シャッフルワールド!!
代章 ネクロス・ゼフォン(2)
僕に出身の世界はない。
次元の狭間に途方もない時間をかけて体積した死者たちの無念が魔力となり、顕現した存在だからだ。
最初はなにもわからなかった。ただただ苦痛と生への執着だけが渦巻いていた。
苦しんでもがいて足掻いて這い回って、ぐちゃぐちゃだった想念がようやく『僕』という存在に落ち着いた時――絶大なる力と、生きる者へ嫉妬し全て破壊したくなる衝動が芽生えた。
それが『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンの誕生だった。
僕は次元の狭間から抜け出し、一つの世界に降臨した。
どこかの国の首都だったそこでは、多くの人間たちが楽しそうに生を謳歌していたよ。実に不快で、妬ましく、腹立たしかった。全部ぶち壊そうって思うまで二秒とかからなかった。
僕は一夜で都市を壊滅させた。殺した人間たちを僕に従順な兵隊へと生まれ変わらせ、他の街や国へと侵攻を開始した。
そしてその世界を滅ぼす頃には魔力の扱いにも慣れ、兵隊はいれどあくまで『個』だった僕は眷属を――『軍』を生み出した。
僕の魔力を切り出すことで誕生した眷属は、能力で操っている死体とは違う。僕と同じように物を見、考え、感じる、人間の言葉を借りるなら『家族』のような存在だ。
とはいえ、魔王に家族の情はない。
倒されればまた生み出せばいい。時間はかかるが、寿命という概念のない魔王にとってそれは些細な問題さ。
そうやって減っては増やし、増やしては増やし、僕は着実に魔王軍としての勢力を拡大していった。
初めて同じ魔王と出会ったのは……いつだったかな? もう昔過ぎて覚えてないや。
最初は目障りだったから潰そうとしたよ。けど、相手も当時の僕と同じくらい強い魔王だった。力は拮抗し、戦場となった世界がとばっちりで滅びた後も七日七晩戦い続けた。
「貴様、やはり野良か?」
相手の魔王が言った。
「野良にしておくには惜しい力だ。我らの連合に加盟しないか?」
僕は誘いに乗った。
魔王たちの魔王たちによる魔王のためだけの組織――魔王連合〈破滅の導き〉。
面白そうだと思ったね。連合の『ルール』に縛られるのは癪だったけど、こうやって同じ魔王同士が無駄に争って消耗することがない。スムーズに世界を侵略できるようになる。
中には強い相手なら同じ魔王でも構わないっていう戦闘狂はいるけれど、僕はそうじゃない。強い相手を捻じ伏せてぶち殺すのは楽しいよ? でもそれは相手がちゃんと人間の反応――絶望・恐怖・憤怒・悲哀――をしてくれればの話だ。それらを拗らせて生まれた魔王を倒したってなんの面白みもない。
けど、そんな魔王たちにだって愉快な表情をさせられる。
屈辱さ。
僕が加盟した時には既に空いていた〝魔帝〟の椅子。そこに座ることができれば、さぞかし楽しい景色が見られると思ったんだよね。
元〝魔帝〟の娘を利用し、今まで僕を見下してきた格上共に知らしめてやるんだ。
だから、今ここで、こんな人間が魔王の力を振るっているだけの奴に敗北するなど論外だ。
力は認めざるを得ない。
「もう侮りはしない。僕も本気を出そう」
黒炎を纏った刀剣の嵐で僕のコレクションを一掃しやがった人間――白峰零児を睨み、魔力を極限にまで高める。
灰色の空。そこに砂色の特大魔法陣が無数に展開していく。
恐らく星の半分ほどを埋め尽くしただろう魔法陣群は――この世界ごと奴を消し去るには充分過ぎる火力を一斉放射する。
たった一人に対する過剰な範囲攻撃。だが知ったことではない。もはやこの世界がどうなろうが僕にはなんの関係もないんだ。
白峰零児――奴を殺して魔力を奪えるなら、僕は喜んで世界の一つや二つ壊してみせよう。
「さあどうする? このままだと君の世界はめちゃくちゃになってしまうよ?」
「それがどうした?」
「なに?」
絶望した顔が見たかったのに、奴は僕の絶対的な力を見てもなんの感情も表さなかった。
「ああ、だが、そうだな。俺が壊す世界を、お前に壊されるのは不愉快だな」
「不愉快? ふざけるな! それは僕の台詞だよ!」
もう容赦はない。
ありったけの力を解き放ち、世界諸共消滅させてやる。もう魔力もいらない。〝魔帝〟の力を持った奴を倒しただけでも充分に箔はつく。
「消えろ」
無慈悲に呟くと、灰色の空を吹き飛ばすように砂色の魔法陣群が激烈に輝き始めた。その全てから一斉に魔力の光が射出される。
世界の終わりだよ。
なのに、あいつは動じない。
口元に不適な笑みを浮かべたかと思えば、奴の体からドス黒い炎が噴き出した。黒炎は幾本にも分岐し、蛇のようにのたうち、龍のごとく空を翔る。
「――ッ!?」
馬鹿な。世界の半分を覆っていたはずの僕の魔法陣が、黒炎によって片っ端から蝕まれ始めた。発射された魔力も全て呑み込まれ、消失する。
地上には魔力の残滓すら落ちることはなかった。
あり得ない。
「……冗談じゃない」
これじゃまるで、本当に魔王じゃないか。
「お前に、お前なんかに、これ以上僕の魔道を邪魔されて堪るかぁああああああッ!?」
怒りに任せて叫び、僕は僕に秘められた無尽蔵の魔力をさらに爆発させ――
「ぐっ……はっ……」
体中に刀剣が突き刺さって血を吐いた。
力が抜ける。
床に倒れる。
屈辱だ。屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だッ!
「殺す……殺してやるッ!!」
僕は顔を上げて奴を睨む。僕の方にゆっくりと歩み寄って来る奴は、両手に黒炎を纏った刀を生成し――
「終わりにしてやろう、『柩の魔王』」
最ッ高に、凶悪で楽しそうな笑みを浮かべていた。
次元の狭間に途方もない時間をかけて体積した死者たちの無念が魔力となり、顕現した存在だからだ。
最初はなにもわからなかった。ただただ苦痛と生への執着だけが渦巻いていた。
苦しんでもがいて足掻いて這い回って、ぐちゃぐちゃだった想念がようやく『僕』という存在に落ち着いた時――絶大なる力と、生きる者へ嫉妬し全て破壊したくなる衝動が芽生えた。
それが『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンの誕生だった。
僕は次元の狭間から抜け出し、一つの世界に降臨した。
どこかの国の首都だったそこでは、多くの人間たちが楽しそうに生を謳歌していたよ。実に不快で、妬ましく、腹立たしかった。全部ぶち壊そうって思うまで二秒とかからなかった。
僕は一夜で都市を壊滅させた。殺した人間たちを僕に従順な兵隊へと生まれ変わらせ、他の街や国へと侵攻を開始した。
そしてその世界を滅ぼす頃には魔力の扱いにも慣れ、兵隊はいれどあくまで『個』だった僕は眷属を――『軍』を生み出した。
僕の魔力を切り出すことで誕生した眷属は、能力で操っている死体とは違う。僕と同じように物を見、考え、感じる、人間の言葉を借りるなら『家族』のような存在だ。
とはいえ、魔王に家族の情はない。
倒されればまた生み出せばいい。時間はかかるが、寿命という概念のない魔王にとってそれは些細な問題さ。
そうやって減っては増やし、増やしては増やし、僕は着実に魔王軍としての勢力を拡大していった。
初めて同じ魔王と出会ったのは……いつだったかな? もう昔過ぎて覚えてないや。
最初は目障りだったから潰そうとしたよ。けど、相手も当時の僕と同じくらい強い魔王だった。力は拮抗し、戦場となった世界がとばっちりで滅びた後も七日七晩戦い続けた。
「貴様、やはり野良か?」
相手の魔王が言った。
「野良にしておくには惜しい力だ。我らの連合に加盟しないか?」
僕は誘いに乗った。
魔王たちの魔王たちによる魔王のためだけの組織――魔王連合〈破滅の導き〉。
面白そうだと思ったね。連合の『ルール』に縛られるのは癪だったけど、こうやって同じ魔王同士が無駄に争って消耗することがない。スムーズに世界を侵略できるようになる。
中には強い相手なら同じ魔王でも構わないっていう戦闘狂はいるけれど、僕はそうじゃない。強い相手を捻じ伏せてぶち殺すのは楽しいよ? でもそれは相手がちゃんと人間の反応――絶望・恐怖・憤怒・悲哀――をしてくれればの話だ。それらを拗らせて生まれた魔王を倒したってなんの面白みもない。
けど、そんな魔王たちにだって愉快な表情をさせられる。
屈辱さ。
僕が加盟した時には既に空いていた〝魔帝〟の椅子。そこに座ることができれば、さぞかし楽しい景色が見られると思ったんだよね。
元〝魔帝〟の娘を利用し、今まで僕を見下してきた格上共に知らしめてやるんだ。
だから、今ここで、こんな人間が魔王の力を振るっているだけの奴に敗北するなど論外だ。
力は認めざるを得ない。
「もう侮りはしない。僕も本気を出そう」
黒炎を纏った刀剣の嵐で僕のコレクションを一掃しやがった人間――白峰零児を睨み、魔力を極限にまで高める。
灰色の空。そこに砂色の特大魔法陣が無数に展開していく。
恐らく星の半分ほどを埋め尽くしただろう魔法陣群は――この世界ごと奴を消し去るには充分過ぎる火力を一斉放射する。
たった一人に対する過剰な範囲攻撃。だが知ったことではない。もはやこの世界がどうなろうが僕にはなんの関係もないんだ。
白峰零児――奴を殺して魔力を奪えるなら、僕は喜んで世界の一つや二つ壊してみせよう。
「さあどうする? このままだと君の世界はめちゃくちゃになってしまうよ?」
「それがどうした?」
「なに?」
絶望した顔が見たかったのに、奴は僕の絶対的な力を見てもなんの感情も表さなかった。
「ああ、だが、そうだな。俺が壊す世界を、お前に壊されるのは不愉快だな」
「不愉快? ふざけるな! それは僕の台詞だよ!」
もう容赦はない。
ありったけの力を解き放ち、世界諸共消滅させてやる。もう魔力もいらない。〝魔帝〟の力を持った奴を倒しただけでも充分に箔はつく。
「消えろ」
無慈悲に呟くと、灰色の空を吹き飛ばすように砂色の魔法陣群が激烈に輝き始めた。その全てから一斉に魔力の光が射出される。
世界の終わりだよ。
なのに、あいつは動じない。
口元に不適な笑みを浮かべたかと思えば、奴の体からドス黒い炎が噴き出した。黒炎は幾本にも分岐し、蛇のようにのたうち、龍のごとく空を翔る。
「――ッ!?」
馬鹿な。世界の半分を覆っていたはずの僕の魔法陣が、黒炎によって片っ端から蝕まれ始めた。発射された魔力も全て呑み込まれ、消失する。
地上には魔力の残滓すら落ちることはなかった。
あり得ない。
「……冗談じゃない」
これじゃまるで、本当に魔王じゃないか。
「お前に、お前なんかに、これ以上僕の魔道を邪魔されて堪るかぁああああああッ!?」
怒りに任せて叫び、僕は僕に秘められた無尽蔵の魔力をさらに爆発させ――
「ぐっ……はっ……」
体中に刀剣が突き刺さって血を吐いた。
力が抜ける。
床に倒れる。
屈辱だ。屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だッ!
「殺す……殺してやるッ!!」
僕は顔を上げて奴を睨む。僕の方にゆっくりと歩み寄って来る奴は、両手に黒炎を纏った刀を生成し――
「終わりにしてやろう、『柩の魔王』」
最ッ高に、凶悪で楽しそうな笑みを浮かべていた。
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