シャッフルワールド!!

夙多史

四章 聖剣と魔剣(3)

 漆黒の鎧が夕焼けを不気味に反射している。カーインのギラつく眼光が、明確な闘志を孕んでセレスを射る。
 危険を感じたのか、セレスは咄嗟に飛び退った。
「師匠……そうですね、あなたはいつも、実戦で教える人だった」
 少し躊躇う素振りは見せたものの、セレスも握っていた超長剣――聖剣ラハイアンを中段に構える。
「師匠、いえ、〝魔剣士〟カーイン・ディフェンシオン・イベラトール。ラ・フェルデに仕える聖剣十二将として、あなたを捕縛します」
 凛、と。セレスは私情を全て捨て、騎士としての矜恃に従い、自らの師に剣を向ける。カーインはそんな彼女を満足げに見据える。
「間違えるな。今の俺はカーイン・ディフェクトス・・・・・・・・イベラトールだ」
 冷然と間違いを訂正すると、カーインは腕を引っ張っていた少女を下がらせる。
「構わぬな、ゼクンドゥム?」
「まあ、いいよ、面白そうだし。ボクは適当に見物してるから。ねぇ?」
 後ろ歩きで安全な距離を取る布巻き少女。最後の一言は俺に向けられた言葉だ。手出しするなら相手になる、そこにはそういう意思を感じた。
「来い、久々に稽古をつけてやろう」
「わかりました。全力で行きます!」
 地を蹴り、セレスは一瞬でカーインとの間合いを詰める。優しくも攻撃的な光を剣身に纏い、振り下ろされた超長剣はしかし、カーインの籠手で防がれた。
 聖剣ラハイアンに纏っていた白い光が漆黒の籠手に吸い込まれるように消えていく。
「た、対光属性の鎧……」
「敵と斬り結んでいる最中に驚くとは余裕だな、セレスティナ」
 驚きに目を瞠ったセレスに片刃剣の袈裟斬が来る。間一髪聖剣で防いだが、そのまま力負けして吹っ飛ばされる。
 即座に体勢を立て直して再び突撃するセレス。二つの刃が衝突し、白光と火花が弾ける。
 だが、打ち合いは数度と続かなかった。
 セレスは鎧の隙間を狙って刺突を仕掛けたが、その刃が人体を貫くよりも一瞬早く、カーインは聖剣を叩き落としたのだ。
「くっ」
 凄まじい力だったのだろう。聖剣を落としてしまったセレスは手が痺れて動かない様子。
 その隙を、カーインが突かないわけがない。
 元弟子の鳩尾に、カーインは力強く握った拳を容赦なく打ちつけた。かはっ、とセレスがくの字に折れる。差し出すような形となった彼女の頭をカーインは鷲掴み、ゴミ置き場に放るように投げ捨てた。
「お前の全力とはこの程度か?」
 呻き転がるセレスを、凍えるような無感情な瞳で見下すカーイン。
「だとすれば、幻滅だ」
 カーインは片刃剣を両手持ちし、力を溜めるような遅めの動作で後ろへ引く。その刃に、空気が捻じ曲がるほどの闘気が宿る。
「やばい!」
 俺はすかさず飛び出した。ゼクンドゥムが邪魔をするかもしれんが関係ない。あいつは、本気でセレスを殺す気だ。
 俺が起き上がりかけたセレスを突き飛ばしたのと、カーインが片刃剣を下段から大振りしたのはほぼ同時だった。
 ズン!
 とてつもなく重量のある物体が落下したような音が響く。続けてけたたましい崩壊音。
 見ると、俺たちの数十センチ隣を大地の裂け目が通過していた。それを目で辿り、絶句する。
 旧校舎の一部が、そこだけ切り取られたかのように跡形もなく粉砕していたからだ。
 元々ボロい建物だったが、他の箇所は一切崩れることなくそこだけが消滅している。加えられた力が一点に集中していたせいだろうが、なんつう技術と威力だ。
「れ、零児、なぜここに?」
 俺に突き飛ばされたことにようやく気づいたセレスがもっともな疑問をぶつけてくる。
 だが、その質問に答えるのは後回しだ。
「てめえ、マジでセレスを殺す気だったろ!」
 俺は日本刀を生成しながら、変わらぬ無感情のカーインを睨む。その向こうではゼクンドゥムがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。あいつ、端から俺を妨害する気なんてなかったな。
「セレスは弟子じゃないのかよ!」
「昔の話だ。今の俺はそいつの師だった頃の俺ではない。立場が逆の者同士の戦いは常に生きるか死ぬかだ」
「聖剣士と魔剣士の関係なんか知るか! 死闘なら国に帰ってから勝手にやれ! だがな、ここでは同じ監査官だ。立場が逆なんてことはない」
「そうか、そういう設定だったな」
 カーインはセレスに警告していた時と違い、非情で冷酷な色を黒い瞳に宿している。
「白峰零児と言ったか? 貴様も邪魔だ。セレスティナ共々ここで消えるといい」
 カーインが剣を引く。再びあの闘気による衝撃破が来る。しかも、さっきよりも溜めが速い!
 完全に立ち上がれていないセレスを庇いながらでは、とてもじゃないが避け切れない。盾を生成したところで、あの威力を防ぐことなんてできないだろう。
 くそっ! どうする!
「終わりだ」
 カーインの長大剣が振り上げられる。
 その直前――
 ビュワっと、カーインの目の前で小さな旋風が巻き起こった。

 ガキン!!

 構わず振り切ろうとしたカーインの長大剣を、風の中から現れたなにかが受け止める。
 誘波だ――と思ったが、違う。カーインの刃を防いだのは、銃に似た形状をした二対の打撃武器――トンファーだった。
「おいおい、試合でもねェのに俺的に楽しそうなことやってんじゃねェかよ」
 風の中から現れる、マロンクリーム色の髪と作業着。
 グレアム・ザトペック。
「なァ!!」
 ギン! 楽しそうな叫びと共に弾かれる長大な片刃剣。カーインは僅かに眉を曇らし、後ろに大きく飛んだ。
「次は俺様と遊んでくれよ。つか、二人纏めてかかってこい」
 凶悪な笑みを浮かべるグレアムに対しても、カーインは怯みもせず無言を貫く。
「どうやら、間に合ったみたいですねぇ」
 するともう一度風が舞い、俺とセレスを庇うような位置に鮮やかな十二単を着た少女が出現した。緩やかなウェーブヘアーを靡かせるそいつは、今度こそ日本異界監査局本局長――法界院誘波で間違いない。
「誘波殿に、グレアム殿……」
 どうして? と俺にしたのと同じ質問をセレスがする前に、誘波がニッコリと場違いなおっとり笑顔を向けて答える。
「私の庭で異常があれば駆けつけるのは当然ですよ、セレスちゃん。丁度グレアムちゃんとお話ししていたので、一緒に助太刀に参上しました♪」
 だからグレアムらしくない登場をしたのか。
「だったらもっと早く来いよ。今までなにやってたんだ?」
「闘技場の近くにいた動物さんたちと戯れていました」
「お前、そういうキャラだったっけ?」
「むぅ、酷いですレイちゃん、私はこれでも純心無垢な乙女ですよ?」
 もしもそれが真実なら俺はお前に対して敬う言語を使っている。
「それはそうと――」
 変わらない笑顔でニコニコしながら、誘波は第四十四支局代表の二人に視線を投げる。
「どういうことなのかはあえて訊ねませんが、まだ争うと言うのなら私たちがお相手しますよ?」
 誘波とグレアム。
 この本局二強が組んだら勝てる気がしねえな。
「どうしますか?」
 柔らかおっとりとした全く凄みのない口調で問いかける誘波に、カーインは戦闘態勢を解除して納刀した。
「やめておこう。ここで貴様らと戦えば後に響く」
 あっさりと退くカーインに、ゼクンドゥムも「そうだね」と同意する。俺らを殺そうとしておいて、こいつらは対抗戦できちんと優勝して魔剣を回収するつもりなのか?
 いや、強引な手段を取ると返り討ちに合うことがわかってるんだ。だからこそ邪魔になる可能性のある俺たちの排除にかかったのか。
「俺的には別にいいんだぜ? この場で対抗戦の決勝をやってもよォ」
 両手のトンファーをくるくると回しながら愉快そうに口を開くグレアム。勝手に俺らとリーゼたちを負けたことにしないでもらいたい。
「行くぞ、ゼクンドゥム」
「はいはい、それじゃあ、また明日ねぇ」
 作ったような無邪気さで手を振るゼクンドゥムの周囲が、ぐにゃり、と歪んで見えた。すると二人の姿が蜃気楼かなにかみたいに空間に溶けて消える。今のも転移の一種だろう。
「なんだよ、つまんねェな。俺的に興醒めだぜ」
 グレアムはトンファーを作業着の背中に仕舞うと、残念そうなオーラを発しながら歩き去ろうとする。
「グレアムちゃん」
 そんなグレアムに、誘波が声をかけた。
「先程の件、よろしくお願いしますよ」
「あァ。もしもそうなった時はな」
 振り返りもせず、グレアムはそれだけ返事して旧校舎の陰に消えていった。
「では、私もまだやることが残っていますので」
「ちょっと待てよ、誘波」
 俺は風の転移をしようとする誘波を引き留める。
「いつになく仕事熱心なのはいいことだが、いろいろと説明不足過ぎるぞ」
「あらあら、私はいつも仕事熱心ですよぅ?」
「見え透いた嘘をつくな自由人め」
 頻繁に俺んちでサボってるくせに。まあ、最近は対抗戦のせいかあまり来てないけどな。
「零児の言う通りだ、誘波殿。この場に現れたことはわかったが、グレアム殿になにをさせるつもりなのだ?」
「それに、あの四十四支局の連中は結局なんなんだよ?」
 俺たちの質問攻めに、誘波は人差し指で顎を持ち上げて可愛らしく「う~ん」と唸る。
「言っても言わなくても、レイちゃんたちは気になって明日の試合に集中できそうにないですね。グレアムちゃんは目の前の戦いにしか興味がないのでお話ししましたが」
「勿体ぶらずにさっさと教えろよ」
 促すが、それでも誘波は悩んでいるようだ。
「ならこうしましょう。明日の試合でグレアムちゃんたちに勝てたら、お話しします」
 無理難題を押しつけられた。いや勝たなきゃいけないんだけどね。
 風が舞う。
「まあ、最悪の場合、それまでにわかってしまうかもしれませんが……」
 消え際に気になる言葉を残し、誘波の転移が完了してしまった。
 今まで誘波がいた虚空を見詰め、俺とセレスは沈黙する。
 何秒、いや何分突っ立っていただろうか。やがてセレスが夕闇の空を見上げながら口を開く。
「零児、これから予定はあるか?」
「いや、ないな。今日はリーゼたちもいないし、ずっと暇だ」
「なら、少し付き合ってくれないか? 訓練がしたい」
「グレアムやあの師匠ってやつに勝つためか? 一朝一夕で強くなんてなれないぞ?」
「コンビネーションを高めるくらいはできる」
 セレスは振り返って俺をまっすぐに見た。そのエメラルドグリーンの瞳はどこまでも真剣で、自分の弱さを認め、必死に強くなりたいという意思を感じる。
 俺は軽く微笑んだ。そんな顔されちゃあ、否定なんてできねえよ。
「ああ、わかった。付き合うよ。てか、俺は最初からそのつもりでお前を探してたんだ」
「む? そうだったのか」
 セレスは得心がいったような顔をし、カーインに叩き落とされていた聖剣を拾う。
 と――

「その特訓、あたしたちも付き合ってあげるわ」
「チーム戦なんだ。二人でやるより、相手チームがいた方が面倒臭くないだろ?」

 声に振り向く。真夏なのに暑苦しい黒のロングコートを羽織った二人組がそこにいた。
「漣殿に、瑠美奈殿」
 だった。
「お前ら、病院抜け出してもいいのか? てか、よくここがわかったな」
 訊ねると、四条が可愛げなくフンと鼻息を吹いた。
「影魔導術は〈探知サーチ〉もできるのよ。夜になれば、誘波の風にも劣らないわ」
「病院の方は面倒臭えことに無許可だ。病室から直接転移したからな。まあ、受けた傷もあらかた治ってるし、大丈夫だろ」
 苦笑気味に言った迫間が影の中から漆黒の大剣を取り出す。〝影食み〟の力を宿す迫間の最大武器――〈黒き滅剣ニゲルカーシス〉だ。
「どうするの? あたしたちの申し出、受ける? 受けない?」
 腰に片手をあてて問うてくる四条に、俺とセレスは顔を見合わせた。そんなものは決まっている。お互いの意思を確認するまでもない。
 代表してセレスが答えた。
「ああ、二人ともよろしく頼む」
 それから俺たちは場所をどうするかの話合いになり、時間も惜しいし人気もないのでこの旧校舎裏を使うことにした。

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