シャッフルワールド!!

夙多史

四章 術式と能力(6)

 それからあっという間に一週間が経過した。
 俺は左手に武器を持った状態での戦闘に明け暮れ、今では一年半前の俺と互角……とまでは行かないものの、かなり渡り合えるようになった。アーティはそんな俺の成長速度を『あー、まるで漫画の主人公だな』と評価していたが、やつらは三日もあれば格上を撃破できるレベルに到達するから俺なんかじゃ足下にも及ばんよ。
「零くんは元々戦闘のセンスがありますので、真面目に実戦を重ねれば過去の自分を左手で倒す日もそう遠くないと思いますわ」
 というのは母さんの弁。なんか十七年間の全盛期だと思ってた一年半前の自分が「あれ? 実はそうでもないんじゃね?」と思えてしまうくらいあっさり言い切りやがった。
 まあ確かに、怠けていた分は取り戻せたと思う。この一週間の連続的な激闘の日々で。
 実戦相手はなにも俺の幻だけじゃなかったからな。数と時間の限られる〈幻想人形兵〉だけだと一日の大半が暇になる。だから〈幻想人形兵〉のリチャージ中は母さんやグレアム、セレスが俺の相手をしてくれた。
 充実した修練の日々。
 充実し過ぎて死にそうになったことも何度かあったものの、俺は、確実に、強くなっていると思う。
 それはレベルが1上がった程度かもしれない。
 塵が少し積もっただけかもしれない。
 それでも着実に前へ進んでいる。その実感を喜べる自分は、一年半前にはいなかった。キツイけど楽しい。楽しいから頑張れる。頑張れたから結果が生まれる。いやマゾじゃないけど、努力ってそういうもんだろ?
「休憩の時間ですわ、零くん」
 俺と鍔迫り合いをしていた〈幻想人形兵〉がフッと消えた時、監督していた母さんがそう告げた。
 そろそろ正午か。地下な上に〈現の幻想〉が風景を変えるもんだから、時計がなかったら本気で時間感覚が曖昧になるよな。ここ。
「お昼にしましょう。お弁当を作ってきましたわ」
 サバンナのような草原に母さんはビニールシートを敷き、包み布解いて漆器の五段重箱を出現させる。重箱の中身はおにぎりにサンドウィッチ、唐揚げに卵焼きにと言った平凡な物から、伊勢海老の焼き物や鰻の蒲焼きや豚の角煮、黒豆の煮物や数の子や紅白かまぼこと選り取り見取り。あなたはおせちでも作ってるんですか?
 気合い入ってんなぁ、と思うかもしれんが、メニューは違えど毎日これだ。下手に声に出してツッコムと「いいですか戦士にとって食事とは~」と長ぁ~いお説教が始まるのでやめておく。
「リーゼさんとレランジェさんもこっちにいらっしゃいな」
 母さんは遠くから俺の修行を見物していた二人を呼んだ。傍にいてやるよ、と俺が言ったからか、リーゼは検査の時間以外いつもここで修行を見ている。
 そのリーゼの検査だが、俺の修行と同じく順調に進んでいるようだった。リーゼの本来の力を抑えていた封印が徐々にだが復元されている。リーゼの角や尻尾が一週間前に比べるとずいぶん縮んでいるから間違いない。
 だが、どういうわけかリーゼはあの日から人前でも空元気に振る舞わなくなった。
「リーゼさん、まだ元気がないようですわね」
 いつもならがっつく唐揚げをちまちまと無言で食べるリーゼを見て、母さんが心配そうに言う。
「やっぱり、角と尻尾があるうちは不安なんだろうな」
 リーゼの角と尻尾は確かに縮んできた。でも、頭の中に響く「壊せ壊せ壊せ」という声は一向に消えないらしい。それを一週間も聞き続けるとなると、俺だってしんどい。
 封印が完全に復元されさえすれば、たぶん声も聞こえなくなるはずだ。俺もレランジェもそう言い聞かせてはいるが、正直、確証はない。
「ゴミ虫様、その昆布巻きの三列目左から二番目はレランジェが調理安定したものです。是非口に入れてみてください」
「細けえよ! 絶対なんか仕込んでるだろお前!」
 レランジェはマスターの身を案じつつ、俺に対してはいつも通りだった。念のため昆布巻きには手を出さないでおこう。
 母さんが口に含んだ栗金団を上品に飲み込み、
「アーティさんが言っておりましたわ。一度、瞬間的に魔力を枯渇させれば封印復元の抵抗がなくなり、すぐにでも完了すると」
「無茶だろ。リーゼの膨大な魔力を一瞬でなくすとか。できたとしてもリーゼの負担がでかい」
 俺はそう断じてお茶を啜った。魔力を生命力からではなく細胞分裂のように増やしているリーゼは、魔力を失っても死ぬことはない。もしそんなことが可能だったとしても、リーゼの肉体的負担は相当なもんだ。そのせいで俺の〈吸力〉もあまり長時間は続けられない。
「方法はありますが……そうですね、リスクがあまりにも大き過ぎますわ」
 その方法とやらは気になるが、このままでも封印復元は完了するんだ。リーゼにはもう少し我慢してもらうことになるが、そのリスクを敢えて負う必要はない。
「そういや、そのアーティはなんで今日はいないんだ?」
「さあ? わたくしに〈幻想人形兵〉をお預けになられた時、なにやらとても忙しそうにされておりましたが――」
 母さんの言葉は途中で途切れることとなった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 地鳴りのような轟音と、まるで巨人が我武者羅に建物を揺すったような激しい振動が俺たちを襲ったからだ。
「地震!? いや違うこれは」
歪震わいしんですわ!」
「レージ!?」
「マスター、掴まるのでしたらレランジェに掴まりください」
 部屋の風景をサバンナにしていた〈現の幻想〉が切れる。元の無骨な灰色の部屋に戻ったところで、俺と母さんが巨大な盾を生成して四人で身を潜める。
 歪震――次元の歪みが元に戻ろうとすることで発生する空間の揺れ。
 でかい! 一体いつまで続くんだ! 体感時間とか抜きにしても一分以上は揺れ続けているぞ!
 祝ノ森リゾートガーデンで発生した歪震が俺の人生で最大だったが、たった今そいつは塗り替えられちまった。あの時とは比じゃねえ。なんだよこれ? なにが起こってるんだ?
「……Xデー」
 揺れと轟音の中で母さんがぽつりと呟いた。
「今日だったようですわね。レイくん、リーゼさん、レランジェさん、この後こそが大変ですわ。今の内に覚悟を決めておいてください」
 言われて俺は思い出す。一週間前にアーティに見せてもらった歪みのデータ、そこに記録されていた八十年周期の傍迷惑な『調律』。何事もなく修行に集中していたせいですっかり頭から抜けていた。
「下手をすれば滅ぶのは街一つでは済みませんわ。この揺れが収まり次第、すぐ地上へ向かいますわよ」
「生き埋めにならなきゃな」
 そこからさらに一分間も揺れは続いた。幸い天上が崩れたり床が抜けたりはしなかったものの、外は一体どれだけ被害が出ているのか想像もできないくらい恐いな。
「行きますわよ!」
 母さんの指示に俺たちが神妙に頷いたその時だった。

『監査官の皆さぁ~ん、生きてますかぁ? 怪我はしていませんかぁ? お元気でしたら至急大学部のスカイテラスまでお越しください』

 風に乗った音声で、誘波から召集がかかった。

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