シャッフルワールド!!

夙多史

二章 温泉と異変(3)

 旅行出発日。時刻は授業を終えた放課後。
 山一つを丸々開拓して建てられた伊海学園には、広すぎる敷地内に道路が迷路のごとく複雑に入り組んでいる。だからって俺が迷ったりするわけじゃないんだが、普段行かないような場所へ辿りつくには多少時間がかかったりするもんだ。
 敷地内の道路は東西南北の四ヶ所にあるゲートへと続いている。大学の一号館――異界監査局のロッカーに預けておいた荷物を回収した俺たちは、その北口にある市営バスの停留所に集合していた。俺はいつも家と高校に近い南口を使っているため、反対側なんて滅多に行くことはない。
 空はまだ明るい。でもあと数時間もすれば夜の帳が下りる。
 二泊三日の旅行だけど、時間的に今日は着いたら即行で宿だな。行き先、知らねえけど。
 なんにしても旅行ってのは久し振りだ。昨日「オンセン♪ オンセン♪」と嬉しそうに口遊さみながら家の中をスキップしていたリーゼほどではないにしろ、俺だってドキワクを隠せない。

 ――たとえ、出発前から荷物持ちをさせられようともな。

「お前らなぁ、少しは自分の荷物持てよ」
「レージが『ジャンケン』ってゲームに負けたんじゃない。文句言わない」
「ゴミ虫様はヘタレ安定ですね」
「お前どこで『ヘタレ』なんて言葉知った!?」
 何度も言うが伊海学園は広い。そこを俺は三人分の大荷物を抱えて歩き回ったんだ。始まる前から疲労困憊ってどゆことよ?
 ヒラリ、と視界の端でスカートが靡いた。
「零児、お前たちで最後だぞ」
 そこには銀髪美少女――セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルが腕を組んで屹立していた。
「悪いな、セレス。こっちの方はあまり来たことなくてな」
「いや、構わない。遅れたわけではないのだからな」
 凛とした微笑みを返すセレスは、学園の制服を着ている。なんか知らんが、俺たち学生は私服禁止らしい。修学旅行気分にでも浸りたいのだろうか。
 俺たちが最後ってことは、さて何人が参加してるんだ?
 停留所にはマイクロバスが停まっている。そこの前に……おお、いるいる。見知った顔ばかりだ。俺らを含めて十余人ってところか。よくこんな突発的な企画に参加したなと誉めてやりたい。
 だが、流石に監査官は少ないな。元々付き合いの悪いやつばかりだし、大勢が監査局を留守にするわけにもいかないから仕方ないけど。
 と――
 ぎゅむっ。
 唐突にリーゼが俺の背に隠れるようにして裾を掴んできた。いつもの強気な目が小動物みたいに弱々しくなっている。人見知りするような性格じゃないのに、一体どうしたんだ?
「レージ、あいつ、いない?」
 幼子のような口調で訊いてくる。
「あいつ? なぜか局員でもないのに稲葉いなばレトと談笑している桜居ならあそこにいるぞ?」
 てかホントになんであのアホがいるんだ? 俺は旅行のことなんて話してないぞ。
「違うわよ! あいつ、あのぬるぬる女!」
「ああ、マルファか」
 見る限りだと、いない。たぶんまだ教育機関に軟禁状態なのだと思う。あいつは能力的にも監査官候補だし、そっちの方も勉強させられているはずだ。気の毒に。
 マルファがいないことをリーゼに伝えると、このお嬢様は小動物から一変してぱあぁと輝かんばかりの笑顔になる。……この嫌われよう、マルファには憐憫の念を抱かずにいられない。まあ、自業自得だけれど。
「はぁい、アテンション・プリーズ。皆さん揃いましたねぇ?」
 泣く子も眠りそうなおっとり穏やかな口調に、参加者全員がそちらを振り向いた。
 すると、バスの中から緩いウェーブヘアーに蒼い瞳をした美少女が下りてくる。グリーン系のジャケットに半袖ブラウス、タイトスカート、頭の上にはちょこんと制帽が乗っかっている。
 おいおい、バスガイドさんまで雇ったのかよ。本格的なツアーだな。
 しかし、あのバスガイドさん、どっかで見たことあるような……。
「うっひゃー! バスガイドの格好似合ってますよ! 誘波さん!」
 なぜか参加している桜居が鼻息を荒くする。わかりやすい反応するなよキモイぞ。
「待てよ桜居、どこにあの万年着物コスプレした変態がいるんだよ。あんなのと間違えるとかバスガイドさんに失礼だろ」
「あっ、馬鹿、白峰」
「あん――ハッ!?」
 全身に突き刺さる殺気という名の圧力を感じて俺は硬直した。見るとバスガイドさんがニッコニコの笑顔に影を落とし、ウェーブヘアーをメデューサのように蠢かしてどす黒いオーラを放っている。……そういえば誘波に似てなくもない。
「えっと……誘波の双子の妹さん?」
 かろうじて、口が動く。頼む合っていてくれ。
「私にそんな設定はありませんよぅ、レイちゃん。、どちらがお好みですかぁ?」
 くっそやっぱり本人だったか!
「わ、悪い、誘波。いつもの十二単じゃないから気づかなかった。えーと、凄く似合ってるぜ」
 白い歯を見せてはにかみ、ぐっとサムズアップしてみる俺。
「レイちゃん、私は上か下かと訊いているのですよ?」
 ダメでした。
「……じゃあ、下で」

 ズゴガァンッッッ!!

 俺は〝上方から圧しかかる風〟になんの抵抗もできず、アスファルトに人型のクレーターを作るのだった。周りの参加者は危険を察知して早々に避難しており、リーゼとレランジェに至ってはちゃっかり自分たちの荷物を俺から回収してやがった。
「私の本体は十二単だと思っていたのですね! 酷いです! レイちゃんのバカ!」
 子供のように頬を膨らまし、怒り目で俺を罵倒するバスガイド誘波。状態報告すると、俺、今その声が聞こえるのが不思議なくらい全身打撲中なんですけど。

 その状態のまま出発時刻となり、俺はレランジェにボロ雑巾でも摘まむような運ばれ方でバスへと引っ張り込まれた。
 車内前方、右手窓際の席に放り捨てられた俺。この旅行から無事に帰還できるのか激しく不安になってきた。
「れ、零児、その、なんだ、隣、座ってもよいだろうか?」
 俺が遠い目をして窓の外を眺めていると、なんかセレスがもじもじと体をくねらせて噛み噛みにそう訊いてきた。心なしか顔も赤いし目も泳いでいる。彼女にとっては異世界で初めての旅行だ。緊張でもしているのだろう。
「俺は別にいいぞ。勝手に座ってくれ」
「本当か! りょ、了解した。失礼する」
 ぱっとセレスは表情に花を咲かせ――
「レージ! そこ代わりなさい!」
 ――横から割り込んできたリーゼに突き飛ばされた。
「〝魔帝〟で最強のわたしは外が見える方がいいわ。レージはわたしの隣!」
 窓際席と〝魔帝〟で最強はどんな風に繋がっているのか教えてくれ、リーゼよ。
「ま、〝魔帝〟リーゼロッテ、そこは私が予約した席だぞ。横取りは許さん!」
 セレスは、キッ、と殺人視線でリーゼを睨む。対するリーゼはフンと鼻息を鳴らし、
「お前は床にでも座ってればいいんじゃない?」
「マスター、ゴミ虫様の隣に座るなどレランジェも反対安定です。ヘタレ菌に感染してしまいます。お外が見たいのでしたらレランジェの隣でも安定です」
「ああ、お前ならそう言ってくると思ったよ! そしてヘタレ菌ってなんだ!」
 まったくなんで俺はこの口悪メイド人形を誘っちまったんだ。どこかに電源のスイッチとかないかな? 永久に切っといてやるのに。
「零児の隣には私が座る。零児も許可をくれた。後からしゃしゃり出てくるとは、〝魔帝〟がそこまで卑怯者だとは知らなかったな」
「フフン、卑怯者? なにそれ? レージはわたしのものなんだから、わたしの傍にレージがいることは当然のことよ」
「ならば決闘だ、〝魔帝〟リーゼロッテ! 勝った方が零児の隣だ」
「望むところよ。灰にしてあげるわ」
「だからどうしてお前らは最終的にそうなるんだぁあッ!?」
 頼むからくだらないことで騒がないでくれ。なにが原因でこうなるのかさっぱりわからん。そしてそこの誘波、なにが楽しくてニヤニヤとこっちを眺めてやがる。止めろよ。この二人に武力介入できるのはお前だけなんだぞ!
「はいはいはい、んじゃ、お邪魔しますよっと」
 リーゼとセレスがバチバチと視線をぶつけ合っている間に、桜居がふてぶてしく俺の横に腰かけた。
「「なっ!?」」
 同時に絶句する二人。そんな彼女たちに桜居は飄々とした笑みを浮かべて、言う。
「リーゼちゃん、せっかく楽しい旅行なんだから喧嘩なんてするべきじゃないだろ。セレスさんも、こんなことで争うのは時間の無駄だとは思いませんか? というわけで、オレが白峰の隣に座るってことでこの話は決着。ほら、仲直り」
「「…………」」
 桜居に宥められたリーゼとセレスは興醒めしたらしく、渋々と別の席についた。リーゼはレランジェの隣、セレスは稲葉の隣である。
 すると、桜居の口から怪しげな笑い声が零れる。
「ククク、白峰、地球人の美少女だったら目を瞑ってやるが、異世界美少女と相席するなんて羨ましいイベントはこのオレが潰させてもらうぜ」
「そんなこったろうと思った」
 でも実際にあの二人の喧嘩を無傷で収めたお前は凄いと思うぞ。俺はいつもボコボコになってるからな。
「ではでは、面白いものも見れたことですし、そろそろ出発しますねぇ♪」
 誘波が穏やかにそう告げる。が――
「ちょっと待てよ、バスの運転手がいねえじゃねえか」
 そうだ、出発するにも肝心の人物が見当たらない。トイレにでも行っているのだろうか?
「いえ、レイちゃん。運転するのは私ですよ」
「はい?」
 局長自ら運転すると? バスガイドのコスプレなんてしてるから、てっきりそっちの役をやるんだと思ったのだが……。
「大丈夫です。運転免許はちゃーんと持っていますよぅ。三日で取りました」
「絶対チートしてるよねそれ!?」
 原付自転車じゃあるまいし、そんなに早く免許が取れるわけがない。
「あと一体どこへ行くんだよ。当日に教えるんじゃなかったのか?」
「それは到着してのお楽しみですよ」
 俺の不安の声なぞどこ吹く風で、誘波はバスガイドコスプレのまま運転席に腰を下ろす。それから数秒後に、ブロロロロン! と景気よくエンジンがかかった。
「皆さんシートベルトをしてくださいねぇ。発進時は揺れますので、大怪我しないようにちゃんと着用してください」
 そんな大げさな、と思いながら俺は言われた通りシートベルトを着用する。
 皆がシートベルトをしたことを認めると、誘波はやたら楽しげなルンルン声で、
「それじゃあ行きますよぅ……テイク・オーフ♪」
「テイク・オフ!?」

 瞬間、ビュオオオオン!! という風音が爆発し、
 ぐらっと車体が傾いたかと思えば、
 ロケットを打ち上げたように、
 バスが飛んだ・・・

「どわぁああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
 そのまま戦闘機にも匹敵する速度で大空を翔るバス。どうなってんだと思いきや、すぐに誘波の〝風〟によって飛行しているのだと知る。
 彼女のバケモノすら超越したような力に改めて恐怖を覚えながらも、俺はこんな疑問を感じていた。

 ……エンジンつけた意味は?

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