シャッフルワールド!!

夙多史

二章 強化合宿(3)

 あっさり勝負を受けやがったよ、母さん。
 母さんVSグレアム……後片づけは誰がやるんだ? じゃなくて、こいつはかなり大変なことになってきたんじゃないか? リーゼがいたらはしゃぐだろうなぁ。自分も混ざるとか言い出しかねん。セレスたちと他の階の掃除に回されていて助かったぜ。
「見学者は離れてください。彼を相手に巻き込まない戦いができるとは思えませんので」
 母さんはグレアムの力量を見抜いている。だからこそ勝負を受けたんだ。
 そこにはいくつかの意図がある。
 意図その一、俺たちにハイレベルな『戦い』ってやつを見せること。母さんがさっき言ったように、観戦ってのは立派な訓練だ。無論、ただ眺めてるだけじゃ意味はない。戦い手の一挙手一投足を観察し、分析し、理解し、自分に当て嵌めてイメージすることで初めてなにかが身につく。
 意図その二、教官に対する『敬い』と『畏れ』を観戦者に植えつけること。他人のことは言えんが、監査官って生き物は大抵自分勝手だからな。教官に抗おうという気力を訓練前に削いでおく必要がある。
 そして意図その三、たぶんこれが本意だ。母さんは勝負を受ける前に一瞬だけ俺を見た。つまり、その一と被るが、俺に盗めと言ってるんだ。母さんの技術をな。
 俺たちは指示通り速やかに体育館風道場の端へ、あるいは外へと退避する。
 だが、一人だけ残った者がいた。
「あー、お前たちを自由に戦わせて施設を壊されては困る。私が審判を務めるが、構わないな?」
 アーティ・E・ラザフォードだった。
 例の浮遊する円盤の上に正座し、コロコロと気だるそうに棒つきキャンディーを転がしている。円盤から生えていた十本の腕は一体どういう仕組みなのか全て収納されていて、もう完全にUFOにしか見えない。アレを見て清掃ロボだと一発で看破するやつがいたら俺は尊敬すると思うね。
「おいおいおい嬢ちゃんよォ。審判ってのをやんのはてめェ的に勝手な話だが、そこにいてもらっちゃあ俺的にうっかり殴っちまうかもしれねェぜ? いや殴る。間違って殴る。殴らなければ蹴っちまうなァ。そうなっちゃあ俺的に目覚めが悪ィわけで、なんつーかアレだ……離れてな」
 グレアムが脅すように凄みを利かせるが、アーティは怯まない。
「あー、案ずるな。私とて、お前たちの戦いに割って入って技の威力を身を持って計測するほど研究熱心ではない。高みから見物させてもらう」
 そう言ってアーティを乗せた円盤はふわふわと上昇していく。そして安全圏と思われるある程度の高さになると、四つん這いにでもなったのか、ひょいっと顔だけ覗かせた。
「あー、それと、一つだけ忠告するぞ小僧・・。私は日本異界監査局の創設当時から関わっている古株だ。お前の何十倍は生きている人生の大先輩を『嬢ちゃん』などと呼ばないことだ。改造されたくなければな」
「――何十倍っ!?」
 淡白な口調でさらりと告げられた事実に驚愕したのは、なにも俺だけじゃなかった。アーティの外見はお世辞込みでも十代半ばにしか見えんのだ。グレアムを二十歳として十をかけて最低二百歳。驚くなというのは無茶な話だろう。
 もっとも、そこに驚くのは監査局とまだ関わりの薄い不良たちくらいだ。俺らは別に見た目と年齢が違うことに今さら反応なんてしない。異世界人にはそういうやつらなんてごまんといるからな。ただアレだ、何十倍なんてレベルは本当に稀で、誘波とタメを張れるお婆ちゃんが他にもいたことに驚きを――
「レイちゃ~ん、今、とぉーっても失礼なことを考えてませんかぁ?」
 ただアレだ、何十倍なんてレベルは本当に稀で、誘波とタメを張れる美人で年上のお姉さんが他にもいたことに驚きを隠せないわけだな。うん。
「今さら訂正しても判決は覆ったりしませんよぅ?」
「心を読むなとアレほど言ってんのにくそう!」
「極・刑です♪」
 ズン! おっとりとした殺気が俺の全身に絡みついた瞬間、降り注ぐ風圧のせいで俺は床と熱烈な口づけを交わす羽目となった。掃除した後でホント助かったと思う。
 理不尽だと恨みながら顔を上げる。見ただけで暑苦しい十二単を汗一つ掻かず涼しい顔で着こなしている誘波は……あんにゃろ、一人だけカップアイス食ってやがる。
「あらあらぁ、レイちゃんたらいつまでも寝ているおつもりですかぁ? そろそろ起きてください。勝負が始まりますよぅ」
「ならまず風圧解けよ!? いや解いてください!」
 このくらい自力で抜け出せるようになりたいぜ、早く。
 俺が誘波の風から解放されたのと、母さんとグレアムの試合が開始したのはほとんど同時だった。
 アーティの合図で先に動いたのは予想通り、グレアム。
 握り部分のついた一対の打撃武器――トンファーを構え、凶悪犯罪者も顔負けな狂った笑みを貼りつけて床を蹴る。そのたった一度の跳躍でやつは母さんとの距離を縮め、迷わずトンファーで頭を狙う。
 母さんは表情を一切乱さずに体を右に開いてかわす。その間に持っていた木刀を棍に生成し直し、一瞬の隙が生じたグレアムに振り下ろ――さなかった。
 母さんは棍を横に立てた。するとそこから、ガン! と短く大きい打撃音が木霊する。数瞬後、全身を打つような衝撃波が観戦者ギャラリーの俺たちを襲った。あっちの不良なんか転げて吹っ飛んでやがる。

 初手の攻撃を外したと思われたグレアムが、身を回転させるようにしてトンファーを打ち込んだんだ。

 一撃を失敗しても惑うことなく流れるように次へと繋げるグレアムの挙動。それを見切って防御に回った母さんの判断。どっちも凄え。俺だったら最初の一撃をかわせたとして、確実に好機だと勘違いしてアバラの二・三本は持っていかれていた。
 だが、まだどっちも準備運動ですらないだろうな。
「ハッハァーッ! いいじゃねェか! てめェ的に隙もなけりゃあ油断もしてねェ。この程度の速さじゃ動揺もしねェってか。なによりアレだな、てめェの俺様を殺す気でいる目が気に入ったぜ。くく、俺的に実に楽しい話だなァおい」
「たとえ訓練で見世物であったとしても、本気にならない実戦に意味などありませんわ。あなたも手加減をしているようですが、わたくしを本気で壊すつもりなのは攻撃の迷いのなさから窺えます。真剣勝負だからこそ迂闊に全力は出さず手加減も織り交ぜる。その必要性は充分に知っているようですわね。気が合いそうですわ」
 互いが互いを称賛している。たった二度の攻防で相手の分析を終えたのかよ。グレアムは直感したことを言葉に出してるだけだろうけれど。
「だがなァ、俺的に残念な話もあるわけだ」
「? わたくしのなにが残念だと?」
 トンファーと棍で組み合ったままグレアムはより狂悪な笑みを、母さんは決して警戒を解かず疑問符を浮かべる。
「対抗戦の時に零児にも似たようなこと言ったんだがよォ、そんな飾りみてェな武器で俺様と戦り合ってんじゃねェよ!!」
 ピキリ。
 母さんの棍に罅が走った。一瞬で、全体に。
 呆気なく崩壊して空気に溶ける棍を見て、母さんは眉一つ動かさなかった。
「まあ、当然ですわね」
 冷静に呟きながら、母さんは顎を狙ったグレアムの救い上げる打撃を身を反らして紙一重で避ける。
「わたくしは零くんと違って、節約しないとすぐに魔力が切れてしまいますもの」
 と言いつつも母さんは両手に武具を生成する。
 鎌のように湾曲した外・内両方に切刃のある刀剣――ハルパーだ。内側の刃に引っ掛けて強引に引き裂くことから鎌剣とも呼ばれるそれらの片方でグレアムのトンファーを封じ、もう片方で首を刎ねる。そこに一切の躊躇いはない。
 超人的な反応をするグレアムは当然後ろに飛んでかわしたが、母さんの追撃はハルパーを振るった時には既に実行されていた。
 母さんの顔の横に、大型の銃が生成されていたんだ。
 散弾銃ショットガン。クレー射撃や狩猟などで用いられる、小さな弾丸を多数同時に散開発射する近距離用の大経口だ。いくらグレアムとはいえ、〈魔武具生成〉で作られた数多の弾丸を防ぐことはできないんじゃないか?
 散弾銃が火を噴く。
 音速を超える銃弾が飛び散る。
 絶体絶命のグレアムは――笑っていた。
「楽しい。俺的に楽し過ぎる話だ!」
 やつは片足で床を踏み抜いた。その反動で強制的に起こされた床板に弾丸が次々と衝突していく。
 た、畳返し!? いや畳じゃないけど。
 でも無駄だ。ここの床は『普通』の床だからな。魔術的防護など一切ない。その証拠に衝突した弾丸は何事もなかったかのように貫通していく。
 俺なら間違いなく蜂の巣だった。
 グレアムだからこそ、その一瞬だけ生み出された無に等しい時間で横へ飛べたんだ。零れた何発かは体を掠めたようだが。
「あー、早速壊してくれたな」
 アーティが上で嘆いているが、もはや誰も気にしない。そもそも壊すなって方が無理だろ。
「やりますわね。訓練の手本にはなりませんが」
「てめェこそ、節約っつっときながら畳みかけるじゃねェか」
 グレアムは鳥が威嚇するように両手を真横に振り上げた。
 次の瞬間、グレアムの両脇にビルの二階くらいまで届きそうなほど巨大な円形の鋸刃が出現した。回転する鋸刃は床を抉り取りながらグレアムを挟撃し、トンファーと鬩ぎ合って火花を散らす。
 鋸刃は突然出現した。ハルパーや散弾銃を消した代わりに、母さんはあの位置に直接武具を生成したんだ。しかも力のベクトルが加えられた状態で、だ。
 遠距離生成に遠隔操作。能力の劣化した俺じゃ使えない技術だ。一言言っていいか? ダメでも言う。どうやって盗めと?
 母さんが僅かに目を見開いた。
「よく、今のを見切りましたわね」
「妙な力が溜まってんのがわかったからなァ」
「凄まじい野生の勘ですわね。危なく脱帽しそうでしたわ」
 母さんがここまで感心した姿を俺は初めて見たぞ。
「ですが、頭上がお留守ですわ」
「お?」
 見上げるグレアムは呆然とした。
 上空、丁度アーティの円盤の隣辺りに、三つ目の回転鋸刃が出現した。地球の引力に従い、鋸刃はグレアムの脳天を狙いギロチンよろしく自由落下する。前や後ろに逃れようとすればその瞬間に母さんが別のアクションを起こす。な、なんたる鬼畜!?
 手下の不良たちが「大兄貴ぃ~!?」と泣きながら悲鳴を上げる。
 周りの監査官や局員たちも息を呑む。
 誘波だけが「あらあら?」――って暢気か!
 今度こそ絶体絶命。俺なら、と自分に置き換えるまでもなくジ・エンドだ。
 そう、母さんが寸止めするとわかっていても、この時誰もが戦闘の――グレアムの生命の終わりを幻視した。
 が、そうはならなかった。
 母さんが止めたわけじゃない。
 グレアムが、落下する鋸刃を受け止めやがったんだ。

 歯で。

「――ッ!?」
 流石の母さんも驚愕に目を瞠っていた。あんな止め方、やろうとしてできるもんじゃないぞ。
 グレアムは鋸刃の回転が止まったことを確認すると、隠れてない左目だけを笑みの形に歪めて首を捻り――

 巨大鋸刃を、投げ返した。同じように回転まで付け加えて。

「節約してェんだろ? 返すぜ」
 口を切ったのか血を吐き捨て、グレアムは両脇の巨大鋸刃からも力ずくで脱出し、トンファーで母さんに向けて薙ぎ飛ばす。
 三つの凶刃が迫るも、母さんはその場を微動だにしなかった。
 ああ、そうか。避ける必要がないんだ。
「……」
 母さんは黙って鋸刃に向かって左手・・を翳す。すると鋸刃は三つとも瞬時に光の粒子と変わり、母さんの左手に吸い込まれていった。
還力リバース〉――俺や母さんのもう一つの能力である〈吸力ドレイン〉の応用技だ。自分の魔力で生成した物を強制的に分解し吸収する再利用法。リーゼの魔力還元術式とやってることは同じだが、自動じゃないし百パーセントの還元はできない。無論、俺は使えないんだけどね。
「……いつ、気づかれたのですか?」
 訝しげに問う母さん。グレアムは〈環力〉を知っていて鋸刃を返した節がある。
「てめェ的に、今まで作った武器は全部左手に流してただろ? 零児はそんなことしてなかったからなァ、俺的にもっぺん使ってると思っただけだ」
 戦闘においてグレアムの観察力は半端ない。気づいても不思議はないか。
 ふう、と母さんは小さく息を吐いた。
「では、そろそろ終わりにしませんか?」
「あァ? てめェ的にふざけんじゃねェぞ。こっからが本番ってやつだろうがよ」
 グレアムは文句を垂れてるが、俺は正直ほっとしていた。もう充分母さんの強さは皆思い知っただろうし、これ以上は後片づけがマジでだるい。

「ですから、お互い手加減を終わりにしましょうと言っているのです」

 ――は?
 母さん今なんつったよ?
 俺が耳を疑っている間に母さんの全身を魔力の光が包む。それは一瞬にして銀色の西洋甲冑へと変化し、完全なる戦闘モードへの移行を告げる。
「くはっ。そういうことか。すまねェ。俺的に勘違いしちまった」
 刹那、グレアムが消えた――ように見えた。
 気がついた時にはやつは母さんの背後を取っていた。
「なかなかお速いですわね!」
 母さんはトンファーの打撃を背中に受けたが、わざとだ。タイミングを合わせて前方に跳躍して威力を軽減し、ぶっ飛びながら空中で振り返る。そして生成した物はあらゆるタイプの散弾銃の群れ。
 小さな弾丸が豪雨となってグレアムを襲う。
 だが既にそこにグレアムはいなかった。
 やつは体育館風道場の壁を蹴って天井付近まで高く飛び上がっていたんだ。というか、天井を蹴ったぞ。自身の体を流星と化して正確に母さんを照準している。
 当たり前だが、狙い撃ちだ。母さんは散弾銃全てに銃弾を装填し直し、銃口を空に向けて引き金を遠隔操作で同時に引く。
 撃ち昇る弾丸の雨は確かにグレアムを捉えた。しかしやつは急所に当たる銃弾だけを正確にトンファーで弾いた。
 血塗れ覚悟で落下したグレアムを母さんはバックステップでかわす。落下の衝撃で建物全体が大きく揺さ振られた。床が抜け、地下まで貫通する。
 そして地下から床を突き破って現れたグレアムを、母さんは生成したバスターソードで薙ぎ払う。だが逆にグレアムがトンファーでバスターソードを叩きつけ、余ったトンファーを母さんの喉下にあてて押し倒した。
 背中をつかされた母さんだったが、グレアムの眉間と両こめかみにも銃口があてられていた。
 な、なんちゅう戦いだ。つーか、母さんもだいぶ熱せられて『観せる』戦いじゃなくなってるし。
 これ、まだ続くのか?
 と、思ったその時だった。
「あー、決着だ。判定は引き分け」
 ふわふわとアーティを乗せた円盤が降下してくる。その顔は心なしか青くなっていた。
「おいおい待てよ嬢ちゃん。引き分けってこたァ決着じゃねェだろ?」
「その通りですわ。この体勢だとわたくしが負けているようにも見えて不愉快です」
 両選手は試合続行を希望。
 しかし審判は首を横に振った。
「あー、これ以上お前たちを戦わせると施設が崩壊する。見ろ」
 アーティに促されて二人はようやく周りの惨状を目にしたようだ。床にはいくつかの大穴、窓ガラスは綺麗に割れていて、一般の不良たちが何人か目を回しているな。
「俺的に関係ねェ」
 ふてくされたように、グレアム。まあ、あの戦闘鬼にとっちゃそうだろうよ。
「となると今度は私が止めないといけなくなりますけど、よろしいですかぁ?」
 ひゅうぅ、と風に乗って誘波が二人の下に降り立つ。
「決着まで観戦したいのは山々ですが、それはまた次の機会にしてください。もしお二人が相手となると、私も加減が難しくなって困りますからねぇ」
 黒いオーラを纏っているような誘波の微笑みは冗談抜きで恐え。でも口元に付着したアイスクリームのせいで雰囲気が全部台無しだった。
「わかりましたわ。誘波さんに逆らうつもりはありません。わたくしも、久々の強敵に少々熱くなっていましたし」
「俺的には誘波と戦るってのも面白ェが、悲しいことに今日はこの嬢ちゃんのせいでもう醒めちまったな」
「あー、改造されたいのか小僧?」
 どうやら収拾はついたようだな。アーティは『嬢ちゃん』と呼ばれたことにキレて今にもグレアムを捕獲しそうだったが、放っといても大丈夫だろ。非戦闘員のアーティに捕まるほどグレアムは常識的じゃないし、グレアムもアーティを攻撃したりはしないはずだからな。
 それよりも俺自身だ。果たしてあの試合を観戦して得られた物はあるのか?
 ……たぶん、ある。
 母さんは勿体つけずに力を見せてくれた。今の俺ができない技を。
 けど、劣化した俺の〈魔武具生成〉では武具を生成しても右手を離れると消えてしまう。なのに母さんが見せたってことは、なにか習得できる方法があるのかもしれん。
 これはじっくり考えたいところだな。
「はぁーい、それでは皆さんでお片づけしましょうねぇ」
 考える暇はなさそうだが……。

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