シャッフルワールド!!

夙多史

序章

 夏休み、という言葉がある。
 それは学生なら誰もが心躍らせる響きの言葉だろう。たとえ前半戦を進学補習で潰されようが、「もうやめて! 俺の精神ライフは0よ!」と叫びたくなるほど宿題を出されようが、夏休みってのは学生にとって最高のご褒美に違いない。
 なんせ夏で休みとくれば海、祭り、山でキャンプ、エクセトラエクセトラ。まあ、とにかく楽しげなイベント事がてんこ盛りで退屈しない毎日を過ごせるはずだ。大人になったらなかなか味わえない青春の一時ってやつを、ガキのうちにしっかり謳歌しておかねえと勿体ないぜ。
 と知った風に語ってしまった俺――白峰零児も立派にクソガキの一員なわけだが、今年の夏休みはそんな暢気なことを言ってられなくなった。
 きっかけは伊海学園学園祭、その裏で行われていた『戦争』とも呼べる壮絶な戦いだ。その中で、俺は自分の非力さを嫌ってほど思い知った。
 異界監査局。『次元の門プレナーゲート』っていう他世界と繋がる次空間の歪みを監視し、そこから発生するあらゆる事態に対処する裏組織。異世界人と日本人のハーフである俺は、組織の貴重な戦闘員たる異界監査官として数々のトラブルを経験し乗り越えてきた。
 が、アレはそんな経験など鼻で笑うかのような戦いだった。
 世界を安定させている『次元の柱』の破壊を目論む謎組織――『王国レグヌム』が本気で俺ら日本異界監査局を潰しにかかってきたんだ。それまで存在するかどうかも判然としなかった幽霊みたいな組織の急襲に、俺たちはどうにか戸惑いを捨てて立ち向かい――そして、敗れかけた。
 あの局面で異世界『ラ・フェルデ』の王――クロウディクス・ユーヴィレード・ラ・フェルデが計ったように現れなければ、俺たちはまず間違いなく壊滅していたことだろう。ホント、よく生きてたよ俺。
 で、その後なんやかんやあって俺はクロウディクスと決闘することになったんだが、結果は惨敗。文字通り手も足も出なかった。やつがライオンだとすれば俺はナメクジだろうね。それほどの力量差があったんだ。……あ、なんやかんやの部分は訊くなよ。後になって考えればすんげー恥ずかしい話だったからな。
 とにかくだ。俺は自分の弱さを知った。
 無力を嘆き、誰かを守れるだけの強さを求めた。
 だから――
「まだだ、もう一戦、相手になってくれ」
 夏休み返上で特訓するしかねえだろ。かっこよく言えば修行だ。
「おいおい零児、俺的には別に構わねェんだがよ。寧ろてめェと戦り合えて楽しい話なんだがよ」
 俺の眼前にはマロンクリーム色の髪をした作業着姿の男が立っていた。そいつは両手に握ったトンファーをくるっくると回しながら、呆れ返ったように俺を見据える。
「毎日毎日、零児的に何時間ぶっ続けで戦うつもりだ? ちったァ休め。死ぬぞ? ボロボロのてめェじゃあ段々つまらねェ話になってきてんだよ俺的に」
 こいつはグレアム・ザトペック。俺と同じ異界監査官にして、戦うことしか頭にないんじゃねえかって思うほどの戦闘狂いだ。つまり要約すれば『馬鹿』になるんだが、近接戦闘においてこいつの右に出る者はそうそういない。俺の能力的に修行相手としては申し分ないだろう。
 ――そう、思っていた。
「零児的に、もう立つこともやっとなんじゃねェか?」
 が、甘かった。俺はたった今こいつにぶっ飛ばされて、壁に背中を強か打ちつけてへたり込んでいる状態だった。
 これで本日かれこれ七回目。グレアムの言う通り、そろそろ体が悲鳴を上げることすらできなくなってきている。痛みを忘れ始めたら流石にヤバい。戦闘狂のこいつに心配されるほどってどんだけだよ。どうやら俺は焦り過ぎて頭がパーになっていたらしい。
「そう、だな。悪い。自分の状態も見えねえようじゃ修行にならないな。少し休む」
「おう、そうしろそうしろ」
 お言葉に甘えてぐったりと壁に背中を預けた俺は、特にすることもないしなにもできないので適当に周りを見回してみた。
 天井の高い広々とした空間は薄暗く、窓から差し込む日差しだけで照明は一切ついていない。つけようとしてもつかないんだ。
 なんせここは街外れの廃工場だからな。電気どころかあらゆるライフラインが止められている。昔は文房具などを製造していた工場だったらしいが、悲しいことに不況の波に呑まれて経営が成り立たなくなったんだろう。全体的に埃っぽくて、錆びついていて、油臭い。引き取り手もなかったようで、もう動くことのない製造機械がそこら辺に放棄されている。
 ただ、最も悲しいことと言えばアレだな。
「お疲れ様ッス、大兄貴!」
「零児の兄貴も強いッスけど、大兄貴はやっぱスゲー!」
「馬っ鹿、当たりめえだろ。大兄貴より強いやつなんていねえよ」
「つまり俺たちの大兄貴は最強ってことだぜ! ヒャッハー!」
 とまあ、この廃工場は現在『ヴァイパー』とかっていう不良集団の溜まり場となっているんだ。今は四人しかいない不良たちだが、集まれば二十人ほどのメンバーになるらしい。んで、そんな街の不良どもを束ねるリーダー的存在が、そこで暇潰しに適当な廃材をトンファーで解体している大兄貴ことグレアムってわけだ。
 本人は気づいたらリーダーをやっていたみたいなことを言っていたな。街で不良相手に喧嘩してるうちに担ぎ上げられたのだろうね。ていうか、なんで俺まで兄貴扱いなんだ?
「零児、てめェは強くなりてェから俺様に喧嘩売ってきたわけだろ?」
 巨大な印刷機器を二秒で粉々に粉砕したグレアムが不意にそう訊いてくる。
「いや喧嘩じゃなくて稽古つけてくれって頼んだが、まあ間違っちゃいない」
 答えると、グレアムは「やっぱりか」とでも言うような顔して肩を竦めた。
「零児的に知らねェようだから教えてやるがよ、そのザマじゃあいくら俺様と戦り合っても強くなんねェぞ」
「……どういうことだ?」
 問い返す。こいつ、俺が気づいてない修行のコツとかを知ってるのだろうか?
 グレアムはニヤァと凶悪犯罪者みたいな笑みで顔を歪め、
「負けてばっかじゃ経験値は入んねェよなァ! レベル上げてェなら一度でいいから俺様に勝ってみろや!」
「ゲームの話じゃねえよ!?」
「つーわけでもう一戦と行こうぜ! 三秒ほど待てば体力全快になるからよォ。いや待て、アレは一瞬で一夜が明けたってことになってんだっけか? なら俺的に困った話だ。俺様は三秒以上待ったが一夜明けてねェぞ。それじゃあ零児の体力は回復してねェってことになるわけで、なんつうかアレだな。アレ、そう……忘れた。まずい。まずい話だ。俺的になにが言いたかったのか思い出せねェ。おい零児、俺様は今なにを言おうとしたんだ?」
「俺が知るかよ!? つか、お前さっきまで俺の体のこと心配してなかったっけ!?」
 腕を組んで首を捻るグレアム。ニワトリの方がまだ記憶力いいんじゃないかコレ。
「だが、そうだな。今の俺じゃ、お前と戦っても強くなれる気がしない」
 修行には実戦が一番だと母さんに教わったが、相手を間違えちゃいけないな。実力差があり過ぎる上に、〝人に物を教える加減〟を知らねえやつと戦っても自分の身体を悪戯に傷つけるだけだ。
 おかしいな、俺はそんなマゾじゃなかったはずだが……そこんとこを教えてくれただけでも前進ってことにするか。より打たれ強くなったような気もするしな。
 いきなり過ぎたんだ。手順を間違えた。グレアムのように強くなりたければ、最初に訊いておかなきゃならんことがあったな。
「グレアム、お前はどうやってそこまで強くなったんだ?」
「あァ? んなもん飯食って寝て戦ってりゃ強くなんだろうが。零児的におかしなことを訊く。ん? まさか今のは零児的なギャグだったのか? ヤバい。だったら俺様はここで笑わなきゃいけなかったわけで、今からでも遅くないなら笑ってやるべきだ。はっはっはっはっは! おいてめェらも笑え! はっはっはっはっは!」
「「「「あっはっはっはっは!」」」」
 グレアムに促されて不良たちも無理やり爆笑しやがった。なにこれ? 新手のイジメ?
「だーもう笑うな! ギャグでもなんでもねえよ! くそっ、もういい。俺は帰る。今日も付き合わせて悪かったな」
 やっぱり不良どもの溜まり場なんて胸糞悪い場所に行くんじゃなかったぜ。
 まあ、つっても『ヴァイパー』の不良どもはグレアムが抑止力になってるせいかあまり悪さをしないんだよな。態度だけがチンピラで、道端にポイ捨てされていた空き缶を不良たちが屑籠に入れている場面を俺は何度か見ている。
 夏休みになってから数日間、俺はその不良の溜まり場に足繁く通い、グレアムと戦ってはボロクソにやられていた。だが今回のことであまり意味ないことがわかった。
 潮時ってやつか。
 自分で修行方法を考えることがこんなに難しいとは思わなかった。
 さてと、明日からどうすっかな?

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