シャッフルワールド!!

夙多史

四章 聖剣と魔剣(2)

 激しく心配だ。
 この世界に来てからまだ日の浅いセレスは、携帯電話などという文明の利器を持ち合わせていない。つまり、俺からは連絡がつかないんだよ。
 それならそれで連絡がつきそうな手段を取るのが定石だ。よって、医療施設を飛び出した俺は真っ先にあいつに電話することにした。学園どころか街全域を常時掌握していそうな風使いに、だ。
 しかし――
「……くそっ! いつもは呼ばなくても勝手に出てくるってのに、なんで肝心な時に繋がらないんだよ!」
 たぶんまだ大闘技場にいるのだろう。あそこは圏外だからな。
 桜居や郷野、他のクラスメイトたちもセレスを探してくれていたのだが、俺がやめさせた。危険かもしれないからだ。
 セレスが追った相手は監査官だから大丈夫とは思う。思うが、なにせ監査官というだけで得体が知れない。一般人は巻き込めない。
 桜居たちから得られた情報を頼りに聞き込みをしていく。幸い、セレスは目立つから覚えている人が多かった。
 おかげで差して時間をかけることもなく、俺は居場所にアタリをつけることができたんだ。探偵の道でも真剣に考えてみようかな。
「……いた」
 高等部から少し坂を下ったところにある、中等部の旧校舎裏だった。建物が木造で古過ぎるため立ち入り禁止となっているそこは、雑草が伸びたい放題で人の手が長い時間加わってないことが窺える。当然、学園祭のエリア外で誰もいない。
 セレスと、第四十四支局の二人を除けばな。
「……」
 俺は校舎の陰に隠れて少し様子を見ることにした。確かめもせずに「セレス大丈夫か!」なんて叫びながら飛び出して、もし俺の勘違いで騎士同士の盛り上がった談笑でもしてたら恥ずかし過ぎるだろ。
 でも、雰囲気は談笑って感じじゃないな。
「今一度問う、カルトゥム殿」
 セレスは既に聖剣を抜き払い、漆黒鎧の仮面騎士に突きつけている。その表情は警戒色に染まっていた。
「なぜあなたが我が師――カーイン・ディフェンシオン・イベラトールと同じ剣技を使う?」
 疑惑の視線をカルトゥムに突き刺しつつ、セレスは凛と響く口調で訊ねた。い、いきなり状況が掴めないぞ。セレスの師匠と言えば、確か魔剣との戦いで戦死したはず。他でもないセレスの口から俺はそう聞かされた。
 すると、仮面騎士の後ろにいる白布を巻いた少女が嘲るような笑いを零す。
「気のせいじゃないの? もしくはたまたま似てただけとか?」
「ゼクンドゥム殿、私はカルトゥム殿に訊ねている。あなたには黙っていただきたい」
「へいへい」
 両手を頭の後ろに回してつまらなそうに一歩下がるゼクンドゥムは――チラリ。視線だけを動かしてこちらを見た。
 ……あいつ、俺に気づいてやがる。これじゃあ迂闊に出られない。
「どうなのだ、カルトゥム殿?」
 険悪な目で問い詰めるセレスに、カルトゥムは沈黙を返す。
「確かに、ゼクンドゥム殿も言ったように似ているだけと考えもした。だが、似ているのは剣技だけではない。剣を振る時、防ぐ時、移動する時の微妙な癖まで全く同じだった。そこまで瓜二つな人間が二人と存在するだろうか?」
 推測を述べながらも、セレスは神経を研ぎ澄ませていく。その鋭利な空気が俺にまで伝導してくる。
「三度目の問いだ、カルトゥム殿。答えなければ私は躊躇わず聖剣を発動させる。あなたは、何者だ?」
 最後通達と問いを受けたカルトゥムは、フッ、とその口元に微笑を浮かべた。
「もはや、この仮面は不要か」
 カルトゥムは籠手を嵌めた右手を顔に持っていき――

「久しいな、セレスティナ」

 ――その仮面を、外した。
「――ッ」
 セレスが息を呑む。カルトゥムの喉元に突きつけられていた聖剣が僅かに下がる。双眸は見開かれ、彼女は半歩後じさった。
 カルトゥムの素顔は、一言で片づけるとしたらイケメンだった。端整な輪郭に鷹のような鋭い目つき。その瞳の色は、男にしては些か長過ぎる髪と同じで日本人よりも黒い。鼻は高くもなく低くもなく、髭は剃っているのかずいぶんと若く見える。二十代後半か、三十代前半だろう。
 歴戦の戦士を思わせる雰囲気は、やつの後ろで飄々としている少女とは比べ物にならない威圧感があった。
 こいつは強い。そう思わせるだけの力が目に宿ってやがる。
「セレスティナ・フェンサリル……いや、今はセレスティナ・ラハイアン・フェンサリルだったな。それがお前の聖剣というわけか」
 重さのある声で、カルトゥムはセレスのフルネームを呼んだ。セレスは見開いていた両目をすっと細め、カルトゥムの視線から隠すように聖剣を下げる。
「……やはり、カーイン師匠ご本人でしたか」
 師匠? ちょっと待て、セレスの師匠は死んだはずじゃなかったのか?
 どうなってるんだ?
「存外に、落ち着いているようだな」
「いえ、これでも驚いております。師匠は亡くなられたと伝わっていましたので……。一応確認しますが、アンデットとして蘇ったわけではありませんね?」
「無論だ」
 カルトゥム――もといカーインは鷹揚に腕を組んだ。死者でないと知ったセレスは安堵したのか物凄く緩んだ表情になったが、すぐに気を張り詰めて騎士の顔に戻る。退屈とでも言いたげに草むしりなんかをしているゼクンドゥムがいなければ、抱擁の一つでも交わしていたのかもしれない。
 まあ、見た感じ上司と部下。抱擁なんてする関係ではなさそうだけどな。
「なぜ、もっと早く仰ってくださらなかったのですか? 仮面と偽名で、まるで正体を
私に知られたくないような感じでしたが……?」
「さてな。それより、なぜ真っ先にすべき質問をしない?」
「え?」
 困惑するセレスに、カーインは腕を組んだ不動の姿勢のまま言う。
「俺が生きてこの世界にいることを、だ」
 ピクリ、と反応したセレスがカーインの顔を見上げる。
「それは……気になりますが、私と同じで偶然この世界に迷い込んだのでは? その、魔剣との戦いの最中に」
「お前は偶然かもしれん。だが、俺は違う」
「どういうことですか?」
 セレスが怪訝そうに訊ねると、カーインは考えるように瞑目した。そして数秒後、重たげにその口を開く。
「セレスティナ、心を強く持て。動揺はしても構わんが、絶望だけは決してするな」
 カーインはなにやら気になる警告をして一泊置き――

「俺は、〝魔剣士〟だ」

 とんでもないことを告白した。
「!?」
 カルトゥムの正体を知った時よりも驚愕した表情になるセレス。恐らく俺も似たような顔をしているだろう。
 魔剣士。
 言葉から察するに、セレスの師匠であるカーインの命を奪ったと言われていた魔剣の使い手だろう。死んだはずのカーインが実は殺した方の魔剣士でラ・フェルデからこの世界にやってきて異界監査官をやってるカルトゥムで……ダメだ、こんがらがってきた。
「……申し訳ありません。仰っている意味が」
 セレスも俄かには信じられないようだ。さっきから手足が小刻みに震えている。
「ラ・フェルデでは、俺は魔剣に殺されたことになっているらしいな。だが、アレは国の体裁のためだ。魔剣を使い、街々を破壊していた者が聖剣十二将の一人だと知られることは国にとって都合が悪い」
 事実の隠蔽と情報操作ってやつか。この世界でも、特に異世界絡みだと珍しくもない。
「あ、ありえません! だって、師匠の剣は魔剣ではなく、聖剣ディフェンシオンのはずです!」
「……フン、やはり、お前はまだ知らぬようだな」
 どこか得心のいった表情で、カーインは真実を語る。

「魔剣とは、堕ちた聖剣のことだ」

「なっ……」
 何度目かの驚愕と、絶句。セレスは零しそうになった聖剣ラハイアンを慌てて掴み直した。
「聖剣ディフェンシオンは今や銘と姿を変え、守る力も壊す力となっている。あのくだらない大会の賞品とされた魔剣ディフェクトスは、元々聖剣ディフェンシオンだった物――つまり俺の物だ。現役聖剣十二将のお前には悪いが、アレを回収するのは俺だ」
 カーインの口調は静かで落ち着いているのに、吹き飛ばされそうな気迫がそこに込められていた。対抗戦の予選を通過した時に感じた執着心と殺気は、こいつのものだったのか。
「そんな、嘘ですよね? 聖剣が魔剣になるなんて……?」
「嘘ではない。だから忠告した。俺のようになりたくなければ、絶望するな、憎しみを抱くな、世界を疑うな。負の感情は聖剣を堕落させ、持ち主を狂わせる」
「師匠の身に、なにがあったのですか?」
 その質問には答えず、カーインは続ける。
「かつての俺は狂人と化して街々を消滅させた。罪のない者を何人も手にかけた。その後はお前も知る通り、陛下により次元の狭間へと封印された」
 その話は俺もざっくりとだが聞いている。本来、やつも魔剣もこの世界に存在するはずがないんだ。
「だが、俺はその閉ざされた次空から――」
「カルトゥム」
 説明を始めようとしたカーインを、草むしりに飽きたらしいゼクンドゥムが止める。
「ボクお腹空いちゃったなぁ。なにか食べに行かない?」
 まるで父親におねだりする子供のような無邪気さで、ゼクンドゥムはカーインの腕を引っ張る。それに対してカーインは、ふう、と小さく息を吐いた。
「……らしくなく、喋り過ぎたようだ」
「カーイン師匠!」
 踵を返そうとするカーインにセレスが食い下がる。
「悪いが、これ以上は語る口を持たぬ。どうしても知りたければ――」
 カーインは腰に佩いていた長大な片刃剣を鞘から抜き払い、
「――こいつで問え」
 その場で調子を確かめるように一振りした。

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