シャッフルワールド!!

夙多史

二章 監査官対抗戦・予選(2)

 高等部の校舎を出て大学の方へと歩いていると、途中でいくつかの分かれ道にぶつかる。どこをどう曲がったらなにがあるなんてのは、俺だって把握し切れていない。それほど複雑な分岐点が多々あるんだ、この学園は。人間は誰しも完全記憶能力を持ってるわけじゃないんだぞと言いたいね。
 だがまあ、今回は迷う必要はない。校舎を出て最初の分かれ道を左に曲がれば済むからだ。
 学生たちが営む出店を眺めながら進むと、すぐに大きく開けた場所に出る。地面に敷かれたタイルなどは全体的に白く清潔感があり、各所に設置されたベンチからは街や空の風景を遠く広く存分に望めるため人も多い。
 当学園自慢の大人気スポット――スカイテラスだ。
 そして、セレスとの待ち合わせ場所でもある。
 ここならわかりやすいし、高等部の校舎からも近い。ついでにテラス付近には出店も多くあるからな、昼食にも困らないってわけだ。
 女装を解いてスカイテラスまでやってきた俺は、すぐに目印となる銀髪ポニーテールを発見した。
 テラスに立つセレスは、どこか物憂げに景色を見下ろしていたのだが……あれ? なんか雰囲気がいつもと違う。
「む? 零児、来たか」
 セレスがこちらを振り返る。彼女は髪型こそそのままだったが、黒のジャケットにズボンにバックレスベスト、ウインザーノットで締めたネクタイに白い手袋といった格好をしていたのだ。
 どこからどう見ても執事服。男装だ。
 なんというか、わかってたけど着こなし抜群で異様に似合っているな。セレスに黒はどうかと思っていた俺だが、これは考えを改める必要があるかもしれん。
 俺がなにも言えず見惚れていると、セレスは居心地悪そうにもじもじと身を捩って白い頬に朱を差した。
「そ、そんなにじろじろと見ないでくれ。き、着替える暇がなかったのだ」
「あ、悪い」
 いつもの凛としたセレスは男らしくてカッコイイが、こうして恥じらうところ見るとやっぱり女の子だなって思ってしまう。
「わ、笑いたければ笑え。このような格好、私にはどうせ似合ってなどいない」
「いや、普通を通り越したレベルで似合ってるぞ」
「に、ににに似合ってるだとッ!?」
 瞠目して絵に描いたように狼狽えるセレス。温度計みたいに首から頭にかけて紅潮していく。……しまった。男の格好を誉めても女の子的に嬉しくないよな。あんなに真っ赤になるほど怒らせてしまったようだ。
 …………ふう。
 鉄拳制裁は必然、か。覚悟した俺は目をきつく閉じて歯を食い縛った。
 ――が、一向にその時はやってこなかった。
 恐る恐る目を開けると、セレスはなにやら両手を頬にあてて「似合ってる、似合ってる」と呪文のように繰り返し呟いていた。そ、そんなにショックだったのか? もう土下座するしかねえよ!
「? 零児、なにをしているんだ?」
 両膝を折り、日光で熱された白タイルに額を押しつける俺にセレスが訝しげな声をかけてきた。
「怒らせたみたいだから謝罪を」
「怒らせた? 誰を?」
 おや? セレスは怒ってないのか? 俺の思い過ごしだったってことか?
「その、すまないが着替えてきてもいいだろうか? やはり、この格好だと恥ずかしい」
 最後の方の声は萎んでいてよく聞き取れなかった。
「あ、ああ、待ってるよ」

 それから約十分後、セレスは学園の制服の上から武装した姿となって戻ってきた。肩当て、胸当て、ガントレット、純白のマント、聖剣ラハイアンもしっかりと背中に担いでいる。思うに、執事服よりそっちの方が俄然恥ずかしいだろ。周りは学園祭の仮装だと思って気にしてないようだけど。
「やはり、この姿の方が落ち着くな」
「元から着てた軍服みたいなのはどうなったんだ?」
「あれは〝魔帝〟との戦闘でダメになってしまったのだ」
「ああ……」
 最初に着ていた軍服を見ないなと思っていたら、あの時から制服+武装がセレスのデフォルトになったってわけか。
「じゃ、とりあえずメシにしようぜ。あんまり時間ないから見て回ることはできないけど、セレスはなにか食いたいもんあるか?」
「そうだな、私にはよくわからないから零児が食べたいもので構わないが……」
 セレスは顎を人差し指で持ち上げて考えている。テラス付近の出店で見たものでも思い出しているのだろうか。
 と、その時――
「よっ、白峰。お前らも昼飯か?」
「早く済ませないと、一時からの対抗戦に間に合わなくなるわよ?」
 日光熱をたらふく吸収しそうな黒ロングコートを羽織った迫間漣と四条瑠美奈が、俺たちを見つけて歩み寄ってきた。光に弱い影魔導師の二人はあのコートがないと日の下を歩けないのだ。
「なんだ、お前らも対抗戦に出るのか?」
 意外に思って言うと、長い黒髪をストレートに下したちっこい方――四条がむっと唇を尖らせる。
「なによ? あたしたちが参加しちゃ悪いの?」
「子供みたいに絡むなよ、瑠美奈。面倒臭い」
 いつものように迫間が頭を掻きながら諌める。この二人とは一度ガチで戦ったことがあるんだが、息ぴったりのコンビネーションに相当苦戦させられたもんだ。
 だけど――
「お前ら、出たとしてちゃんと戦えるのか?」
 影魔導師は周囲が暗ければ暗いほど力を増す。逆を言えば明るければ明るいほど一般人以下になるとても億劫な能力者なんだ。予選がどんな形式のものかは知らないが、真っ昼間から強力な影魔導術は使えないだろう。
「まあ、面倒臭いことに運がよくないと瞬殺されるな、俺らは」と、迫間。
「でも、お金が必要なのよ。纏まったのが」むすっと、四条。
 金、か。一般的な理由だと思う。俺も出場する動機の半分はそれだし。
 四条はともかくとして、面倒臭がりの迫間まで参加するとなると余程に欲しいものがあるんだろうね。例えば……
「結婚資金とか?」
「ふざけてると殺すわよ?」
 違ったか。
「では、二人はなにが欲しいのだ?」
 セレスが問いかけるも、四条は言いづらそうに口籠った。迫間は苦笑している。人には言えないことなのか? となると――
「やっぱり結婚資き「コロス!」急所にあたったぁあああああッ!?」
 お股の大事なところを蹴られて悶え転がる俺。痛い。めっさ痛い。もうお婿に行けない……。
 そんな俺を四条は冷め切った視線で見下す。
「(なんで、こんなやつのためにあたしたちが……)」
「?」
 四条がなんか囁いたような気がしたが、お股から来る激しい痛みのせいでよく聞き取れなかった。
 と、セレスが興味深げに四条を――正確には四条が持っている経木の舟皿を見詰めていることに気がついた。俺の心配もしてほしいものだが、自業自得だとか言われそうだ。
「瑠美奈殿、その、手に持っているものはなんなのだ?」
「アンタ、たこ焼き知らないの?」
 四条は爪楊枝をキツネ色に焼けた一口サイズの丸っこい物体に突き刺し、顔の前まで持ち上げた。セレスはそれを翠色の瞳でまじまじと観察している。
「いい香りだ。これは食べ物なのか?」
「そうよ。――はむっ」
 四条は食べ物であることを示すためか、セレスに見せつけるようにたこ焼きを口に含んだ。
「あっふあっふ。もぐもぐ」
 出来立てだったのだろう、四条は口の中でたこ焼きを転がしながらも美味しそうに咀嚼しているな。熱々なのは八個入りのたこ焼きに塗された鰹節が踊っていることからも窺える。
「んん~ やっぱり奢ってもらったたこ焼きは美味しいわね♪」
 満足そうに片頬に手を添える四条。その後ろで迫間が財布を開いてさめざめと泣いていたことは見なかったことにしよう。絶対にたこ焼きだけに止まってないだろうから。
 で、セレスはというと……羨ましそうだ。是非とも食べてみたいと顔に書いてある。
 昼飯はたこ焼きで決定だな。
「四条、そのたこ焼きどこで売ってたんだ?」
 痛みから回復した俺が訊くと、四条はすぐそこの出店が並んでいる場所を指差した。
「あそこよ」
「そうか、サンキュー。そんじゃあ、また対抗戦で会おうぜ」
「フン。アンタたち、予選落ちなんかしたら承知しないわよ」
「うむ。対抗戦、共に頑張ろう」
「面倒臭えが、お互いにな」
 簡単に励ましの言葉を交わして迫間たちと別れ、俺とセレスは出店群の方へ向かった。

「この世界には面白い料理がまだまだあるのだな」
「俺らにとってはセレスの世界の料理の方が珍しいだろうね」
 すぐに見つかったたこ焼き屋で八個入りを二皿買い(もちろん俺の奢りです)、俺たちはベンチを求めてスカイテラスに戻る道を歩いていた。
「そうか? ならば今度は私が故郷の料理をご馳走しよう」
「ごめん、遠慮する」
「なぜだ? 食材はこの世界とそう変わらないぞ?」
「セレス、この前の調理実習の件は覚えているか?」
「あ、あの時と今では違う! それに故郷の料理なら私にだってちゃんと作れるんだ!」
「俺に食わす前に、味見だけはしてくれよ頼むから」
 ただでさえ俺は毒杯を手にし兼ねない毎日を過ごしてるんだ。どこかのメイドのせいでな。これ以上料理で冒険はしたくない。
「あっ」
「むっ」
 出店群を抜けたところで、見覚えある金髪紅眼のちびっ娘と、ゴスロリのメイド服を着た女性と遭遇した。
 リーゼとレランジェだ。
 噂をすればなんとやらってやつか? 心の中だったのに。
 というか、リーゼもまだ男装したままだ。あの長い金髪をどうやっているのか頭の後ろで纏めていて、服装もセレスが着ていたのと同じ執事服。パッと見、美少年にしか見えない。年下の可愛い美少年好きのお姉さんが寄って集るわけだ。
「そこをどけ、〝魔帝〟リーゼロッテ」
 こちらが避ければ済む話なのに、セレスは威圧的にそう言い放った。当然、リーゼが従うわけがない。
「フン、お前がどきなさいよ」
「なに?」
 バチバチと両者の間でスパークが迸る。通行人に迷惑だから他でやってもらいたいね。
「むむ? レージ、なに食べてるの?」
 俺が持っているたこ焼きに気づいたリーゼが問い詰めてきた。
「たこ焼きだ。食べるか?」
 俺が爪楊枝に刺して一個差し出すと、リーゼの紅眼にお星様が浮かんだ。
「食べる! ……あっ、い、いらない! レージは敵! 敵からはなにも貰っちゃダメなの!」
「いつまで拗ねてんだよ」
 家では割と普通だったのに……セレスがいるからか?
「マスター、レランジェは感激安定です。ついにこのゴミ虫様を敵と認識されたのですね。すぐに排除安定です」
 レランジェが俺に右手の魔導電磁放射砲を翳してくる。
「やめろ! 敵っつってもそういう意味の敵じゃねえよ!」
「どういう意味だろうとマスターの敵はレランジェの敵です。敵ならば排除安定です」
「レランジェ、やめなさい」
 今にも右腕を開いて電磁レーザーをぶっ放そうとしていた侍女を、リーゼが強く諌めた。
「レージと騎士崩れを燃やすのは『たいこうせん』ってのが始まってから」
「……了解です、マスター」
 凄い。
 リーゼが、ちょっと大人に見えたぞ。これまでも何回かレランジェの暴挙を抑えてくれたことがあるが、その時とは違う。リーゼは対抗戦の意味を知った上でそう言ったんだ。成長してるんだな。
 きゅるるるぅ。
 感心したところで、リーゼのお腹から可愛らしい音が鳴った。
「やっぱり食べるか?」
「~~~~~~~~っ」
 俺がたこ焼きを再び差し出すと、リーゼはハムスターみたいに膨れっ面になってしばし逡巡し――パクッ。手に取ることなく口でたこ焼きを引っ手繰った。うん、お行儀が悪いぞ。
「なっ!?」
 なぜかセレスが絶句している。敵、というか〝魔帝〟に塩を送ることがそんなに嫌だったのだろうか? 
 下手すりゃ火傷の危険がある出来立てあっつあつのたこ焼きを、リーゼはなんともないようにもぐもぐごっくん。流石は〝魔帝〟だな。
「……おいしい。レランジェ、これ買って!」
「了解です、マスター」
 リーゼの頭にはもうたこ焼きしかないのか、自分からセレスを避けて出店群の奥へダッシュしていった。レランジェも主の後に続く。あいつらも馴染んできたなぁ。
「――よ――慈しみ――感謝して――祝福を――」
 ふと横を見ると、セレスが瞑目してよくわからない言葉を唱えていた。精神を落ち着ける文言かと思ったが、それはセレスの世界で食事の前に行う祈りだと俺は思い出す。なんで今やってるんだ? 我慢できなくなったのか?
 やがて祈りも終わり、セレスはカッ! と目を開いた。
「零児、その、えっと、わ、私にもたこ焼きを貰えないだろうか?」
「は? なに言ってんだよ。自分のがあるだろうが」
「そ、そうだったな。でも、だけど、〝魔帝〟が、その、なんだ……」セレスはなぜかしゅんと項垂れ、「やっぱりいい。忘れてくれ。ううぅ」
「あ、ああ」
 よくわからないセレスだった。

 そして時は流れ、午後一時。
 監査官対抗戦の予選が、開始される。

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