シャッフルワールド!!

夙多史

一章 来る学園祭に向けて(4)

「零児、やはり私はこのようなことはよくないと思う」
 生真面目なセレスが生真面目な顔をしてそう咎めてきた。俺をまっすぐに見詰める瞳は吸い込まれそうな翠色をしている。いつも思うけど……綺麗だよなぁ。
「我々はまだ学校を終えたわけではない。なのに、このような不要な店に立ち寄ることは規則に反するのではないか?」
「いや、大した理由もない奇抜な格好を黙認する緩い学園だぞ? それに俺らは嫌な役目を押しつけられたんだ。喫茶店とかで冷たい物でも飲まんことには割に合わん」
 俺とセレスは百円ショップを出た後、学園との丁度中間地点にある喫茶店で道草を食っていた。店名は『オストリッチ』……なんで和訳すると『ダチョウ』なのかは謎だが、店内はレトロで物静かな雰囲気に包まれていて俺はけっこう気に入っている。滅多に来ないけどな。
「しかし……」
「真面目に考え過ぎだ、セレス。これはサボりじゃない。帰り道でぶっ倒れないための休憩なんだ。途中で熱射病とかになってみろ、学園に帰れないどころか病院様のお世話になっていろんな人に迷惑がかかる」
「そ、そういうものなのか? 私の通っていた騎士学校では『どのような辛い環境だろうと這ってでも目的地に辿り着け』と教わったが……これが世界観の違いというものなのだな」
 いやそれは単に学校の教育方針が根本的に違うだけだと思うが……まあ、とりあえず納得してくれたならいいや。
 セレスはまだ不満げな様子でストローを咥え、注文したまま手をつけてなかったオレンジジュースをちゅるちゅると上品に飲み始めた。これで俺もようやく手元にあったアイスカフェオレで喉を潤すことができる。まったく、『待て』を指示される犬の気持ちがよくわかるぜ。

 俺たちはたっぷり三十分ほど休憩を取って店を後にした。セレスは最初に頼んだオレンジジュースのみで過ごしていたけれど、罪悪感が抜け切れなかったんだろうね。
 と――
「へい、彼女たち。今もしかして暇?」
「俺たちと楽しいことしねえか?」
「なんならお友達も誘ってみんなで遊ぼうぜ?」
「そりゃいい。四対四って感じにしようや。ヒャッハー!」
 店を出てすぐのところで、不良然としたチャラい服装の男たちが女子大生っぽい二人をナンパしている光景が目に入った。頭の悪いセリフが通りによく響いているな。今時「へい、彼女」はないと思うのは俺だけじゃないはずだ。
 見たところ女子大生二人は完全に萎縮しているようだ。二人揃って「や、やめてください」「助けて」と怯え切ったか弱い悲鳴を漏らしている。そんな女子大生の様子に、不良たちは表情を愉悦に歪めたりなんかして……あいつら屑だなぁ。
 正直あんまり関わりたくないが、助けられるのに見過ごすってのは後味が悪い。仕方ない、他の誰もが見て見ぬフリをするってんなら、最近スキルレベル上昇中の俺の『OHITOYOSI』を発動させるとするか。
 そうなると……両手一杯の荷物が邪魔だな。
「なあ、セレス――」
「零児、すまないが少しの間これを持っていてくれ」
 騎士の顔になったセレスに先にレジ袋二つを押しつけられてしまった。セレスは凛とした表情でナンパ男四人に近寄っていく。あーそうか、俺が出る幕なんてないんだ。正義感の強いセレスの方が、俺なんかよりもずっと不届き者の愚行を見過ごすなんてできないだろうからな。
「やめないか貴様ら。彼女たちが困っていることもわからないのか?」
 セレスははっきり強く言い放った。すると、不良たちは興が覚めたといった様子で一斉に振り向く。
「あん? なんだぁ? 誰だよ邪魔すん――なっ!?」
 一番がたいのでかいスポーツ刈りの男がセレスを見てぎょっとする。他の三人もそれぞれ驚愕した面持ちで顔を引き攣らせていた。その隙に女子大生たちが逃げていくのを確認。よし、もう安全だろう。
「て、てめーはこの前のコスプレ女!?」
 茶髪をツンツンに逆立てたやつがセレスを指差してそう言った。なんだなんだ知り合いか? それとも人違いか?
「なんの話だ? 私は貴様らなど知らんぞ」
 セレスが眉根を寄せる。やっぱ人違いみたいだな。が――
「ざけんな! あんときゃよくもやってくれたな!」
「ここであったがなんとやらってか? あの時の借りを返してやるぜヒャッハー!」
 異常な数のピアスを片耳につけた男と、語尾のテンションがやけに高い最も小柄な男がセレスに殴りかかってきた。おいおい、暴力沙汰になるの早えぞ。どんだけ沸点低いんだよあいつら。
「あっ、思い出した。私がこちらに来た時に懲らしめた愚か者どもか。どうやら少しも反省していないようだな」
 ひょいひょいとセレスは二人のパンチをかわし、カウンターで足を引っ掛けて転倒させる。セレスなら俺が加勢しなくても大丈夫だと思うが……この不良どもと一悶着あったことは確かみたいだ。
「てんめぇ! ――べぶぅ!?」
 顔を狙ってきたツンツン茶髪野郎の拳をセレスは首だけの動きで避け、そのまま腕を取って背負い投げの要領で地面に叩きつけた。およそ剣士らしからぬ戦い方だが、それはセレスなりにちゃんと加減しているってことだ。
 だが――
「もらったぁ! その大事そうに背負ってるやつをいただくぜ!」
「むっ」
 スポーツ刈り野郎がセレスの背後から襲いかかり、聖剣ラハイアンを奪おうと手を伸ばす。セレスは即座に反応して振り返ろうとするが――がしっ。
「なにっ」
 足と両手を他の三人に掴まれてしまった。その隙にラハイアンを剥ぎ盗られる。
「くっ、不覚……」
「こいつは前に俺たちをボコった武器なんだろ? ――ってかなり重ぇな。まあいいか。とにかく今度は俺たちがこいつでてめぇをぶちのめしてやらぁよぐぶらずべあぅ!?」
「おっと足が滑った」
 得意げな顔をしてセレスから奪った聖剣の布を外そうとしたスポーツ刈り野郎を、俺は背中から思いっきり蹴飛ばしてやった。その際に手放された超長剣を俺はなんとか腕に引っ掛けてキャッチする。レジ袋がかなり邪魔だ。その辺に置いとけばよかった。
「「「兄貴っ!?」」」
 セレスに引き剥がされた不良三人が電信柱に顔面をぶつけたスポーツ刈り野郎に駆け寄った。兄貴ってことは、あいつが一応リーダーなんだな。
「ほれ、セレス。もう盗られんなよ」
「すまない、零児。私が油断していた」
 セレスは俺から聖剣ラハイアンを受け取ると、手慣れた仕草で背中に担ぎ直した。
「自分の命よりも大切な剣を奪われるなどと、騎士としてあるまじき失態だ」
「いや、別にそんな自虐的にならんでもいいだろ。お前なら俺が手を、いや足を出さなくてもすぐに取り返せただろうし」
 悔しそうに唇を噛んでいたセレスは、「確かにそうだが……」ともごもご口を動かし、
「やはり、礼は言わせてもらう。ありがとう」
 若干頬を朱に染めて、優しげに微笑んだ。
 うっ……その笑顔は反則だろ! 破壊力抜群だ。こっちも照れ臭くなって思わず目をそむけちまったじゃないか。
 と、そむけた視線の先には憐れな不良たちの姿が……。
「オラこのゴミ虫・・・野郎見せつけてんじゃねえよぶっ殺すぞああん!」
「まさかそこのゴミ虫・・・みてえな野郎と付き合ってんのか? 腕っ節はいいのに見る目ねえな姉ちゃん!」
「そんなゴミ虫・・・っぽい顔したやつなんて捨てちまえよ!」
「そんで俺らと仲良くするってこと? ヒャッフー! そりゃいい! ゴミ虫・・・野郎は燃えるゴミの日に出してやんよ」
「あー、セレス、ちょっと荷物持っててくれ」
 俺はセレスにレジ袋を渡してから、ポキポキと指の骨を鳴らしつつ満面の笑顔で不良たちの傍まで歩み寄った。
「いいか、教えておく。耳の穴を五センチほど広げてよーく聞け糞野郎ども。俺を『ゴミ虫』と呼んでいいやつはこの世に一人一体一匹たりともいねえんだ」
「「「「ひっ」」」」
 俺からなにか得体のしれない危険オーラでも感じ取ったのか、不良たちは滝のような冷や汗をかいてビクビクと痙攣し始めた。
 お構いなしに、俺は続ける。たぶん今の俺は笑顔だけど目はハンターのそれだろうね。
「まあ、つまり、なにが言いたいかっていうとアレだ…………キサマラヲコロス」


        ――しばらくお待ちください――


「あー、やべえ。めっちゃスッキリした」
 俺は顔中ボコボコに腫らして積み上げられている不良たちを背に、パンパンと手をはたく。なんというか、日頃の鬱憤が晴れたように気持ちいいな。
「れ、零児、少々やり過ぎだと思うんだが……?」
「いやぁ、体がもう勝手に動いちゃってハッハッハ」
「零児がいつになくご機嫌だ!?」
 セレスが俺の顔を見て瞠目した。失敬な。俺だって機嫌のいい時くらいある。この前だって……あれ? 思い出せない。
「て、てめえら、俺たちに手ぇ出してタダで済むと思うなよゲフッ」
「俺たちゃこの辺で恐れられてる『ヴァイパー』って組織の一員なんだぜガフッ」
「組織っつってもただの不良集団だけどなブフッ」
「でもその辺のヤクザなんかじゃ太刀打ちできねえんだヒャハッ」
 見るも無残な姿となった不良たちがなんか言ってるな。こういうのを負け犬の遠吠えって言うんだろう。あと最後のやつ、咳なのか笑い声なのかはっきりしろ。
「知らねえよ。そんな不良集団とかどうでもいいし」
 ぶっちゃけ異界監査官の職務対象外だしな。単なる街の不良なんて。
 兄貴と呼ばれているスポーツ刈り野郎が鼻血を拭いて立ち上がる。
「後悔しろよ。今日の俺たちには大兄貴がついてんだ! 大兄貴は強ぇぞ。てめえらなんて一瞬で大気圏の外まで吹っ飛ばしちまうくれえ強ぇんだ」
 大兄貴? まだこいつらみたいなアホがいるのかよ。しかしよくそんな三流悪役みたいなセリフを往来の真ん中で堂々と叫べるよな。誤って尊敬しそうだ。
 俺は嘆息してセレスを見る。
「なんか知らんが無視して帰ろうぜ、セレス。誰かに警察呼ばれてたら面倒だ」
「そうだな。被害者の二人は逃げたようだし、私たちがこれ以上彼らと騒動を起こす理由はない」
「んじゃ、決定」
「「「「待てやコラァ!」」」」
 踵を返した俺たちを、四人が同時に呼び止めた。
「んだよ? もうてめえらと関わる気はねえっての」
 しまった。なに返事してんだ俺。
「うっせぇ! こっちにはあんだよ!」スポーツ刈り野郎が喚き、「――というわけでして大兄貴、ちょっとボコってほしいやつらがいるんです。はい。よろしくお願いします」
 ピッ、とそいつは耳にあてていた携帯電話の通話を切ってズボンのポケットにしまうと、再度俺たちを睥睨してきた。
「もうちょい待ってろや!」
「今呼んだのかよ! 最初っから近くにいたんじゃねえのかよ!」
 ダメだこいつら。本当にどうしようもねえ。そう思って俺が今度こそ立ち去ろうとした次の瞬間――

「俺的に、割と近くにいたと思うんだが」

 トン、と。
 俺とセレスの背後で軽やかな着地音が聞こえた。
 ……この声、まさか。
「俺様の子分に手ェ出したやつがいるっつうから来てみれば、俺的になかなか面白れェことになってんじゃねェかよ――なァ、白峰零児」
 振り向くと、狂戦的な笑みを浮かべた作業着姿の青年がそこに立っていた。

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