シャッフルワールド!!

夙多史

四章 聖剣と魔剣(1)

 空が夕焼け色に染まる頃、俺は異界監査局の医療施設を一人で訪れていた。
 理由は二つ。
 一つは、リーゼの様子見だ。ラシュリーの〝魂吸の魔眼〟で魂を抜かれ、仮死状態となっていたリーゼは、まだ目覚めていない。だけど異常はどこにも見当たらないようで、今は深く眠っているだけの状態だと医者は言った。
 ただ、明日の試合までに目覚めるかどうかはわからないらしい。もしも目覚めなかったら、まあ、棄権するしかないだろう。
 リーゼはこのまま入院、か。レランジェもつきっきりで看病するみたいだから、今夜は久々に俺オンリーだ。……なんかちょっと、寂しいな。
 理由の二つ目は、迫間と四条の意識が戻ったと聞いたからだ。
 二人の病室に向かう途中、俺は思いがけない人物と遭遇した。
「おう、零児的にあいつらの見舞いか?」
「……なんでお前がここにいるんだ?」
 マロンクリーム色の髪で右目を隠した作業着姿の青年――グレアム・ザトペックだった。迫間たちの病室がある方向からやってきたが、まさかこの戦闘鬼もお見舞いを?
「俺的に後輩の見舞いに来ちゃあおかしいか?」
「キャラじゃねえ」
「よくわからんが、俺的に誉め言葉と受け取っておくぜ」
「誉めてねえし」
 これ以上関わると面倒臭そうだ。さっさと病室に行こう。
「待てよ」
 一段階トーンを低くした口調で呼び止められた。
「零児的に、四十四支局をどう思う?」
「カルトゥムとゼクンドゥムのことか? 不気味なやつらだな。あと強い。どこで幻術をかけられたのか全く気づけなかった」
 しかも対戦相手だけでなく観客全員にかけられていた。それほどの規模の幻術を全く悟らせることなく使用した実力はとてつもない。けど、あの場の全員にかけた意味がわからないんだよな。演出目的か?
「途中までは現実だったぜ。しかも、やつら的に全く本気じゃなかった」
「どうしてわかるんだ?」
「勘」
 勘かよ! 根拠ねえな!
「俺的に冗談だ」
「冗談かよ!」
「いや、途中まで現実だったことは本当だ。戦いの傷跡的にな」
 流石は戦闘鬼。大雑把なようでいて、細かいところまでよく見ている。
「……ククッ。ハハッ! やばい。俺的に楽しくなってきた。明日は零児、てめェらとも戦れるからなァ。あァ、今からウズウズするぜ。ウズウズし過ぎて爆発しそうなわけだが、俺様はこれからどうすりゃいい?」
「とりあえず走ればいいと思う。倒れるまで」
「おう、なるほど、そりゃあ俺的に思いつかねェ話だ。零児的に頭いいじゃねェか。んじゃ、早速行ってくるぜ」
 そのまま駆け去ろうとするグレアムだったが、
「あァ、そうだ」
 ふとなにかを思い出したように立ち止まった。首だけ動かして俺を見る。その表情には普段のグレアムとは違う、どこかシリアスめいた雰囲気があった。

「零児的に、あの騎士の嬢ちゃんから目を離さねェ方がいいぞ」

 それだけ告げると、今度こそグレアムは走り去っていった。迷惑を一切考慮していないロケットダッシュであっと言う間もなく姿が見えなくなる。
「セレスから目を離すなって……どういうことだよ?」
 確かに第四試合が終わった直後は様子が変だったけれど、それからは普通な感じで喫茶の手伝いをしていた。今ごろはクラスの連中と楽しく学園祭を回っているはずだ。
「とりあえず、迫間たちのお見舞いが先だな」
 院内で走り回るグレアムにブチ切れた看護婦さんの怒鳴り声を背中に浴びつつ、俺は廊下の突きあたりに位置する病室の扉をノックした。
 すぐに威圧的な少女の声で返事があり、俺は少し躊躇いつつも中に入る。
「なんだ、アンタか」
 手前のベッドに黒衣を着たまま上体だけ起こしている少女が、俺を見るなりやたら残念そうな溜め息を吐いた。
「誰だったらよかったんだよ、四条」
「アンタじゃなけりゃ誰でもいいわ」
 このチビ……遊園地のほとんどのアトラクションに乗れなくなるほど背を縮めてやりたい。
「面倒臭いからいちいち気にすんなよ、白峰。瑠美奈はお前に対して気まずいだけなんだ」
 奥側のベッドで同じように上半身だけを起こした少年がだるそうにそう言った。
「ちょっと漣! アンタなに言ってんのよ! なんであたしがこんなやつ相手に気まずくならないといけないのよ!」
 慌てたようにギャーギャー騒ぐ四条に、迫間は面倒そうに指で耳栓をした。ホント仲いいなこの二人。病室もなぜか一緒だし、互いが一定以上離れると死んでしまう呪いにでもかかってんのかね?
「んで、なんで気まずくなるんだよ。予選で負けたからか?」
「なってないって言ってるでしょ!」
「まあ、原因だけど理由じゃねえな」
 顔を赤鬼みたく真っ赤にして怒鳴り散らす四条はとりあえずスルー。拳が飛んでくる前に迫間を促すことにした。
「瑠美奈は大会の賞金でお前んちを弁償するつもりだったんだよ」
 言い切った瞬間、般若面を被った方がまだ怖くない顔をした四条が、ベッドから飛び跳ねて迫間に馬乗りになった。
 そして、顔面減り込みパンチ。うわっ、痛そう……。
 気が済むまで相棒を殴り続けた四条は――ぴょん。ベッドから飛び降りると、なぜか悔しげな涙目で俺を睨め上げた。
「別に、アンタのために弁償しようとしたわけじゃないわよ! アンタんちのリビングを壊した責任の半分、いえ四分の一はあたしにあるんだから、なにかしないとあたしの気が済まないだけなの!」
 なるほど、だから纏まった金が欲しいと言っていたのか。ずっと結婚資金だと思ってたよ。ところで――
「それなんてツンデレ?」
「こ、こここコロス!」
 かぁあああ、とさらに顔を紅潮させた四条が俺の顎下目がけてアッパーカットをぐべらっ!? く、口は禍の門ってやつか……。
 俺と迫間が暴力的痛みから復帰し、四条が落ち着くまでたっぷり十分ほど費やした。
「――で、お前らを倒した相手なんだが」
 俺は床に胡坐を掻いて本題を訊ねることにした。
「どういうやつらだったんだ?」
 これは確認だ。もしも『違ってました』では話が進まない。
「さっきグレアムにも話したんだが、黒い鎧を着た仮面の男と白い布の少女だった」
「途中までは勝ってたのよ。でも、気がついたら私たちの方が傷だらけになってて……」
 四条はうまく説明できない様子で口籠った。
 同じだ。第四試合も最初は第三十二支局の二人が押していた。それどころか完全に勝っていた。なのに、あの視界が砕けるような感覚の後、負けていたのは第三十二支局の方だった。
「なにか気づいたこととかないか?」
「……」
「……」
 黙り込む迫間と四条。負けた戦闘のことを思い出しているのだろう。
 やがて、四条が口を開く。
「あいつら、なんか対抗戦が目的って感じじゃなかったわ。なんて言えばいいかな……余興? そう、余興よ。対抗戦にはついでに参加してやってる、そんな馬鹿にしたような雰囲気がしたわ」
「つっても、それは白布女の方だ。仮面野郎はなにを考えてるのか全然わからなかったな」
 頭の後ろをかったるそうに掻きながら、迫間がそう付け足した。
「悪いけど、あたしたちにわかることはこのくらいよ」
「優勝狙うってんなら気をつけろ。ていうか、今やつらについて聞いてくるってことは、もしかして次の相手なのか?」
「ん? 知ってんじゃねえのかよ?」
「あたしたちはさっき目が覚めたの」
 ああ、だから大まかなことしか伝わってないのか。この適当さからして、伝えたのは俺の前に見舞いに来ていたあいつだな。
「次の相手はグレアムと稲葉だ」
 率直に言うと、迫間と四条は口を半開きにしたまま十秒ほど固まった。そして二人は顔を見合わせると、示し合わせたかのように肩を竦めた。
「……ハハ、あいつは俺らを倒した二人とは別の意味で怖えよな。面倒臭いが、諦めが肝心だぜ、白峰」
「……ご愁傷様。せいぜい三十秒は持ち堪えなさいよ」
「せめて応援しろよ!」
 どの道ぶちあたる壁だからいろんなことを諦めてるけど、セレスが諦めない限り俺も負けることだけは考えない。もしリーゼと組んでたら声高々と棄権を宣言していただろうね。
「なら、少しでも特訓した方がいいんじゃないの? 相棒の子はどうしてるのよ?」
「セレスならクラスのやつらと一緒に学園祭を楽しんでるんじゃないか?」
「……はぁ」
 おいコラ四条、なんでそこで溜息をついて半眼で睨むんだよ。迫間も憐れむような苦笑を向けるな。
「あたしたちのことはいいから、アンタはその子捕まえて特訓してきなさい。一緒に学園祭を回ることも忘れないこと。いいわね」
「なんでお前にそんなこと言われにゃならんのだ。あと漫画じゃないんだから、今から特訓しても急激に強くなったりしねえよ」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと行きなさい!」
 物凄い剣幕で病室から追い出されてしまった。
 なんなんだよ、一体……。
 まあ、特訓するかどうかはともかく、作戦会議はきちんとしておくべきだな。
『零児的に、あの騎士の嬢ちゃんから目を離さねェ方がいいぞ』
 ふと、グレアムが最後に言った言葉を思い出す。その意味が気にならないと言えば嘘だ。
「仕方ない、セレスを探すか」
 とりあえずクラスの連中に合流しようかと考えたその時、マナーモードにしていた携帯電話がズボンのポケットの中で微振動した。
 施設内携帯禁止の張り紙に罪悪感を覚えながら出てみると、相手は桜居だった。こちらから電話する手間が省けたな。
「どうした、桜居?」
『ああ、白峰、お前今一人か?』
「? そうだが?」
 気のせいか、桜居の口調にいつものおちゃらけた感じがしない。
 こいつからこれほどの深刻さを感じたことなんて、今までに何回あっただろうか? 少なくとも五本の指があれば事足りる。
 あまり、いい予感はしないな。
『セレスさんがいきなり血相を変えてどっかに行ったんだけど、監査局でなんかあったのか?』
「なんだって?」
 たとえ気心の知れた友人たちとの間でも勝手な行動を慎むセレスが、なにも告げずにどこかに行っただと?
「それ、いつだ?」
 嫌な予感は当たる。桜居が次に口にした言葉がそれを証明してしまった。

『ついさっきだよ。なんか、黒い鎧でコスプレしてる人を見かけた後だったな』

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