シャッフルワールド!!

夙多史

一章 次元の接合(3)

「人工の『次元の門』だって?」
 その鳥居みたいなオブジェをくぐればどっかの異世界に行けるってことか? 冗談だろ? 元の世界に帰りたい異世界人にとっては涙が出るほど嬉しいことだろうが、だからこそそういう技術が実現しそうなら噂にくらいなってなきゃおかしい。
「正確には自然発生する『次元の門』とは違います。そちらは文字通り無数に存在する異世界からランダムに選ばれますが、こちらはある一つの世界としか繋がらない門です」
「一つの世界?」
「ラ・フェルデだ」
 誘波の曖昧な説明に首を傾げていると、セレスが代わりに答えてくれた。
 ラ・フェルデ。次空を統べる神剣の継承者――クロウディクス・ユーヴィレード・ラ・フェルデが収める国にして世界の名称だ。十二本の聖剣が『次元の柱』を守護している世界で、その聖剣に選ばれし者たちが聖剣十二将と呼ばれているらしい。セレスはその一人だ。
「陛下のお力添えがあればこそ成し得た事柄だ。これで陛下御自ら送迎する必要もなくなった。私もラ・フェルデに用事があればいつでも帰国することができる」
 胸当ての下で腕を組んだセレスはまるで己が事のように誇らしげに語る。なんでもいいけど、この炎天下の中でその装備は暑くないのかな?
「あー、ラ・フェルデの技術は実に興味深かった。神剣の加護を物体に付与することで世界間を繋ぐなど、なかなか面白い芸当だな」
 フフフ、とアーティは静かに笑う。隈の浮いた顔なだけになんとなく恐ぇ。肝試しをするなら脅かし役が適任だな。絶対ビビる。
「あー、詳しい仕組みが知りたくても教えてはやらんぞ。企業秘密だ」
「いや別に知りたくないし。どうせ理解できんから」
「……あー、これだから知的探究心の薄い凡人は」
 なんかつまらなそうにそっぽを向かれた。実は語りたかったのか?
「アーちゃん、とにかくまずは起動してみましょう。恐らく向こうの準備はできているでしょうから」
「あー、そうだな。実験開始と行こう」
 誘波に言われ、アーティは心なしか嬉々とした様子で人工門に歩み寄った。白衣がずるずる引きずられる。それから門に取りつけられているパネルを指で操作すると――ぽわっ。門全体が淡く輝き始めた。
 門の内側の空間が陽炎みたいに歪んでいく。納得。確かにこいつは『次元の門』にそっくりだ。
「あー、白峰零児、ちょっとこっちへ来い」
 アーティが棒つきキャンディーを転がしながら手招きする。実験を手伝えってことだろうか? まあいいけど。
「あー、門の前に立っていろ」
 怪訝に思いながらアーティの傍まで行くと、そう指示された。よくわからないまま従う。
「なあ、俺はなにをすりゃいいんだ?」
「あー、行ってこい」
「は? なに言ってどわぁあッ!?」
 ケツを足の裏で思いっ切り蹴られた。前方にすっ転ぶ俺。
「な、なにしやがる……んだ……?」
 身を起こすと、そこは二号館の屋上ではなかった。青い空と遠くに望める山々は似ているが、俺が立っている場所はコンクリートではなく石造りの床だった。周囲を見回すとその正体がはっきりとわかる。
 城だ。西洋風な様式はリーゼの住んでいたイヴリアの魔帝城に似ていなくもないが、そこよりもずっと大きく、全体的に白い。神聖さ溢れる王城だな。しかも巨大な湖の中心に聳えてるじゃねえか。なんてロマンチック。
 ここは城にある屋上の一つだろうか? と考えていると、背後から若い男性の声が響いてきた。
「ガイアとの接合実験は成功したようですね」
 咄嗟に警戒して振り向く。二号館にあったのと同じ鳥居型オブジェクトの前に、綺麗な翠色の長髪をした好青年が屹立していた。整った顔立ちに騎士服、褐色のマントを羽織っており、左右後方には銅像のように直立する赤い全身鎧を纏った兵隊を従わせている。
「ようこそ、ガイアの民よ。私はラ・フェルデ王国王室親衛隊隊長にして、聖剣十二将のリーダーを務めさせていただいております、アレイン・グラリペル・キャクストンと申す者です」
「あ、いや、どうも、白峰零児です」
 丁寧に頭を下げる騎士に俺もつい低頭してしまった。どうしよう、ここまで丁寧な扱いを受けたことなんて初めてだ。感動した。
 ――って、感動してる場合ちゃうねん!
「ここは、ラ・フェルデなのか?」
「はっ。間違いなくラ・フェルデにございます」
 なるほど、アーティめ。門がちゃんと繋がっているのか俺で試しやがったな。アレインってやつの口調が丁寧なもんだから、軽く異世界トリップして勇者に祭り上げられるんじゃねえかと焦ったぞ。
「ラ・フェルデ……セレスの世界、か」
 俺は改めて周りの景色を眺める。澄み渡った空。同じように澄んで青々と煌めく湖。気候は穏やかで居心地がよく、空気も美味い。湖岸には大きな街が見え、そこからこの城に歴史を感じる巨大な橋が架かっている。異世界というよりは、中世ヨーロッパにでもタイムスリップした気分だ。
 だが、綺麗なところだな。セレスが自慢したくなるのもわかる。
 早く帰ってアーティに一言文句言いたいところだが、せっかくだからちょっと観光したいな。今回はイヴリアの時とは違って帰ろうと思えば帰れるんだし。
「白峰零児殿、来ていただいて早々に申し訳ないのですが、私と共にすぐ引き返していただきます。こちらからの接合の確認と、二人以上でも門をくぐれるか検査するためです」
「あ、はい……そっすね」
 なんかやり難いなぁ。この丁寧さ。
 ラ・フェルデ観光は今度またセレスにでも頼むとしよう。

 門をくぐり直すと、元の二号館屋上の景色が眼前に広がった。
「あー、うん、どうやら上手くいったようだな。いくつか微調整する箇所はあるものの、ひとまず実験は成功だろう」
 アーティが俺を蹴り飛ばしたことなど忘れたかのようにほざく。
「おいこら、もし失敗してたらどうなってたんだ?」
「あー、最悪なパターンを言えば、次元の狭間に閉じ込められて死んでいたな」
「んな危険な実験なら先に言えよ!?」
「あー、言えばお前は拒否るだろう?」
 間違いなく全力で断っていただろうね。
「レイちゃん、門をくぐってみた感想を聞かせてください」
「なら自分でくぐれよエセ天女! 実験は成功してんだから!」
 こいつの『面白かった』っていうにこやかな笑顔を見ていると、無性に門の向こうへ放り投げたくなる衝動に駆られる。早くそれを実行できるくらい強くならねえと。
「セレスティナ、ガイアでは上手くやっているようだな」
「はっ。アレイン親衛隊長殿、皆よくしてくれております」
 向こうではセレスとアレインが部下と上司の世間話をしている。アレインが聖剣十二将のリーダーってのは本当らしいな。物腰から察しはついていたが、あいつもかなり強い。クロウディクスほどバグってはないと思いたいが、今の俺じゃ相手にならんだろう。
 にしても、やっぱりラ・フェルデ人は若いよなぁ。聖剣のリーダーを務めるアレインも三十には達してないように見えるし。
「なあ、ガイアってのはなんだ?」
 アーティと誘波が門の機能について意味不明なことを談義し始めたので、俺はセレスたちに混ざることにした。
「ラ・フェルデではこの世界をそのように呼んでいるのだ、零児」
「なるほど」
 ガイア……ギリシャ神話における最古の大地の女神だっけ? 地球全体を一つの生命体と考える『ガイア理論』ってのもあったな。まあ、ラ・フェルデ人がそんなこと知っているとは思えないから、クロウディクスが誘波から適当なことを吹き込まれたんだろうね。
「零児、お前の目から見てラ・フェルデはどうだった?」
「ああ、城と周辺しか見られなかったけど、すげー綺麗なとこだった」
「そうだろうそうだろう! あの湖はヴィッセクラン湖と言ってな、首都の水源となっているだけではなく豊富な水産資源が――」
 セレスが嬉しそうに翠眼をキラキラさせてお国自慢を始めた。本当にラ・フェルデが好きで、誇りに思ってるんだろう。
 そんなセレスにアレインが苦微笑を漏らし、そっと席を外す。空気読める人だ。
「法界院誘波殿、お渡ししたい物があります」
 アレインは懐から紙束を取り出して誘波に歩み寄った。セレスの話を聞きながら、俺は一応そっちにも意識を向けておく。
「ラ・フェルデから繋げることのできる異世界のリストです。まだ全てを纏められているわけではありませんが、途中経過としてお目通しをお願いします」
「わぁ♪ ありがとうございますぅ。これが欲しかったのですよ」
 子供のように顔を輝かせた誘波は恭しくアレインから紙束を受け取った。アレは帰界志望の異世界人のために誘波が頼んでいたリストだろう。が、A4用紙サイズで百枚は超えてるぞ。アレにビッシリ異世界の名前や特徴が書かれているのだとしたら、一体ラ・フェルデはどんだけ他世界との交流があるんだ?
 ラ・フェルデ文字を読めるのか? と思ったが、セレスがいるから心配ないか。
「零児、聞いているのか?」
 向こうに意識を集中し過ぎてしまったせいか、セレスがムッと唇を尖らせていた。
「あ、ああ、悪い。ていうか、今度落ち着いたら観光案内してくれよ。ここで言われてもピンと来ないというか」
「む。それもそうだな。わかった、引き受けよう。約束だぞ」
 少々物足りなさそうにするセレスと指切りを交わす。破ったら聖剣千本の刑に処されそうだ。
 と、向こうも話し合いは終わったようだ。
「では、法界院誘波殿。実験は完了したようですので、私はこれにて失礼致します。門の使用制約等につきましては、後ほど担当の者を派遣させていただく形でよろしいでしょうか?」
「はい。まだ完成というわけではないので、それで大丈夫ですよぅ。ご協力に感謝します」
 親しげに手を振る誘波に見送られ、アレインは一礼して人工門をくぐった。最後まで稀に見る常識人だったなぁ、あの人。無理やり悪く言うなら事務的過ぎるが、どっかの誘波に爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。
「んじゃ、他に仕事がないんなら俺も帰っていいんだろ?」
「はい。最近は門が開くほどの歪みも発生していませんし、監査官の仕事はあまりないですねぇ」
 言われてみれば、祝ノ森リゾートガーデンの事件後からあまり門が開いていない。いいことなんだろうが、素直に歓迎してもいいのかちょっと不安だな。
「まあ、近いうちに大仕事が舞い込んでくると思いますが」
「あ? どういうことだ?」
「舞い込んできた時に言いますよ。ところで、レイちゃんは私になにか訊きたいことがあったのではありませんか?」
「あっ」
 アーティに出会ったりラ・フェルデに飛ばされたりしてるうちにすっかり忘れてた。
「なあ、どっか修行に適した場所ってないか? そこでの一年がこっちの一日になるみたいな部屋とか」
「あるわけないでしょう。天界にでも行ってください」
 なかったか。監査局の不思議技術ならもしかするとって思ってたんだが……残念。
 とその時――
「! 誘波殿、アーティ殿、門が」
 セレスが慌てた声を上げる。見ると、オフにしたはずの人工門に再び歪みが発生していた。空間の波紋が広がり、何者かが出てくる。
 俺たちは警戒し、いつでも戦えるように身構える。だが――
「度々申し訳ありません」
 出てきたのは、さっき帰ったはずのアレインだった。彼は済まなさそうにしながら二号館の屋上に足をつける。
「アレインちゃん、どうかされましたか?」
「はい、一つお頼みしておきたいことがありまして」
「頼み?」
 俺が鸚鵡返しに訊くと、アレインはバツが悪そうに軽く頷き、言う。
「はい、もしも陛下が無断でこの世界に来た場合、すぐに私の方まで通報していただきたいのです」
 陛下とはクロウディクスのことだ。あの国王、放浪癖でもあるのか?
「承知しました。クロウちゃんが勝手にこちらに来たらアレインちゃんに言えばいいのですね」
「よろしくお願いします」
 深々と頭を下げるアレイン。その様子に、俺は自分に通じるなにかを感じ取った。
「……あんたも苦労してんだな」
「ハハ、これもお役目ですから」
 俺とアレインは苦笑を交わす。俺、この人とは親友になれそうな気がする。
 二度目の別れの挨拶も終え、アレインは今度こそ去って行った。それを見届け、俺も帰宅するために踵を返す。
「ふふふ、アレインちゃんは真面目な方ですねぇ」
「そうだろう。私もアレの固さはどうにかならんものかと頭を悩ませている」
 しかし国王の仕事かぁ。どんなものかは想像つかないが、きっと遊んでる暇はないんだろうな。書類の山に埋もれてるイメージがある。
「クロウちゃんも大変ですねぇ」
「国内だとどういうわけか即座に嗅ぎつけてくるからな。お忍びで出るのは異世界に限る。そんなことより法界院誘波、この後酒でも飲まぬか?」
 だが仮にも一国の王だぞ。いくら〝次元渡り〟能力者でも、国を放って異世界で豪遊するなんて無責任なことは流石にやらんだろ。
「あらあら、いいですねぇ。この世界の特上の物を用意しておきます」
「ほう、それは楽しみだ」
 そうそう、丁度あんな感じのブロンドヘアーにマントみたいな王衣を纏った威厳たっぷりの男がそんな馬鹿げたこと…………早速来とる!?
「よしセレス! 通報だ!」
「いや、だが、しかし……」
「アレインさんの苦労わかってあげて!」

 その後、戸惑いながらもセレスが人工門を通じて連絡を行うと――
「おのれ陛下ぁあッ! あなたという人はまた勝手に!」
 鬼のような顔をしたアレインが三秒で飛んできたとか。

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