シャッフルワールド!!
一章 二人の影魔導師(7)
断末魔の叫びと共に魔王ダンタリアンが黒い粒子となって霧散消滅していく。しかし俺たちの注目はそんなことには集まっていなかった。
「なんであいつらが……?」
もはや魔王のことなんてどうだっていい。問題にすべきは、その魔王を倒したやつらのことだ。
「あの者たちは、確か」
心当たりがあるようにセレスが呟いた。そりゃそうだろうな。黒き翼で宙を舞う者と、一太刀で魔王を滅ぼした者。両者共、顔合わせくらいは済ませているはずだ。俺はよく知っている。
魔王を斬り捨てた少年が闇を纏い、消える。
「き、消えた!?」
セレスが驚きの声を上げると同時、そいつは同じように闇を纏って俺たちの目の前に現れた。一瞬で離れた空間を移動する――つまりアレも転移術の一つってわけだ。
「あー、なんつーか」
伊海学園の制服の上からマントに近い形状の黒コートを羽織ったそいつが、かったるそうにぼりぼりと頭を掻く。
「白峰、お前さぁ、なんでこんな面倒臭いことになる前に敵を討たないんだよ」
続けて、バサリという羽ばたき音と共に上空からの声。
「いつもいつも詰めが甘いのよ、アンタは」
鴉のような黒翼を背に生やし、天使のように降臨してきたのは、少年と同じ黒コートを着た少女だった。背はリーゼよりも高いが、それでも百五十センチはないだろう。やっぱりコートの下は学園の制服である。靡くスカートの中身が見えそうで見えなかった。
腰まで届く艶やかな黒髪を風に流し、彼女は割れ物に触れる時みたいな柔らかい挙動で地面に足をつける。すると、背中の双翼は夜闇に溶けるように消えてしまった。
俺はセレスたちみたいに驚くこともなく、挨拶の代わりに文句を投げかけてきた二人に言い返す。
「うっせーよ。仕方ないだろ? まさかああなるとは思ってなかったんだ」
「見苦しい言い訳とか並べないでくれるかしら? 相手が悪意ある者だとわかってたんだから、始末するのに容赦なんてする必要なかったのよ」
ぐ、と俺は押し黙ってしまった。それでも簡単に命は奪えない、なんて反論した日には偽善者呼ばわりされることが目に見えている。誘波とは違うベクトルで腹の立つちんちくりんだな。
「ゴミ虫様、彼らは一体何者安定ですか?」
未だに目を回しているリーゼを介抱しながらレランジェが問う。すると、男の方がうっかりといった表情をしてまた頭を掻く。
「そういやぁ、きちんと自己紹介してなかったっけか? あー、面倒だから瑠美奈、後はよろしぐきぃッ!?」
「人に任せないで! 自分の紹介くらい自分でしなさいよ、漣」
「だからって足踏みつけんなよ……」
はあ、と休み明けに登校する学生みたいな億劫さの滲み出た溜息を吐き、少年は重たそうに口を開く。
「あー、えーと、俺は迫間漣っつって、あんたらと同じ異界監査官なんだけど……あ、それはもう知ってるよなぁ」
「もっとちゃんと挨拶できないの? あたしは四条瑠美奈。監査官として漣とペアを組んでいて、今回は誘波に頼まれて仕方なく応援に来てあげたのよ。別に慣れ合う気はないけど、まあよろしくね」
「(お前のそれはちゃんと挨拶できてんのかよ……)」
「漣、なんか言った?」
「いやぁ、なんにも」
四条瑠美奈に半眼で睨まれ、迫間漣はブンブンと手を振って後じさった。この二人は俺とほとんど同じ時期に監査官になったやつらで、クラスは違えど学年は同じだ。だから他の監査官よりは接点があると言ってもいい。
「誘波のアホが言ってた援軍はセレスじゃなくて、つまりはお前らだったってことか」
「そうよ、悪い?」
「なんでいちいち突っかかるんだよ、面倒臭い」
黒ずくめの怪しい格好をしているが、基本的にいいやつらではある。喧嘩っ早い四条を迫間が諌める構図はいっそ微笑ましく思えたりもする。
「どうやら、敵ではないことで安定のようですね」
「そのようだな。この二人には〝人〟の温もりを感じる。スヴェンとは違う」
二人の遣り取りを見て、レランジェとセレスは共に警戒心を解いたようだ。
と、思い出したように四条がポンと手を叩く。
「ああ、そうそう、あたしたちは応援のついでにもう一つ仕事を押しつけられてるんだった」
「仕事?」
俺が怪訝に思って訊き返すと、四条は小さく頷いて肯定する。
「そう。この辺りをいつまでも人払いしてるわけにもいかないから、さっさと済ませるわよ、漣」
「へいへい」
迫間と四条の視線が一点に集中する。俺たちも釣られてそちらを見やる。
「ふぇ? ま、マルファになんか用かユゥ?」
冷や汗を滝のごとく流して後方に下がっていくマルファがいた。引き攣った笑みを浮かべ、ツインテールが危険を感知したようにうねうねしている。あからさまに様子がおかしい。
「マルファ、お前、なんかしたのか?」
「な、なにもしてないユゥ」
マルファの両目は焦点が定まっていなかった。
「その子、勝手に監査局を抜け出したのよ。まだ人化とかいろんなことが不完全だから、誘波があたしたちに回収命令を出したの」
四条はやれやれと肩を竦める。すると――
「は、早くそのぬるぬるを連れて行って! ていうか殺して!」
話を聞いていたらしいリーゼがそれはもう必死な形相で叫び訴えた。もう余程にぬるネバがトラウマになってるんだな。となれば冷蔵庫にあるナメコは俺が一人で食しておこう。
「マルファはこんなところで捕まるわけにはいかないユゥ!」
あ、逃げた。
「漣、逃がさないで!」
回れ右をしてダッシュするマルファを四条が追走しながら叫ぶ。
「あーあ、ホントに面倒だよなぁ」
と言いつつも噴き上がった闇に包まれた迫間漣は、一瞬でマルファの正面に出現する。転移って便利だよな。
「邪魔をするなユゥ! マルファはもっとおねえさまと一緒にいたいんだユゥ!」
マルファはツインテールをスライムに戻し、さらに硬化させて二本の槍を作ると、それらを連続突きで迫間へと殺到させる。だが、そのことごとくを迫間は漆黒の大剣で捌いた。
「〝夜〟のあたしたちに勝てると思わないことね」
口元をニヤリと歪めた四条が手を仰ぐと、なにもない空間からドロリとした黒いなにかが掬い上げられた。それは彼女の手中でダンタリアンを絞めつけたのと同じ〝影〟の帯に変わる。
四条は最小限の動作で帯を投擲し、迫間と交戦中のマルファをいとも簡単に拘束してしまった。
「ふぎゃッ!?」
光すら吸い込むような〝影〟の帯がマルファを雁字搦めにする。スライムの零れる隙間もない。
「出すユゥ! ここから出すユゥ!」
黒いサナギっぽいものと化したマルファがぐぐもった悲鳴を上げた。やり方は少し可哀想な気がしないでもないが、こうでもしなければあの変態スライムは捕まらないだろうね。
「思い出した。私も今の技で捕らわれたんだ」
「そうか。セレスも逃走経験があるんだったな」
あれはセレスがこちらの世界に来て間もなく、勘違いでリーゼに決闘を挑んだ後の話だ。あの時もこの二人は文句言いながらも応援に来てくれていたな。
「ふぅん、なかなか面白いことするじゃない。あのぬるぬるを一瞬でやっちゃうなんて」
マルファの姿が見えなくなったからか、リーゼが普段の好戦的な笑みを取り戻していた。
「零児、やはり彼らも異世界人なのか?」
「ん? ああ、あいつらは――」
「あたしたちは異世界人じゃないわよ」
俺の言葉を遮って四条が不愉快そうに言う。
「もちろん、そこの馬鹿みたいなハーフでもないわ。あたしたちは地球人だけど、ある異世界と関わったことで〝影〟を操る力を得た『影魔導師』っていう存在なのよ」
俺も詳しく知ってるわけじゃないが、影魔導師は周囲にある〝影〟を繰り、様々な力として利用する異能力者のことだ。その全てが地球人らしいのだが、俺はこの二人にしか会ったことがない。ところで馬鹿って俺のことか?
「別に差別するわけじゃないけど、異世界人と同じに考えないでもらいたいわね」
「す、すまない」
「いやセレス、別に謝らなくていいからな」
「ねえねえ、わたしの炎とどっちが凄いか勝負しない?」
「そしてリーゼは好戦的にならない! その炎は仕舞いなさい!」
むぅ、と不満そうに唇を尖らせながらも、『この世界では俺の言うことを聞く』というルールを律儀に守ってリーゼは大人しくなった。
「あー、こいつうるせぇ。なあ瑠美奈、さっさと終わらせようぜ?」
ギャーギャーと喚き立てるマルファを迫間が面倒臭そうに肩に担ぐ。
「そうね。じゃあ、あたしたちはこの子を監査局まで連行するから」
「ああ、また学校でな」
「会うかどうかは、わかんねえけどな」
迫間の操る〝影〟が四条とマルファを包む。
それが夜闇へと消えた後、三人の姿は文字通り影も形もなかった。
「なんであいつらが……?」
もはや魔王のことなんてどうだっていい。問題にすべきは、その魔王を倒したやつらのことだ。
「あの者たちは、確か」
心当たりがあるようにセレスが呟いた。そりゃそうだろうな。黒き翼で宙を舞う者と、一太刀で魔王を滅ぼした者。両者共、顔合わせくらいは済ませているはずだ。俺はよく知っている。
魔王を斬り捨てた少年が闇を纏い、消える。
「き、消えた!?」
セレスが驚きの声を上げると同時、そいつは同じように闇を纏って俺たちの目の前に現れた。一瞬で離れた空間を移動する――つまりアレも転移術の一つってわけだ。
「あー、なんつーか」
伊海学園の制服の上からマントに近い形状の黒コートを羽織ったそいつが、かったるそうにぼりぼりと頭を掻く。
「白峰、お前さぁ、なんでこんな面倒臭いことになる前に敵を討たないんだよ」
続けて、バサリという羽ばたき音と共に上空からの声。
「いつもいつも詰めが甘いのよ、アンタは」
鴉のような黒翼を背に生やし、天使のように降臨してきたのは、少年と同じ黒コートを着た少女だった。背はリーゼよりも高いが、それでも百五十センチはないだろう。やっぱりコートの下は学園の制服である。靡くスカートの中身が見えそうで見えなかった。
腰まで届く艶やかな黒髪を風に流し、彼女は割れ物に触れる時みたいな柔らかい挙動で地面に足をつける。すると、背中の双翼は夜闇に溶けるように消えてしまった。
俺はセレスたちみたいに驚くこともなく、挨拶の代わりに文句を投げかけてきた二人に言い返す。
「うっせーよ。仕方ないだろ? まさかああなるとは思ってなかったんだ」
「見苦しい言い訳とか並べないでくれるかしら? 相手が悪意ある者だとわかってたんだから、始末するのに容赦なんてする必要なかったのよ」
ぐ、と俺は押し黙ってしまった。それでも簡単に命は奪えない、なんて反論した日には偽善者呼ばわりされることが目に見えている。誘波とは違うベクトルで腹の立つちんちくりんだな。
「ゴミ虫様、彼らは一体何者安定ですか?」
未だに目を回しているリーゼを介抱しながらレランジェが問う。すると、男の方がうっかりといった表情をしてまた頭を掻く。
「そういやぁ、きちんと自己紹介してなかったっけか? あー、面倒だから瑠美奈、後はよろしぐきぃッ!?」
「人に任せないで! 自分の紹介くらい自分でしなさいよ、漣」
「だからって足踏みつけんなよ……」
はあ、と休み明けに登校する学生みたいな億劫さの滲み出た溜息を吐き、少年は重たそうに口を開く。
「あー、えーと、俺は迫間漣っつって、あんたらと同じ異界監査官なんだけど……あ、それはもう知ってるよなぁ」
「もっとちゃんと挨拶できないの? あたしは四条瑠美奈。監査官として漣とペアを組んでいて、今回は誘波に頼まれて仕方なく応援に来てあげたのよ。別に慣れ合う気はないけど、まあよろしくね」
「(お前のそれはちゃんと挨拶できてんのかよ……)」
「漣、なんか言った?」
「いやぁ、なんにも」
四条瑠美奈に半眼で睨まれ、迫間漣はブンブンと手を振って後じさった。この二人は俺とほとんど同じ時期に監査官になったやつらで、クラスは違えど学年は同じだ。だから他の監査官よりは接点があると言ってもいい。
「誘波のアホが言ってた援軍はセレスじゃなくて、つまりはお前らだったってことか」
「そうよ、悪い?」
「なんでいちいち突っかかるんだよ、面倒臭い」
黒ずくめの怪しい格好をしているが、基本的にいいやつらではある。喧嘩っ早い四条を迫間が諌める構図はいっそ微笑ましく思えたりもする。
「どうやら、敵ではないことで安定のようですね」
「そのようだな。この二人には〝人〟の温もりを感じる。スヴェンとは違う」
二人の遣り取りを見て、レランジェとセレスは共に警戒心を解いたようだ。
と、思い出したように四条がポンと手を叩く。
「ああ、そうそう、あたしたちは応援のついでにもう一つ仕事を押しつけられてるんだった」
「仕事?」
俺が怪訝に思って訊き返すと、四条は小さく頷いて肯定する。
「そう。この辺りをいつまでも人払いしてるわけにもいかないから、さっさと済ませるわよ、漣」
「へいへい」
迫間と四条の視線が一点に集中する。俺たちも釣られてそちらを見やる。
「ふぇ? ま、マルファになんか用かユゥ?」
冷や汗を滝のごとく流して後方に下がっていくマルファがいた。引き攣った笑みを浮かべ、ツインテールが危険を感知したようにうねうねしている。あからさまに様子がおかしい。
「マルファ、お前、なんかしたのか?」
「な、なにもしてないユゥ」
マルファの両目は焦点が定まっていなかった。
「その子、勝手に監査局を抜け出したのよ。まだ人化とかいろんなことが不完全だから、誘波があたしたちに回収命令を出したの」
四条はやれやれと肩を竦める。すると――
「は、早くそのぬるぬるを連れて行って! ていうか殺して!」
話を聞いていたらしいリーゼがそれはもう必死な形相で叫び訴えた。もう余程にぬるネバがトラウマになってるんだな。となれば冷蔵庫にあるナメコは俺が一人で食しておこう。
「マルファはこんなところで捕まるわけにはいかないユゥ!」
あ、逃げた。
「漣、逃がさないで!」
回れ右をしてダッシュするマルファを四条が追走しながら叫ぶ。
「あーあ、ホントに面倒だよなぁ」
と言いつつも噴き上がった闇に包まれた迫間漣は、一瞬でマルファの正面に出現する。転移って便利だよな。
「邪魔をするなユゥ! マルファはもっとおねえさまと一緒にいたいんだユゥ!」
マルファはツインテールをスライムに戻し、さらに硬化させて二本の槍を作ると、それらを連続突きで迫間へと殺到させる。だが、そのことごとくを迫間は漆黒の大剣で捌いた。
「〝夜〟のあたしたちに勝てると思わないことね」
口元をニヤリと歪めた四条が手を仰ぐと、なにもない空間からドロリとした黒いなにかが掬い上げられた。それは彼女の手中でダンタリアンを絞めつけたのと同じ〝影〟の帯に変わる。
四条は最小限の動作で帯を投擲し、迫間と交戦中のマルファをいとも簡単に拘束してしまった。
「ふぎゃッ!?」
光すら吸い込むような〝影〟の帯がマルファを雁字搦めにする。スライムの零れる隙間もない。
「出すユゥ! ここから出すユゥ!」
黒いサナギっぽいものと化したマルファがぐぐもった悲鳴を上げた。やり方は少し可哀想な気がしないでもないが、こうでもしなければあの変態スライムは捕まらないだろうね。
「思い出した。私も今の技で捕らわれたんだ」
「そうか。セレスも逃走経験があるんだったな」
あれはセレスがこちらの世界に来て間もなく、勘違いでリーゼに決闘を挑んだ後の話だ。あの時もこの二人は文句言いながらも応援に来てくれていたな。
「ふぅん、なかなか面白いことするじゃない。あのぬるぬるを一瞬でやっちゃうなんて」
マルファの姿が見えなくなったからか、リーゼが普段の好戦的な笑みを取り戻していた。
「零児、やはり彼らも異世界人なのか?」
「ん? ああ、あいつらは――」
「あたしたちは異世界人じゃないわよ」
俺の言葉を遮って四条が不愉快そうに言う。
「もちろん、そこの馬鹿みたいなハーフでもないわ。あたしたちは地球人だけど、ある異世界と関わったことで〝影〟を操る力を得た『影魔導師』っていう存在なのよ」
俺も詳しく知ってるわけじゃないが、影魔導師は周囲にある〝影〟を繰り、様々な力として利用する異能力者のことだ。その全てが地球人らしいのだが、俺はこの二人にしか会ったことがない。ところで馬鹿って俺のことか?
「別に差別するわけじゃないけど、異世界人と同じに考えないでもらいたいわね」
「す、すまない」
「いやセレス、別に謝らなくていいからな」
「ねえねえ、わたしの炎とどっちが凄いか勝負しない?」
「そしてリーゼは好戦的にならない! その炎は仕舞いなさい!」
むぅ、と不満そうに唇を尖らせながらも、『この世界では俺の言うことを聞く』というルールを律儀に守ってリーゼは大人しくなった。
「あー、こいつうるせぇ。なあ瑠美奈、さっさと終わらせようぜ?」
ギャーギャーと喚き立てるマルファを迫間が面倒臭そうに肩に担ぐ。
「そうね。じゃあ、あたしたちはこの子を監査局まで連行するから」
「ああ、また学校でな」
「会うかどうかは、わかんねえけどな」
迫間の操る〝影〟が四条とマルファを包む。
それが夜闇へと消えた後、三人の姿は文字通り影も形もなかった。
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