シャッフルワールド!!

夙多史

四章 聖剣と魔剣(10)

 階段を駆け上るセレスに俺も続く。カーインは最上部に陣取ったまま不動の姿勢を保っている。
 俺の優先すべきことはわかっている。リーゼの救出だ。カーインにその気はなさそうだが、あの状態では人質も同然。セレスが遠慮なく戦うためにも、早急にリーゼをカーインから遠ざける必要がある。
「闇雲に猛進したところで俺には届かんぞ!」
 闘気!
 刺突の構えからの掬い上げる一閃。紅いオーラを纏う魔剣から闘気の波動が放出される。階段を抉り砕きながら迫る不可視のそれを、俺たちは左右に飛んで回避する。
「師匠!」
 観客席の椅子を蹴り、飛び上がったセレスが上段から聖剣を打ち込む。カーインは魔剣を横にしてその一撃を受け止めた。
 聖剣の清らかな白い光と魔剣の不気味な紅い光が交差する。
 互いに刃を競り合わせ、弾き、打ち込み、そして受け流す。
 鳴り止まない剣戟音。周囲の空気すら薙ぎ払うかのような苛烈な剣舞。俺なんかが介入できる隙なんてない。
 斬っては避けられ、避けては斬り込まれる。
 互角……そう思うかもしれん。だが、傍観する俺は気づいた。カーインは片手しか使っていない上に、その場から微動だにしていないんだ。
 左手はリーゼを掴んでいるため使えないとしても、セレスを舐めているとしか思えない。舐めてかかれるほどの余裕があるとも取れる。
「……やはり、迷いがあるな」
 ギィン! 振り上げられた魔剣が絡め取るようにセレスの手から聖剣を弾き飛ばした。
「くっ、しまった!」
「迷いは刃を鈍らせるとはよく言ったものだ」
 斬! 振り下ろされた魔剣を諸に受けたセレスは、悲鳴を上げて階段を転げ落ちる。
「セレス!」
「げほっ! 来るな零児! 私のことはいい!」
 駆け寄ろうとした俺をセレスは声を荒げて制した。血は出ていない。その代り、胸当てだったものの破片がそこら辺に飛散している。防具を犠牲に直撃は免れたのか。
「お前は、〝魔帝〟を救うことだけを考えろ!」
「……ああ、わかった」
 噎せ返るセレスを背に俺はカーインに突撃する。魔剣の能力はわからないし、それを抜きにしても勝てる相手とは決して言えない。けれど、動かなければリーゼを救うことなんてできやしないだろ。
「リーゼを返してもらうぞ! カーイン!」
「それはできぬ。これは我らが計画を成すための核となり得る存在なのでな」
 俺は棍で顔面刺突を狙う。だがカーインは棍を刃で薙ぎ、そのまま魔剣を捻じ込むように突いてくる。俺は身を捻り紙一重でそれをかわすも、銀刃に込められた闘気で脇腹を浅く抉られた。
 痛みを気合いで堪え、棍を上段から叩き下ろす。
「計画ってのは、『次元の柱』を壊すことか?」
「その先だ」
 魔剣と棍が衝突する。力の拮抗は数瞬。なけなしの魔力で生成した棍はあっさりと切断されてしまった。
〈魔武具生成〉――日本刀。
 怯まず、斬られた棍が消失するよりも早く次の武器を生成する。日本刀が完全にその形を成す前に右手を振るう。
 棍を破壊した隙を突く攻撃だったが、カーインは手首を捻るだけで巧妙に魔剣を割り込ませてきた。
 激しい金属音が炸裂する。日本刀を持つ手が痺れるほど強く打ち込んだのに、カーインは数ミリたりともそこを動かない。
「どけ零児!」
 声に反射的に体が動く。横に飛んだ俺と入れ替わり、回収してきた聖剣を一層輝かせたセレスが大上段から斬撃を叩き込む。
「迷える剣で俺を斬れると思うな、セレスティナ」
 カーインはセレスの剣を防ごうとするどころか、なぜか魔剣を下げた。
 そして――

「喝ぁッ!!」

 くわっと口を開き、カーインが咆えた。
「ぐっ」
「あうっ」
 爆発する闘気が振動波となって俺とセレスを吹き飛ばす。観客席の椅子が捻じ切られるように外れて転がり、大きな罅割れが石の床を端まで走り抜け一部を崩壊させた。
 俺は中段ほどの観客席に掴まって風圧に堪える。衝撃を受けた時とは違う痛みが浸透し、体が痺れている。なんてやつだ。気合いだけでこれほどのことができるのかよ。
「今のお前など剣を使うまでもない」
 幻滅の視線でカーインは俺とほぼ同じ位置まで転げ落ちたセレスを射る。俺に至っては眼中にすらないらしいな。
「師匠は、師匠は迷わないのですか! 浮浪児だった私は、あなたに手を差し伸べられて救われました。私に剣を教え、騎士の道を示してくれたのもあなたです。私はあなたに憧れていました。あなたが亡くなったと聞いた後も、あなたのような騎士になるべく鍛錬してきました。そんな人生の目標にして大恩人を、どうして斬らなくてはならないのですか!」
 血反吐を吐きそうな勢いでセレスは叫んだ。目尻に涙を浮かべる彼女は、聖剣の騎士としてではなく、セレスティナ・フェンサリル個人としての感情を吐き出している。
 セレスが滅多に見せることのない、心の底からの本音だ。
「……」
 カーインは無言。攻撃するわけでもなく、無視するわけでもなく、ただ瞑目して弟子の訴えに耳を傾けている。
「私の剣に迷いがあるというのなら、なぜそれを指摘するのですか! 構わず斬り伏せることもできるのに、なぜ私を試すような戦い方をするのですか! 師匠も迷っているからではないのですか!」
 やがて、カーインは静かに口を開いた。
「……迷いなど、あるものか」
 その呟きには、激しい憎悪が込められているように聞こえた。
「俺は国を、世界を捨てた。だが、騎士としての誇りまでも切り捨てたわけではない。一人の騎士として、弟子だったお前に忠告しているに過ぎないと知れ。お前の迷いが俺の事情を知らぬことに起因するならば、仕方あるまい。少しだけ話をしてやろう」
 カーインは無表情のまま、言う。
「俺には妻と娘がいた。異世界人の妻と、その血を引く娘だ」
 既婚者だったのか。セレスが僅かに驚いているところを見るに、どうやら弟子の彼女も知らなかったみたいだな。
「四年前に起こった旅客飛空艇の墜落事故は知っているな」
「はい。奇跡的にほとんどの乗客と乗務員が無傷で助かった事故だと聞いています」
「その飛空艇には俺も乗っていた。妻と娘もだ」
「!?」
 セレスは瞠目した。わかってはいたが、知らない世界の話だと俺は全くついていけないな。セレスの世界には飛空艇なんてものまであるのか。今のところそんなどうでもいい感想しか出てこない。
「まさか」
 だが、世界の事情を知るセレスはそれだけでなにかを悟ったようだ。
「そうだ。人々を救ったのは奇跡ではなく俺の聖剣――ディフェンシオンだった。俺の意思とは関係なく、聖剣の自律的な守護の力が人々を窮地から生還させたのだ。ただし、純粋なラ・フェルデ人のみだったがな」
「!?」
 驚愕したのは俺の方だ。セレスは感づいていたのか深刻な顔をして固唾を呑んでいる。
 聖剣が救ったのは純粋なラ・フェルデ人のみ。つまり異世界人だというカーインの妻とハーフの娘は…………ということになる。
「聖剣は『次元の柱』より生まれる『みのり』から鍛えられる。その役目はこの世界における大精霊――あの法界院誘波と同じく世界と柱の守護。十二本の聖剣は存在するだけで連結した結界を成して柱を守り、持ち手を選ぶことで世界を守る。聖剣十二将となって日の浅いお前はまだ聞かされてはいないようだが、これが真実だ」
 セレスはなにも言葉を返さない。黙って聞き続けることが義務だとでも言うように、翠色の瞳にカーインを映して次の言葉を待っている。
「聖剣が勝手に発動するということは、世界の意思が働くこと。わかるな? 俺の妻と娘は世界に見捨てられたのだ!」
 ダン!
 カーインが魔剣をその場で薙いだ瞬間、俺たちの寸前までの観客席が床ごと消失した。まるで砂場の砂をスコップで掬い取ったかのように、消え去った部分はどこにも見当たらない。
 ゾッとした。
 なんだ今のは? これが魔剣の力か?
「俺は絶望し、世界を恨み、そして堕ちた。救う力だった聖剣は奪う力の魔剣へと変わり、なにも救うことのない殺戮の道具と化した」
 見せつけるように、カーインは魔剣を前方に翳す。
「対象範囲内のあらゆる世界の構成物を食らい尽くす、それがこの魔剣の力だ。無論、そこには『次元の柱』も含まれる」
「なっ……」
 とんでもなく物騒な能力に俺は思わず声を漏らした。もし斬り合っている時に力を使われていたら……そう考えるだけで戦慄する。魔剣ディフェクトスに纏う紅いオーラが、より不気味に見えた気がした。
「それで〝魔剣士〟となった師匠は、ラ・フェルデとは関係のないこの世界までも壊そうとしているのですか?」
 セレスの静かで重い口調の問いに、カーインは無言を返した。それを肯定と受け取ったのか、セレスは聖剣の輝きを増加させる。
「それが師匠の正義だと仰るなら、見損ないました。あなたは見境のない復讐者です。聖剣がなんなのか? 魔剣がなんなのか? そんなことはひとまず横に置いておきます。今はただ、あなたを討つためだけにこの剣を振るう!」
「フン、覚悟はできたようだな。ならば俺もこれ以上語る言葉はない。来い! 俺は壊す者でお前は守る者。決着はどちらかが倒れるまでだ!」
 カーインは魔剣を刺突に、セレスは聖剣を中段に構える。とても割って入れない空気を作り出す二人の世界から、俺は完全に蚊帳の外だった。
 その時――

「水を差すようで申し訳ありませんが、決闘ならマスターを巻き込まない場所でやれ安定です」

 機械的な声と共に、凄まじいプラズマが真横からカーインを襲った。
「!」
 即座に反応したカーインは魔剣を一閃し、迫る電撃の奔流を断ち斬った。だがその瞬間には既に、ゴスロリのメイド服をはためかすそいつがカーインの眼前まで疾走していた。
「レランジェの不在時にマスターを攫うとは処刑安定ですね」
 ゴスロリメイド――レランジェが刃物の刺突を思わせる手刀をカーインの喉元に放つ。カーインは首を傾げて間一髪かわすも、皮膚を僅かに掠めたらしく血が滴る。
「今です!」
 腕で薙ぎ払われながらレランジェが叫んだ。だがそれは俺たちに対してではない。
 カーインが魔剣の力で壁に穿った大穴。そこから、二本のピンク色の触手が伸びてきた。
 吸いつくように床に張りついた触手が収縮し、一本釣りされるみたいに引っ張り上げられた本体が姿を現す。
「おねえさまを放せユゥ!」
 マルファだ。幼い少女の姿をしている異世界のスライムは、粘体と化した両腕を床について宙に踊っており、ツインテールを幾本もの槍に変えてカーインへと撃ち放つ。
「……小賢しい」
 微かな苛立ちを口調に表したカーインが魔剣を薙ぐ。スライムの槍は一瞬で塵一つ残さず消え去った。打撃・斬撃・電撃・衝撃を無効化するマルファでも、流石に消失には抵抗できなかったか。
 ん? 待てよ。なぜやつはレランジェやマルファごと魔剣で消失さなかったんだ? 俺たちに力を見せた時よりも狭い範囲に二人はいた。できないことはないはずだ。
 そもそも、やつはあの魔剣で『次元の柱』を壊すつもりだろ。それほど大規模に力を振るえるなら、最初に邪魔な俺たち監査官を消し去った方が合理的だ。
 使いたくても使えなかった?
 まさか生物は消せないってことか? いや、マルファの槍はマルファ自身の体を変化させている。それはない。
 となると、考えられることは柱を壊すための力の温存。
 消失の力は無限には使えない。俺たちとの戦闘で使う回数と範囲をかなり限定しないとあの柱を壊すことができなくなるんだ。
「セレス! 一気に突っ込むぞ!」
「ああ!」
 確信した俺は日本刀を握り直して跳躍した。魔剣に抉り取られた観客席の床を俺は右から、セレスは左から回り込んでカーインを挟み討つ。
 体勢を立て直したレランジェとマルファも挟撃に加わる。
 気をつけるべきは、全方位に放たれる気合いの振動波。ただの衝撃や風圧とは違い、あの技を受けるとしばらく体が麻痺してしまう。
「先も言ったが、俺は戦争において多対一を卑怯などとは言わん。数で劣るならば相応の戦い方をするまでだ」
 カーインの全身に空間が歪んで見えるほどの闘気が宿る。やつは剣尖を床に向けるように魔剣を持ち直すと、

「破ぁッ!!」

 裂帛の叫びを発して魔剣を床に突き刺した。
 刹那、カーインを中心に床が爆発し、衝撃と瓦礫の弾丸が俺たちを薙ぎ飛ばした。俺、セレス、レランジェは対戦フィールド側に吹っ飛ばされ、衝撃耐性のあるマルファも大穴の向こうに見える森へと落ちていく。
 畜生っ! あと一歩ってところだったのに!
 俺はあいつに近づくことさえできないのか? 捕まっている女の子一人助けることもできないのか?
 嫌でも気づかされる。俺は、弱い。
 観客席最下部に弾き落とされた俺は、石床に背中を強かに打ちつけた。
 痛い。だが、そんな痛みなどどうでもよくなるほどの無力感が俺を支配していた。
 意識を失わなかったのは幸いか。周りを見ると、セレスとレランジェもそこで呻き声を上げていた。
 カーインは観客席最上から俺たちを見下している。せめてリーゼが目を覚ませば……そう願うが、これだけ騒いでも目覚めないことを考えると、スヴェンに薬でも盛られているのかもしれない。
 戦争の様子は依然として劣勢だ。少し盛り返したと思ったが、やはり数の差は大きい。あのグレアムですら、スヴェンを含めた何人何体何機もの敵兵に取り囲まれて息を切らしていた。
 戦局は終盤を迎えている。俺たちの、負けとして。
 俺にもっと力があれば、状況は変わっていただろうか?
 強くなりたい。今さらそう願うが、もう遅い。俺たちは負けたんだ。
 カーインもそれを見越したのか、俺たちを見下げることをやめて『次元の柱』に向き直った。
 異変が起こったのは、まさにその瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 二度目の巨大な空間振動が大闘技場を揺るがした。
「なんで、また歪震が……?」
 カーインは恐らくなにもしていない。揺れる大地にバランスを崩しながら周囲を見回すと、スヴェンも望月も困惑した顔をして戦闘を中断していた。
 これは『王国』が仕組んだ歪震じゃないのか?
 だとすれば、なぜ?
 疑問に思ったその時、ピタリと揺れが収まる。

 直後、対戦フィールドの中央の空間からなにかが勢いよく突き出した。

「なんだ?」
 遠くてよく見えないが、それはまるで星空のような不可思議な色をした……剣?
「――ッ!?」
 アレが剣だと認識した途端、俺は驚愕した。……いや俺だけじゃない。この場にいる全ての人がそれを見て絶句している。

 空間が、星空色の剣を中心に、あたかも門を開くような動作で割れたからだ。

 文字通りの、『次元の門』。
 宇宙空間にも似た世界が広がるその奥から――コッ、コッ、コッ。
 静寂な廊下を歩くような靴音を立てて、一人の男が歩み出てきた。
 長く美しいブロンドの髪に、法衣のような豪奢な衣装をマントのように羽織っている。ただの人間じゃない。その姿を見るだけで、思わず萎縮してしまいそうな絶対的な存在感を男は放っていた。
「あ……あ……」
 セレスが言葉を失い、翠眼をこれ以上ないほど見開いている。どうしたって言うんだ? あいつはなんなんだ?
『王国』の新手。そう考えるのが妥当だろうが、なぜか違うと感じている自分もいる。
 辺りをざっと見回した男が、口を開く。
「ふむ、ラハイアンの気配を追ってこの場所へ出てみたが、どうも間が悪かったようだ」
 溜息を一つ零すと、男は余裕のある表情でどこか優しく、しかし威圧的に言い放つ。
「唐突に現れた私にこのようなことを言える権利はないかもしれない。それでもお前たちが私の言葉を理解できるなら、両軍とも武器を収めてもらおうか」
 男の隣に浮遊している星空色の剣が呼応するように明滅する。
「へ、陛下……」
「クロウディクス……」
 セレスとカーインのそれぞれが、それぞれの感情を含ませた声で呟いた。

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