シャッフルワールド!!

夙多史

一章 次元の結合(2)

 異界監査局が持つ表側の顔の一つ――伊海学園は小高い丘の上に建っている。小中高大の全てを含有する学園で、学校のランクが上がるほど高い位置に建設されており、高等部や大学からの眺めは絶景と言っても過言じゃない。
 もっとも、俺としてはそのエスカレーター式を物理的な高さでも表現しちまってるところが気に入らない。なにを訴えたいかと言うと、坂道がきついんだよ。
「毎度毎度思うが、呼び出すんなら気を利かせて転送くらいしてくれよな」
 誘波ならそれができる。できるのにやらないのは俺に対する嫌がらせか? 前に問い詰めた時は『レイちゃんを鍛えるためですよぅ』とか言われてはぐらかされたが……まあ、確かに体力はつくな。
 とりあえず呼び出し場所へ行く前に水分補給は必須だ。どうせこれから動かなくても疲れる事態が発生するに決まってんだから。そう考えて大学部の入り口から一番近い自販機まで赴くと――先客がいた。
「あー、自動販売機……自動販売機……」
 俺より一つか二つほど年下と思われる少女だった。背は高一女子の平均くらいか。割と整った顔立ちをしていて、世間一般では美少女のカテゴリーに属するだろう。だが、フェミニンストレートに伸ばした金髪はぼさぼさで、両目の下にはくっきりと隈が浮き上がっている。不健康そうにしか見えない。
 いや、そんなことより――なんだこいつ?
 少女のなによりも目立つ部分は、やたらと丈の長い薄汚れた研究者用の白衣を着ているところだ。どんだけ長いかと言えば、二メートル級の大男が着ても引きずるんじゃないかそれ? ぶかぶかというより、わざと地面に引きずるために作られているようにしか思えない。
 そんなとても大学生には見えない少女は、眠そうな顔で自販機を見詰めたまま小さく口を開く。
「あー、わざわざ金を入れてボタンを押すなどどこが『自動』だ。前に立つだけで客の思考をスキャンし、求める飲料物を自動で製造する機械があってもいいかもしれない。あー、だがそれでは金銭の回収が面倒だな。会員登録制にすれば後に請求書を発行することも可能だろうが、とりあえずは学園内のローカル環境でテストしてからで……」
 なんか意味のわからん独り言をぶつぶつ呟き始めたぞ。グレアムのようなアホな独り言とは違うみたいだが、ホントになんなんだこいつ? 白衣少女と言えば俺の周りに一人だけいるが、まさかあいつの妹とか親戚ってわけじゃないよな? いや、あっちのは医者用の白衣か。
「なあ、買わねえのならどいてくれないか?」
 喉の渇きがそろそろヤバイところまで来てるんだよ。
「あー?」
 研究者少女は濁った緑色の瞳で検分するように俺を見上げると、白い棒を咥えた口で「ふぅむ」と唸った。白い棒は煙草か? と思ったが、口内で転がしてるっぽいからたぶん棒つきキャンディーだな。
「あー、お前が白峰零児か?」
「なんで俺の名前を……? あんた誰だ?」
 迫間並に面倒臭そうな喋り方をするやつだな。改めて見ると肌が白いだけに目の下の隈が非常に目立つ。ちゃんと寝てんのか?
「あー、その様子だと誘波からなにも聞かされていないのだな。あいつめ、人に客の案内を頼んだくせに相手にはなにも伝えてないのか。非効率的だな」
 研究者少女はぼさぼさの金髪を掻き毟ると、棒つきキャンディーを一旦口から取り出して簡単に自己紹介をする。

「あー、私はアーティ・E・ラザフォード。異界技術研究開発部第三班班長だ」

「え? 班長?」
 異界技術研究開発部の関係者かとは薄々感じてたけど、班長ってことはそこそこ偉いやつじゃないのか? どう見たって俺より年下だ。異世界人の天才少女ってやつなのか?
「あー、お前たち監査官には〈言意の調べ〉と〈現の幻想〉の製作者、と言った方がいいか? あー、それとも、スヴェンの元上司とでも言った方がいいか?」
「――ッ!?」
 驚いた。それも二重に。
 俺たちお馴染みの魔導具を作ったやつがこんな少女だったってこともそうだが、あの裏切りメガネに上司がいたなんて初耳だ。思念操作型首なし機械人形――デュラハンはスヴェンの世界の技術だと思うが、もしかしたら監査局の技術面的に重要な情報が『王国』に漏洩してんじゃないだろうな?
「あー、なにを心配したか知らないが、私はあいつになにも教えてはいない。そもそもアレごときに私の技術は理解できないだろうからな」
「俺にとっちゃ、あんたらの技術は全面的に理解の範疇を越えてるんだけど」
「あー、凡人はそれでいい。消費者が開発者のやっていることを理解できては、我々の存在意義に関わる問題となるのだ」
 俺の周囲にはいないタイプのローテンションでそう言ったアーティは、再び棒つきキャンディーを口に咥えた。大事そうにコロコロと嘗めてるな。
 それはそうと――
「技術研究開発部のお偉いさんが、なんでこんなとこにいるんだよ?」
「あー、そうだった。お前が来たのならここで無駄な立ち話をする意味はない。私はお前を案内するように頼まれているのだ」
「案内?」
 そう言えばさっきも誘波がどうのこうの言ってたな。
「あー、お前が呼ばれている二号館は構造的に複雑だからな。工場として機能しているから、余計な場所に入られるのは私にとっても面白くないのだ。――ついてこい」
 億劫そうに白衣を翻してアーティは歩き始めた。
「あ、ちょ、待てよ」
 喉の渇きなんて忘れて俺は慌てて追いかける。
 とそこで、なにかを踏んづけてしまった。
 それは、ずるずると引きずられていく絨毯のように長い白衣。

 びたーん!

 アーティが笑えるほど綺麗に転倒した。
「……あー、なにをする?」
 打ったらしい鼻を押さえ、眠そうな声と涙目で俺を弾劾するアーティ。痛そうだ。
「わ、悪い。つーか、あんたももっと足の踏み場を考えなくてもいい服装しろよ!」
「あー、人のせいにするのか? これだから自分勝手な監査官は」
「自分勝手は否定できないけどそれはあんたにも言えることだと俺は思うね!」
「あー、いいか、次に私の白衣を踏んでみろ。人体実験のモルモットにするからな。気をつけろ」
 そういう笑えない冗談は郷野辺りから散々言われ慣れているが、アーティの目は冗談ではなく本気だった。だから「はい」と答えるしか選択肢がない。てかどうでもいいけど、こいつは語頭に「あー」とつけないと会話できんのか?
「あー、癖なのだ。気にするな」
「心を読んだ!?」
「あー、いや、これまで私と初めて相対した者がその疑問を強く抱く時間を分析した結果が、今のタイミングだったというだけだ」
「紛らわしいことしないでほしい!」
 その分析も大概凄いとは思うよ。だが時々理屈なしに俺の心を読んでくるやつらがいるから困ってるんだよ。
「……あー、また無駄に時間を浪費してしまった。ほら行くぞ。私は一分一秒でも早く例の実験を実施したいのだ」
「あ、ああ、はい」
 俺が曖昧に頷いたのを確認してからアーティは再び歩き出した。アーティの後ろを歩いていたら三十秒に一回ペースで白衣を踏んづけてしまいそうだったので、俺はぴったり真横に張りついておくことにした。
「例の実験って?」
「あー、話しかけるな。会話は歩速の低下に繋がる。あー、どうせこれからお前に見せるのがその実験だ。モルモットにされたくなければ今は黙っていろ」
「……はい」
 歩行速度は元々ノロマなのに、と思ってしまったことは黙っておこう。俺の命のために。
 ほどなくして伊海学園大学の二号館が見えてきた。ずかずかと躊躇いなく入館するアーティに俺も続く。
 隣接する一号館が異界監査局の事務所だとすれば、二号館はアーティも言っていたように工場に類する。〈言意の調べ〉や〈現の幻想〉など、俺たち異界監査官にとってなくてはならないアイテムを提供してくれる場所がここってわけだ。つまり異界技術研究部の本拠地にして――

「次のレランジェ君の追加機能はどういった物がいいだろうか?」
「班長、やはり我々はおっぱいミサイルを希望します!」
「既に見積書等は完成しておりますし、外注とも話がついています」
「工程についても綿密に計画しておりますゆえ」
「まったく君たちは……下品なのはやめたまえと言っている」
「「「しかし班長、これはロマンなのです!」」」
「わかっている。下品なのは名前なのだよ。もっとこう、クールな感じがいい」
「「「すぐに考えますっ!」」」

 ――変態の巣窟だ。
「なんであいつら堂々とロビーでアホな会議やってんだ?」
 開発者には変人が多いっていうイメージが俺の中にあるのは、間違いなくこの技術研究開発部のせいだよ。二号館にはほとんど入ったことないから研究者の顔と名前なんて全然覚えてないけどね。監査官だったスヴェンは別な。
「あー、まあ、そう言ってやるな。我々研究者は引き籠ってばかりだからな。窮屈な会議室より外の方が気楽にオープンな会話ができるのだ」
 棒つきキャンディーをちゃぱちゅぱさせながらアーティが答える。もう話しかけても大丈夫なのだろうか?
「なあ、その実験ってのは――」
「あー、黙れ」
 ダメだった。だったら独り言に返答しないでほしい。
 気まずい無言が続く中、俺たちは一階奥にあるエレベーターに乗った。それで一気に屋上まで行けるのかと思いきや、すぐに下りて廊下を渡り、階段を上り、またエレベーターで少しだけ上昇する。確かに複雑だ。どこのテレビ局だよ。俺一人だと絶対迷ってたな。
 屋上まで辿り着くのに十五分もかかってしまった。建物内は冷房が効いていて快適だったからいいものを、これが外だったら脱水症状を引き起こしても不思議じゃないね。
 屋上には二人の人物が顔を揃えていた。
「零児、遅いぞ」
 凛とした口調で俺の名を呼んだのは、煌びやかな銀髪をポニーテールに結った少女だった。伊海学園高等部の制服に肩当て・胸当て・ガントレット・白マントをフル装備した彼女は――異世界『ラ・フェルデ』の聖剣十二将が一人、セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルだ。俺はセレスと呼んでる。
「やっと来ましたねぇ。待ちくたびれましたよ。アーちゃんもご苦労様でした」
 セレスの横に立っているのは、赤を基調とした鮮やかな十二単を纏った少女だ。おっとりニコニコした笑顔を見せるこいつは、本人は十八歳だと言い張っているが、実年齢は三ケタ四ケタあってもおかしくない怪物である。そんで、こいつこそが憎き日本異界監査局本局長――法界院誘波なんだよ。俺はアホ波と呼んでやりたい。
「あー、まったくだ。お前が風の転移を使えば私が苦労することも、こんなにも時間がかかることもなかったのだ」
 アーちゃんことアーティが不満を呈する。その不満には俺も百二十パーセント同意だ。
「本当にご苦労様でした。あとで美味しいアイスレモンティーを御馳走しますね」
「あー、なら許す」
 アーティは驚くほど簡単に許しやがった。レモンティー好きなのか? というか俺にも御馳走してくれるんだろうな? さっき飲み損ねて実はけっこう我慢してたりするんだよ。
 となれば、水分補給にありつくためにさっさと話を進めないとな。
「んで、誘波、お前の言ってた『面白い物』ってのは、そこにある物体のことか?」
 誘波とセレスの背後には、神社の鳥居に似た巨大建造物が聳え立っていた。アーティの実験に使う物だろうが、見ただけでは用途が全くわからない。
「はい、そうですよ」
「なんなんだ、それは?」
「あら? 見てわかりませんか?」
 誘波はおかしそうにクスクス笑いながら謎建造物を見上げ、言う。

「『次元の門』ですよ。アーちゃんが作った人工の門です」

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