シャッフルワールド!!

夙多史

二章 不穏の予兆(1)

 始業式ってもんは長い長い休みが終わったばかりのせいか大変憂鬱な気分になる。特に夏休みなんかは一ヶ月以上も休みがあったりするからな。肉体も精神もだらけ切ってしまった人間にとって、お偉い先生方の話とか連発するともう地獄だろうね。
 というか暑い。九月の始めとかまだ真夏の猛暑だぞ。夏休みがあと一ヶ月くらい延びないかな。無理なら今だけここが北国になってもいい。もっと無理だそれ。
 その果てしなく面倒臭い始業式がようやく終わると、俺は教室に戻って次のHRが始まるまで自分の席でだらりと過ごすことにした。
 夏休み明けということもあり、クラスのどこを見ても話題に事欠かないご様子。久々に会ったクラスメイトと夏休みの思い出を語るには、十分程度の休み時間じゃとても足りないだろう。リーゼやセレスもそれぞれの女子グループの中でキャッキャワイワイと楽しそうだ。
「おっす、白峰。今日も相変わらず根暗そうな顔してんな」
「ほっとけ」
 ツンツンした癖毛の桜居謙斗とかいう変態が親しげに近寄ってきた。この顔は生まれつきだ。断じて夏休みの語れる思い出がないからってふてくされているわけじゃないぞ。
「早速だが宿題写させてくれ」
「断る。俺がこの数日夜も寝ずに片づけた努力の結晶を簡単に写させてたまるか」
「白峰はケチだなぁ」
「お前の自業自得だろうが」
 危機感なくヘラヘラ笑っている桜居だが、こいつはなんだかんだでどうにかしてしまう。去年なんてクラスの女子(異世界人)の隠し撮り写真で上手いこと男子と交渉してたっけ。で、その後先生にバレでお説教くらっていた。
「ところで聞いたか? またうちのクラスに転入生だってよ」
「ああ、知ってるよ」
 もう耳に入っているのか。ギャルゲーの親友ポジション並みの情報通だな。
「しかも海外からで女子だ。つまり、異世界人だろ? だろ?」
「気持ち悪く目をキラキラさせて寄ってくんな! そうだよ、半分だけどな。ていうか、お前も知ってるやつだぞ?」
「は?」
 どうやらそこまでは嗅ぎつけてなかったようだ。桜居だけじゃない。中等部からの同級生なら全員知っているはずだ。
 ガラガラ、と教室の扉がスライドする。
「ほーら、お前ら席に着けー。転入生を紹介するからなー」
 担任の岩村先生(結婚相談所に通い詰める三十三歳)が気だるげな声でそう言いながら教室に入ってきた。先生の後ろから燃えるような赤髪を短めのポニテに結った少女がついてくる。
 この学園で転入生など見慣れた光景だが、それが紅楼悠里であれば話が別だった。
「悠里ちゃん!?」「紅楼さんだ!?」「帰ってきたんだ!」「海外に留学してたんだよな?」「わわ、すっごい美人になってる」「え? 誰?」「そうか、お前高等部からだもんな」「有名だったんだぜ」「転入生って紅楼さんだったんだ」「ビックリ」「白峰の幼馴染だったな」「またお前か白峰!?」「幼馴染でもボクの白峰くんは渡さないよ!」「誰だ今気持ち悪いこと言ったやつ!?」
 この通り、このクラスにも悠里を知っているやつはそれなりにいる。悠里が異世界に飛ばされたことを知っていた桜居が一番驚いているな。帰って来られたことがどれだけの奇跡かわからない桜居ではない。
「え、えーと……」
 だが、悠里からしてみれば初対面の人間ばかりだ。戸惑うのも無理はない。
 悠里は未だ記憶を失ったままだ。ウン・リョークの事件の日に少し思い出しそうになっていたけれど、結局あの後はなにも進展しなかった。家に帰って朱音さんの写真を見ても頭痛に襲われることもなく、この数日間で街を回ったり監査官の仕事をしたりしてもあまり意味はなさそうだった。
 学園に来れば昔の知り合いもたくさんいるからな。ここでみんなと接している内になにか思い出すかもしれないと思ったわけだ。
「紅楼悠里です。よろしくお願いします」
 戸惑いながらもペコリと丁寧におじぎする悠里。
「あー、紅楼を知っているやつもいるだろうが、彼女は海外で事故に遭って記憶喪失になっているらしい。だからお前らのことは覚えてないそうだ。その辺注意して接するように」
 岩村先生……言い難いことをなんの躊躇いもなくぶっちゃけましたね。
「記憶喪失?」「マジか」「悠里ちゃん、私のこと覚えてないの?」「ちょっとショックかも」「大丈夫大丈夫、もう一回友達になろ?」「お、俺と恋人だったことも忘れたのか?」「おいてめえなにテキトーぶっこいてんだ恋人は俺だろ!」「お前こそ嘘じゃねえか!」「ボクが白峰くんの恋人です!」「だから誰だ今のぶっ飛ばすぞ!?」

「よーしお前ら黙れー。一番うるさかったやつは放課後に個人面談だ。――ホテルで」

 しーん。
 一瞬で教室から音が消えた。岩村先生のクラスを鎮静させるスキルは流石過ぎる。言った後に自分で傷ついて窓の外を眺めつつホロリと涙しているけど見なかったことにした。
「えっと」
 その恐ろしいまでの静寂を、悠里が困った笑顔を浮かべて打ち破った。
「ごめんなさい。記憶喪失は本当なの。だけど、気にしないで普通に接してくれると嬉しいわ」
 その言葉は、少々不安になっていたクラス全体の空気を変えるには充分だった。クラスメイトの囁き声が復活する中、岩村先生は窓の外を眺めたまま告げる。
「紅楼、席は白峰の後ろに用意してあるから」
「はい」
 俺の席は元々最後列だったから、その後ろとなると自然と一人飛び出た形になるな。少し寂しい気もするが、悠里は別段気にしていない様子だ。
 ちなみに両隣はリーゼとセレスになる。海外からの転入生は基本的に周囲に置かれてしまう監査官の宿命、どうにかなんないかなぁ?
「よろしくお願いする、悠里殿」
「ええ、こちらこそ、セレスさん。リーゼちゃんもよろしくね」
「むー」
 友好的に挨拶を交わすセレスに対して、リーゼはどうも面白くなさそうに唇を尖らせていた。どうしたんだろう? ちゃん付けで子供扱いされたと思って拗ねているのかな?
「いいわね、この位置。あなたが魔王になりかけたらすぐ対処できるわ」
「こんなとこでならねえし、もうなってたまるか」
 魔王化。まるで自分が自分じゃなくなっているようだった。自分の中の深い場所から込み上がってきた破壊衝動に理性を喰われ乗っ取られるような感覚。
 そのことにすら、気づけない。
 正直、我に返った後は恐くて震えそうだったよ。
 本当に、もうなってたまるか。
「それじゃあ紹介も済んだことだし、ホームルームを始めるぞー」
 傷心から素早く立ち直った岩村先生がやる気なさそうな声で号令した。
「まずは一週間後に控えた体育祭の組み分けなー。例年通り、クラスの中で紅組と白組に分かれるからジャンケンでもアミダでも適当にやって分かれろー」
 そうだった。二学期が始まってすぐに面倒な行事があるんだった。体育祭やマラソン大会なんてもんに参加する異世界人は能力を一般的な日本人と変わらないレベルまで制限される。その間は重たい体を引きずるような感覚でどうも気持ち悪いんだよな。
「体育祭? レージ、なにそれ楽しい?」
 リーゼが小首を傾げて訊いてくる。
「まあ、楽しいやつにとっては楽しいだろうな。簡単に説明すると、二つのチームに分かれていろんなゲーム的なことで戦い合う感じかな」
「戦うの? いいじゃない、面白そう♪」
 一気に機嫌がよくなった戦い大好きリーゼお嬢様はふすんと鼻を鳴らした。
「ラ・フェルデの騎士学校では年に一度剣技大会があったが、それに近いようだな」
「そうだな」
 セレスの言うそれはどっちかというと部活の大会っぽいが、否定はしなくていいか。
「……体育祭、か」
「ん? どうした、悠里?」
「ううん、なんでもない。ちょっと懐かしい響きだなって思っただけ」
「そうか」
 やっぱり学園に転入したのはいい刺激になりそうだな。そう思いつつ、俺はクラス委員長が作成したアミダくじが回って来たので適当に名前を記入した。

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