シャッフルワールド!!

夙多史

四章 術式と能力(2)

 目の前に立つ俺の分身、いや幻は、誰が見ても本人と間違えるくらい精巧だったんだ。教室の椅子に座らせとけばそれだけで授業をサボれそうなくらいにな。
「幻の具象は成功のようですわね。どこからどう見ても零くんそのものですわ」
 母さんは満足げにそう言うと、俺の幻に近づいて頭を撫でたりほっぺをムニムニ。やりたい放題触りまくってるな。ホント、アレが幻とは思えないぜ。
 そんでその幻の俺はというと、マネキンのように突っ立ったまま瞬きすらしない。なんか自分がやられてるわけじゃないのに変な気分になりそうだった。
「あー、次の動作確認だ。おい、三歩前に進んでみろ」
 アーティが命令すると、幻の俺はコクリと頷き――スタスタスタ。極自然な歩行で三歩だけ前進した。こ、こいつ動くぞ!
 素直に驚いた。俺が今まで見てきた〈現の幻想〉の生み出した幻は基本的に風景だった。こんな風に誰かの命令を聞いて動くロボットみたいな真似はできなかったはずだ。
「そろそろ教えてくれ。それは一体なんなんだ?」
「これは〈幻想人形兵イルシオン〉と呼ばれる監査局の新兵器のようなものですわ」
 答えたのは母さんだった。
「わたくしは記録でしか見ていませんが、今後敵として衝突は避けられない『王国』なる組織は、恐らく監査局の規模を大きく上回っているでしょう。そしてこちらはラ・フェルデという協力者を得ましたが、同時に多くの帰世志望の監査官を失うこととなります」
「つまり、その戦力を補うために作った戦闘ロボみたいなもんか?」
「その通りですわ」
 だったら素直に戦闘ロボ作ればいいんじゃねえのと思ったら負けかな? ……いや待て、その戦闘ロボも幻で出せるんなら作る必要はないのか。
「あー、言っておくが〈幻想人形兵〉の用途は戦闘だけじゃないぞ。監査官の不足を補うためのものだから、非戦闘の基本業務もある程度こなす必要があるのだ」
 俺の顔色を見て考えを読んだのか、アーティが眠そうな顔でそう説明した。
「あー、仕組みの詳細を聞きたいか? 聞きたそうな顔だな。よし聞きたいのだな?」
「いや全く」
 とっても話したそうなアーティには悪いが、そこはハッキリ首を横に振っておく。でないと理解できない講義を日が暮れるまで続けられそうだったから。
「あー、この凡人めが」
 悪態をつかれた。棒つきキャンディーを口の中で乱暴に転がして実に不機嫌そうだった。
「アーティさん、余計な話に時間を費やすわけにはまいりません。必要な情報だけ説明していただけませんか?」
 母さんに注意されたアーティは、見た目相応の子供みたいに渋った顔をする。それから仕方なしといった様子で幻の俺へと歩み寄った。

「あー、こいつは白峰零児、お前の一年半前のデータを元に具象させた〈幻想人形兵〉だ」

「俺の、一年半前のデータ?」
「身体能力、思考パターン、異能の精度、戦闘技術。あらゆる能力をほぼ百パーセントに近い形で再現している。あー、〝人〟としての自我はまだ組み込む段階ではないから、今はただの人形と変わらんぞ」
 俺は自分の幻影をまじまじと観察してみる。言われてみれば、なんとなく今より背が低い気がしないでもないな。
 いやそんなことより、俺のプライバシーやら個人情報やらは一体どうなってんだ? 激しく知りたいところだぞ?
「あー、要するにお前を鍛えるための対戦相手は過去の自分というわけだ」
「言葉通り、過去を乗り越えるのです」
 相槌を入れるように母さんが柔らかく微笑んだ。その表情を見るとずいぶん優しい修行なんだなぁと錯覚しそうになるが、実際はまったくもって生温くないぞ。
 過去の自分。
 一年半前の自分。
 幼馴染にして相棒の紅楼悠里と競い合っていた頃の自分。
 自虐的な物言いになるかもしれないが、俺の人生の中であの頃は全盛期だったと思う。過去より現在、現在より未来の方が強いとは限らない。怠けた分だけレベルは下がっていく。
 だが、成長していないわけでもないんだ。
 確実にあの頃より死線をくぐった。それは大きなアドバンテージになるはず。昔の自分に負けるほど落ちぶれちゃいない。
「やる気はあるようですわね」
「もう充分休んだ。いつでもいいぜ」
 やってやる。よりレベルアップするために昔の自分を倒せってことなら、喜んで踏み台になってもらうぞ、幻の俺よ。
「では」
 母さんはゆったりとした品のある歩みで俺に近づくと――カシャリ。腕輪らしき金属を俺の右手首に取りつけた。
「んんっ?」
 瞬間、気持ち的になんとなく体が重くなったように感じた。
 この腕輪、見覚えあるんですけど。
「母さん、これ……まさか?」
「はい、〈滅離の枷〉ですわ」
 恐る恐る訊ねると、屈託のない笑顔で最悪の答えを返された。やっぱりか。
「オリジナル零くんは〈魔武具生成〉の使用を禁止しますわ。あとついでに〈吸力〉も使えませんが、そちらはどうせ使わないので関係ないでしょう」
「いやいやいや! 理屈がよくわからないんですけど! 〈魔武具生成〉のスキルアップが目的だよな? なんで封じるんだよ?」
 異能力だけでなく術式も封印できるんだな、〈滅離の枷〉って。まあ、影魔導術とかにもしっかり機能してるわけだから疑問はないが。
「きちんと説明しますから落ち着いてください。最初の目標として、零くんには複数の武具を生成できるようになっていただきます。そのために――」
 言いながら母さんは一振りの日本刀を生成する。俺が作る物よりも遥かに頑丈でよく斬れそうな業物だった。それを俺の左手に握らせる。
「まずは左手のみで武具を扱えるようになってください。零くんも知っての通り、〈魔武具生成〉は術者の知識やイメージも重要な要素です。武具の知識は申し分ありませんが、零くんには右手以外で武具を扱う経験と技術が圧倒的に不足していますわ。『左手で武具を握る』という強いイメージを獲得すれば、自ずと生成できるようになるはずですわ」
「えーと、理屈はわかったけど……」
 は、ハードル高ぇな。俺、一応右利きだし。両手剣とかも生成するから左もそれほど不器用ってわけじゃないが、そっちだけで武具を扱えるかは正直わからない。
「できなければ、できるようになるまで実戦を積んでください。アーティさん、もう始めてもよろしいですわ」
「ちょっと待って母さん! まだ崩れかけた心の準備が整ってな――」
「あー、了解した。フィールドの景観はどのように設定する?」
 俺の情けない意見なんてスルーですかそうですか。
「最初ですので、シンプルにこの空間を拡張するだけで構いませんわ」
「む」
 気だるそうにアーティは返事すると、ポケットからリモコンらしき物体を取り出してポチッ。エアコンでもつけるような仕草で天井に向けてボタンを押した。
 と――
「うわっ」
 それを見て、俺は思わず呻いてしまった。
 部屋がみるみる広がっていくんだ。前後左右の壁と天井が遠ざかり、まるで自分の方が小さくなっていくように感じる。魔術的な仕掛けで空間を捻じ曲げたのだろうが、ちょっと酔いそうだった。
 ていうかリモコン式なのかよ、この仕掛け。
「あー、余所見してていいのか? 既に戦闘は開始しているぞ?」
「えっ?」
 と間抜けた声を漏らして振り向いたその先で、棒状の長い物体が俺に向かって振り下ろされていた。
「――ッ!?」
 反射的に左手が動き持っていた日本刀でその一撃を受け止める。重たい衝撃に手が僅かに痺れた。
 襲撃者は言うまでもない。棍を生成した俺――の幻だ。幻のくせに恐ろしくリアルな物理攻撃だったぞ。
「それが〈現の幻想〉から生み出された幻だということを失念してはいけませんわ。打撃も斬撃も衝撃も全てが本物。下手に受ければ死にますわよ。温く甘い考えは今すぐ捨ててください」
 木刀を生成し教官モードに戻った母さんが厳しく言及してくる。そんなこと、言われなくたってわかってるさ。けどなんの合図もなしに試合開始ってのはちょっと卑怯じゃ……。
 試合?
 なに考えてんだ俺?
 どこにそんなルール内で安全の保障されたお遊びがある?
 母さんの忠告通りだ。下手すれば、いや、下手しなくても落命の危険が常に隣り合わせとなる戦い。
 試合じゃなく、死合。
 合図なんて必要ない。俺と現在進行形で組み合ってる俺の幻は実に合理的な動きをしたんだ。油断しまくって隙だらけの相手だったからな。それで先手を取らないやつは余程の騎士道精神に違いない。
「昔の俺が、そんな聖人みたいな感覚なんて持ってるわけねえよな。今もだけど」
 敵が変身ヒーローなら、変身の最中に叩くべし。マナー違反だろうが関係ない。それが実戦だ。敵の強化をニヤニヤしながら腕組んで待つ戦闘狂ヘンタイはグレアムだけで間に合っている。
 幻の俺が棍を離す。
 次撃が来る!
 刺突だ。
 顔面、首、心臓、肺、鳩尾。一発当てただけでも深いダメージを期待できる人体急所を的確に狙って来やがる。しかも速いし、鋭い。右手ならともかく、左手の日本刀だけじゃとても捌き切れ――
「がはっ!?」
 喰らっちまった。急所はなんとか反らして脇腹だったが、それでも重い。
「このっ」
 痛みを気合いで堪えて日本刀を袈裟斬に振るう。だが驚くほど簡単に避けられた。くっ、やっぱ左手は使い慣れてないな。
 バックステップで数メートルの距離を開けた幻の俺が棍を手放す。棍の魔力が分散し消滅するところまでしっかり再現されていた。
 幻の俺はそのまま僅かに前傾姿勢になって床を蹴り、高速で俺に切迫しながら右手を左脇に持って行く。
 ――この構えは!
 俺は咄嗟に日本刀を立てて防御姿勢を取る。ほぼ同時に、幻の俺が居合の要領で刀を生成しながら振り放った。
 甲高く響く金属音が武具同士の衝突を告げる。
「チッ!」
 右手の腕力も借りて敵を払い、日本刀を振り下ろす。今度は向こうも避けずに刀で防いできた。
 それから二度、三度と打ち合う。敵も日本刀。生身で受ければ致死率は棍より遥かに高い。
 すると再び敵の武具が入れ替わる。
 日本刀から槍へ。
 幅広く大型の三角形を穂先につけた長槍――パルチザンか。突くことにも斬ることにも特化された形状だが、刃の部分に重量が偏っているため特に斬撃戦で高い性能を発揮する武器だ。
 相手に対し有利な武具で戦う。それが俺の戦闘スタイルだったな。
 刺突からの斬撃をサイドステップかわし、その後に来た大振りのぶん回しを日本刀で受け止め、力のベクトルと同じ向きに自分から跳んで威力を軽減する。
 槍と日本刀なら槍の方が圧倒的に有利だろう。が、ああいうリーチの長い武器を相手にする方法はいくつかある。
 ① 懐に潜り込む。
 ② 穂先の部分を圧し折る。
 ③ 武器を投擲する。
 懐に入り込めば勝機はあるが、そう簡単には近づけさせてくれないだろうな。〈魔武具生成〉で作られた武具は余程の力でなければ砕けないし、かと言って一本しかない日本刀を投擲するなんて論外だ。
「こっちも槍に……」
 右手に意識を集中させかけたところで思い出す。
「そうか、できないんだった」
 厳しいな。しかもこっちは慣れない左手。実力で上回ることもできないときた。
 勝てるの、これ?
「零くん、〈幻想人形兵〉を倒すこと自体は今回の目的には含まれていません。ですが、負けることがどのような意味になるのかわかりますか?」
 途方に暮れそうになった俺に母さんが言う。敵から目を逸らさず聞き耳だけ立てる。一瞬でも気を抜けば命取りになるから。
 このタイミングでってことはアドバイス……じゃなさそうだな。
 俺の気が乱れていないことを確認してから、母さんは言葉を続ける。

「それに負けることは即ち、近い未来に量産される雑兵以下という話になりますわ」

 絶対負けられねえ。そう思った。

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