
充填完了したデュラハンの回転槍が地面に振り下ろされる。と、そこにセレスの光の渦が割り込んだ。
数瞬の拮抗。
――充分だ。
「フン、時間稼ぎを。なにをする気が知らないけれど、近づけさせないよ」
スヴェンは拳銃を持った両手の袖口からさらに二丁の拳銃を暗器みたいに取り出す。四丁拳銃。なんて器用なマネしやがる。
「マスターを狙う者は惨殺安定です」
その時、スヴェンの背後から影が飛び上がった。
「なにっ!?」
反射的に振り返ったスヴェンの顔面に、ゴスロリメイドの飛び膝蹴りが炸裂する。「ぐべら」と変な音を吐き出してスヴェンは巨人の掌から落下した。
スヴェンを蹴り落とした無腕の魔工機械人形にグッジョブとサムズアップする俺。なぜか無表情で舌打ちされたのは気づかなかったことにして、俺は飛び上がった。
「はぁあああああああああああああああああああああっ!!」
リーゼから貰った尋常でない量の魔力。それを全て右手に持っていく。
〈魔武具生成〉――グングニル。
北欧神話の主神オーディンの持つ、一度投げれば必ず敵を屠るとされる神槍。
ただし、見てくれが同じだけで能力はない。大きさも、電信柱を二回りほど大きくしたぐらいでいいのか俺は知らない。が――
「らぁあああああああああああああああああああっ!!」
そんな超大な槍だからこそ、生成されると同時に機械仕掛けの巨人を貫通した。最後まで御しきれなかったリーゼの魔力が黒炎となって燃え上がり、巨体を熱く抱擁する。
圧倒的なまでの魔力で構成された最大最強の武器による一撃。それが俺の勝算だ。流石にこんなでかい物は持てんので、ある程度近づく必要があった。
「なんなんだその力は。……そうか、さっきの間に〝魔帝〟の魔力を……」
絶望に顔を青くするスヴェン。ずれた眼鏡のレンズに罅が入っていた。
「さあ、もう終わりにしようぜ、スヴェン」
スヴェンは冷や汗をかきながら眼鏡の位置を直す。
「そうとも限らないよ。君たちはボロボロだ。白峰零児、君だって今ので魔力が尽きたんじゃないのかい?」
意外と冷静だったスヴェンに俺は呻く。悔しいがその通りだ。
デュラハンのようなロボを操って戦っているから目立たないが、スヴェン個人の戦闘能力も相当なものだ。襤褸にも等しい今の俺たちが勝てる可能性は限りなく低い。
「図星のようだね。さあ、ここからは僕が反撃するばぐふん!?」
かくなる上は眼鏡を狙って視力低下を図るか、と妙案を思いついた矢先、突然飛来した黒いなにかにスヴェンは何メートルもぶっ飛ばされた。
俺ん家の残骸の上で金細工のような金髪が靡いている。魔女みたいな漆黒の衣服を纏い、ルビーレッドの瞳を爛々と煌めかせる少女がそこにあった。
「〝魔帝〟で最強のこのわたしを差し置いて、楽しそうなことやってんじゃないわよ!」
とっても不機嫌そうに唇を尖らせている少女。皮肉でなく本気で仲間外れにされたことを怒っているらしい。もう動いて大丈夫なのか知らないが、頼もしいかぎりだ。
「リーゼロッテ・ヴァレファール……〝魔帝〟が復活したのか」
魔王の封印が解けたことを知った村人みたいな反応をするスヴェン。とうとう余裕がなくなったようだ。
「レージレージ、こいつ殺っちゃっていいの?」
「お前ちょっとは状況を知ろうとしろよ。一応顔見知りだろうが。でもまあ、口が聞ける程度にボコってくれ」
「わかった。口だけ残ってればいいのね」
わかってない! この子ったら真面目にわかってない!
「く……よく考えれば、白峰零児にかなりの魔力を奪われた〝魔帝〟などただの少女。僕にだって充分に対処は可能なは――」
スヴェンは絶句した。目の前の空間が、唐突に黒く炎上したからだ。
その黒炎からリーゼが姿を現す。炎による空間転移……らしい。
「ひっ」
咄嗟に全部の銃を構えるスヴェンだが、遅い。リーゼの両腕に例の魔力還元術式が絡まるように纏わりついたかと思うと、比喩ではなく燃える拳がスヴェンの顔面を殴打した。まったくもって、躊躇や遠慮の片鱗すら見あたらん。
無邪気な子供のようで加虐性愛者のそれを感じさせる狂笑を浮かべ、リーゼはいたぶるように殴る蹴るの暴行を続ける。スヴェンはもはや抵抗すらできないらしく、血反吐を吐くほどフルボッコ。段々と哀れに思えてきた。
「あはっ♪ ずっと動けなかったからなんだかすっごく気持ちがいいわ! 簡単には殺さないわよそれじゃわたしの鬱憤は晴れないからね! あっはははははぁーっ♪ 愉快愉快。あっははははははっはぁー♪」
悪魔だ。そこに悪魔がいる。いや、魔王か。
「れ、零児、そろそろ止めないと本当に死んでしまうぞ」
「あ、ああ」
そこは俺もわかっているのだが、恐ろしいほど楽しそうに哄笑するリーゼに近づきたくない。本能的に。
「はははははっ…………は?」
その時、リーゼの笑いが止まった。ついにスヴェンが逝ったか、と思ったがそうではなかった。
リーゼの体になにかが巻きついている。それはぬるぬるネバネバしたピンク色の触手に見えた。物凄く記憶に新しいのだが、はて、なんだったか。
ああ、さっき俺が潰したクッショ――スライムか。
ただのスライムかよ。脅かしやがって。
だたのスライム。
…………!?
「どわっ!? なんでこんなタイミングで出て来るんだ!?」
「こいつは昨日の……」
「空気読め安定です」
セレスとレランジェが身構える。それにしてもあのスライム、でかくなってないか? なんか大型トラックくらいの大きさに見えるんだが。
いやそんな疑問点よりも重大なことがある。アレに捕まっているリーゼだ。
「ぬ、ぬるぬる……ネバ……ネベ……きゅぅ」
目を回して脱力していた。やっぱりダメだったか。「なんで魔王なのに下級モンスターに弱いんだよ!」と衝動的に叫びたくなったが、どうにか自制する。
と、まだ意識のあったスヴェンがゆらりと立ち上がった。
「く、くははっ! どうやら僕にも運が向いてき――」
グシャン。
いきなり、スライムが潰れた。
「へ?」
素っ頓狂な声を漏らすスヴェン。俺もなにが起こったのか全然わからない。理解できるのは、スライムは潰れたのに飛び散らず、ぺしゃんこになって地面に縫いつけられている視覚情報だけ。
いや――
ヒュォオオオオ、という音が聞こえた。
風だ。
「はぁい♪ 全次空のアイドル誘波ちゃん優雅に参上でぇーす♪」
平たくなったスライムの上空から天女が舞い降りた。
「誘波!」
「どうですレイちゃん。絶妙なタイミングで颯爽と登場した私に惚れちゃいました?」
「誰がアイドルだ全然優雅じゃねえよっていうか絶対出るタイミング計ってたろ紅茶喉に詰まらせて死ねばいいのに!」
「さらりと最後に器用すぎる死に方を要求しませんでしたか?」
とりあえず突っ込みたいことは言えたからオッケー。
「遅れすぎだ。もっと早く来いよ」
「隔離結界の発見と解除に少々手間取ったのですよ。スヴェンちゃんのお仲間を全員捕まえなくちゃいけませんでしたから。まあ、タイミングは計ってましたけど」
「酸素喉に詰まらせて死ねばいいのに」
「もっと器用になりましたね」
誘波は恵比寿神みたいなニッコニコの笑顔をスヴェンに向ける。
「さて、あとはあなただけですよぅ、スヴェンちゃん」
「局長まで来てしまったのなら仕方ないね」
スヴェンはボロ切れになったスーツのポケットから予備の眼鏡を取り出してかけ直す。
「こういう事態に備えて切り札を用意しておいてよかったよ」
腫れ上がった顔に嫌らしい笑みが貼りついた。
――途端。
地球が悲鳴を上げるように地響きが鳴った。大地も地震の初期微動くらい揺れている。
ボコリ、ボコリ、と地面からなにかが這い上がって来た。
機械仕掛けの首なし巨人――デュラハンだ。
だが、数がおかしい。一体二体じゃない。十、二十……五十体は優に超えている。
「嘘だろ……」
ひしめく戦闘ロボの軍勢に、被害を免れていた住宅も次々に破壊されていく。まさに地獄絵図だった。
一体でもあれだけ手こずったデュラハンが軽く五十倍。悪夢だ。
ん? 待て、確かデュラハンって……。
「そうか、わかったぞ。これはハッタリだ。デュラハンはスヴェンの思念で動いている。これほどの数を一つの脳で操れるはずがないいいいいいいいいいいいいいっ!?」
一度に三本のドリルが殺到して俺は慌てて飛び退いた。おかしい、なぜ攻撃できる?
「白峰零児、君の言う通りこれらは僕の思念で動かしているし、全部を細かく動かそうと思ったら一秒と持たずに脳がパンクするだろう。けど、僕は〝敵を殺せ〟としか命令していない。言わばオートパイロットだ。それでも負担は大きし、監査局に見つかる危険性が増すため最初から使うことはできなかったのだけどね。もう関係ない」
長々と御苦労な説明をしてくれる。その間も俺たちはデュラハン軍団の攻撃をかわし続けているわけだから、ちゃんと聞いていたやつが果たして何人いるか。
うん、一人いた。無論、誘波だ。
その場を微動だにせず、近づくデュラハンを片っ端から風でスライスしてやがる。それでいて下ではスライムを抑えているわけだから、やっぱあいつはバケモンだ。
「レイちゃんたちはいいとして、この程度で私を殺せると思っているのですか?」
「いや、思っていないよ。僕が逃げる時間を稼げればそれでいいんだ」
それだけ言って、スヴェンは踵を返す。
「くそ、逃がすか!」
「どいて、レージ。わたしがやる」
やつを追おうとした俺を、ぬるネバ状態から解放されたリーゼが制する。彼女にしてはいつになく静かな口調だった。
「ぬるぬる嫌い……ネバネバ嫌い……こいつらわらわらウザイ……」
単純に不機嫌度が臨界点を突破していただけでした。
「全部、焼き払う」
ぼそっと呟くように言って、リーゼは片手を天に突き上げる。
「――ちょっ!?」
俺は自分の目を疑いたくなった。魔力還元の魔法陣が、この辺り一帯を一瞬でドーム状に覆った。つまり、リーゼはそれだけの魔力を展開しているのだ。
「しこたま吸収したと思ったのに……お前の魔力は底なしかっ!」
「零児、そんなところを突っ込んでいる場合ではないと思うのだが」
「退避安定……不可能です」
そうだ。よく考えなくてもドーム状ということは俺たちも範囲に入っているわけになる。死ぬんじゃない、コレ?
「あらあら、大変ですねぇ」
誘波だけ余裕そうなのが果てしなく腹が立つ。
「あはははははっ! ウザったいのは全部消えちゃえばいいのよ!」
「やっぱりこいつ〝魔帝〟だぁああああああああああああああっ!?」
チュドーン!! 擬音にするなら、そんな音。
魔法陣のドーム内で発生したビッグバンさながらの黒い爆発は、俺たちや逃げようとしていたスヴェンも含めてなにもかもを巻き込んで消し飛ばした。
異世界イヴリアの〝魔帝〟がちょっと本気を出せばこの有様だ。
薄れゆく意識の中、俺は思う。
――傍迷惑この上ねえ。
半月の僅かな明かりのみが頼り。スヴェン一味が展開している隔離結界の中では街灯なんてつかないからだ。ある意味人為的な停電状態。ていうか、そもそもこの辺の街灯は周囲ごと一本残らず伐採されているから結界関係ないけど。
魔力により高く高く聳え上がった地塊は虚空に消え、非常に見晴らしのよくなった住宅街。そこを俺はまっすぐに戦火の中心へと歩いて行く。
文字通り見る影もなくなった俺ん家で繰り広げられているのは、機械仕掛けの首なし巨人と聖剣を握る女騎士との戦い。
見るに、趨勢は前者に傾いているだろうことが推測される。
なぜか? 傷つき倒れ伏した女騎士を、機械仕掛けの巨人が回転槍でミンチにしようとしている場面を見れば猿だってわかるだろう。
俺は自らの体で暴れる熱く滾った魔力を制御し、右手に集中させる。
〈魔武具生成〉――カイトシールド・改。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギン!!
セレスを貫くはずだったドリルが凧状の盾とぶつかり激しく火花を散らす。魔力量を調整して前よりも強度を上げていたから簡単には壊れない。『改』はその部分だ。
「よう、セレス。まだ死んでないよな」
「零児……よかった、無事だったか」
セレスが致命傷を負ってないことに安堵し、俺はスヴェンを睨みつける。そりゃもう、視線で殺せそうなほど。
正直言うと無事ではない。体中の血液がマグマに変わったように熱い。リーゼの制御を離れた暴走状態の魔力は人体にとって毒だ。それをかつてないほど大量に摂取したのだから、体が絶叫するのは当たり前だろう。
でも、俺は堪えた。意思を強く保ち、荒れ狂う魔力を鎮静せんと努めている最中だ。
そんな俺を見たスヴェンは、驚愕と困惑に目を細めながらやっぱり眼鏡を触る。
「なぜあの高さから落ちて生きているんだい? もはや化物の域だね」
「生き返る方法でもない限り、ヒーローってのは死なねえんだ」
ま、単純に運がよかっただけだけど。
「だったら、もう一度受けてみるかい? 今度は割とすぐぽっくり逝くかもしれないよ」
デュラハンが大きく跳び退り、そのドリルに再び魔力が纏い始める。あの威力だ。そう何度も撃てるとは思えない。スヴェンが人々から奪った魔力がどのくらいかはわからないが、一回、二回が限界だろう。
「デュラハンのテストはもう充分だ。これ以上長居すると監査局に気づかれるだろうから、さっさと君たちを消して〝魔帝〟を回収するよ」
正直、あと一回でもアレを食らうのはマズイ。直線とはいえあれほどの範囲攻撃をうまくかわせる自信はない。
あと少しで魔力の充填が完了する。動くなら今しかない。
俺はカイトシールドを捨て、セレスに呼びかける。
「セレス、なんでもいいから槍を受け止めてくれ。ほんの数秒でいい」
「怪我人に無茶をさせるな」
と言いつつも彼女は立ち上がり、聖剣を強く輝かせる。
「そいつはお互い様だろ」
俺は武器を生成することなく走った。別に血迷ったわけじゃない。俺がやりたいことは、やつに限界まで接近する必要があるんだ。魔力も無駄にできないしな。
充填完了したデュラハンの回転槍が地面に振り下ろされる。と、そこにセレスの光の渦が割り込んだ。
数瞬の拮抗。
――充分だ。
「フン、時間稼ぎを。なにをする気が知らないけれど、近づけさせないよ」
スヴェンは拳銃を持った両手の袖口からさらに二丁の拳銃を暗器みたいに取り出す。四丁拳銃。なんて器用なマネしやがる。
「マスターを狙う者は惨殺安定です」
その時、スヴェンの背後から影が飛び上がった。
「なにっ!?」
反射的に振り返ったスヴェンの顔面に、ゴスロリメイドの飛び膝蹴りが炸裂する。「ぐべら」と変な音を吐き出してスヴェンは巨人の掌から落下した。
スヴェンを蹴り落とした無腕の魔工機械人形にグッジョブとサムズアップする俺。なぜか無表情で舌打ちされたのは気づかなかったことにして、俺は飛び上がった。
「はぁあああああああああああああああああああああっ!!」
リーゼから貰った尋常でない量の魔力。それを全て右手に持っていく。
〈魔武具生成〉――グングニル。
北欧神話の主神オーディンの持つ、一度投げれば必ず敵を屠るとされる神槍。
ただし、見てくれが同じだけで能力はない。大きさも、電信柱を二回りほど大きくしたぐらいでいいのか俺は知らない。が――
「らぁあああああああああああああああああああっ!!」
そんな超大な槍だからこそ、生成されると同時に機械仕掛けの巨人を貫通した。最後まで御しきれなかったリーゼの魔力が黒炎となって燃え上がり、巨体を熱く抱擁する。
圧倒的なまでの魔力で構成された最大最強の武器による一撃。それが俺の勝算だ。流石にこんなでかい物は持てんので、ある程度近づく必要があった。
「なんなんだその力は。……そうか、さっきの間に〝魔帝〟の魔力を……」
絶望に顔を青くするスヴェン。ずれた眼鏡のレンズに罅が入っていた。
「さあ、もう終わりにしようぜ、スヴェン」
スヴェンは冷や汗をかきながら眼鏡の位置を直す。
「そうとも限らないよ。君たちはボロボロだ。白峰零児、君だって今ので魔力が尽きたんじゃないのかい?」
意外と冷静だったスヴェンに俺は呻く。悔しいがその通りだ。
デュラハンのようなロボを操って戦っているから目立たないが、スヴェン個人の戦闘能力も相当なものだ。襤褸にも等しい今の俺たちが勝てる可能性は限りなく低い。
「図星のようだね。さあ、ここからは僕が反撃するばぐふん!?」
かくなる上は眼鏡を狙って視力低下を図るか、と妙案を思いついた矢先、突然飛来した黒いなにかにスヴェンは何メートルもぶっ飛ばされた。
俺ん家の残骸の上で金細工のような金髪が靡いている。魔女みたいな漆黒の衣服を纏い、ルビーレッドの瞳を爛々と煌めかせる少女がそこにあった。
「〝魔帝〟で最強のこのわたしを差し置いて、楽しそうなことやってんじゃないわよ!」
とっても不機嫌そうに唇を尖らせている少女。皮肉でなく本気で仲間外れにされたことを怒っているらしい。もう動いて大丈夫なのか知らないが、頼もしいかぎりだ。
「リーゼロッテ・ヴァレファール……〝魔帝〟が復活したのか」
魔王の封印が解けたことを知った村人みたいな反応をするスヴェン。とうとう余裕がなくなったようだ。
「レージレージ、こいつ殺っちゃっていいの?」
「お前ちょっとは状況を知ろうとしろよ。一応顔見知りだろうが。でもまあ、口が聞ける程度にボコってくれ」
「わかった。口だけ残ってればいいのね」
わかってない! この子ったら真面目にわかってない!
「く……よく考えれば、白峰零児にかなりの魔力を奪われた〝魔帝〟などただの少女。僕にだって充分に対処は可能なは――」
スヴェンは絶句した。目の前の空間が、唐突に黒く炎上したからだ。
その黒炎からリーゼが姿を現す。炎による空間転移……らしい。
「ひっ」
咄嗟に全部の銃を構えるスヴェンだが、遅い。リーゼの両腕に例の魔力還元術式が絡まるように纏わりついたかと思うと、比喩ではなく燃える拳がスヴェンの顔面を殴打した。まったくもって、躊躇や遠慮の片鱗すら見あたらん。
無邪気な子供のようで加虐性愛者のそれを感じさせる狂笑を浮かべ、リーゼはいたぶるように殴る蹴るの暴行を続ける。スヴェンはもはや抵抗すらできないらしく、血反吐を吐くほどフルボッコ。段々と哀れに思えてきた。
「あはっ♪ ずっと動けなかったからなんだかすっごく気持ちがいいわ! 簡単には殺さないわよそれじゃわたしの鬱憤は晴れないからね! あっはははははぁーっ♪ 愉快愉快。あっははははははっはぁー♪」
悪魔だ。そこに悪魔がいる。いや、魔王か。
「れ、零児、そろそろ止めないと本当に死んでしまうぞ」
「あ、ああ」
そこは俺もわかっているのだが、恐ろしいほど楽しそうに哄笑するリーゼに近づきたくない。本能的に。
「はははははっ…………は?」
その時、リーゼの笑いが止まった。ついにスヴェンが逝ったか、と思ったがそうではなかった。
リーゼの体になにかが巻きついている。それはぬるぬるネバネバしたピンク色の触手に見えた。物凄く記憶に新しいのだが、はて、なんだったか。
ああ、さっき俺が潰したクッショ――スライムか。
ただのスライムかよ。脅かしやがって。
だたのスライム。
…………!?
「どわっ!? なんでこんなタイミングで出て来るんだ!?」
「こいつは昨日の……」
「空気読め安定です」
セレスとレランジェが身構える。それにしてもあのスライム、でかくなってないか? なんか大型トラックくらいの大きさに見えるんだが。
いやそんな疑問点よりも重大なことがある。アレに捕まっているリーゼだ。
「ぬ、ぬるぬる……ネバ……ネベ……きゅぅ」
目を回して脱力していた。やっぱりダメだったか。「なんで魔王なのに下級モンスターに弱いんだよ!」と衝動的に叫びたくなったが、どうにか自制する。
と、まだ意識のあったスヴェンがゆらりと立ち上がった。
「く、くははっ! どうやら僕にも運が向いてき――」
グシャン。
いきなり、スライムが潰れた。
「へ?」
素っ頓狂な声を漏らすスヴェン。俺もなにが起こったのか全然わからない。理解できるのは、スライムは潰れたのに飛び散らず、ぺしゃんこになって地面に縫いつけられている視覚情報だけ。
いや――
ヒュォオオオオ、という音が聞こえた。
風だ。
「はぁい♪ 全次空のアイドル誘波ちゃん優雅に参上でぇーす♪」
平たくなったスライムの上空から天女が舞い降りた。
「誘波!」
「どうですレイちゃん。絶妙なタイミングで颯爽と登場した私に惚れちゃいました?」
「誰がアイドルだ全然優雅じゃねえよっていうか絶対出るタイミング計ってたろ紅茶喉に詰まらせて死ねばいいのに!」
「さらりと最後に器用すぎる死に方を要求しませんでしたか?」
とりあえず突っ込みたいことは言えたからオッケー。
「遅れすぎだ。もっと早く来いよ」
「隔離結界の発見と解除に少々手間取ったのですよ。スヴェンちゃんのお仲間を全員捕まえなくちゃいけませんでしたから。まあ、タイミングは計ってましたけど」
「酸素喉に詰まらせて死ねばいいのに」
「もっと器用になりましたね」
誘波は恵比寿神みたいなニッコニコの笑顔をスヴェンに向ける。
「さて、あとはあなただけですよぅ、スヴェンちゃん」
「局長まで来てしまったのなら仕方ないね」
スヴェンはボロ切れになったスーツのポケットから予備の眼鏡を取り出してかけ直す。
「こういう事態に備えて切り札を用意しておいてよかったよ」
腫れ上がった顔に嫌らしい笑みが貼りついた。
――途端。
地球が悲鳴を上げるように地響きが鳴った。大地も地震の初期微動くらい揺れている。
ボコリ、ボコリ、と地面からなにかが這い上がって来た。
機械仕掛けの首なし巨人――デュラハンだ。
だが、数がおかしい。一体二体じゃない。十、二十……五十体は優に超えている。
「嘘だろ……」
ひしめく戦闘ロボの軍勢に、被害を免れていた住宅も次々に破壊されていく。まさに地獄絵図だった。
一体でもあれだけ手こずったデュラハンが軽く五十倍。悪夢だ。
ん? 待て、確かデュラハンって……。
「そうか、わかったぞ。これはハッタリだ。デュラハンはスヴェンの思念で動いている。これほどの数を一つの脳で操れるはずがないいいいいいいいいいいいいいっ!?」
一度に三本のドリルが殺到して俺は慌てて飛び退いた。おかしい、なぜ攻撃できる?
「白峰零児、君の言う通りこれらは僕の思念で動かしているし、全部を細かく動かそうと思ったら一秒と持たずに脳がパンクするだろう。けど、僕は〝敵を殺せ〟としか命令していない。言わばオートパイロットだ。それでも負担は大きし、監査局に見つかる危険性が増すため最初から使うことはできなかったのだけどね。もう関係ない」
長々と御苦労な説明をしてくれる。その間も俺たちはデュラハン軍団の攻撃をかわし続けているわけだから、ちゃんと聞いていたやつが果たして何人いるか。
うん、一人いた。無論、誘波だ。
その場を微動だにせず、近づくデュラハンを片っ端から風でスライスしてやがる。それでいて下ではスライムを抑えているわけだから、やっぱあいつはバケモンだ。
「レイちゃんたちはいいとして、この程度で私を殺せると思っているのですか?」
「いや、思っていないよ。僕が逃げる時間を稼げればそれでいいんだ」
それだけ言って、スヴェンは踵を返す。
「くそ、逃がすか!」
「どいて、レージ。わたしがやる」
やつを追おうとした俺を、ぬるネバ状態から解放されたリーゼが制する。彼女にしてはいつになく静かな口調だった。
「ぬるぬる嫌い……ネバネバ嫌い……こいつらわらわらウザイ……」
単純に不機嫌度が臨界点を突破していただけでした。
「全部、焼き払う」
ぼそっと呟くように言って、リーゼは片手を天に突き上げる。
「――ちょっ!?」
俺は自分の目を疑いたくなった。魔力還元の魔法陣が、この辺り一帯を一瞬でドーム状に覆った。つまり、リーゼはそれだけの魔力を展開しているのだ。
「しこたま吸収したと思ったのに……お前の魔力は底なしかっ!」
「零児、そんなところを突っ込んでいる場合ではないと思うのだが」
「退避安定……不可能です」
そうだ。よく考えなくてもドーム状ということは俺たちも範囲に入っているわけになる。死ぬんじゃない、コレ?
「あらあら、大変ですねぇ」
誘波だけ余裕そうなのが果てしなく腹が立つ。
「あはははははっ! ウザったいのは全部消えちゃえばいいのよ!」
「やっぱりこいつ〝魔帝〟だぁああああああああああああああっ!?」
チュドーン!! 擬音にするなら、そんな音。
魔法陣のドーム内で発生したビッグバンさながらの黒い爆発は、俺たちや逃げようとしていたスヴェンも含めてなにもかもを巻き込んで消し飛ばした。
異世界イヴリアの〝魔帝〟がちょっと本気を出せばこの有様だ。
薄れゆく意識の中、俺は思う。
――傍迷惑この上ねえ。
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