シャッフルワールド!!
間章(1)
その大地は見渡す限り焦土と化していた。
処々に散らばっている建物らしき残骸はどれも黒く煤け、元の形を想像することもできないほどに砕け散っている。つい最近まで――それも数時間単位で――大勢の人の営みがあったであろうそこを、初めて見る者がいたらまず廃都とすら思わないだろう。
数時間前までここに大都市があった、という原型がほとんど残っていないのである。
焼け焦げた大地と、かろうじて建物だったと認識できなくもない瓦礫群。大きな戦争でも勃発したかのように見えるが、地面のあちこちに突き刺さったハッキリと形を残しているそれが状況の異様さを物語っていた。
棺桶。
同じ五角形、同じ十字架を模した銀の装飾の箱が、まるで墓石のように林立している。蓋は固く閉ざされており、なにが収納されているのか定かではない。
ただ、これだけの大惨事にも関わらず『人間の死体』が一つも存在しないことはそういう意味なのかもしれない。
そんな異様な光景の中心に、さらに異様な集団があった。
「この世界最後の抵抗力も呆気ないものだったね」
周囲の景色を見回しながらそう言ったのは、一際大きな棺桶に腰かけた少年だった。サンドブロンドの短髪に青紫色の瞳。カジノのディーラーのような服装の上から紅のマントを羽織っている。踵で棺桶を小突きながら、少年は幼さの残る顔に似合わない嗜虐的な嘲笑を浮かべた。
「これで侵略は完了だ。あとはいつも通り、他の魔王が僕の縄張りだとわかるように『旗』を立てておけ」
棺桶の上から少年が命じると、集団の中で最も数が多いローブを纏った骸骨がせっせとなにかを運び込んできた。
それは言葉通り巨大な旗だった。旗は骸骨から全長五メートルを超す巨人に渡されると、焦土の地面に勢いよく深々と突き立てられた。
焦げた臭いを含ませた風が旗を靡かせる。それには山羊の頭蓋と、その背景に二つの棺桶をクロスさせた絵が描かれていた。
「ただいま戻りました、ネクロス様」
と、旗が立つ様子を満足げに眺めていた少年の背後から落ち着いた男性の声がかけられた。
少年――ネクロスは首を後ろに傾げて背後を確認する。そこでは燕尾の紳士服を纏った山羊頭の男が恭しく頭を下げていた。
「遅かったね、バフォメット。もうとっくにこの世界は無力化したよ。あとは滅びるまで搾取するだけだ」
「左様でございますか」
顔を上げたバフォメットと呼ばれた山羊頭の男に、ネクロスは怪訝そうに眉を顰める。
「どうした? いつも以上に淡泊じゃないか。主人に労いの言葉一つもないのかい?」
「この程度の世界、ネクロス様なら造作もないでしょう。それよりも、興味深いことが判明いたしました」
「この前キャッチした謎の魔力のことか? 聞こう」
首だけ傾げていたネクロスは「よっ」と棺桶の上で飛び上がり、身体の向きをバフォメットの方に変えて泰然と座り直した。バフォメットは主人が頬杖をついて聞く体勢になったことを確認してから口を開く。
「魔力の発生源は遥か遠くの次元になりますが……『連合』の記録を参照したところ、最近二度も魔王を退けている世界でございました」
「へえ、やられた魔王ってのは?」
ネクロスは口の端を吊り上げる。バフォメットは一拍置いてから――
「『魍魎跋扈の魔王』ダンタリアン様及び、『冥竜の魔王』ベルナギウス様でございます」
瞬間。
ざわっ、と。
周囲の骸骨兵や巨人兵に動揺の波が広がった。唯一ネクロスだけは動じず、倒れた戦友の冥福でも祈るように瞼を閉じ――
「ダン……えーと、誰?」
「ダンタリアン様でございます」
思い出せなかった名前に眉をハの字にするのだった。
「知らないなぁ。僕が知らないってことはよっぽどの雑魚なんだろうけど……アハ、なるほどねぇ、あの冥竜王が倒されたとは驚きだよ」
そう言って、ネクロスは愉快そうに目を見開き両腕を大きく広げた。踵で棺桶をバンバン叩きながら高らかに嗤う。
「アハハハハ、面白いじゃないか。やつほどの魔王が倒されたのは、リベルタースって世界に攻め込んで返り討ちにあった『睡蓮華』のマヌケ以来ってことになるよ。誰に倒されたの? まさか最近噂の『光の勇者』様御一行かな?」
「いえ、問題はそこではございません」
「うん? どういうこと?」
興を削ぐようなことを言ったバフォメットに、ネクロスは表情から笑みを消して訊ねた。
「検知した魔力でございますが……信じ難いことに、『黒き劫火の魔王』のものでございました」
「なんだって!?」
今度はネクロスも本当に驚いたようだった。周囲の動揺も先程の比ではない。中にはその名を聞いただけで震えて膝を折った者までいる始末だ。
「馬鹿な! ありえない! 『黒き劫火の魔王』――〝魔帝〟アルゴス・ヴァレファール。やつは攻め込んだ世界の女に惚れて隠居したままくたばったって聞いているぞ!」
「はい。ですが、アルゴス様には娘がいたとも聞いております」
「『黒き劫火』の娘……?」
一瞬、ポカンと呆けた顔をしたネクロスは、すぐになにかを思案するように顎に手を持っていった。
「そうか、やつには娘がいたのか。そうか……」
「ネクロス様?」
不審そうに主人を見上げるバフォメット。ネクロスはたっぷり三十秒ほど思考した後、パシンと手を打ち鳴らした。
「よし、決めたぞ。『黒き劫火』の娘を僕の妻に迎える」
「なっ!?」
バフォメットを含む部下の全員に先程までとは違う動揺が走る。それを見てネクロスは不愉快そうに唇を尖らせた。
「おいおい、驚くことはないだろう。『黒き劫火』――最強の魔王を娶れば連合での力はさらに増す。『喰蟲』や『天壌』を出し抜いて、今は空席となっている〝魔帝〟の座に僕がつくことだって夢じゃない」
主人の突拍子もない言葉に口が半開きだったバフォメットだったが、感嘆したように再び恭しく一礼した。
「流石はネクロス様。多くの魔王は『黒き劫火の魔王』の縄張りというだけで手出しを諦めていらっしゃるというのに」
「当たり前だろ。僕を他の雑魚どもと一緒にしないでくれ」
ニヤリと笑い、ネクロスはこの場にいる部下全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「さあ、急いで『セメンテリオン』の準備をしろ! すぐに出航する!」
「お待ちを、ネクロス様。次空移動は世界中に散らばっている我らが眷属を招集してから」
少し焦った様子のバフォメットが主人を止めようとするも、棺桶から飛び降りたネクロスは手を翳して制した。
「別にいいよ。今回は侵略に行くわけじゃないんだ。まだこの世界を搾取し尽くしてないし、兵力は今集められるだけでいいさ。『黒き劫火の魔王』に縄張りを荒らしに来たと思われちゃ堪らないからね。ダンなんとかや冥竜王の二の舞にはなりたくない」
「……御意に」
納得したのか、三度目の低頭をするバフォメット。
「まあ、もしそう勘違いされたとしても、その時はその時だ」
ネクロスは遠い空の彼方を見上げ、揺るがない自信に満ちた表情で呟く。
「この僕――『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンが『黒き劫火の魔王』に後れを取るとは思わないからね」
処々に散らばっている建物らしき残骸はどれも黒く煤け、元の形を想像することもできないほどに砕け散っている。つい最近まで――それも数時間単位で――大勢の人の営みがあったであろうそこを、初めて見る者がいたらまず廃都とすら思わないだろう。
数時間前までここに大都市があった、という原型がほとんど残っていないのである。
焼け焦げた大地と、かろうじて建物だったと認識できなくもない瓦礫群。大きな戦争でも勃発したかのように見えるが、地面のあちこちに突き刺さったハッキリと形を残しているそれが状況の異様さを物語っていた。
棺桶。
同じ五角形、同じ十字架を模した銀の装飾の箱が、まるで墓石のように林立している。蓋は固く閉ざされており、なにが収納されているのか定かではない。
ただ、これだけの大惨事にも関わらず『人間の死体』が一つも存在しないことはそういう意味なのかもしれない。
そんな異様な光景の中心に、さらに異様な集団があった。
「この世界最後の抵抗力も呆気ないものだったね」
周囲の景色を見回しながらそう言ったのは、一際大きな棺桶に腰かけた少年だった。サンドブロンドの短髪に青紫色の瞳。カジノのディーラーのような服装の上から紅のマントを羽織っている。踵で棺桶を小突きながら、少年は幼さの残る顔に似合わない嗜虐的な嘲笑を浮かべた。
「これで侵略は完了だ。あとはいつも通り、他の魔王が僕の縄張りだとわかるように『旗』を立てておけ」
棺桶の上から少年が命じると、集団の中で最も数が多いローブを纏った骸骨がせっせとなにかを運び込んできた。
それは言葉通り巨大な旗だった。旗は骸骨から全長五メートルを超す巨人に渡されると、焦土の地面に勢いよく深々と突き立てられた。
焦げた臭いを含ませた風が旗を靡かせる。それには山羊の頭蓋と、その背景に二つの棺桶をクロスさせた絵が描かれていた。
「ただいま戻りました、ネクロス様」
と、旗が立つ様子を満足げに眺めていた少年の背後から落ち着いた男性の声がかけられた。
少年――ネクロスは首を後ろに傾げて背後を確認する。そこでは燕尾の紳士服を纏った山羊頭の男が恭しく頭を下げていた。
「遅かったね、バフォメット。もうとっくにこの世界は無力化したよ。あとは滅びるまで搾取するだけだ」
「左様でございますか」
顔を上げたバフォメットと呼ばれた山羊頭の男に、ネクロスは怪訝そうに眉を顰める。
「どうした? いつも以上に淡泊じゃないか。主人に労いの言葉一つもないのかい?」
「この程度の世界、ネクロス様なら造作もないでしょう。それよりも、興味深いことが判明いたしました」
「この前キャッチした謎の魔力のことか? 聞こう」
首だけ傾げていたネクロスは「よっ」と棺桶の上で飛び上がり、身体の向きをバフォメットの方に変えて泰然と座り直した。バフォメットは主人が頬杖をついて聞く体勢になったことを確認してから口を開く。
「魔力の発生源は遥か遠くの次元になりますが……『連合』の記録を参照したところ、最近二度も魔王を退けている世界でございました」
「へえ、やられた魔王ってのは?」
ネクロスは口の端を吊り上げる。バフォメットは一拍置いてから――
「『魍魎跋扈の魔王』ダンタリアン様及び、『冥竜の魔王』ベルナギウス様でございます」
瞬間。
ざわっ、と。
周囲の骸骨兵や巨人兵に動揺の波が広がった。唯一ネクロスだけは動じず、倒れた戦友の冥福でも祈るように瞼を閉じ――
「ダン……えーと、誰?」
「ダンタリアン様でございます」
思い出せなかった名前に眉をハの字にするのだった。
「知らないなぁ。僕が知らないってことはよっぽどの雑魚なんだろうけど……アハ、なるほどねぇ、あの冥竜王が倒されたとは驚きだよ」
そう言って、ネクロスは愉快そうに目を見開き両腕を大きく広げた。踵で棺桶をバンバン叩きながら高らかに嗤う。
「アハハハハ、面白いじゃないか。やつほどの魔王が倒されたのは、リベルタースって世界に攻め込んで返り討ちにあった『睡蓮華』のマヌケ以来ってことになるよ。誰に倒されたの? まさか最近噂の『光の勇者』様御一行かな?」
「いえ、問題はそこではございません」
「うん? どういうこと?」
興を削ぐようなことを言ったバフォメットに、ネクロスは表情から笑みを消して訊ねた。
「検知した魔力でございますが……信じ難いことに、『黒き劫火の魔王』のものでございました」
「なんだって!?」
今度はネクロスも本当に驚いたようだった。周囲の動揺も先程の比ではない。中にはその名を聞いただけで震えて膝を折った者までいる始末だ。
「馬鹿な! ありえない! 『黒き劫火の魔王』――〝魔帝〟アルゴス・ヴァレファール。やつは攻め込んだ世界の女に惚れて隠居したままくたばったって聞いているぞ!」
「はい。ですが、アルゴス様には娘がいたとも聞いております」
「『黒き劫火』の娘……?」
一瞬、ポカンと呆けた顔をしたネクロスは、すぐになにかを思案するように顎に手を持っていった。
「そうか、やつには娘がいたのか。そうか……」
「ネクロス様?」
不審そうに主人を見上げるバフォメット。ネクロスはたっぷり三十秒ほど思考した後、パシンと手を打ち鳴らした。
「よし、決めたぞ。『黒き劫火』の娘を僕の妻に迎える」
「なっ!?」
バフォメットを含む部下の全員に先程までとは違う動揺が走る。それを見てネクロスは不愉快そうに唇を尖らせた。
「おいおい、驚くことはないだろう。『黒き劫火』――最強の魔王を娶れば連合での力はさらに増す。『喰蟲』や『天壌』を出し抜いて、今は空席となっている〝魔帝〟の座に僕がつくことだって夢じゃない」
主人の突拍子もない言葉に口が半開きだったバフォメットだったが、感嘆したように再び恭しく一礼した。
「流石はネクロス様。多くの魔王は『黒き劫火の魔王』の縄張りというだけで手出しを諦めていらっしゃるというのに」
「当たり前だろ。僕を他の雑魚どもと一緒にしないでくれ」
ニヤリと笑い、ネクロスはこの場にいる部下全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「さあ、急いで『セメンテリオン』の準備をしろ! すぐに出航する!」
「お待ちを、ネクロス様。次空移動は世界中に散らばっている我らが眷属を招集してから」
少し焦った様子のバフォメットが主人を止めようとするも、棺桶から飛び降りたネクロスは手を翳して制した。
「別にいいよ。今回は侵略に行くわけじゃないんだ。まだこの世界を搾取し尽くしてないし、兵力は今集められるだけでいいさ。『黒き劫火の魔王』に縄張りを荒らしに来たと思われちゃ堪らないからね。ダンなんとかや冥竜王の二の舞にはなりたくない」
「……御意に」
納得したのか、三度目の低頭をするバフォメット。
「まあ、もしそう勘違いされたとしても、その時はその時だ」
ネクロスは遠い空の彼方を見上げ、揺るがない自信に満ちた表情で呟く。
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