シャッフルワールド!!

夙多史

間章(2)

 幾多の輝きが遠くちりばめられた闇色の空間に、一本の光の筋が通る。
 それはとある一点の輝きから、別の一点の輝きに向かって徐々に伸び続けている。
 まるで、本来相容れないはずの二点を繋ぐ架け橋のように。
「存外に、遠い」
 光の橋の先端を歩むは、法衣に似た白い王族衣装を纏う青年――クロウディクス・ユーヴィレード・ラ・フェルデだった。
 彼は長く美しいブロンドの髪を風もないのに靡かせ、絶対的な意思の光を宿した赤紫色の瞳でまっすぐに向かい側にある輝きを見据えている。
 彼の傍らに浮かぶ、星空を剣の形に切り取って貼りつけたような長剣が明滅する度に、光の橋が僅かずつその先端を広げる。クロウディクスがそこを踏み締める度に、光の橋は強固なものとして定着する。
 次元に距離という概念は存在しない。この空間は異次元でも異空間でもなく、わかりやすく例えるならイメージの世界。しかしただの妄想や夢とも違う、クロウディクスが個として存在できる世界だ。
 言うなれば、ここは〝次元渡り〟のための儀式場だ。
 クロウディクスはそこに精神体として存在している。こうして自世界と他世界とをリンクさせてから、本体のある現実世界から門を開くのだ。そうしなければ、開門したところでどこに繋がるかわかったものではない。
 よく観察すれば、クロウディクスの世界から数多の光が伸びていることに気づくだろう。それらは別々の輝きに接続している。現在クロウディクスが行っているように、歴代の神剣継承者が繋いだ橋だ。
 ただし、無数とも言える光の橋の半数以上は、このクロウディクスが架けたものである。
「あの世界、少し不安定に見える。次元を支える大柱の本数が少ないのか?」
 自分の臣下が迷い込んだ異世界である輝きを見詰めながら、クロウディクスは呟く。
「小さな柱が寄り集まって固定されている世界かもしれない。だとすれば、自然に開く門があの世界に通じることは珍しくない、か」
 クロウディクスは余裕ある表情で思案しつつも、歩み続ける足は止めない。
「私の世界にも小柱はいくつも存在するが、大柱は十二本・・・で安定している。さて、あの世界の大柱は何本だろうな」
 興味が湧いたとでも言うように、彼は唇の端を微かに吊り上げた。
 と――
『陛下、儀式中に申し訳ありません。少々よろしいでしょうか?』
 どこからともなく、僅かに焦りの含まれた男性の声が響いてきた。
「アレインか。なんだ?」
 思考を全て声に出してしまう精神体だが、今の言葉は現実世界の本体も口にしている。意識がこちらにあろうとも、現実との会話は可能。そんな高等技術もクロウディクスだからこそ成せる業だ。
 声の主――ラ・フェルデが誇る聖剣十二将の纏め役は、些か深刻な口調で言葉を紡ぐ。
『例の封印の定期調査が終了したのですが、結果にいくつか不審な点が見つかりました』
 至って落ち着いた調子で、アレインは『不審な点』について淡々と伝えていく。報告を聞き終えたクロウディクスは、そこで一旦足を止めた。
「調べてみるか」
 クロウディクスは隣に浮遊している神剣を掴むと、前方にまっすぐ翳し、静かに瞑目する。すると神剣の剣身が激しく明滅し、次第にその輝きが安定していく。
 すっ、とクロウディクスは瞼を上げた。
「……なるほど、確かに封印はそのままだが、中身がない・・・・・・
 ラ・フェルデ人が聞けば誰もが青ざめるだろうことを口にしたにも関わらず、クロウディクスの表情から余裕は消えない。
『どういうことなのでしょう?』
「やつが自分で抉じ開けることはまず不可能だ。綻びが生じて漏出したか、あるいは私と似た力を持つ者が意図して連れ出したか」
『まさか、陛下と比肩する力を持つ者が存在すると仰るのですか?』
「いても不思議はないだろう。次元は広い」
 会話をしている間にも、クロウディクスの調査は続行している。
「ほう。面白いことが判明したぞ、アレイン」
 声はなかったが、怪訝そうなアレインの気配が伝わる。

「やつは、セレスが今いる世界に飛んだようだ」

『!』
 今度はアレインの息を呑む気配。
「儀式を急ぐぞ。完了次第すぐに次元を渡る」
『了解しました。では直ちにその旨を全聖剣に伝え、門の前に召集させます』
「待て、アレイン。やつを捕縛し、セレスを連れ戻す程度のことで聖剣を総動員する必要はない。それに聖剣を異世界にやるには〝手続き〟がいる。わざわざそれを待っている時間が惜しい」
 フッ、と笑い、クロウディクスは王依を翻して前進を再開する。

「なに、私一人で充分だ」

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